出発して出会うのは
迷宮が発生したとの一報を受け、町は物々しい雰囲気に包まれている。
この町が襲われないか、逃げた方がいいのか、兵士と探検者による攻略は上手くいくのか。
住人達は不安に包まれて、気の小さい商人や馬を買いに来た貴族は、そそくさと町から逃げ出していく。
これから迷宮攻略に向かうため集合している探検者達の横を、他所から来た馬車が走り抜け、次々と町を去っていく姿に探検者達は憤りを覚える。
「あいつら、俺らを全く信用してねぇな」
「気持ちは分からなくもないさ。けれど、いい気分じゃないのは確かね」
慌てた様子で町を出て行く馬車を見て不機嫌になる探検者達。
その中にエディオン達もいるのだが、何故かフィリアとウリランは別の意味で不機嫌だった。
「なあ、もう機嫌直せよ」
「無理!」
「あの白衣の女ぃ、思い知らせるまでは無理かな~」
返事を聞いてエディオンは溜め息を吐き、リグリットはいつも通り無表情で状況を見守る。
二人が不機嫌な理由は、前日にある。
必要な物を購入し終えたエディオンが、滞在先の宿へ入ろうとした際、白衣を纏った羊人族の女性から逆ナンされた。
『ねえねえ、そこの君。お姉さんとイイ事しない? 大丈夫、悪い事はしないから』
『は、はぁ?』
反応に困っているうちに腕を絡まれ、引っ張られる。
それを力づくで剥がそうとする前に、部屋の窓からそれを目撃したフィリアが窓を開けて二階から飛び降りた。
いきなり幼馴染が降ってきた事に驚いている間に引っぺがされ、フィリアは耳と尻尾を立てて羊人族の女性を威嚇する。
『グルルルルッ』
まるで本当の狼のように威嚇している最中、同じく部屋の窓から目撃したウリランも宿から飛び出してくる。
さすがに二階から飛び降りるような事はできず、鈍足を必死に動かして来た。
そしてエディオンを守るように腕をしっかりと抱え、こちらも威嚇をする。
『フーッ!』
牛人族なのにどうして猫風なんだと思いつつ、相手の反応も窺う。
もしもこれに目の前の羊人族の女性まで絡めば、揉め事になるのは目に見えている。
それだけは避けてくれというエディオンの願いは、幸運にも天に届いた。
『あら、二人も可愛い子を連れてるの? それじゃあ、お姉さんは引き下がってあげる』
揉め事にならずに済んで良かったと、エディオンが胸を撫で下ろしたのも束の間。
羊人族の女性は更なる爆弾を落とした。
『ちなみに私はこの先にある「黄昏の岬」っていう宿にいるわ。その気があるなら、いつでもいらっしゃい。しばらくは暇だから、一緒に遊びましょう?』
『『フシャーッ!』』
言い残した台詞にフィリアとウリランが耳と尻尾を逆立て、さらに敵意を向ける中、羊人族の女性はユラユラと揺れながら去って行った。
どことなく上機嫌そうに。
勿論、エディオンがその女性の下へ行くことはなかった。
仮に行こうとしても、監視という名目で同じ部屋に転がり込んできたウリランと、それに付き添いという言い訳で同じく転がり込んできたフィリアが許すはずが無い。
行かないって言ったのに、と思いつつエディオンは眠りに就いた。
そして一晩明けてもこの調子である。
「いつまでも引きずる、良くない……なの」
昨夜は一人で過ごすことになり、若干寂しい思いをしたリグリットが宥めようとしても、二人の気分は治まらない。
「ディオ君を想えばこそだよ~」
「そ、そうね」
言われている内容は嬉しく思えるものの、不機嫌そうな表情で言われると嬉しさは半減する。
そんな妙な空気になっている中、締め切りの合図とも言える八時の鐘が鳴った。
受付のような役目をしていたギルド職員が、申し込んできた探検者達の名前とランクが記載してある帳簿を閉じ、隣で椅子に座っていたギルドマスターに一礼する。
「これにて募集を締め切る。受付をしていない者は、攻略に貢献しても報酬は出んぞ!」
注意事項を述べても慌てる者や落胆して引き上げる者はいない。
「それではこれより先、諸君には魔物の領域に向かってもらう。そこで軍と合流し、迷宮攻略に当たってほしい。探検者一同の代表は「残月」のカイエンに任せる。よいかの?」
最前列で話を聞いていたカイエンは、承知と返して頷く。
「迷宮攻略については向こうでアーガンと話し合ってくれ」
「承知した。それと、副代表として、「紅蓮」のエリーナを指名したい」
「わしは構わんが、お主はどうじゃ?」
「いいわよ。受けてあげる」
副代表に指名されたエリーナに、周囲の探検者から小さなどよめきが上がる。
この町の実力ツートップが揃っての迷宮攻略。
早とちりな探検者の中には、もう攻略は成功した気になっている者もいた。
「諸君らの健闘を祈る!」
ギルドマスターと職員に見守られ、探検者達は出発する。
門番達も無事を祈るように敬礼で見送り、迷宮攻略の成功を願った。
期待を受けた探検者達は、三キロ先にある魔物の領域まで徒歩で向かう。
道中にはこれといった脅威的な存在はおらず、傷害となるような物も無い。
たまに逃げ出すように町から離れる馬車や、迷宮の事を知らずに町へ向かう旅人と擦れ違いながら、列を成して移動し続ける。
「そういえば、結局何人集まったんだ?」
移動を開始してしばらく経った時、ふと思った事をエディオンが口にする。
「えっとね~。一、二……」
隣にいたウリランが先頭から数えようとすると、横から誰かが割り込む。
「全部で五十八人よ。ランクは高いのから低いのまで色々いるわ」
声の方に目を向けると、副代表に指名されていたエリーナがいた。
仲間と思われる五名を引きつれ、エディオン達の横を歩いている。
いつの間にとフィリアとリグリットは思ったが、エディオンは気にせず話しかける。
「人数的に、攻略には充分ですかね?」
「どれくらいのランク以上が迷宮内に入れるのか、兵士はどれだけの数と質を揃えているのか。それにもよるから、人数だけじゃ判断できないわね」
返答になるほどと頷くエディオンを、じっくり観察するエリーナ。
昨日も観察して強さは感じ取れたのだが、改めて見ると思わず感嘆の声が出そうになる。
服と防具の上からでも分かる鍛えられた肉体。
会話をしながらも途切れない、周囲への警戒心。
なにより、体の内から感じる圧倒的魔力量。
(この子、本当にどんな修業を積んできたのよ)
カイエンとの会話で、誰に鍛えられたのかはおおよそ見当が付いている。
多くいる高名な探検者の中、唯一徒手空拳で名を馳せている人物。
竜撃者と名高い白虎人族のルーディアン。
かつては好敵手のカイエンが何もできず一撃で敗れ、彼女も挑んで一撃で敗れた。
(これは確かに、前線に出してみたくなるわ)
既にカイエンは出す気でいるが、エリーナも出してみたくなってくる。
どんな戦いをするのか、どれだけの魔物を相手に戦えるのか、本気の力はどれだけあるのか。
考えただけで武者震いが起き、不謹慎ながらも迷宮攻略が楽しみに思えてきた。
「それで、何か用ですかエリーナさん」
「あら、他所から来たのに私の事を知っているの?」
「ダンさんから聞きました」
「ああ、あの堅物ね」
気軽に話しているからだろうか、フィリアとウリランから刺すような視線がエディオンに向けられる。
「ところでカイエンから聞いたんだけど、あなたの育ての親で師がルーディアンというのは本当なの?」
周囲に配慮してか小声で尋ねてきた。
「ええまあ」
間も置かずに肯定してみせると、僅かにエリーナが反応する。
自分が考えていた反応とは違ったからだ。
だがそれも、次点の考えの可能性もあるのではと思い、重ねて尋ねる。
「有名人に鍛えられた事、嬉しいのね」
「違いますよ。親父に育てられて鍛えられたのは本当だから、受け入れているだけです」
口ではなんとでも言える。
経験上それを理解しているエリーナはそう思った。
彼女が探ったのは、父親に対するエディオンの人柄。
最も考えられていたのは、拒絶感。
親や師が有名人だと子や弟子が自分自身を見てもらえず、苦悩するのはよくある。
しかし即答された事で可能性は消え、次いで有名人なのを良い事に自慢する軽薄な人物ではないかと思案。
そうだとしたら、実力はあっても付き合いたくない。
ところが、その疑惑もすぐに晴れることになる。
「それに……」
「それに?」
「いずれは親父を倒して、親父を倒した男として名を挙げるつもりなんです。そうすれば、親だとか師だとかなんて、勝手に吹き飛ぶでしょう?」
本気の籠った目と言葉に背筋に寒気が走った。
この子は本気でルーディアンに勝つつもりでいると、本能的に察して身震いがする。
「……勝てるの?」
「勝てるか、じゃなくて勝つんです。親父が老いて僅かでも弱くなる前にね」
弱くなる前に勝つと聞いて、本気なんだと頭でも確信した。
名を挙げるだけなら、弱くなった頃まで待つ事だってできる。
年齢的にも可能なそれをやらずに、強いうちに戦って勝とうとしている。
本気でルーディアンに勝とうと思っていなければ、そんな風には考えない。
「親で師である事を受け入れて、その上で自力で吹っ飛ばす。やってのけた時は、気持ちいいでしょうね」
確かに気持ちよいだろうし、勝てば子だの弟子だのという印象は吹っ飛ぶ。
最強の探検者であり竜撃者に勝利した人物。
もしも叶った時は、それがエディオンに向けられる唯一の評価になるだろう。
「……頑張ってね」
「はい」
自分にはとても無理だと思ったエリーナは、一言だけエールを送る。
たった一撃で沈み、それ以来追おうともしなくなった背中を追い越そうとしている、前途ある若者に向けて。
(まっ、できたとしてもずっと先の話でしょうね)
十年二十年先を見据えて送った言葉がいつ実現するのか、それとも実現しないのかは誰にも分からない。
「前から連絡だ。もうすぐ到着。到着後は攻略の打ち合わせがあるから、その間に休憩を取りながら装備のチェックをしろ。エリーナさんは、打ち合わせへの参加をするようにと」
前から伝わってきた連絡に頷き、跳躍力に優れている兎人族のリグリットが跳ねて前方を確認する。
もう少し先の所に守備隊の詰め所があり、多くの兵士が集まっているのが見えた。
「兵士結構人数多い……なの」
「そりゃあ、迷宮攻略だもの。気合いも入っているでしょう」
やがて双方が合流し、探検者から代表のカイエンと副代表のエリーナが詰め所に入りアーガンを始めとする数名で打ち合わせを開始する。
これまでに守備隊で調べた範囲での情報開示と、それに合わせた迷宮攻略に当たる探検者のランクの決定。
道中の露払いと代行守備に必要な人数の確保。
さほど揉めるような案件も無く、打ち合わせはスムーズに進む中、カイエンの提案で空気が変わる。
「ランク二の探検者を一名、攻略班に加えたいだと?」
この魔物の領域の守備隊長を務めている人間の男、アーガンは難しい表情をする。
「探検者の攻略班入りの条件は、ランク四以上と決めたではないか。何故、ランク二のひょっこを連れて行かねばならん」
「彼は強い。実際に手合せしたわけではないが、強さの一端は合同依頼の最中に見た。実力だけで言えば、恐らく彼のランクは私やエリーナに匹敵する」
探検者のランクは、積み重ねて来た実績で決まる。
いかに強くとも、実績が無ければランクは低い。
逆に弱くとも年月を掛けて実績を積めば、ランクは上がっていく。
そういう理由から、強さとランクがかみ合っていない事は無い話ではない。
「お前がそう言うのなら、そいつの強さは間違いは無いんだろう。だが、それでも周囲に反発は出るぞ?」
アーガンの指摘通り、一人だけランク二が攻略に加わるとなれば反発は必至。
仮に親で師の名前を出しても、実際の実力を見なければ納得しないだろう。
カイエン達が決定事項だと押しきる手もあるが、それはそれで遺恨を残して影響が出るかもしれない。
「分かっているわ。けれど、攻略を前にどう実力を見せればいいの? 下手に怪我人を出したら、攻略に支障が出る恐れもあるわよ」
実力を示すのに、弱い相手を当てても仕方がない。
だからといって強い相手を当て、実力者が怪我をしたら攻略に支障が出る。
エリーナが指摘する点を考慮するならば、決定事項で押しきるしか手段は無い。
しかし、その点は既にカイエンが考えていた。
「ならば、彼を迷宮の魔物と戦わせればいい。そうすれば、彼に迷宮の魔物と戦えるだけの実力があるということは、すぐに証明できるだろう」
とりあえずは露払い班に入れて連れて行き、迷宮に到着したらそこにいる魔物と戦わせる。
それがカイエンの描いているシナリオ。
道中の魔物と戦わせるという手も考えた。
しかし、迷宮までの距離では強い魔物はいない。
戦わせるとなると、攻略に挑む迷宮の魔物そのものしかない。
「ランク四で参加できるのなら、彼には問題無いだろう」
「他にも同じ条件で、攻略班に参加したがる者が出るかもしれないぞ?」
「その時はやらせればいいさ。死にそうになったら、助ければいい話だ」
迷宮の出入り口付近にいる魔物相手なら、ランク三やランク二の実力者であればそう簡単には死なない。
よほど油断しているか、想定以上に魔物が強くなければ。
「……分かった。で、そいつの名は?」
「エディオン。俺と同じ竜人族の少年だ」
あえてルーディアンとの関係は伏せて伝え、提案は受け入れられた。
一方で詰め所の外で武器と防具の点検を終えたエディオン達は、打ち合わせの終了を待っている。
「私達はぁ、何をするんだろぉね~」
「ランク二じゃ、良くて露払いってところね。場合によっては、全員仲良く代行守備」
「私ランク一。代行守備決定的……なの」
「なんだっていいさ。決めるのは俺達じゃなくて、あの中で打ち合わせしている人達だ」
準備運動がてらに手首と足首を動かしていると、詰め所から打ち合わせをしていた面々が姿を現した。
「探検者はこっちに集まってくれ。それぞれの担当を伝える」
カイエンの呼びかけで探検者達は一か所に集まり、そこで役割を伝えられる。
ランク一とランク二の一部は代行守備と救護要員を行う後方支援班。
残りのランク二とランク三は攻略班が迷宮に到着するまでの間、警護をして力を温存させる露払い班。
そしてランク四以上は、迷宮攻略に挑む攻略班。
振り分けに対して気合いを入れる者がいれば、攻略班に入れず肩を落とす者もいる。
「続いて、ランク二の露払い班を発表する。呼ばれない者は、代行守備に入ってもらう」
ギルドマスターから受け取っていた名簿から、露払い班に選んだ探検者の名前を読み上げていく。
その中にはエディオンとフィリアの名前もあった。
「え~。フィーちゃんだけディオ君と一緒なんてぇ、狡い~」
「まあまあ……なの」
呼ばれなかったウリランは拗ねるが、これは決定事項のため変更は無い。
同じく呼ばれなかったリグリットが宥めているものの、不機嫌そうに頬を膨らませている。
「では、班毎に分かれてくれ。分かれたら兵士側の同じ班と合流し、役割の確認をするように」
指示に従って分かれ、班内で役割を確認。
その後は一塊にならず、何組かに分かれて迷宮へと向かう。
あまり大人数で移動すると、その気配に反応して多くの魔物が寄ってくるのと、寄せ集めのような集団で急に連携を上手く取れる保証が無いからだ。
一番最初の組に振り分けられたエディオンは、他の露払い班のメンバー数名で攻略班を囲むように守り、周囲を警戒する。
「おうテメェら! しっかりやれよ!」
攻略班に選ばれた豚人族の男が大斧を担ぎ威張り散らす。
同じ組になったエリーナの睨みに気づかず、上機嫌に歩く様子にこいつで大丈夫かと誰もが思う。
「ん? 何か来ます」
「匂いからしてファングタイガーです!」
気配を察知したエディオンが注意を促し、匂いで何かを察知した犬人族の男が種類を伝える。
現れたのは指摘通り虎の魔物、ファングタイガーが現れて、察知した二人以外の露払い班が協力してなんなく倒す。
如何に魔物であろうとも、ランク三とランク二の精鋭数名がかりに敵う術は無かった。
「おうしっ! その調子で俺様を守るんだぞ」
お前だけを守っているんじゃないと、露払い班全員が心の中で叫んだ。
口に出さないのは彼がランク五で、近々ランク六になるほどの実力者でありベテラン。
経験も実力も上の相手に、そう簡単に口は出せないでいる。
唯一人、口を出す価値すら無いと思っているエディオンを除いて。
「その辺にしておきなさい。私達は守ってもらっているのよ。威張るんじゃなくて、感謝の言葉を述べなさいよ」
見かねたエリーナが注意を促すが、男はどこ吹く風とばかりに気にしない。
へいへいと面倒そうに返事をする。
実力はあっても素行に問題があるとされているこの男。
エリーナが同じ組になって移動しているのは、粗暴な事をしないよう監視するためでもある。
周囲を固めている露払い班も、ランクと実力は彼より低くともプライドはある。
それにより諍いが起きないよう、見張っておく必要があると判断されたからだ。
(これで実力があるから、厄介なのよね)
溜め息を吐きながら歩いていると、前方から強い気配を感じた。
(なにっ? これ)
思わず立ち止まるのとエディオンが身構えるのは、ほぼ同時だった。
「何か強い気配を感じます!」
「これは……何か分かりません。けど、この辺りでは嗅いだことが無い匂いです!」
ランク三でこの辺りをよく知っている犬人族の男が、これまで嗅いだことが無い匂い。
それを聞いて、ある可能性がエリーナの脳裏を過る。
(まさか、迷宮の魔物が外に!?)
発見から対処までの時間的に、中の魔物が出てくる可能性は極めて低い。
打ち合わせの際に過去の記録からそう結論していただけに、出てこない、遭遇しないと決めつけすぎていた。
それでも事前に察知できたのだからと身構えたそこへ、巨大な赤い蜂が姿を現す。
「なっ、バーサークホーネットですって!?」
好戦的かつ強いこの魔物は、探検者ギルドではランク五以上での対応が推奨されている。
一人を除いて、露払い班ではとても対応できない。
「はっ! ちょうどいい肩慣らしだ。どけっ! 俺がぶった斬ってやる!」
威張っていた豚人族の男が斧を振り上げ、露払い班をかき分けて向かっていく。
しかし、それよりも速く露払い班における例外の人物。エディオンが接近し、拳を腹部に叩き込む。
拳は外殻を破って突き刺さり、腹部に穴を開ける。
苦痛の声と共に腹部の穴から体液が漏れ出すバーサークホーネットは、もはや虫の息。
「ふっ!」
拳を拭き抜いたエディオンは、トドメとばかりに頭部に回し蹴りを浴びせた。
蹴られた頭部は胴体から引きちぎれ、宙を舞って地面に落ちる。
頭部を失った胴体も地面に落ち、しばし手足を動かした後に活動を停止する。
「さっ、行きましょうか」
何事も無いように振る舞うエディオンに、見ていた一同はポカンとして言葉も発せず動き一つ無い。
突っ込もうとしていた豚人族の男も、武器を振り上げたまま固まっている。
「……あの?」
様子がおかしいと首を傾げるエディオンに最初に問いかけたのは、一緒に索敵をしていた犬人族の男だった。
「き、君、今何をやったんだい?」
「何って、あの蜂の腹を殴って頭を蹴り飛ばしただけですけど?」
当然のように言っているが、実は一連の動きはほとんど見えていなかった。
全ての動きを目で捉えられたのはエリーナだけで、他は何が起きたのかよく分かっていない。
彼らに見えたのは腹に穴が開いて体液が漏れ出したのと、頭部が千切れて吹っ飛んでから先だけ。
どうやって腹に穴を開け、頭部が胴体から千切れたのかは全く分からなかった。
「だけって、あれはバーサークホーネットだよ?」
「そ、そうだ。わざわざ俺様が倒してやろうと」
「何言ってるんですか、ここらに出る魔物退治は俺達露払い班の仕事じゃないですか」
ここでようやくエリーナは気づいた。
彼はバーサークホーネットがどれだけ強い魔物なのか、分かっていないのだと。
「……エディオン君、だったわね。あの魔物の対応は、ランク五以上が推奨されている魔物なの」
「えっ? あの程度でランク五以上なんですか?」
あの程度。
そう言い切るほどの実力がエディオンにはあり、それを目の前で証明された。
さらに他の探検者達は、その動きが見えなかった事で、改めて世界の広さを思い知る。
ランク二であっても、実力さえあればどんな強敵でも倒せると。
(なるほど、カイエンが言うだけの事はあるわね)
半信半疑だったエディオンの強さの一端を目の当たりにし、エリーナも認めざるを得なかった。
彼はまだルーディアンには遠く及ばないものの、自分やカイエンと肩を並べられるほどの強者であると。
「お、お前やるじゃねぇか」
ここでようやく我に返った豚人族の男が話しかけてきた。
「今なら俺様の仲間にしてやるぜ。どうだ?」
明らかに利用する気満々なのが見て取れる。
今のを目で追えなかった時点でエディオンより隠したなのに、上から目線での言い方も良くない。
「お断りします。俺には目的がありますし、既に仲間もいるので」
「いいじゃねぇか。どうせなら、その仲間ごと俺の下に入っても――」
しつこく勧誘する豚人族の男の眼前に、気づかぬ間に拳が寸止めされる。
「お、わっ」
驚いて転ぶ豚人族の男を睨んで見下ろしながら、エディオンは再度告げる。
「断わるって言ってるだろ。しつこいぞテメェ」
知った仲ではない上に年上だからと使っていた敬語を止め、さらに殺気を放つ。
殺気を当てられた豚人族の男は後ずさり、見ていただけの面々も寒気を覚える。
さすがにエリーナは耐えているが、どうやったら成人なりたてでこんな殺気を出せるのかと疑問に思う。
理由は単純。
理不尽とも言える修業を課すルーディアンに対する、積年の怒りによるもの。
それを表に出すことで、充分に殺気として役立っている。
「わわわ、分かった……」
言葉を震わせながら何度も頷く男の姿を見て、殺気を消す。
「じゃあ行きましょうか。早くしないと、次の組に追いつかれちゃいますよ」
「そうね。ああ待って。そこのあなた、後ろの組の所まで行って、迷宮の魔物が外に出ているって伝えてきて」
「分かりました!」
指示を受けた猿人族の男が来た道を逆走して連絡に向かう。
ここまでは一本道だから、迷う事は無いだろう。
「私達は先に進みましょう。ここから先は、より周囲に気を配るように」
最後にエリーナが注意を促して移動を再開する。
その最中、視線のほとんどはエディオンに向けられており、先ほどの戦闘だけで注目されるのが分かる。
図らずもカイエンの思惑通りになった事に、エリーナは思案する。
この班だけでも根回しすれば、なんとかなるんじゃないかと。
そう判断し、早速同行している攻略班への根回しを開始。
呆然として威張り散らす事も無かった豚人族の男も、虚ろな声でああ、とだけ応えた。
(後は他の組の攻略班が何て言うか次第ね)
同行者が賛同してくれても、反対者を完全に黙らせられる訳じゃない。
そうなった場合は、予定通り迷宮の魔物と戦わせよう。
(ごめんなさいね。でも、これもあなたが強いからなのよ)
本人の知らぬところでこんな展開になっている事に詫びつつ、微妙に責任逃れしながらエリーナは歩みを進める。
(それにしても、どうしてあんな魔物が外に?)
迷宮から魔物が外に出てくるのは珍しくない。
しかしその場合、最初に出てくるのは出入り口のある階層にいる、その迷宮では弱い魔物から出てくる。
事前に兵士がその階層を調べた結果、探検者の攻略班入りの条件ははランク四以上となった。
つまり、遭遇するなら先程のバーサークホーネットよりも、一段格下の魔物のはず。
それなのにバーサークホーネットが現れた事に、エリーナは疑問を持った。
(まさか、迷宮で何かが起きているの? でも一体何が?)
嫌な予感を覚えつつも、今は先に進む事しかできない。
少しでも早く迷宮に辿り着き、何が起きているのかを知るために。




