表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/27

緊急な一報


 新たな町に辿り着いたエディオン達は、宿で一泊した翌日を観光に当てることにした。

 放牧が盛んなこの町では、馬の飼育している様子や訓練の様子が見れるため、観光地としても発達している。

 また、餌を他所からの輸送に頼らないよう農業にも力を入れており、食事も割と評判が良い。

 エディオン達も、宿での食事でそれを実感していた。


「本当に美味いな、ここの食事」

「あらそう? 気に入ってもらえてよかったわ」


 通りかかった宿の女将が微笑み、褒めてくれたサービスに黒パンを追加してくれる。

 それをスープに軽く浸した物を食べたエディオン達は、観光へと繰り出す。


「ここが乗馬体験広場……なの」


 昔ここへ来た事があるリグリットの案内でまず訪れたのは、乗馬体験ができる広場。

 老若男女問わず訪れたお客が馬に乗り、手綱を握った係員が隣を歩きながら散歩をする。

 大人しい性格の馬を選んで用意しているのか、暴走したりする様子は窺えない。


「一度乗ってみたかったのよね」

「私も乗りたい~」


 乗り気なフィリアとウリランが乗馬をしに行くが、エディオンは柵の外側で見物している。


「興味皆無……なの?」


 乗馬体験に参加せず見物しているエディオンに、気に入らなかったかと思い尋ねる。

 しかし、心配する必要は無かった。

 なぜなら彼は、ルーディアンに育てられてその影響を受けているのだから。


「あまり無いかな。馬に乗るより、走った方が早いし」

「……なんか違う……なの」


 微妙に乗馬に対する論点がズレていた。

 だが同時に納得もできた。

 なにせリグリットは、馬車と並走するエディオンを実際に目にしていたのだから。


「昨日のだって、護衛の仕事中だから馬車から離れなかっただけだ。本気出せば、もっと早く走れたぜ。身体強化無しでな」


 あれで手加減をしていたのかと、改めてエディオンの規格外さを実感する。


「お陰でスッキリするのに時間かかったぜ。全力疾走できれば、半分の距離で良かったのに」

「そう……なの」


 もうこういう事について深く考えるのはよそう。

 そう判断したリグリットは、乗馬体験をしながら手を振ってくるウリランに手を振り返した。

 戻って来た二人の表情は満足気で、揃って笑顔になっていた。


「あ~、楽しかった」

「ディオもやればよかったのに」

「いいよ。別に馬に乗れなくても、自分の脚で走った方が速いし」

「そういう問題じゃないでしょ」


 こういう言い方に慣れているフィリアは、素早くツッコミを入れる。

 しかし、彼女のツッコミはここで終わらない。


「そうだよぉ。一緒に乗ってぇ、胸を背中に押し付けてあげようって、考えてたのに~」

「よしきた。今からでもやりに行こう。金は俺が出す」

「コラーッ!」


 普段通りの悪乗りに鋭くツッコミを叩き込む。

 渾身の平手打ちがエディオンの後頭部に落ちるが、まるで効いた様子が無い。

 それもそのはず。長年の付き合いから察知して、魔力で後頭部を守ったからだ。


「人前でそういうの言うのはやめなさいって! ここはラックメイアの町じゃないのよ!」


 物理的ツッコミが無理と分かった途端、言葉でのツッコミに切り替える。

 頬を赤くして耳と尻尾をビンビンに立て、注意を促すように告げた。

 しかし、その言い方ではラックメイアの町なら、言っても構わないように聞こえる。

 勿論、その点を聞き逃す二人ではない。


「残念だな~。ラックメイアの町にもぉ、乗馬体験があればぁ、やってあげたのにぃ」

「領主様の馬を借りてでも、やってけば良かったか」

「コラーッ!」


 悪ノリだと分かっていても、半ば条件反射で反応してしまう。

 そんなフィリアのツッコミは今日も炸裂し、周囲の野次馬達に感心されていた。


「ああもう。恥ずかしい目に遭ったなぁ……」


 真っ赤になって俯く顔と同様に、力なく垂れさがる耳と尻尾。

 先ほどのやり取りが周りにいた人達に見られていたと分かってから、フィリアはこんな調子になっている。

 一方で原因とも言える二人は、屋台で買い食いをしていた。

 エディオンは串に刺して焼いた肉にかぶりつき、ウリランは野菜チップスのような物をリグリットと一緒に食べている。


「あっ、あそこ……なの」


 次の目的地を見つけたリグリットが、その方向を指差す。

 そこには大きなアーチ状の看板に競馬場とある。


「へぇ、思ったよりも大きいんだな」

「広いね~」


 入場者の流れに乗って入場すると、荷引き競馬の会場が広がっている。

 馬が走るトラックには砂が敷かれていて、途中には上り坂や下り坂のような障害が作られていた。

 これからそこを走る馬達が、トラックの中にある別の小さなトラックを並んで周回し、騎手と共に紹介されている。


「あの中のどれか一頭に賭けるのか?」

「一頭でも可。二位か三位まで予想し賭けるのも可……なの」


 道中で賭け事だと教わったエディオンの質問に、リグリットが賭け方を解説する。

 なんでも、よく父親とここに見に来て、たまに父親が賭けていたらしい。


「ふうん。でもまあ、まずは賭けずにどんなものか見てみようぜ」

「いいわよ。そんなに賭け事好きじゃないし」

「オッケ~」


 初めて荷引き競馬を見る三人は、まずは賭けずに見物に徹する。

 その結果、熱狂した。

 繋がれたソリに荷物を乗せ、一斉に走りだす馬達。

 リードしたかと思いきや上り坂で追いつかれ、下り坂で差をつけられる。

 しかし平地に入った途端、徐々に追い上げて差を詰めていく。

 重い荷物を引く馬力、迫力満点の走り、そして賭けた人々の熱気。

 それらに当てられ、賭けてもいないのに馬を応援していた。


「ふう。想像以上に凄いな!」


 当てられた熱気が抜けず、鼻息を荒くしているエディオンの尻尾がビタンビタンと地面を叩く。


「ほんとだね~」

「柄にもなく熱くなっちゃったわ」


 同じく熱が抜け切れていないフィリアとウリランも、激しく尻尾が左右に揺れている。

 そんな中、普段通り無表情なリグリットは小さくブイサインを見せた。


「今の取った。二・四倍……なの」

「何時の間に賭けてたの!?」


 ちゃっかり賭けて、しかも当てていた。


「こうしちゃいられない。俺達も賭けよう」

「そうだねぇ。いくら賭けようかな~」

「ちょっ、ほどほどにしなさいよ! 外したら損するだけなんだから!」


 熱気による勢いそのままに受付へ向かうエディオンとウリラン。

 冷静になりつつあるフィリアも追いかけ、最後に無言でリグリットが続く。

 そして二時間後……。


「わ~い!」


 周りがざわつくほど次々に予想を的中させ、大金を稼いでホクホク顔のウリラン。


「やった……なの」


 顔は無表情でも小さくガッツポーズをする、それなりに勝ったリグリット。


「えっと……」


 困った表情でエディオンを見ているフィリアは、まあまあ勝って少しながらもプラスにしてみせた。

 そして彼女が見ている先にいるエディオンはというと。


「……」


 全敗し、地面に崩れ落ちていた。

 鉄板レースすら全て外し、完全にマイナスでレースを全て終えた。

 もしもフィリアに使っていい金額を定められ、財布を押さえられていなければ、自棄で最終レースに有り金全部を注ぎ込んで一文無しになっていたかもしれない。



「その、元気だしなよ。そういう日もあるって」


 慰めようとフィリアが声をかけるが、落ち込んで尻尾まで力なく垂れているエディオンは、それぐらいでは立ち直らない。

 俯いたままゆらりと立ち上がり、拳を握りしめた。


「この無念を馬と騎手共に物理的にぶつけて、八つ当たりしてくる」


 暗いオーラを醸し出しながら物騒な事を言いだす。

 それを耳にしたフィリア達は、勝った余韻も忘れて止めに入る。


「駄目だよぉ、そんな事したら死んじゃうよ~」

「やめてよ、そんな事させられる訳ないでしょう!」

「思いとどまる……なの」


 右腕にフィリア、左腕にはリグリット、腰にはウリランがしがみついて止めようとする。


「じゃあ、この無念さをどう発散すればいい」


 殺気を隠そうとしないエディオンに、複数の異性に引っ付かれている事をからかおうとしたり、妬もうとしていた輩がそそくさと離れていく。


「仕方ないなぁ。ここは私とフィーちゃんがぁ、文字通りひと肌脱ぐよ~。ベッドでねぇ」

「ちょ――!」


 ウリランからの提案にフィリアは声を失う。

 そんな親友の反応をスルーし、上目遣いでエディオンを見ながら、再度誘いをかける。


「……駄目?」

「言ったな? 覚悟しておけよ」


 普段の悪ノリ状態じゃない。

 今のエディオンの目は本気だ。

 そう瞬時に判断したフィリアはリグリットに助けを求めようとするが。


「ファイト……なの」


 いつの間にか距離を取り、親指を立てて応援してきた。

 裏切られた気分になったフィリアは、どう切り抜けようかと思案するが、心配は無用だった。


「て、んな事できるか」


 殺気を霧散させ、普段通りに戻ったエディオンがウリランの額に軽く手刀を落とす。


「あたっ」

「確かに全敗して苛立ったけど、そんなんで手出すわけないだろ」


 腰にくっ付いているウリランを引っぺがし、指先を突きつける。


「俺はそんなに軽い男じゃないのは、お前だって分かってるだろ?」


 長い付き合いだからこそ、それはウリランも分かっていた。

 それでもエディオンを想っているからこそ、手を出されても構わないと思って言った。

 失敗に終わったのは予想の範疇だったが、それでも残念な気持ちには変わらない。

 だからこそ、頬を膨らませて怒ってみせた。


「分かってるよぉ。でもぉ、ディオ君だから言ったんだよ~。他の男の人にはぁ、絶対に言わないよ~」


 言葉は間延びしていても、込められた覚悟は本物。

 それだけにエディオンにもしっかり伝わり、やっぱり自分は恵まれていると思わせた。

 ここまで想われた相手が、ずっと待っていてくれているんだと。

 まだ腕を掴んだまま、自分だってと目で訴えてくるフィリアに対してもそう思いながら、むくれているウリランの頭を撫でる。


「だったら、今後も俺以外には言わないよう、フィリアとウリランをもっと惚れさせないとな」


 笑って言ったその言葉は、二人の思考を一瞬だけ停止させた後、暴発させた。


「ディディディ、ディ? 今のはどういうアレなの? どれがそれでこれで」

「あうぅぅ。これ以上好きになったらぁ、心臓爆発して死んじゃうよ~」


 顔どこか耳や首まで真っ赤になり、尻尾と耳と腕をワタワタと動かしながら慌てるフィリア。

 同じく顔も耳も首も真っ赤にしたウリランは、尻尾をバタバタ動かしながら頬を両手で押さえて顔を左右に振っている。

 そんな二人の様子とエディオンの発言に、第三者的立場から見ていたリグリットは思った。


(天然誑し……なの?)


 断定できないながらも疑いを持った彼女は、自分はあの二人のようにならないよう、注意することにした。


「さてと、じゃあ次に行くか」


 混乱し続けるフィリアと照れ続けているウリランを、半ば引き摺るように連れて行く。

 あれも彼らにとって普通なのかと首を傾げつつ、リグリットは黙って後を追った。

 その後もいくつか観光スポットを巡るうちに二人も復活し、観光を楽しんでいた。

 そして四人は最後に、下見も兼ねてこの町の探検者ギルドへ立ち寄る。

 人が多く来る町とあって建物は大きく、掲示板に張り出されている依頼も多い。


「色々あるね~」

「多種多様……なの」

「おっ、この町の近くにも魔物の領域があるのか」

「護衛関係の仕事も多いのね」


 翌日からは路銀集めのため、この中のどれかの仕事を受ける。

 次の町までは遠く、途中に点在する村では補給が難しいとカイエンに教わったため、少しでも多く稼いでおきたいと四人は依頼に目を通していく。

 そこへ、聞き覚えのある声が聞こえた。


「やあ、昨日ぶりだな」


 掛けられた声に誰なのかを確信しながら振り向き、予想通りだと笑みを浮かべる。


「そうですね、カイエンさん」


 振り返った先にはつい先日、共に護衛の依頼をこなしたカイエン達がいた。

 何か依頼でも終えてきたのか、疲れた表情のマナが土まみれになっている。


「仕事ですか?」

「いや、今日はこいつを鍛えていたんだ。で、その合間に採取した薬草の売却をとな」


 魔法の袋から薬草の束を取り出して見せる。

 薬に関わる仕事をしていたリグリットから見て、薬草の状態は良くて品質も高い物だった。

 欲しいとも思ったが、相場を考えると少し手が出しにくい。


「君達はどうしてここに? 今日は観光ではなかったのか?」

「宿へ帰る前に、明日からの仕事に備えてどんな依頼があるか、下見に来たんですよ」

「うん。下調べを欠かさないのは良いことだ。最近の若い探検者は、そういう事を怠って命を落とすケースが多いからな」


 腕を組んで数回頷く。

 ベテランであり、マナという若手を育てている身として、そういう現状が嘆かわしいのだろう。


「ところで、どうかね? 観光が終わったのなら、裏の修練場で約束した手合せなど」

「……いいですね」


 カイエンからの提案にエディオンは乗る。

 ところが、そうはいかない事態が発生した。

 けたたましい音と共にギルドの扉が開けられ、鎧姿の若い犬人族の兵士が一人駆け込んで来た。


「ギ、ギルドマスターを呼んでください! 緊急事態です!」


 扉の音と兵士の叫びを聞き、ギルド内にいた探検者達は何事かと注目する。

 兵士が膝に手を当てて息を整えている間に、職員が呼びに行ったギルドマスターが現れた。

 ギルドマスターはたっぷりの髭を蓄えたドワーフで、苛立った表情で腕を組み兵士の前に仁王立ちする。


「何の用じゃ。わしも忙しいんじゃ、くだらん理由だったら」

「三キロ南の魔物の領域にて、迷宮の存在を確認! 領域守備隊長より、軍と探検者ギルド間の盟約により、合同討伐作戦の実施を願うとのことです!」


 兵士の言った内容に探検者達はざわめき、職員にも動揺が走る。

 話を聞いたギルドマスターは表情を引き締め、すぐさま行動に出る。


「報告感謝する! 探検者諸君、聞いての通りだ!」


 ギルド内に響き渡る声にざわめきは消え、探検者達はギルドマスターの言葉に耳を傾ける。 


「すぐさま討伐隊を結成する。ランクは問わん。腕に自信のある、我こそはという者は三十分以内に裏の修練場に集合じゃ! そこの兵よ、奥へ来い。手短に迷宮の説明をしろ」


 連絡を終えたギルドマスターは、兵士と共に早足で奥の部屋に引っ込む。

 直後に、静まり返っていた探検者達は、再びざわめきだした。


「迷宮だって? マジかよ」

「はっ、おもしれぇじゃねぇか。俺はやるぜ!」

「ちょっと自信は無いけど、話を聞いてからでも遅くないよね?」

「僕達はどうする? やめとく?」


 腕に自信のある者はすぐさま修練場へ向かい、迷った者は話だけでも聞こうとこれも修練場へ向かう。


「迷宮何……なの」

「あれぇ? リグリンは知らないの~?」


 隠す事も恥じる事も無くリグリットは頷く。


「迷宮っていうのは、年に数回くらい発生する、魔物の領域に出現する巨大な魔物の住処なんです」


 探検者や軍人ならば必ず知っている事の一つ、それが迷宮。

 魔物の領域に前触れも無く突如出現し、その中には多くの魔物がいる。

 迷宮内の魔物の強さはピンキリだが、出現した魔物の領域に住む魔物よりも強い、又は弱いという場合も珍しくない。

 かつて弱い魔物ばかりの領域に、強力な魔物が住む迷宮が現れ、討伐隊が全滅しかけたという例もある。


「でも、それ以上に恐ろしい事がある」


 それは、迷宮に住む魔物はそこから出て魔物の領域に住み着くという事。

 先に住んでいた魔物を追い出し、追い出された魔物が住処を求めて領域を飛び出そうとし、軍に討伐されたという事例もある。


「だからぁ、早めの対処が必要なんだよ~」


 迷宮の出現の詳しいメカニズムは不明。

 一回発生したきりの場所、全く発生報告が無い場所、年に一回は発生する場所と、どこの魔物の領域に発生するかも全く分からない。

 分かっているのは、地下に伸びていく洞窟型と、空に向かって伸びていく樹木型の二つがある事。

 月日と共に迷宮は巨大化し、住んでいる魔物は強くなって、新しい魔物も出現するという事。

 迷宮主という迷宮で一番強い魔物を倒せば迷宮はそれ以上巨大化せず、新しい魔物も出現しないという事。

 そして迷宮が何型かによって、住んでいる魔物に傾向があるという事。

 早めに対処をするのは、魔物が飛び出さないようにするだけでなく、迷宮に住む魔物が強くなる前に攻略するためでもある。

 そのために軍と探検者ギルドは手を組み、迷宮出現を確認したら協力してこれに当たる盟約を結んだ。

 今回もそれが適用され、探検者と軍が合同で迷宮攻略に向かう。

 説明を聞き終えたリグリットは数回頷き、理解を示した。


「どっちにしろ、いい修業になりそうだから俺は行くぜ。お前達は」


 無理しなくてもいい。

 そう告げる前に、フィリア達は返事をする。


「行くわよ。領域に元からいる魔物を倒して、主力を休ませるくらいはできるでしょ」

「そうだねぇ。私達にとっても、いい経験になると思うし~」

「無理はしない……なの」


 ギルドマスターは腕に自信がある者と言ったが、迷宮攻略以外にもやる事はある。

 フィリアが言ったように、迷宮に到着するまで主力を休ませる露払い。

 多くの軍人も迷宮攻略に同行するため、その間手薄になる魔物の領域の見張りを軍人に代わって行う代行守備。

 さらに攻略後、負傷者を治療する救護要員も必要になる。

 前線には出ずに、そういった役目で貢献し、報酬を貰うという低ランクの探検者は珍しくない。


「うむ。その通り。経験も大事だが、己ができることを見極め、無理や無謀をしないのも大事だ」


 修練場へ向かおうとするエディオン達の後に続き、カイエン達も修練場へ向かいだす。


「やっぱりカイエンさんも行きますか?」

「当然だ。迷宮攻略ともなると、入ってくる報酬も大きい。それに強い魔物と戦えるかもしれんからな」


 おそらくは後半の理由の方が大事なのだろう、剣の柄の部分に手を当てて笑みを浮かべている。


「あの、ダンさん。私、クタクタなんですけど」


 ダンに襟首を掴まれ、修業と経験だからと引っ張られているマナ。

 つい先ほどまで修業をしていた彼女は疲れており、とても戦力になるとは思えない。


「安心しろ。もうすぐ日が落ちるから、今日は説明だけで終わる。出発は明朝だろうから、それまでは休めるぞ」


 さすがに夜中に大人数で移動し、今日の疲れを残したまま戦闘というのはありえない。

 迷宮が成長するという危険性もあるが、万全の状態で挑むためには、相応の時間を必要とする。

 それを聞いたマナはホッとしつつ、逃げないから放してほしいとダンに告げた。


「おっ、見ろよ。「残月」のお出ましだぜ」

「カイエンがいるなら楽勝だな」

「良かった。カイエンさん戻っていたんだね」


 修練場にカイエンが姿を見せた途端、先に集まっていた探検者達の緊張していた表情が和らぐ。

 ランク七ともなれば、その名は知れ渡っていて、強さも町の中では一、二を争う。

 そんなカイエンの登場に、今回の迷宮攻略に対する希望が、探検者達の間に生まれだした。


「ところで、一緒にいるあの竜人族とかのガキ四人は誰だ? 見かけた事もねぇぞ」

「さあ? 依頼で出かけた先で見つけた、新しい弟子とかじゃね?」


 周囲がエディオン達を新しい弟子と勘違いして見ている中、一人の人間の女性がカイエンに歩み寄る。


「久し振りね、カイエン」


 声を掛けられ、そちらを向いたカイエンが見たのは、知り合いの探検者だった。


「なんだ、エリーナじゃないか。お前もいたのか」

「ええ。昨日の夜、無事に遠征から帰って来られたわ」


 気楽に喋りだす二人の様子に、誰かとエディオンはダンに尋ねる。

 返ってきたのは、独立したかつての仲間という回答。

 しかも彼女はカイエンと同じランク七で、この町での腕前ではカイエンに次ぐナンバーツーと言われている。


「なるほど、確かに強そうですね」


 見た目だけで言えば、防具を身に付けているだけの普通の女性。

 しかし実力者を思わせる雰囲気を纏っていて、会話をしている間も隙らしい隙が見えない。


「ところで、そっちの竜人族の子達は初めて見るけど、あなたの新しい弟子?」


 話の矛先がエディオン達に移る。

 気になっていた一部の探検者達も、返答に注目する。

 というのも、カイエンはなかなか弟子を取らない事で有名だからだ。


「いや、合同での依頼をした知り合いだ。弟子ではない」

「ふうん……えっ?」


 弟子じゃないと聞いて興味を失いかけたエリーナだが、改めてエディオンを見て目を見開く。

 彼女もまた実力者だけあって、手合せせずとも実力を感じ取れる。

 その感じ取ったエディオンのおおよその実力に、驚かずにはいられなかった。

 見た目は自分よりずっと若いのに、自分やカイエンと互角にやれるんじゃないかという実力に。


「ねぇ……あれ、本当に弟子じゃないの?」

「そうだ。加えて彼はまだ成人したばかり、ランクも二だ」

「……信じられないわね。その年であれって……」


 自身が積み重ねてきた鍛錬の月日はなんだったんだと、疑いたくなる気持ちを抑え、フィリア達と喋っているエディオンを見る。


「才能……だけじゃなさそうね」

「その事については、後で教える。彼の師匠の名を聞けば、驚くぞ」

「驚くって、誰なのよ。破壊魔のデュールか、爆連狂のガオウか、それとも……」

「ふふふ。後でな」


 そうして喋っている間に時間は経ち、兵士と共にギルドマスターのドワーフが姿を現した。

 秘書らしき猫人族の男性が持って来た台の上に乗り、咳払いをした後に喋りだす。


「全員よく聞けぃ! これより迷宮について、現時点までで判明している情報を伝える!」


 情報は命とあって、誰もが気を引き締めて聞き逃すまいとする。

 迷っていた探検者達も、内容によっては参加を止めるため、真剣に耳を傾ける。


「まず、迷宮は樹木型。大きさから推測して、発生してからおよそ二十日前後。外に漏れた魔物として、ウォークフラワーとファングプラントが確認されておる。さらに」


 兵士から聞き出した情報が探検者達に伝わっていき、やる気を出す者もいれば、無理だと諦めて去って行く者もいる。


「最後に! 今回の迷宮攻略に貢献し、生きて帰ってきた探検者には、ギルドと軍より報酬として金貨十枚が出る。迷宮やその道中で入手した魔物の素材も、全て買い取ろう」


 報酬の話に多くの探検者がやる気を出す。

 金貨十枚に加え、魔物の素材の買取もあるとなると、素材の値段次第ではかなりの金額を稼ぐことになる。

 ただし、そのためには生きて帰ってくる、という条件を満たさなければならない。

 探検者にとっては当たり前の事を、改めて突きつけられ、金額に浮かれず気を引き締める探検者も少なからずいた。


「出発は明朝、午前八時の鐘が鳴るまでに南門前に集合じゃ。非常時に遅れ、後からの参加するという不届き者は認めん。各自、準備を整えて定刻までに集まれぃ!」


 最後に秘書が解散と告げ、探検者達は準備に向かう。

 予備を含めて武器や防具の手入れと損傷の確認、食料や水の調達、回復薬の購入、そして十分な睡眠と休息など、やるべき事は多くある。

 せっかちな探検者は走って準備に向かい、冷静な探検者は手持ちを確認し、必要な物を決めてから準備へ向かう。


「ディオ、私達はどうする? 袋の中の食料は、まだ余裕があるけど」

「薬十分。私手製沢山……なの」

「じゃあ水の確保と、武器と防具の調整だな。俺は防具だけだから、水を買ってくる。皆は宿に戻ってろよ」

「オッケ~。じゃあ、それでいこっかぁ」


 慌てる事無く手持ちの確認をして、別々の行動を取るエディオン達を見送ったエリーナは首を傾げる。


「ねえ、なんで彼は防具だけなの? 武器は無いの?」

「そうだ。彼の武器は、これだからな」


 問いかけられたカイエンは、握り拳を見せる。


「えっ? 彼、直接殴って戦うの?」

「そうだ。そういう師匠に鍛えられたらしいからな」

「そういう師匠って、徒手空拳で驚くような名前……って……いえば?」


 エリーナの脳裏に一人の人物が浮かぶ。

 探検者でなくとも知っている、唯一徒手空拳で名を馳せている、今もなお現役の探検者の名前が。


「……本当なの?」

「本人だけでなく、幼馴染だという牛人族の子と狼人族の子も、そう言っている」

「腕前は見たの?」

「……ゴーストを、拳圧の衝撃波で消し飛ばしていた」

「はい? 嘘でしょ?」


 言っている本人も当時の光景を思い出し、信じられないのも無理はないと思った。

 一緒にその光景を見ていたマナも、同じ気持ちだったようでうんうんと頷いている。


「本当だとしたら、彼、かなりの戦力じゃない?」

「ああ。だから明日の作戦で、彼を前線に加えるよう進言する」


 通常こういう仕事でランク二の前衛がやることは、兵士に代わっての代行守備か露払いが精々。

 迷宮攻略に参加する前線に出るなど、普通ではありえない。

 しかし、実力勝負の探検者の世界では、そのありえない事を可能にする人物も稀にいる。

 カイエンはエディオンをその稀な場合として、前線に加えたいと考えている。


「まっ、あなたの推薦なら多分通るでしょ。煩いのも出るでしょうけど、そこは彼が実力を見せれば問題無いわけだしね」


 尤もな事を言い残し、遠巻きに見ていた仲間と合流したエリーナも翌日の準備に動き出した。


「その通りだな。さてと、彼がどれだけ戦えるか、楽しみだ」


 不謹慎ながらもそう思ってしまったカイエンも、待っていたダン達と共に準備へと向かう。

 ちょうどその頃、二人の強者の話題になっていたエディオンはというと。


「ねえねえ、そこの君。お姉さんとイイ事しない? 大丈夫、悪い事はしないから」

「は、はぁ?」


 何故か白衣を着て眼鏡をかけた羊人族の女性に、詰め寄られていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ