殴れないから納得できない
隣町までの荷馬車の護衛の仕事を請け負ったエディオン達は、馬車に揺られながら山道を行く。
切り立った崖の傍を通るような道ではなく、山中に開かれた道を走る。
やがて休憩地点に到着して馬車から降りると、後ろの馬車に乗っていたマナが凄い勢いでエディオンの下へ駆けつけた。
「ア、アンタ、あのルーディアン様の息子で弟子って本当なのっ!?」
やっぱりさっきの声は、それが原因かと察したエディオンは頷く。
「本当だ。血の繋がりは無いけどな」
肯定するとマナの表情は困惑から満面の笑みへと変わる。
出発前までの喧嘩腰の様子は欠片も無くなり、あまりの変化にエディオンの方が反応に困ってしまう。
「なら最初からそう言いなさいよ! そうすれば、あんな態度とらなかったのに!」
背中をバンバン叩きながら喜ぶ様子は、まさに手の平返し。
しかもさり気なく責任転嫁している。
なんとも調子のいい態度に、文句を言う気も失せてしまう。
「聞かれなかったからな」
「誰が想像できるってのよ、アンタがルーディアン様の弟子で息子だなんて!」
当然と言えば当然の返答だ。
そもそも、住んでいたラックメイアの町の住人以外、ルーディアンがエディオンを育てていたことを知る人は少ない。
「ねっ、ねっ、どんな修業していたの? やっぱりキツイの?」
機嫌よく迫るマナへの対応が、段々と面倒くさく思えてきた。
そんな状況を救ってくれたのは、幼馴染コンビのフィリアとウリランだった。
「ちょっと、近すぎ!」
「あんまり近づくとぉ、怒るよ~?」
二人の間にフィリアが割って入り、ウリランはエディオンの腕を掴んで引き寄せる。
「えっ? あぁ、ごめん……」
急な割り込みに反応に困ったマナは、とりあえず謝っておいた。
「おいお前達、遊んでいないで周囲の警戒をしながら、交代で休息を取れ」
「あっ、はい!」
指揮を執るカイエンの指示に返事をし、すぐにマナは警戒するためにその場を離れた。
フィリアとウリランも同様に警戒に当たり、先に休憩を取るエディオンはリグリットと馬車の近くに座る。
そこに先に腰を下ろしていたリタは、ニヤニヤしながらエディオンを見ている。
「うふふ、慕われているのね。ねえねえ、どっちが本命なの?」
興味津々に尋ねるリタに、その隣に座っていたダンが注意する。
「無粋な真似はやめておけ。男はそういう事を口にするのが苦手なんだ」
「無粋なのは謝るけど、女はそういう事を口にしてもらいたいものなのよ」
反論されたダンは言葉が見つからず、黙ってしまう。
するとリタの標的はエディオンに戻り、二人との関係を再度尋ねだす。
「で、どっちなの? どっちが本命? というかあの二人とは、どういう関係なの? まさか二人いっぺんとか?」
答えようとすると別の質問が飛んでくるので、答えたくともタイミングが合わない。
言葉を出しかけては止め、また出しかけては止めを数回繰り返す。
やがて質問の嵐が終わり、その一つ一つに答えていくとリタの表情は膨れだした。
「女を待たすなんて、いい度胸ね。幼馴染って関係に甘えてない?」
「甘えている自覚はありますよ。こういう風に、同じ職業になって付いて来られたら、尚更ですね」
リタからの容赦の無い意見に自覚がある事を伝える。
だからといって、今の関係を変えるつもりはエディオンには無い。
「ほんと、俺には勿体ない二人ですよ」
見張りをする二人の背中を見ながら、魔法の袋から取り出した水袋から水を飲む。
「でも、あいつらの想いに対してより、遥かに上回っているんです。親父に勝ちたいって気持ちが」
水袋を戻した手を握り、体から闘気を発する。
その闘気に見張りをしていたカイエンが、思わず剣に手を掛けて振り向いた。
リタとリグリットは身をすくめ、ダンは背中にある盾に手を伸ばしていた。
慣れているフィリアとウリランはちらりと見ただけで、寒気を覚えたマナはどこからだと周囲をキョロキョロ見渡す。
「これは抑えきれない、俺の中で一番強い気持ちです。これをなんとかしなくちゃ、あいつらの気持ちには応えられない。中途半端に応えて、傷つけたくありませんし」
握り拳を解くと闘気は消え、カイエンとダンも武器から手を放す。
「どうしてこんなに親父に勝ちたい気持ちが強いのか、俺にもよく分からないんですけどね」
さっきまでの闘気はなんだったんだと思うほど、浮かべた笑みは年相応に穏やかで、体が強張っていたリタとリグリットの気が抜ける。
座っていなければ、間違いなくヘナヘナと座り込んでいただろう。
そのギャップの差もまた、竜撃者に鍛えられたからかとダンは思った。
「カ、カイエンさん! 今の、今はなんですか? 何かいるんですかっ!?」
感じていた寒気が消えたマナは、慌ててカイエンの下に駆け寄って尋ねる。
カイエンは冷静に、もう問題無いとだけ告げた。
訳が分からないマナだが、カイエンがそう言うのなら大丈夫だろうと見張りに戻る。
せめて原因の確認をしてもらいたかったカイエンは、この依頼が終わったら再教育しようと決めた。
それから見張りを交代しての休憩を挟み、一行は再び馬車に乗り走りだす。
道中は穏やかなもので、盗賊どころか襲いかかってくる野生動物すらいない。
そのため馬車は順調に進み、予定の野営場所へ無事に到着した。
「今日は予定通り、ここで野営をする。暗くなる前に私とエディオン、フィリアの三人で周囲の確認に行く。残りは荷物と御者を守れ。ダン、私がいない間の指揮は任せるぞ」
指示を出したカイエンは、少し離れた繁みをかき分けて森の中へ入って行った。
エディオンは木の枝に飛び乗って、枝から枝へ飛び移りながら周囲を探り、フィリアは周囲の音や匂いに気を配りながら別方向に広がる草原へと歩き出す。
一方で残った一同は、ダンの指揮の下で野営の準備を始める。
御者達の手伝いをしたり、馬の世話をしたり、枝を拾い集めて周囲に気をつけながら焚き火を熾したり。
時間に余裕もあることで滞りなく野営の準備は整い、御者達は食事の準備を始めた。
焚き火の周辺にウリランが土魔法で竈を作り、そこに水を張った鍋を置いて熱している間に、野菜や肉を切っていく。
「えへへぇ~。何が出来るのかなぁ」
通常、旅や依頼中の探検者の食事は日持ちする物が前提。
いかに大量に物が入る魔法の袋とはいえ、容量には限界がある以上、調理器具を入れる余裕はそうそうない。
そういった物を入れる余裕があるなら、回復用の薬や予備の武器や防具を入れるからだ。
実際、エディオン達も調理器具は入れずに、食事は倒した動物の肉や町や村で購入した保存食、それと食べられる野草や木の身、川があれば魚を採って食べている。
「こういうのがあるから、食事付きの依頼は外せないのよね」
「たまにケチって保存食を出すところもあるけどね」
食事に対して会話する中、探知魔法を展開していたリタとウリランが、草原方面から戻ってくるフィリアに気づいた。
「あっ、フィーちゃん戻って来た」
直後に探知魔法の範囲内にエディオンとカイエンの反応も引っかかった。
最初に枝から枝へ飛び移ってきたエディオンが戻り、続いて最初に引っかかったフィリア、最後にカイエンが帰ってきた。
「二人はもう戻っていたか。どうだった」
「俺の方は問題無しです」
「こっちもです」
「そうか。こちらもだ。しかし、油断はするなよ」
カイエンが腰を下ろすと、御者達が食事を運んでくる。
よく煮えた腸詰と野菜入りのスープ、黒パン、大皿に盛られた薄切りの焼肉。
温かい食事が出るだけでもありがたいのに加え、肉が盛られていて喜ばない冒険者はそういない。
「どうぞ、大した肉ではありませんけど」
「いやいや、こうして食事を準備して頂いただけでもありがたいです。では、皆でいただこう」
食事の開始と共にエディオンとマナとフィリアが肉へフォークを伸ばし、奪い合うように食べだす。
その僅かな隙を突いてカイエンとダンは肉を掠め取り、さほど肉に執着していないリタ、ウリラン、リグリットはのんびりとスープを飲んでいる。
少し騒々しい食事が終わった頃には日はすっかり落ちていて、辺りは暗くなってきた。
「よし、今のうちに夜の見張りの確認をするぞ。グズグズしていたら、ゴーストが出かねないからな」
彼らが雇われた理由は、悪戯好きなゴースト対策。
悪戯で荷物を散らかされたり、馬車を引く馬を逃がされたりしないよう、対応するのが今回の仕事。
だが間違いなく戦力になるはずのエディオンは、何故か表情が浮かない。
理由を知っているフィリアとウリランが特に何も言わない辺り、大きな問題は無いと思われるが、何かエディオンの表情を曇らせているのだろうか。
打ち合わせの最中も浮かない表情をしている様子に、何かあると判断したカイエンは、何かあったら困ると思い尋ねる。
「エディオン。何かあるのか?」
理由を知る二人以外の視線がエディオンに集中する。
答えない訳にはいかない空気に、不機嫌そうに答えた。
「……苦手なんです、ゴーストとかゾンビとか」
「はっ?」
気の抜けたような声を出したのはマナだけ。
他は意外だとでも言いたそうな表情をしている。
「それは、あれか? そういう類が怖いとか……」
「いや、怖くはないんです。ただ、その……」
言いよどむ様子に、やっぱり怖いんじゃないかという空気になってくる。
それに耐えかねたエディオンは、正直に答えた。
「なんか嫌なんですよ! 物理的に殴れない相手とか、直接殴りにくい相手は!」
返事を聞いてカイエンはなんとなく理解した。
要するに純粋物理攻撃が通じないゴーストと、直接殴ろうという気持ちにならないゾンビを相手にするのが嫌なのだと。
ゴーストを撃退するには絶対的に魔法が必要になる。
しかしエディオンは育った環境と本人の意思で、魔法を一つも覚えていない。
これでは怖くなくともゴーストを相手にするなど、できるはずがない。
さらに、ゾンビのような体が腐っている相手を見て、直接殴りたいと思う人物がいるだろうか。
殴れば当然、腐った皮膚や内臓、血液が飛び散り自分にも降り注ぐ。
そんな目に遭いたいなどと、僅かばかりでも思うはずがない。
エディオンはこれらの理由に加え、そういった類を相手にした経験が無い事から、ゴーストやゾンビに対して苦手意識を持っている。
「そうだったな、君は魔法を一切使わないんだったな」
「一応対策は親父に教わったんですけど、試した事がなくて……」
「なんだね、その対策とは」
フィリアとウリランも聞いた事が無い、ルーディアン直伝の対策に誰もが注目する中でエディオンは言った。
「ゴーストへの対策は、気合い入れて拳を突き出した時の拳圧で勝手に消えるって」
あまりの対策方法に誰もが言葉を失う。
しばしの間、静寂が場を包み込み、鳥の鳴き声と木の葉の揺れる音だけしか聞こえなくなる。
「なにそれ……なの」
最初に沈黙から復活したリグリットの意見に、誰もが心の中で同意した。
「いやだから、親父直伝のゴースト対策。直接殴れないなら、消し飛ばせって」
「消し飛ばすのは分かるが、拳圧で? そもそも、拳圧ってそんな事できるのか?」
「ゴースト相手に試した事が無いのでなんとも。猪とか虎を拳圧でビビらせた事は、何度かあるんですが」
「それはやった事があるんかい!」
思わず突っ込まずにはいられないマナが、手でのツッコミ付きで突っ込む。
それを実際に見た事があるフィリアとウリランは、あれかと思いだす。
「まあ、それはそれとしてだ。対策があるのならば、嫌がる必要は無いんじゃないのかね?」
尤もなカイエンの意見にも、エディオンの表情は冴えない。
やはり怖いんじゃないかとリグリットとマナが思った時、代わってフィリアが説明する。
「えっとですね、誤解する前に言っておきますね。ディオは、物理的に殴って倒せない事が嫌なんです」
「……はい?」
「ディオ君は~、相手を殴るか蹴るかして倒さないとぉ、納得できないの~」
魔法を唱えている暇があったら殴れと教わってきたエディオンにとって、相手とは物理的に殴って倒すもの。
拳や蹴りの動作で魔力を体の外へ放つことができるのに、あまりやらない理由はそこにあった。
これはルーディアンも同じで、彼もゴースト相手にこれをやるのを気に入っていない。
「だから、物理的にどうにかできないゴーストは、どうにも嫌で……。一応、やるにはやりますけど」
脳筋っぽい発言だが、これはあくまで本人達が納得できるかできないかの問題。
そのため、ルーディアンもゴーストに遭遇して悪戯されそうになったら、嫌々ながらもこの手段で対処している。
「う、うむ。やってくれるのならいいんだ。では、決めておいた組み合わせで見張りを頼むぞ」
就寝前の打ち合わせを終え、焚き火の前で見張りをする二人を残し、御者達と共に眠りに就く。
順番はリタとフィリア、ダンとリグリット、マナとエディオン、カイエンとウリランの順。
眠気に負けないよう、何かしら喋りながら見張りをするリタとフィリア。
積極的に喋るタイプではないダンとリグリットは、黙ったまま焚き火をじっと見つめ、見張りをする。
そして順番はマナとエディオンの番となり、二人は焚き火の傍に腰を下ろした。
「今のところは何も起きてないようだな」
「そうね。できればゴーストが出てくれた方が、あんたが納得しない顔が見れそうで楽しみなんだけどなぁ」
ニヤニヤするマナからは、強者の弱点見つけたりといった考えが見て取れる。
それを気にせず薪を火の中に放る。
「なんだよぉ、反論してみろよぉ」
構ってほしいのかやたらと挑発するが、エディオンは全て聞き流している。
というのも、座った時から密かに魔力の増量のための訓練をしていた。
体内で魔力を循環させて魔力強化を素早く行う訓練をしつつ、持久走で体力を鍛える要領で魔力を使い増量を図る。
魔力による身体強化で戦う自分達には必要だからと、ルーディアンから教わった数少ないまともな訓練。
エディオンはこの訓練を学生時代は授業中に、旅に出てからは見張りや就寝前に行っている。
「お~い、聞こえてるか~」
「聞こえているって。周囲の気配を探ってるから、少し集中させ――」
適当な言い訳をしながら訓練を続けようとした途端、背筋に纏わりつくような寒気を感じて立ち上がった。
「うっ、なにこの感覚」
同じ寒気を感じたマナが、自分の体を抱きしめて周囲を窺う。
そこへ、寝ていたカイエンとダンが武器を手に起き上がってきた。
「どうやらゴースト共が近づいているようだな。マナ、馬の傍にいて逃がさないよう警戒しろ。私とダンは荷物を見張る。エディオン君は、寝ている皆を」
起きたばかりだというのに、眠い様子を見せないカイエンは指示を出して荷物を見張りに向かう。
マナもすぐに馬の下へ駆けていき、エディオンは眠っている仲間達と御者達の傍に立つ。
しばらくすると、青白い煙のようなものが数体現れる。
煙には不気味に笑う顔があり、どこから声を出しているのか笑い声を発している。
「二、三、いや全部で五体か」
周囲を漂い、どんな悪戯をしようかと探っているようなゴースト達。
何をしてくるのか警戒し、何もしてこなければと思いつつ、様子を見守る。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
悪戯をする標的を決めたゴースト達は、思い思いの標的へと向かう。
腕の良さそうなカイエンとダンを避けて、二体がマナと馬の方へ、もう三体はエディオンの方へ。
「こ、来い!」
二本の剣を抜き、緊張気味に構える。
「落ち着け、これまで通りにやればいい!」
「は、はい。水よ集え 我が刃に水流の加護を アクアエッジ!」
マナが発動させた魔法により、水の力を帯びた刃が剣を包む。
それを振り抜き、ゴーストを二体とも切ってみせた。
純粋物理攻撃こそすり抜けてしまうが、魔法の力を帯びたマナの剣はゴーストを切り裂く。
斬られたゴーストは表情は笑ったまま、霧散するように消えてしまう。
どうにか撃退に成功したマナは、入っていた力が抜けてホッとする。
「ふぅ……。と、そうだあいつは」
魔法を使えないエディオンは大丈夫かと思い、そちらを見た瞬間だった。
まるで突風が吹いたように猛烈な風が吹き、思わずマナは顔を両腕で隠す。
しっかり踏ん張らないと吹き飛ばされそうな風の中、顔の前に構えた腕の間からそれは見えた。
拳を突き出したままの姿をするエディオンと、風に煽られるように揺れた後、霧散というよりも存在そのものを粉砕されたように消えていく三体のゴーストの姿を。
ほんの数秒の出来事だったのに、見ていたマナにはそれがしっかり目に焼き付いていた。
(凄い、本当に……)
拳圧だけでゴーストを消し飛ばす。
聞いた時は信じられなかったが、それが目の前で実行されたら信じるしかなかった。
それはカイエンとダンも同じ気持ちで、実際に目で見てようやくそれが可能であると納得する。
しかし、当の本人は納得していない。
「あぁあっぁぁぁぁぁっ! なんかスッキリしねえぇぇぇぇっ!」
寝ていた仲間達や御者達、馬さえも起きるほどの大声で吠える。
周囲の木々から驚いて起きた鳥が飛び立ち、馬は興奮して暴れ出す。
木に繋がれているため逃げられはしなかったものの、怪我をされたら困るためカイエンとダンが止めに入る。
途中からは御者達も加わってどうにか宥めたが、エディオンの方はまだイライラが収まっていなかった。
今にも襲いかかりそうな獣ような目で低く唸り、殴れる対象がいないか視線で探している。
見かねた幼馴染コンビは、傍に歩み寄って宥めようとする。
「こらっ、何を考えてるの。落ち着きなさい、ディオ」
「納得できるないのは分かるけどぉ、何かに当たるのは駄目だよ~?」
こういう時の対処方法を心得ている二人は、やろうとしている事に対して咎めつつ宥める。
過剰に接触すると、逆に被害に遭いかねない事も心得ており、あのウリランですら肩に手を置いているだけ。
その効果があったからか、少なくとも八つ当たりを止めたエディオンは、ふてくされた表情でその場に寝転んだ。
勿論、見張り中のため寝転ぶだけで、眠りはしない。
「はい、もう大丈夫ですよ。寝ましょう」
慣れているフィリアとウリランは、もう大丈夫だと判断して再び眠りに就く。
周囲も、本当に大丈夫かと思いながら、一応の警戒はしながら横になる。
見張りのため、眠る事が許されないマナは少し怖い物を見るような目でエディオンをみつつ、距離を置いて見張りを続けた。
翌朝、あれ以上のゴースト等の襲撃が無かった一行は、朝食後にすぐ出発する。
そんな中、まだ不満が残っているエディオンは、自分が同乗する予定の場所の隣を走っていた。
「なあ、これ結構なスピード出しているよな?」
「全速力とはいかないが、結構スピード出しているはずだ。今日中に町に着くためにな」
馬車の御者達が並走されているという光景に、馬車の速度が遅いのかと錯覚する。
しかし、馬車は下り坂ということもあって相当な速度で走っており、普通に走って並走できる速さじゃない。
「凄い……なの」
「ええ、そうね……」
「ふむ。しかも見たところ、魔力による強化すらしていないな」
荷台からエディオンの様子を見ているリグリットとリタは、並走しているという現実に驚き、カイエンは一人冷静に魔力強化無しという事を見抜いていた。
「ディオー、少しはスッキリした?」
「まだだ!」
後方の馬車から聞こえたフィリアの問いかけに否定で返す。
そのまま走り続けたエディオンは、結局目的の町まで走り続けてしまう。
その頃にはようやく気分も晴れたのか、スッキリした表情になっていた。
「ふう。やっとマシになったぜ」
苛立っていた時とは比べ物にならないほど晴れ晴れとした表情で体を伸ばし、町の出入りを管理する警備隊にカイエン達と共に身分証を見せる。
無事に町に入ると、町中には色々な人がいる。
放牧による馬の育成に力を入れているこの地には、あらゆる目的で馬を買いに来た人で賑わっている。
荷物を運ばせるため、馬を買いに来た商人。
貴族の嗜みで乗馬をするため、馬を買いに来た貴族とその従者。
他にも軍人や、荷引き競馬をしにきた男達、ただ馬を見に来た家族連れ等、多種多様な目的の人々が道を行き交う。
「ここから道に人が多いので、ゆっくり行きますね」
御者の一人がそう言うと、馬車のスピードは極端に落ちた。
近くにいる人を轢かないよう、慎重に馬車が進む。
安全運転のおかげか、危ない場面も無く馬車は目的の支店に到着した。
そこで依頼達成のサインをもらい、探検者ギルドへ向かう。
この町を拠点にしているカイエン達の案内でギルドへ向かうと、そこにはこれまで見た中で一番大きなギルドが建っていた。
「わ~、おっきいな~」
ウリランのその発言に、彼女の胸元を見ていた男達はそっちも大きいなと心の中で叫ぶ。
そうとも知らずギルドへ入った一行は、依頼達成のサインを見せて報酬を受け取り、身分証に今回の依頼の記録をしてもらう。
ついでにゴーストを討伐したことを伝えると、ちょうど討伐依頼を出すところだったらしく、追加で報酬が与えられた。
「思わぬ収入があって、ラッキーだぜ」
予定より多く手に入った金を、財布のように使っている袋に入れてそれを魔法の袋へ入れ、ギルドの外へ出る。
「君達はこれからどうするのかね?」
「しばらくはここに滞在して観光しながら、もう少し路銀を稼ぎながら修業をする予定です」
「そうか。ならば宿は「深紅亭」にするといい。飯は旨いし部屋もいいし、何より値段が良心的だ」
お勧めの宿を聞いたエディオン達は、迷わず宿泊先をそこに決めた。
道を教わった後にそこへ行こうとするが、その前にカイエンに呼び止められた。
「それとエディオン君」
「はい?」
振り向いたエディオンに向け、静かに闘気を発するカイエンの表情は笑っている。
「ここに滞在している間に、一つ手合わせをしないか?」
向けられている闘気と手合わせの誘いに、エディオンは恐怖心からではなく高揚感から身震いする。
当然、断る理由など無い。
「望むところです!」
「分かった。大抵は探検者ギルドにいるから、都合が良ければ声を掛けてくれ」
最後に手合せの約束を交わし、それぞれのパーティーは分かれる。
ちょうどその頃、町からそう遠くない場所にある魔物の領域に、紺マントの女が足を踏み入れていた。
見張りをしている兵士も、身分証を確認する受付さえも、目の前にいるのに気付かれず通り抜けていく。
何事も無く通り過ぎた紺マントの女は、ある程度領域の奥へ進むとフードを下ろした。
「ふう。このマント、存在感を消す付与がしてあるのはいいけど、音を立てちゃ駄目っていうのが厄介ね。床で足音がしそうだったわ」
愚痴を言った後に再び歩きだし、巨木が多く生えている領域の奥へと進む。
「それに転移の付与も、あそこへ戻るためにしか使えないなんて。便利なんだか、不便なんだか」
ブツブツと文句を言い、フラフラとした足取りで歩いていると、巨木の陰から現れた魔物と鉢合わせする。
鎧のような屈強な筋肉による頑丈さと膂力を持つ、四メートル近い巨体を誇る魔物。
この領域で五本の指に入る強さの魔物、アーマードゴリラだった。
「ガアァァァァッ!」
自分の縄張りに踏み入った侵入者に怒ってか、雄叫びを上げながらドラミングする。
「あらあら、うるさいゴリラちゃんね」
しかし紺マントの女は一切慌てず、冷静に様子を観察している。
そんな様子さえ気に入らないアーマードゴリラは、勢いよく拳を振り上げる。
「悪いけど、アンタみたいな暴力的なのは趣味じゃないの。雷よ集え 鳴り響き降り注げ ライトニングショック」
眼鏡の位置を直した紺マントの女の魔法により雷が放たれ、振り下ろされ迫っていた拳に直撃した。
拳は一瞬で焼け、毛も皮膚も真っ黒になる。
悲痛な叫びを上げて焦げた拳を押さえて蹲るアーマードゴリラに、紺マントの女はトドメを刺す。
「私、煩い奴も趣味じゃないの。風よ集え 切り裂き擦り砕け ウィンドミキサー」
唱えた魔法でアーマードゴリラは竜巻に包まれ、その中から何かが裂ける音と悲鳴が木霊する。
竜巻の中では飛び交う風の刃と竜巻自体の力により、アーマードゴリラの体が細かく切り刻まれていく。
脱出しようとしても、竜巻に触れた瞬間切り刻まれて細切れどころか挽肉なる。
囚われたアーマードゴリラはなす術も無く、血液で真っ赤に塗れた挽肉の山となってしまった。
「あ~あ、我ながら醜い物を余計醜い物にしちゃったわね。早く研究成果を確かめて、ついでに近くの町でいい少年でも食べに行こうかしら」
肉塊を放置して紺マントの女がしばし進むと、そこには周囲の木々よりもずっと高く、なによりも太い木が立っていた。
「あらあら、こっちは予想以上ね。さてと、この中に住ませてあげたあの子は、元気にしているかしら」
機嫌が良さそうに幹の所にある、入り口のような個所から中に入っていく。
それからしばらくして出て来た紺マントの女は、入った時以上に上機嫌になっていた。
「凄いわ。まさかこんな事になっていたなんて。これは数日滞在してでも、検証をしなくちゃ。それと、場合によってはちょっと試してあげようかしら、あの子の強さをね」
鼻歌を歌いながら去っていく紺マントの女の背後、木の幹の中から多くの何かが蠢いている。
それが何なのか、今は彼女しか知らない。




