合同にトラブルは付きもの
薄暗い洞窟のような通路の先、壁にいくつも備え付けられた明かりが灯る開けた空間に、肉体がぶつかり合う音が響く。
片や必死の形相で攻め続け、片や余裕の表情で攻撃を捌いている。
攻めているのはジオ、捌いているのはグレイオス。
動き回ってあらゆる角度から攻撃を繰り出すジオに対し、必要最小限の動きでそれを捌くか回避するグレイオス。
両者を見ているとジオには無駄な動きが目立ち、グレイオスにはまるで無駄が無いように見える。
決してジオが未熟という訳ではないのだが、相対的にそう見えてしまうのだ。
(力、速さ、反応。肉体的な部分は彼に劣らないのだが……)
弟子の動きを見ながら、先日に見たエディオンの動きと重ねる。
(魔力量の差は生まれつきの要素があるから仕方ないにしても、技術的な面がまだ甘い。加えて経験不足もあるか)
「うわっ!?」
攻撃を捌きながら足払いをして転ばせ、顔面へ拳を寸止めする。
突然転ばされた事と、目の前で止まっている拳を見切れなかった事でジオは呆然としている。
だが、無意識に反応だけはしており、拳を避けるように首が右に曲がって顔の位置をズラしていた。
「ここまでにしよう。もっと技を磨け、それと頭も使え」
拳を引いたグレイオスは転んだままのジオに注意点を告げ、離れていく。
「う、うっす!」
「それと最後の一撃を避けようとした反応、無意識下だとしても良かったぞ」
「ありがとうございます!」
鞭だけでなく飴も与えるのを忘れ、一点だけ褒めると紅のマントを羽織ってその場から立ち去る。
それからすぐ通路の方に入ると、緑マントの男がいつも通りフードで顔を隠して立っていた。
「やあやあ、相変わらず熱心ですね」
「お前か……」
気さくに声を掛けてきた相手に素っ気無い反応をし、すぐにその場を歩き出す。
「やれやれ、その素っ気無さと愛想の無さも相変わらずですね」
「お前こそ相変わらず顔を出さないのだな、ここには我らしかいないんだぞ」
「これはもう癖のようなものですから、気にしないでください」
フードの縁を引っ張って、より顔を隠そうとする。
そこまで隠していたいのかとグレイオスが思っていると、前方の分かれ道の右側から紺色のマントを羽織った女性がフラフラと出てきた。
眠そうな目をして厚い丸眼鏡を掛け、白い髪の毛はボサボサな彼の頭には羊の角が生えていることから、羊人族と思われる。
「……おそよう」
下にズレている眼鏡の位置を直しながら、自分を見て呆れている二人に挨拶をする。
「何ですかその挨拶は」
「……おはよう、という時間じゃないじゃないの。ふあぁぁ……」
欠伸をしながら体を伸ばすと、肩関節が鳴る。
よほど固まっていたのか、バキッとなるが本人は気にしていない。
「また何か夜通し研究でもしていたのか?」
グレイオスからの問いかけに紺マントの女は小さく頷く。
「いいえ。これから前に実験で植えた種が、どう成長しているのか調べるために遠出するの。だからその前に、仮眠を取っていただけよ」
マントの下に何故か羽織っている白衣から布を取り出し、眼鏡のレンズを拭く。
それを掛けなおすと、布をポケットに押し込んで歩き出した。
「それじゃ、数日ぐらい出かけてくるわね……」
ヒラヒラと手を振りながら去っていく背中を見送りながら、緑マントの男は呟く。
「前に植えた種とは、アレの事でしょうか」
「アレ? お前、奴の言う種が何か知っているのか?」
「ええまあ。向こうが勝手にベラベラ説明しただけなのですが。しかし、種ねぇ……」
記憶の中にあるそれは、種なことは種だった。
ただしそれは、紺マントの女が品種改良を施した、ある植物系の魔物が育つ種。
別の種と共にそれを植えに行った十数日前の光景を思い出し、彼は思った。
(その種で行う実験は、本当にあのお方の役に立つ物なのでしょうか?)
顎に手を当てて考える緑マントの男に対し、紅マントの男はそれ以上気にせず歩き出す。
彼にとっては彼女の研究が何であろうが、役に立つか否か。
それだけで充分だからだ。
****
早朝で人通りも疎らな町の通りを、地図を見ながら歩くエディオン達。
前日にこの町に到着した一行は、手頃な値段の宿で一泊。
道中での魔物や動物の素材を売った後、掲示板で見つけたある依頼を受けるため、その場所へと向かっている。
「えっと、確かこの辺のはず」
案内用に渡された地図を片手に、先頭を歩くのはエディオン。
地図を見るのは苦手なのか、しきりに周囲を見渡して確認している。
「ああもう、貸しなさい!」
ひったくるように地図を奪ったフィリアは、地図にある情報と周囲の建物の並びを比べていく。
「ちょっとディオ! 通り一本間違えているじゃない、こっちよこっち」
「ぐっ……。悪い」
悔しそうな表情をしたエディオンは、素直に謝ってフィリアの後ろに付いて行く。
ウリランとリグリットもその後ろに続き、一行は目的地に到着した。
そこは馬車便をやっている店で、この店で預かった物を近隣の村や町に届けるのが仕事だ。
「ここね。すみません」
フィリアが誰もいない店内へ呼びかけると、はいという返事と走る足音が近づいてきた。
「お待たせ致しました。お荷物ですか?」
奥から現れたのは、フィリアと同じ狼人族の中年女性。
作業中だったらしく、薄っすら汗を浮かべている。
「いいえ、こちらの依頼を受けた探検者なんですけど」
ギルドの受理印が押された依頼書を受付に置いて見せる。
内容は隣町への運搬中の護衛。
それを見た女性はああと言って頷く。
「分かりました。ギルドから連絡は受けています。どうぞこちらへ」
女性が出てきた奥の方へ案内され、奥へ向かう廊下を歩く。
やがてそこを通り抜けた先では、数人の男女が複数の馬車へ荷物を積み込む作業をしていた。
主らしき恰幅のいい蛙人族の男が荷物の札と台帳を見比べ、どの馬車に乗せる物かを判別して指示を出し、乗せた荷物は崩れないよう重ねられていく。
「あなた、探検者の方々がいらっしゃいました」
案内してくれた女性は、指示を出している蛙人族の男にエディオン達を紹介する。
男は台帳をその女性に渡してしばらく頼むと伝え、対応に当たる。
「いやあ、わざわざすまないね。私はここの主のジョーという。君達に警護をしてもらいたいのは、こっちの馬車二つだ」
愛想笑いを浮かべるジョーが見せてくれたのは、複数ある馬車の中では中くらいの大きさの物が二つ。
若い男数人が荷物の積み込み作業をし、その傍では地図を開きながら座って話し合いをする四人組がいた。
全員が防具を身にまとい、武器を身につけている事から、エディオン達と同じ護衛だと思われる。
実は今回の依頼は八人募集していて、エディオン達が申し込んだ時には既に四人組の別パーティーによって埋まっていた。
他パーティーとの合同依頼は初めてとあって、どんな相手なんだろうと四人は気になっている。
「すみません。本日一緒にお仕事をして頂く方々が、ご到着なさいました」
護衛の下に歩み寄ってジョーが声を掛ける。
全員がその声に反応して地図から目を離し、ジョーとその後ろにいるエディオン達を見た。
「やあ、今日はよろしく頼むよ」
四人の中で一番年齢が高そうな竜人族の男が立ち上がり、渋みのある声で話しかけてきた。
「私はクラン「残月」のリーダー、カイエンという。見ての通り剣士でランクは七だ」
腰に差してある剣の柄を軽く叩きながら、自己紹介をする彼を見たエディオンは、目の前にいる人物は強いと感じた。
さすがにルーディアンの実力には全く届いていないが、数年前に戦った時のグレイオスに少し劣るくらい。
こういう状況でなければ、今すぐにでも手合せを頼みたいほどだった。
そうとも知らず、カイエンは自分の後ろにいる仲間の紹介を始める。
大盾を背負い片手昆を腰に差している、大柄な熊人族の男がランク五のダン。
杖を持ち、背中の開けた改造修道服を着ているのは、背中に白い翼が生えているのが特徴の天翼族の女性でランク四のリタ。
そして腰に小太刀のような剣を二本差している、一番小柄な狐人族の少女がランク二のマナ。
それぞれ紹介されると、無言で頭を下げるだけのダン、笑顔で手を振るリタ、生意気そうな目でエディオン達を観察するマナと反応が分かれる。
「特にクランとかじゃないんですが、一応このメンバーのリーダーのエディオンです。武器はこいつでランクは二」
レザー系の手甲を付けているだけの右腕を突き出し、握り拳を見せる。
「同じくランク二で前衛のフィリアです。こっちは二人とも後衛で、牛人族がランク二のウリラン、兎人族がランク一のリグリットです」
「よろしくお願いしまぁす~」
「よろしく……なの」
後ろに三人も自己紹介を終えると、見守っていたジョーが仕事の説明を始めた。
「今回皆さんには先ほどもお伝えした通り、この馬車二台の護衛をしていただきます。届け先は山一つ越えた町にあるうちの支店です」
山一つ越えた町とは、以前にリグリットが話した事のある放牧による馬が有名な町。
行き先が合致していることからこの依頼を受け、移動ついでに路銀を稼ごうという考えでエディオン達は依頼を受けた。
「報酬は依頼書にある通り、お一人につき銀貨二枚。道中の食事は、こちらでご用意しております」
依頼に食事を付けるのはさほど珍しくない。
人手を確保するため、そういった付加価値を付ける事は割とあったりする。
今回は急ぎの依頼だったらしく、相場の報酬に食事が付けられていた。
「何かご質問はありますか?」
質疑応答に入るとダンが手を上げた。
「これまでにおたくからの護衛依頼は、この場にいる半数程度だった。守るべき馬車の数が増えた訳でもないのに、今回は護衛を倍にした理由を聞きたい」
盾役として仲間を守る立場にある彼からすれば、尋ねた点は大事な事だった。
わざわざ護衛を雇ったということは、道中に何かあるのか、それとも荷物によほど大事な物があるのか。
それ次第では戦い方も変化し、守り方も変わるからだ。
「はい。実はここ最近、山中でゴーストの目撃情報が増えていまして」
説明を聞いてエディオンの両手がビクリと反応する。
フィリアはウリランは、あちゃあと言いたそうな表情を浮かべ、苦い表情をするエディオンを見た。
このゴーストというのは、魔物で唯一、領域のような場所に居つかない魔物とされている。
ただし、彼らは誰かを傷つけたり、殺したり、乗っ取って操ったりする事は無い。
彼らがするのは、近くにいる人や動物に対して悪戯をして楽しむ程度。
不気味な声を発しながら周囲を飛び交ったり、商人の積み荷を解いて地面にぶちまけたり、繋いでおいた馬を逃がしたりと。
そのため無害とは言い難く、ゴーストが住み着いた道中を通る時は、盗賊や野生動物とは別の意味での注意が必要になってくる。
「ゴースト対策に八人も雇うんですか?」
「山越えで馬を逃がされたり、お預かりした荷物を傷つけられたりしたら、私どもだけでなくお客様にもご迷惑が掛かりますから」
リタからの質問にそう答えたジョーの表情は少し暗い。
思わぬ出費で、収益に影響が出るからだろう。
だがそれは利益が少なくなるというだけで、赤字になるという訳ではない事を追記しておく。
「それに、ゴーストによる悪戯のせいか、やけに興奮した野生動物に襲われる被害がここ最近増えているのです。それで今回は念のため、倍の人数を募集したのですよ」
直接的な悪戯の方がまだマシだと言うジョーに、誰もが同意した。
直接悪戯をされても命を奪う気は無いため死者は出ないが、間接的な被害の方は死者が出かねない。
悪戯をされて興奮した野生動物にすれば、相手がゴーストであろうが人間であろうが亜人であろうが関係無い。
「なるほど、理由はよく分かった。俺からはもう質問は無い」
知りたい情報を聞けたダンは、ゴーストよりも野生動物から仲間を守るのだと判断し、頭の中で守り方を組み立てていく。
次に手を挙げたのはリグリット。
「私達、この先初めて。盗賊の有無を知りたい……なの」
「盗賊の類は、あの山中にはいません」
「そうとは限らん。他所からこちらへ流れて来ている可能性もある。注意はしておいた方がいい」
いないと言い切るジョーだが、だからといっていないと決めつけるなとカイエンが注意を促す。
こういった注意深さと警戒心の強さは、如何にもベテランの探検者らしい。
対人戦闘が有るか無いかによって、心構えはかなり違うと分かっている。
「その方がいいと思います。特にリグリットは、対人の経験が無いに等しいし」
「承知……なの」
この質問もこれで終わり、それ以上の質問は出なかった。
一時間後ぐらいに出発だと言い残したジョーは仕事へ戻り、護衛の八人は地図を囲むように座って打ち合わせをする。
カイエン達のパーティーは今回通り山道を何度も通った経験があり、地理的な特徴をエディオン達に教えていく。
さらに今夜はこの辺りで野営になるため、野営向きの場所も数か所教えてくれた。
全ては優しさからではなく、情報を共有して依頼を成功させるため。
「では次に、戦闘における陣形を決める。仕切りは私でいいかね?」
この中で一番経験豊富で高ランクのカイエンが仕切る事に、誰も異論は無かった。
「当たり前ですよ、カイエンさん。他に誰がいるんですか。一緒にやるこいつらは、全員ランク二以下なんですよ? そんな奴らが仕切っていいはずが、痛って!」
生意気な口調でカイエンが仕切るのを当然のように主張するマナに、無言でダンが拳骨を振り落した。
殴られたマナは頭を抱えて蹲り、じんわりと涙を浮かべながら痛みに耐える。
「お前もまだランク二だろう、未熟者が。その上、初対面の相手に対して、その言葉遣いと言い方はなんだ」
「で、でもダンさん」
「黙れ。相手がよほどのクズと分かっているのならともかく、初めて遭った相手に対しては誠意を持って接しろ」
先輩からの教育的指導にマナはそれ以上何も言わなかったが、まるでエディオン達が悪いとでも言いたげに睨みつけた。
リタからは小声で謝罪が入ったが、当の本人は全く反省していないように見える。
「続けるぞ。陣形についてだが、我々は前衛五名後衛三名で構成されている。戦闘時は前衛三、後衛三、後衛を守るための前衛二の陣形を取る」
前衛が直接戦闘し、後衛がそれを援護、残る前衛二人は前衛が抜かれた時に備え、後衛の警護役として前線の戦闘には参加しない。
この陣形に誰も文句は言わなかった。
続いてカイエンは、割り振りを決めていく。
「後衛三人は魔法使いのリタ、ウリラン、リグリット。この三人と御者の警護にはマナとフィリア。残る私とダン、エディオンが前衛だ。これを基本として、状況次第では臨機応変に」
「ちょっと待ってください! なんでこいつがカイエンさんと一緒に前衛なんですか!」
説明の最中にマナが割って入り、カイエンに詰め寄る。
「適確に割り振ったつもりだが?」
「こいつはアタシと同じランク二じゃないですか! なのに、どうしてアタシが後衛の警護で、こいつは前線に出るんですか!」
気に入らないとでも言いたそうに主張し、エディオンを指差して睨み付ける。
突然叫ぶものだから、積み込み中の作業員達も何事かと視線を向ける。
「彼は前線に出すべき強さを身に付けている。ただそれだけだ」
「そんな、戦っている所を見てもいないのに」
「分かるさ。彼は強い。依頼が終わった後、手合せしてみたいほどにな」
エディオンがカイエンの強さを感じ取っていたのと同様、カイエンもエディオンの強さを見抜いていた。
感覚的に感じ取っただけのエディオンに対し、長年の経験と積み重ねてきた研鑽による観察力で見抜いたカイエン。
それだけに彼は確信している。
もしも事前に実力を調べるだけで探検者ランクが決まるのなら、エディオンは自分と同等のランク七か、ひょっとしたらそれより上のランク八くらいはあると。
「お前と同じランク二であっても、実力は天と地ほどの開きがある。この依頼の最中に戦闘があれば、それを思い知るだろう」
諭すように説明するが、不機嫌なマナは納得しなかった。
悔しそうな顔で奥歯を噛みしめ、殺気を込めた目でエディオンを睨む。
睨まれたエディオンはどこ吹く風だが、その余裕のある態度が余計にマナの怒りを買った。
「カイエンさん! 依頼中だなんて言わず、ここでアタシとやらせてください! 逆にこいつに身の程を教えて、アタシの実力を思い知らせてやる」
この提案にエディオンの実力を知っているか読み取った面々は、無謀な事をと思う。
その中の一人のカイエンは、できれば仕事前に荒事は避けたいものの、口で言ったところでは納得しそうにない。
だからといって仕事の前に負傷されても困るため、人前だが仕方ないと溜め息を吐く。
「このバカ者がっ!」
一喝した声が響き渡って作業員全員の動きが数秒止まり、視線は自然と声の方へ集まっていく。
視線の先には一喝されて怯えるマナと、急な大声に驚くエディオン達がいる。
平然としているのはダンとリタの二人だけで、久々に聞いたわねとリタが呟く。
「仕事の前に、そんな事を許可できると思っているのか。その時の怪我が原因で、仕事に失敗したら責任の取りようがないぞ。謝って怒られれば済む問題ではないんだぞ!」
怒気の籠った声で叱られ続けるマナは震えっぱなしの怯えっぱなし。
直立状態で震えながら俯き、はい、はいとだけ返事している。
「罰として、夜間の見張りの時間を長くするぞ。恨むのなら、短絡的な考えをした自分を恨め」
「はい……」
最後に罰則を与えることでようやく説教は終わった。
「急に大声を出してすまない。さて、何か意見のある者はいるか? 事前に言っておきたい事でも構わない」
挙手をしたのはまたもリグリットだった。
彼女が言いたい事を察したエディオン達は、確かに伝えておかないと拙いなと納得する。
「何かね?」
「先天的素質皆無により、攻撃魔法使用不能。付与、治癒、防御は問題無し……なの」
「はぁっ!? なによそれ!? 攻撃できない魔法使いが探検者なんて、とんだお笑い――たぁっ!?」
またも暴言を吐きそうになったマナに、今度はリタが手刀を振り下ろした。
蹲る姿を見ながら、懲りない奴だとエディオン達は一様に思った。
「重ね重ねごめんなさいね。どうにもまだ教育が足りなくて」
「気にしない……なの」
先が思いやられそうな空気に包まれながらも、打ち合わせは続く。
攻撃参加が不可能なリグリットは支援に専念し、その分リタとウリランは魔法での攻撃中心に。
警護役のフィリアとマナは、その点を考慮してのフォローをするようにとカイエンが指示を出す。
「最後に馬車の振り分けを決める。一台目には私とリタ、リグリットにエディオン。二台目にはダンとマナ、フィリアとウリランで乗り込む」
元々のパーティー別にせず、二人ずつ混ぜての組み合わせ。
戦闘時の連携のため、少しでも親睦できればと考慮しての事だった。
「ここまでで、何か意見はあるか?」
今度は誰も挙手せず、最後に夜間の見張りの組み合わせと順番を決めて打ち合わせは終わる。
それからしばらくして馬車の準備も整い、それぞれが組み合わせ別に馬車に乗り込む。
馬車は二頭引きで、御者は交代要員を入れて一台につき二人ずつ。
荷物を積んで空いているスペースに座り、出発の時を迎える。
「それでは皆さん、どうか護衛の方をよろしくお願いします」
「お任せください」
代表してカイエンがジョーと約束を交わし、馬車は走り出す。
町中を抜け、身分証を提示して町から外へ出る。
特に特徴の無い町というだけあって、町の外はのどかな風景が広がっていた。
「ところで、カイエンさん達は隣町に何の用で?」
せっかく乗り合わせたのだからと、エディオンは自分の正面に座るカイエンに話しかける。
「なに、我々はこれから向かう町を拠点にしていてね。依頼であの町に行って、帰りがてら一稼ぎしようと思っただけさ。君達はどうなんだい?」
「俺達は帝都の方に向かう最中なんです。で、移動の足を確保がてら路銀を稼ごうと」
「似たような理由だな。しかし、こんな所で同族と会えるとは思わなかったぞ」
亜人の中でも竜人族は最も数が少ない。
多種族と交われば、子供はほぼ相手の種族となり、竜人族の子が生まれるのは極稀。
だからこそ、こうしてエディオンと会えた事はカイエンにとって、少しばかりの喜びだった。
「君はどっちの親が竜人族だったんだ? それとも両方共か?」
「あっ……」
思わず口を挟もうとしたリグリットを手で制止させ、自分の口で伝える。
「俺の本当の親は知らない。赤ん坊の時に、親父に拾われた」
それを聞いたカイエンとリタの表情が曇る。
知らなかった事とはいえ、拙い事を聞いてしまったと。
しかし、良くも悪くもエディオンはそういう反応に慣れている。
「気にしないでください。俺にとっては、親父だけが親だと思っているんで。顔すら知らない生みの親よりもね……」
「……っ!」
口にした言葉よりも、その時の目にカイエンは目を奪われた。
生みの両親のことなど全く気に掛けず、育ての親である親父と呼んでいる男を心の底から信じているその目に。
しかもその目は、ただ信じているだけじゃない。
それを上回る圧倒的な対抗心を感じ取れる。
「……君は、その父親を尊敬しているのだな」
否定される。そう分かりきっての問いかけに、エディオンは見事に応えてみせた。
「尊敬? いや、違いますよ。俺にとって親父は、越えるべき最高にして最大の壁ですよ」
どこから湧き出ているのか分からない、その対抗心と闘気はリタとリグリットにも感じ取れるほど。
それに当てられた御者席に座る二人の御者は身震いし、落ち着きなく走り出そうとする馬を操って宥める。
「えっと、君のお父さんって強いの?」
「強いですよ。今まで親父よりも強いどころか、匹敵する人や魔物を見たことも無いです」
自信を持って言いきる姿に、どんな父親なのよと尋ねたリタは気になる。
カイエンもまた、どんな人物なのか気になっていた。
一人の探検者として、どれだけの腕を持っているのだろうという好奇心が溢れ、思わず笑みを浮かべてしまう。
「……君は、その親父さんを越えたいのか?」
今度は肯定する。
先ほどと同じく強い確信を持っての予想は、再び正解だった。
「はい。親父を越えるのが、俺の目標ですから」
返事を聞いたカイエンは、心の中でやはりと呟く。
目の前にいるエディオンが相当な腕前なのは、対面した時点で感じ取っている。
そんな彼が目標にしている父親とは、どれほどの腕前なのだろうと、考えるだけで気持ちが高ぶってくる感覚に包まれる。
「君の親父殿というのは、一体なんという――」
「はあぁぁぁぁぁぁっ!?」
名前を聞こうとした途端、後方の馬車からマナの驚きの声が響き渡ってきた。
二台の馬車の間はそれほど遠くはないが、近づきすぎて急停車時にぶつからないくらいには距離を取っている。
それでも聞こえた辺り、よほど驚くことがあったのだろう。
「どうしたのかしら? あの子」
「大方、俺の親父の名前でも聞いたんでしょう」
「ほう? それはますます聞いてみたくなったな、君の親父殿の名前を」
興味津々で聞いてくるカイエンに、隠し立てするような事でもないとエディオンは伝える。
「ルーディアン。白虎人族、竜撃者のルーディアンです」
その名前を聞いたカイエンとリタは、驚きを通り越して言葉を失った。
国内外にまで知れ渡っているその名前。
知らないのは赤ん坊ぐらいじゃないのかと言われるほどの有名人で、探検者を志す者なら一度は憧れる最強の亜人戦士。
当然その名前は、カイエンとリタも知っている。
「き、君のお父さんが、あのルーディアン様?」
「ええまあ。血は繋がっていませんけど、紛れもなく俺の親父です」
「クククッ。そうか、あの人の息子だったのか。道理で強いと感じたわけだ」
こみ上げてくる笑いを隠さず、笑みを浮かべながら思い出す。
今から二十年前、まだルーディアンが竜撃者ではなく、爆拳のルーディアンと呼ばれていた頃。
当時ですら、探検者の間では知らない者はいないほどの強かった彼を倒し、名を上げようという者は多かった。
カイエンもその一人で、自慢の剣を手に挑んだが一撃で負けた。
付きまとっていると言っていたエルフの女性による開始の合図と同時に、身体強化の魔法を唱える暇も無く接近され、鳩尾に拳を受けて気絶させられた。
覚えているのは、あまりの速さに消えたと認識することもできず、鳩尾から全身に強烈な痛みが広がり、まるで物凄い力で引っ張られるように後ろへ飛んでいったことぐらい。
気づいた時は病院のベッドで、治療を受けた後だった。
(今の私なら……いや、無理だな)
あれから二十年でさらに研鑽を積み、強くなったという自覚はある。
しかし、あの強さにはまだ遠く及ばない事を、カイエンはしっかりと理解していた。
「ねえねえ。普段のルーディアン様がどんな人なのか、教えてよ!」
「まあ、隠すほどの事じゃないんで、いいですけど」
興奮して翼を広げるほどルーディアンファンであるリタに迫られ、語りだす様子を見ながら、やはりこの仕事が終わったら一手交わらせてもらおうとカイエンは決めた。
ちなみに、普段のルーディアンの姿と、本に書かれている内容のほとんどが捻じ曲げられたものだと知り、色々な想像を壊されたリタが崩れ落ちるのはもう少し先の話である。




