改善点発見
普通の森よりも薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出す森の中にエディオン達はいた。
平然と歩くエディオンを先頭に、探知魔法で周囲を索敵するウリラン、表情こそ無表情だが不安そうに周囲をキョロキョロ見渡すリグリット、そして最後尾には短剣を手に警戒しているフィリア。
時折聞こえる雄叫びのような鳴き声にリグリットはビクリと反応し、頭に生えている兎耳がピンと伸びる。
明らかに過剰に恐怖心を抱いているのが察せられるが、本人の無表情は変わらない。
みょうちくりんな語尾同様、彼女のアイデンティティとなる点を崩さない辺りは、変な方向でだが根性はあるようだ。
「そんなに緊張しなくとも大丈夫ですよ」
緊張をほぐそうと、極力柔らかい口調でフィリアが声を掛ける。
しかしリグリットは首を横に振った。
「魔物領域初体験。緊張皆無無茶……なの」
微かに震える声で言った通り、彼らがいるのは魔物の領域。
次の町までの道中に見つけ、魔物との戦闘経験が無いリグリットが経験したいと言いだした。
エディオン達はまだ早いと説得したのだが、どうしてもと言うので四人で足を踏み入れた。
弱い魔物狙いで浅い場所を歩き、魔物を探している。
「ん~?」
前を歩いているウリランが首を捻って唸ると、真後ろにいるリグリットは何か近づいているのかと、手にしていた杖を強く握って周囲をやたらキョロキョロし、耳も左右に激しく動いて音を拾おうとしている。
「どうかしたか? 何か探知に引っかかったか?」
「うん、何かいるねぇ。あっちの方だよ~」
何かが探知に引っかかった方向を指差す。
「よし、行くか」
エディオンを先頭に進路を変更し、道なき道を進んで行く。
しばらく歩いた一行は、ようやく見つけた魔物を木や茂みに隠れながら様子を観察する。
外見は猪に似ていて、違うのは頭に生えている二本の角と、普通の猪より二回りほど大きい体、そして剥き出しの鋭く尖った牙が特徴的な魔物。
「確かあいつはホーンボア。親父がよく狩っていたやつだ」
エディオンの記憶にあるその魔物は、何か食べ物でも探しているのか、掘った地面に頭を突っ込んでいる。
「今なら不意打ちできるな」
相手が気づく前に倒す。
そうすれば余計な戦闘は避けられ、危険の可能性も減る。
食料探しに夢中なホーンボアはエディオン達に気づいておらず、不意打ちをするなら今ほど絶好のタイミングは無い。
「そうね。じゃあ、いつも通りに」
前衛はフィリア、後衛にウリランとリグリット、そしてエディオンは万が一に備えてのフォロー。
よほど強い魔物でない限りは、このフォーメーションが基本になっている。
この魔物の領域を警護している兵士の話では、奥に行かなければ強い魔物はいないとのこと。
そのためホーンボアがさほど強くないのは分かっているが、魔物との戦闘経験が無いリグリットにとっては、魔物というだけで脅威的な存在となる。
「いつも、通り。いつも、通り……なの」
自分に言い聞かせるようにリグリットはブツブツ呟く。
明らかに平常心ではない様子に、この中で一番仲が良いウリランが肩に手を置く。
「大丈夫だよ~。何かあっても、ディオ君がなんとかしてくれるから~」
いつものマイペースで緩い口調を聞き、力が入り過ぎていた肩から少し力が抜ける。
「分かった……なの」
一回頷いてエディオンを見る。
彼が有名なルーディアンの息子で弟子であることは先日知ったばかり。
しかし、その強さは実際に目にしてきた。
何かあっても大丈夫だという気分になってきて、幾分緊張がほぐれていく。
「有事対処、任せる……なの」
「任せておけ」
自信満々に親指を立てるエディオン。
彼に見守られ、フィリア達は魔物との戦闘を開始した。
まずはリグリットがフィリアに速度強化の付与魔法を施し、フィリアが奇襲を仕掛ける。
ウリランはいつでも防御魔法を使えるよう、準備をして待機。
魔物との戦闘ならやる事はもう少しあるのだが、今回は不意打ちができる状況のため、やる事はこれだけ。
初めて魔物と戦闘をするリグリットからすれば、直接向き合わず、やる事も少ない今回は少し幸運に思えた。
しかし、そう簡単なものではなかった。
「はっ!」
猛スピードで一気に接近したフィリアが短剣を振り下ろす。
ところが、接近に感づいたホーンボアが振り返り、首筋を狙った短剣がちょうど角に当たって防がれてしまう。
「しまった!」
予想外の展開にフィリアは慌ててバックステップし、距離を取ろうとする。
一方のホーンボアは食料探しの邪魔をされたため、とても興奮していた。
激しく鳴き声を上げながら、猪突猛進の言葉通りフィリアに突進していく。
「土よ集え 敵を囲いて立ち塞がれ アースウォール~」
心構えをしていたお陰か、落ち着いて発動させたウリランの防御魔法が、両者の間に土の壁となって出現。
突進を止められないホーンボアは、そのまま土の壁に直撃。
ところが鋭い角と牙が壁を貫通して、危うくフィリアに当たりそうになる。
体そのものは壁に遮られて止まったから届かなかったものの、もしも破られていたら串刺しになっていたかもしれない。
「気をつけろ! そいつの角と牙は、かなりの硬度なんだぞ!」
思わずエディオンが叫ぶが、まだ状況的には問題無いと判断し動かない。
「わ、分かってる。ウリちゃん、支援をお願い!」
「任せてぇ。リグリン、代わりに防御はよろしく~」
「了解……なの」
体制を立て直している間にホーンボアも角と牙を引っこ抜き、壁を迂回してくる。
動けるよう構えていたフィリアはホーンボアの突進を避け、擦れ違いざまに前脚を斬りつけた。
しかし傷は浅く、僅かによろめかせただけ。
それでも傷を負わされた事に違いないホーンボアは鳴き声を上げ、よろけた体勢を立て直しながらウリランとリグリットの方へ向かう。
「風よ集え 守護の風で我らを包め ウィンドウォール」
今度はリグリットが使った防御魔法により、ホーンボアの突進は風の球体によって阻まれる。
その間にウリランは詠唱を終え、攻撃用の魔法を放つ。
「土よ集え 大地より出でて敵を貫け ロックスパイク~」
防御魔法の向こう側、地面から突き出た岩の棘がホーンボアの腹部に刺さる。
普通の猪だったなら背中まで貫通できたが、魔物になって硬くなった皮膚によって貫通はできなかった。
それでも表皮は貫き内臓を傷つけられたらしく、ホーンボアは苦しそうな声を上げながら血を吐く。
下から突き上げられた事で僅かに浮いた脚をバタつかせると、重みと振動でロックスパイクにヒビが入りだす。
「あっ、ヤバい~。土よ集え」
追加で魔法を使ってトドメを刺そうとしたが、それよりも先にフィリアがホーンボアの背後から跳び上がって短剣を振り下ろした。
「これで、終わり!」
両手で持って振り下ろされた短剣が首筋に刺さり、刃先が脊椎を傷つけた。
さすがにこうなっては、如何に魔物であっても息絶える。
動かなくなったホーンボアに、一番ホッとしたのは当然ながらリグリットだった。
「討伐、完了……なの」
緊張感から解放され、ヘナヘナと座り込む。
展開していた防御魔法が解けると、ウリランはホーンボアに歩み寄って角や牙に指先で触れる。
「おぉぉ。硬いね~。これじゃあ、勢い次第じゃアースウォールは貫けるだろうね~。ロックイージスにぃ、すべきだったな~」
硬さを触って確認し、防御魔法の選択が甘かった事を反省する。
「話には聞いていたけど、こんなに硬いのね。避けられて良かったわ」
同じようにフィリアも角と牙に触れ、その硬さと先端の鋭さを観察する。
下手をすればこれが刺さっていたのかと思うと、想像しただけでフィリアはゾッとして身震いした。
「で、どうだった? 初めての魔物との戦闘は」
「……キツイ……なの」
どう表現すればいいか分からないリグリットはそれだけ呟き、立ち上がろうとする。
しかし、途中で膝から力が抜けて崩れ落ちそうになる。
咄嗟にエディオンが腕を掴んで支えたが、リグリットの膝はガクガクに震えていた。
「なにこれ……なの」
膝だけでなく手も震えていて、止めようと思っても震えは止まらない。
「もう限界か」
「限……界……なの?」
魔物との戦闘は、野生動物相手とは比べ物にならないほど、命がけの真剣勝負。
その中で生じる緊張感の中、生き残るためには並外れた集中力が必要になる。
今まで魔物どころか、まともな戦闘訓練すらほとんど無いに等しいリグリットにとって、魔物との戦闘はたった一回で息が上がっていた。
領域に入るのをまだ早いとエディオン達が言っていたのは、もう少し戦闘訓練と野生動物相手の実戦を積んでから、という意味。
彼らも何年もの修業を積んでいたからこそ、こうして魔物との戦闘でも簡単には疲れなくなったのだから。
「分かったか? 今のリグリットにはまだ魔物の領域は早すぎなんだ」
「うぐぅ……なの」
現実を突きつけられ、悔しそうに俯いて唸る。
「そもそも、なんでそこまでここに来たかったんだ?」
倒したホーンボアを解体するフィリアとウリランを見守り、周囲を警戒しながら問いかける。
「私、皆に付いて行くと決めた。例え魔物の領域でも、置いて行かれるのは拒否……なの」
本人は真面目に答えており、言いたい事も理解できる。
だがエディオンは、なんだその寂しがりや理論は、と思った。
要は一人で仲間外れのように留守番するくらいなら、無理矢理にでも一緒に行くと言っているのだと捉えて。
「……そうか、頑張れ」
「承知……なの」
本人はやる気満々でいるが、どれだけ時間が掛かるだろうとエディオンは思っていた。
なにせ自分で作った重量強化を付与した杖を振れず、走らせてみたら体力もさほど無い。
根性はあるようで歩きなら旅路に付いて来れる上、野生動物との戦闘では攻撃に参加しない分、それなりに役には立っている。
しかし決定的に経験値と体力も足りなすぎる。戦闘技術や魔法はともかく、そちらを重点的に鍛える必要があると判断され、ここまでの旅路でもそこを鍛えさせていた。
「だったら走り込みの量と、狩りの頻度を倍くらいにして、ついでに重量強化した杖を振れるように腕立てと、それから」
育成計画を声に出すと、それを聞いたリグリットは少し慌てた口調で割って入る。
「限度を弁える、大事! ……なの」
「そんな事を考えてたら、いつまでもちゃんと付いて来れないぞ」
「うぐぅ……なの」
修業内容を拒否したい気持ちと、付いて行くために強くなりたい気持ちの間で葛藤し、頭を抱えて唸りだす。
そうしている間にホーンボアの解体が終わった。
「とりあえず角と皮、牙も回収しておいたわ」
「お肉も回収したけどぉ、なんか固そうなんだよね~」
解体で手を血塗れにして戻って来た二人は、同じ戦闘をしたのに平然としている。
それを見て余計に自分の不甲斐なさを実感したリグリットは、拒否したい気持ちを遠くへブン投げた。
杖を支えにして震える脚で立ち上がり、三人を見据えて勝った気持ちを伝える。
「もっと、強くして……なの」
自身の岐路を見出すため、無理を言って故郷を飛び出して付いて来た。
それを、まだ始まったばかりのこんな所で挫折したくない、という気持ちが弱気に勝った。
決意の籠った目と声に、そうこなくっちゃとエディオン達は笑みを浮かべる。そして。
「じゃあまずは、休もうか。その脚じゃ、移動できないだろ。少し回復しよう」
震えている脚を指摘されたリグリットに、拒否する理由は無かった。
実際、根性を出して立ったものの、歩くのは困難だった。
それからしばらくし、一行は倒したホーンボアの肉を焼いて食べ始める。
予想通り肉は固く、鋭い歯を持つエディオンもフィリアも、簡単には噛み切れないほど。
「こんっのおぉぉっ!」
半ばむしり取るように引きちぎり、何度も噛むが簡単には飲み込めない。
「ふんっ!」
そのうっ憤を晴らすかのように、匂いに引き寄せられて近づいて来た魔物を殴り、蹴り飛ばす。
かつて戦ったブラッドベアも、鋭い爪が特徴の猿の魔物であるクローエイプも、素早い身のこなしで動く狼の魔物のワイルドウルフも一撃で倒していく。
特に食べているのと同じホーンボアが出た時など、恨みを込めるかのように魔力を纏わせた拳で頭蓋骨を粉砕した。
「わぁお、荒れてるね~」
小さく切った肉を、食べ辛そうにしながら飲み込むウリランは、特に苛立ちも無くマイペースにしている。
「まあ、この固さじゃ、ねっ!」
若干の苛立ちを覚えながら、骨から肉をむしり取るフィリア。
時折猫っぽい悲鳴を上げる彼女だが、そうして肉を食べる姿はまさしく彼女の種族である狼のよう。
「……壮絶光景……なの」
唯一人呆然としているリグリットは、食事どころではなかった。
浅い場所とはいえ、魔物の領域で調理を始めた上に、匂いに引き寄せられた魔物は悉くエディオンが一撃必殺。
周囲には倒された魔物が死屍累々と広がっており、起き上がって逃げたのはほとんどいない。
やがて魔物がその光景を見ただけで逃げ出すようになり、食事中だというのに一種のセーフティーゾーンのようになっていた。
「ディオ君がいるとぉ、こういう所でも普通に食事ができていいね~」
「同感。温かい食事は旅の数少ない癒しだもの」
長い付き合いの二人にとっては、こうした光景はさほど驚く事ではなかった。
普通に受け入れて、当然のように食事を続けている。
「魔物を一撃必殺……なの」
強いのは分かっていたリグリットだが、こうして目の当たりにすると、分かっていても驚いてしまう。
「ディオならこれくらい当然よ」
「リグリンと会う前にはぁ、オーガを一人で倒しちゃったくらいだしね~」
「!? オーガを……なの!?」
探検者家業初心者のリグリットでも、オーガの強さは聞いた事がある。
それを一人で倒したと聞いた直後は信じがたかったが、目の前の光景を改めて見たら少し納得した。
同時に、ある思いを抱いた。
それはエディオンに対してではなく、目の前で普通に食事をしている二人に対して。
「はぁ、片付いた片付いた」
肩を回しながら戻って来たエディオンは、残っている骨付き肉を手に取り、齧り付く。
魔物をぶっ飛ばして少し気分が晴れたようで、表情はややスッキリしていた。
「お疲れさま」
「悪いわね。ディオ一人に任せちゃって」
「気にすんな。これだけの数がいれば、ちょっとは修業になるだろうし」
地べたに座り、手にしていた肉を食べ続ける。
その姿を見ていたリグリットは呟く。
「危険……なの」
一言だけのその呟きに、三人は揃ってリグリットの方を向いた。
「危険ってぇ、何が~?」
意味が分からず、首を傾げながらウリランが尋ねる。
「フィリアとウリラン、現状況下において危機感弱し。原因ディオ……なの」
「「「?」」」
リグリットなりに説明したつもりなのだろうが、イマイチ伝わっていない。
顔を見合わせ、分かったかと無言で交わし、分からないとジェスチャーで返す。
三人のやり取りから、伝わっていないと察して、今度は少し噛み砕いて説明する。
「ディオが強いからって、安心し過ぎ。戦い方も、少し危なっかしい。原因、何かあってもディオがなんとかしてくれるから……なの」
ようやく伝わったその言葉は、三人の胸に突き刺さって俯かせる。
まなじ幼馴染として長く付き合い、共に狩りをしてきた月日が、いつの間にかそうさせていた。
危ない目に遭いそうになったらエディオンが解決し、そうした安心感がフィリアとウリランの戦い方に変化を与え、危なっかしいと思えるような戦い方をさせるようになった。
「私はまだ素人レベル。故に危険と何度も思った。二人の戦術、無意識の内に危険域手前。原因ディオの強さに依存……なの」
説教されたような気分になり、三人は食事をしていた手が止まる。
知らず知らずのうちにそんな戦い方をしていたのかという後悔と、それに全く気づかなかった不甲斐なさに言葉が出ない。
思い返すと、言われた通りのような戦闘がいくつか思い当たる。
さらに挙げるなら、ついさっきまで魔物が迫りくる中で、平然と食事をしていた風景もそうだ。
普通はそんな事などできず、少なくとも警戒くらいはしているはず。
それらを思い出しながら、実際はそれ以上にあるんだろうなと、三人は揃って思った。
「今後の修正点発見。とても良い事……なの」
「「「……はい」」」
例え数日でも探検者としては先輩で、戦闘経験は圧倒的にエディオン達の方が上だが、思い当たる間違いを指摘された三人は素直に受け入れる。
今回指摘された点は、一緒に行動してきた慣れから生まれたもの。
慣れは大敵の一つだと教わり、戦闘では慣れで注意を怠らず、油断しないようにはしていた。
ところが今回の慣れは、それとは別方向の悪循環によるもの。
いつもこの三人で一緒にいる、というよりはエディオンの強さを知っているからこそ。
思いもがけない問題点の浮上に、三人は黙って受け入れるしかなかった。
「ディオ離れ、すべき……なの」
最もな一言なのだが、これにウリランが過剰に反応する。
「嫌だよぉ。ディオ君から離れたくない~。そのために探検者になったのにぃ~」
よほど嫌らしく、駄々をこねる子供のように両腕を振る。
それにより胸も振動に合わせて上下に揺れ、ささやかな胸の持ち主のリグリットの目が微かにつり上がった。
「ウリちゃん、そういう意味じゃない。あまり頼り過ぎないように、て意味よ」
意味を正しく理解したフィリアが、キチンと説明しながら宥める。
「……ホント~?」
「肯定。説明力不足実感、今後は注意する……なの」
疑わしい目を向けるウリランの問いかけに、頷いて肯定した。
微妙につり上がった目は元に戻り、何事も無かったように水を飲んでいる。
「ならいいや~。えへへ~」
上機嫌になって、嬉しそうに尻尾を揺らしながらエディオンに引っ付く。
すると今度は、それを見たフィリアが逆に激しく反応した。
「だから、なんでそう簡単に引っ付くのよ!」
「いいじゃん~。ディオ君もぉ、役得でしょ~」
「否定はしない」
「コラーッ!」
胸の間にエディオンの腕を挟むウリラン、悪乗りして肯定するエディオン、尻尾と耳をビンビンに立ててフィリアが怒るいつも通りの連鎖反応。
本当の事を言ったとはいえ、雰囲気を悪くしたかと思っていたリグリットは少しだけ安心した。
ちなみに彼女はこのやり取りに、戸惑ったり慌てたりした事は無い。
それが関心が無いのか、年上の余裕なのか、それとも他の理由なのかは不明だが、とにかく動揺はしていない。
「仲良し……なの」
少し楽しそうにそう呟くだけだった。
それからしばしの休息を挟み、エディオンだけ魔物の領域の奥へ向かう。
以前にオーガを倒した時はフィリアとウリランも一緒だったのだが、今回は同行していない。
先ほどのリグリットからの注意の事もあり、自重したのだ。
その間に残りの三人は休みを挟みながら、弱い魔物相手に修業をしている。
これも戦闘でエディオンを頼りにしないよう、近くにいない方が良いと判断して、別々に行動を取ることにしての事。
「よっ、ほっと!」
遭遇したゴブリンの群れと戦うエディオンは、少し複雑な気分だった。
三人が無事かどうかを気にしながらも、誰かを気にせず戦える解放感とやり易さを、どことなく楽しく思えている。
それでもゴブリンへの攻撃の手は緩めず、迫りくる棍棒を右拳で粉砕し、驚いた顔に左拳を叩き込む。
吹っ飛んで行ったゴブリンの行方を目で追わずに、すぐに左右にいる別のゴブリンに対処する。
「これで、終わり!」
右にいるゴブリンを蹴り、左にいるゴブリンは尻尾で薙ぎ払う。
悲鳴を上げて飛んでいき、地面をバウンドしながら転がった二匹は動かなくなる。
周囲には他のゴブリンが複数倒れており、立っているのはエディオンだけになった。
「さてと、討伐証明の耳だけもらっておくか」
ゴブリンは繁殖力が強く、多少倒した程度では絶滅しない。
その事もあって、加減せずに倒したエディオンはナイフを取り出し、耳を剥ぎ取っていく。
「さてと、この奥には何がいるか」
剥ぎ取った耳を魔法の袋に入れ、さらに奥地へ踏み入れる。
出てくる魔物はブラッドベアよりも強い熊の魔物、クラッシュベア。
木々を飛び交い四方八方から攻撃してくるトカゲの魔物、クイックリザード。
猛毒の針を持ちそれを飛ばす蜂の魔物、ポイズンビー。
それらの遭遇した多くの魔物を倒し、討伐証明の部位や素材になる部位を剥ぎ取りながら、奥地へ向かう。
「……こいつか。ここで一番強いのは」
これまでに遭遇した魔物の中で、一番強い殺気と雰囲気を放つ巨体の存在。
以前に戦った事のあるオーガの上位種、あらゆる獣の力を手に入れたビーストオーガが待ち構えていたように、開けた場所で仁王立ちしていた。
狼のような脚、熊のような腕、そして虎か獅子のような牙。
多種な獣の特徴に似た外見をしていることから、別名キメラオーガとも呼ばれている。
実際はオーガの脚や腕が変化したものなので、厳密に言えばキメラではないが、そう見えるためにそんな別名が付いた。
「オォォガァァッ!」
咆哮をエディオンに浴びせるように放ち、狼さながらの素早さで駆け出す。
ビーストオーガの変化した個所は見せかけではない。
実際にその獣のような能力を身に付けており、通常のオーガでは考えられない俊敏さを見せる。
そしてその腕は、通常のオーガを軽く上回る腕力を有している。
素早い動きで接近し、その勢いを上乗せした剛腕での一撃。
これまでにビーストオーガが、多くの獲物や敵を屠ってきたその一撃に、笑みを浮かべたエディオンはしっかり地面を踏みしめ、タイミングを合わせて魔力で少し強化した拳を突き出す。
「グァッ!?」
両者の一撃がぶつかった瞬間、吹っ飛んだのはビーストオーガの腕だった。
体から引きちぎれそうなぐらいの勢いで腕が後方に弾かれ、体も後方によろめく。
自分より遥かに小さい相手に押し負けるなど、欠片も考えていなかったため、驚きの表情でエディオンを見る。
「なんだ。この程度か、よっ!」
ノーモーションで、靴の裏から魔力を放出すると同時に駆け出す。
まるで消えたかのように見えたビーストオーガは、どこに行ったのかと辺りを見ようとするが、それよりも先にエディオンの拳が顔の右側面に叩き込まれた。
「ガッ……」
「おらぁっ!」
間髪入れず身を捩り、尻尾で同じ場所を叩く。
勢いに負けたビーストオーガは体勢を崩し、地面を数回転がりながらも上手く体勢を整え、膝を折った状態で着地する。
「へぇ、前にやったオーガよりは頑丈じゃんか」
楽しそうに笑うエディオンの顔が、ビーストオーガにはまるで死神の微笑みのように見えた。
勝てない。そう判断し、この場から逃げようと立ち上がりながら走り出す。
しかし、先ほどのような移動手段を持つエディオンが、追いつけないはずがない。
一歩踏み出すよりも先に接近され、今度は腹を殴られた。
そのまま二回、三回と殴られていき、腕を掴まれて投げられる。
そこからの記憶はビーストオーガには無い。
蹴りか何かで意識を刈り取られ、魔力を込めて薄っすら光る拳でトドメを刺された瞬間に覚醒したが、その数秒後には息絶えた。
「こんなもんか……」
動かなくなったビーストオーガを見下ろし、ナイフを取り出す。
まずは角と爪、牙を切り取ると皮の剥ぎ取りに移る。
巨体を誇るビーストオーガの剥ぎ取りを一人でするのには時間が掛かり、戦闘よりも剥ぎ取りに疲れてしまう。
それでもどうにか作業を終えると、木の幹に付けた印を辿って合流地点まで戻る。
「ただいま」
「あっ、おかえり」
戻ってみると既にフィリア達がそこにおり、負傷したフィリアの腕をリグリットが魔法で治療していた。
「大丈夫か、それ」
「傷軽度。問題無し……なの」
「そうか。で、こいつは何で寝ているんだ?」
指差したのは、地面に敷物を敷いて眠るウリラン。
特に負傷したような様子も無く、気持ちよさそうな表情で寝息を立てている。
「予想以上に疲れたのよ。今までの戦い方を見直して、やり方を改めるのにね。もう頭使いまくったわ」
治療を終え、木の幹に寄りかかって体を伸ばすフィリアも、心なし疲れているように見えた。
「改善必要、傾向は良好。この調子で精進……なの」
リグリットの言う通り、戦い方は改善されつつある。
無暗な正面突破、攻撃重視の戦術、苦しくなったら力で押しきる傾向、こういった問題点を洗い直し、改善しながら魔物を倒してきた。
長くやってきた連携の見直しは、二人に初心を思い出させる良いきっかけにもなった。
現に今も、治療を受けているフィリアの手には、魔物の襲撃を警戒して短剣が握られている。
「それならいいんだ。じゃあリグリットも休め」
「言われなくとも……なの」
返事をしてすぐに敷物の上に倒れ、寝転がって休みを取るリグリットも疲れていた。
別行動中は疲労を考慮し、戦闘には参加していなかった。
とはいえ、場馴れするために最後尾で見学はしていたため、少なからず疲労は蓄積されている。
加えて戦闘後の治療は行っていた事もあり、ただでさえ消耗していた体力はもう限界だった。
眠るほどではないが、起きているのも正直怠かったリグリットは、寝転がっての休息をとる。
「ディオの方はどうだった? 何かいた?」
前衛で比較的体力に自信があるフィリアは寝転がらず、座ったままエディオンに話しかける。
話を振られたエディオンは、証拠として角を魔法の袋から取り出して説明する。
「一番奥にビーストオーガがいた。これが証拠な」
証拠の角を見たフィリアとリグリットは、小さく感嘆の声を漏らす。
通常ビーストオーガを単独で倒すとなると、その人物のランクは最低でも五はある。それも、限りなくランク六に近いランク五。
集団でならランク三や四、人数と戦略次第ではランク二でも倒せるが、単独となるとそれぐらいのランクの強さと評価される。
「流石は竜撃者の弟子……なの」
「こんなの大した事じゃない。それに、俺の目標はその親父を越えることだ。もっともっと強くならないとな」
角をしまいながらそう呟き、近くの木の傍に腰を下ろし水を飲みだす。
「強くなるの大事。でも同時に、必要事項存在……なの」
何が必要なのかとエディオンとフィリアが注目する。
その注目を浴びながら、寝転がったままのリグリットはいつも通りの無表情でズバリと言った。
「必殺技……なの」
「「ひ、必殺技!?」」
思いがけない単語が飛び出し、エディオンもフィリアも驚く。
必殺技、すなわち必ず相手を殺す技。
「トドメは必殺技。これ勝負の基本……なの」
「いやいや、リグリットさん。いくらなんでもそれは」
「そ、それだ。確かに親父と戦うには、必殺技の一つや二つはないと」
「ディオ!?」
真に受けたエディオンの反応にフィリアは再び驚き、提案したリグリットは当然とばかりに鼻息を吐く。
「よし、早速考えてみよう。そうだな、高密度の魔力を溜めた光る拳はありきたりだし」
「ちょちょちょ、本当に考えないでよ」
「必殺技。ロマン……なの」
「確かにロマンがあるな」
「お願いだから話を聞いてよぉっ!」
必殺技談義をする二人を止めようと必死なフィリアの叫びが響くにも関わらず、ウリランはスヤスヤと眠り続けていた。
なお、必殺技開発はフィリアの根気強い説得とエディオンに膝枕するという対価により、どうにか止めることに成功。
膝枕をしている間、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも、尻尾と耳は嬉しそうに揺れまくっていたのは言うまでもない。




