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圧倒的よりも拮抗した方が楽しい


 強硬手段に出ようとしたスホー達をエディオンが物理的に叩きのめした翌日。

 新たにリグリットを旅の仲間に加えて旅立ち、次の町へ向けて森の中の道を歩いていた。


「あぁ、昨日は疲れた……」


 気怠そうに歩くエディオンは、スホーと聖守護隊を叩きのめした件で、教会の司祭から説教を受けている。

 強引な勧誘の点を考慮され、戦闘になったのは勘弁してもらえたが、全員病院送りにして入院させてしまった。

 さすがにこれはやりすぎだと、司祭を務める狐人族の女性から呼び出され、説教を受ける羽目になった。

 その後はリグリットも加えて宿で一泊し、朝になってから村を旅立って現在に至る。


「私達も怒られちゃったしぃ、昨日は皆怒られた一日だったね~」

「怒られただけで済んで良かったわよ。もっと重い処分になりかねなかったのよ?」

「でも、私を守るために戦おうとしてくれた。とても感謝……なの」


 感謝されたフィリアは、気恥ずかしいのか頬を赤くして俯く。


「あはは~。フィーちゃん照れてるぅ」

「い、いいでしょ。別に」


 楽しそうに喋る二人を見ているリグリットも、表情には出さないがとても楽しかった。

 岐路を知るなどという変わった力のせいで孤独になって以来、ずっと遠ざかっていた仲間という存在と、何気ない笑いがある日常。

 これだけでも自分の岐路を選び、一緒に旅だって良かったと思えた。


「ところで、次の町ってどんな所なんだ?」

「至極普通の町。特徴無し、悪い印象も無し。良くも悪くも普通……なの」


 両親が健在だった頃、隣町へ配達も行っていたリグリットが答える。

 そうそう変わった町や村があるはずないかと思っていると、話には続きがあった。


「でも、その次の町は放牧、特に馬の飼育が盛ん。そこの馬を使った、荷引競馬という娯楽があると聞いた事がある……なの」


 聞いた事の無い娯楽にエディオン達も興味が湧いてくる。

 どんな娯楽なんだろうと道中で話しながらしばらく歩いていると、急にエディオンが表情を変えた。


「止まれ」


 後ろの三人に呼びかけながら自分も立ち止まる。

 こういう反応をする時は、何か近づいているんだと長年の付き合いから察したフィリアとウリランは、すぐに武器を取る。

 少し遅れてリグリットも杖を手にしたタイミングで、前方の茂みから虎が出てきた。


「ひっ」


 戦闘どころか狩りの経験も無いリグリットは、虎から向けられる殺気の籠った目に怯えて一歩退いた。


「目を逸らすな。自分を変えたくて付いて来たんだろう? なら、このくらい耐えろ」


 掛けられた言葉に杖を強く握りしめ、震えながらも退いた一歩を踏み出して虎を睨み返す。

 自分を変えたくて探検者であるエディオン達の仲間になった以上、こうなることは分かっていた。

 それも承知し、覚悟した上でここにいるのならば、退いてはならないと自分を奮い立たせる。

 もう、分かっていても何もしなかった自分に戻りたくないと。


「来るぞ。いつも通り、俺抜きでやってみろ」


 威嚇の唸り声を上げていた虎が飛びかかってくる。


「土よ集え 巌の如き盾となれ ロックイージス~」


 突っ込んでくる虎の正面に、防御魔法で生み出した岩の壁ができる。

 正面から見れば四角い形状の盾に見えるそれに、頭からぶつかった虎は額から出血しながら悲鳴のような声を上げた。


「リグリットさん、付与を!」

「う、うん……なの。風よ集え 彼の者に颯の加護を アクセルスチール!」


 悶える隙に突っ込むフィリアの合図で、リグリットは速度強化の付与魔法をフィリアにかける。

 その間にウリランもロックイージスを解除し、岩の盾が消えていく。

 消えた傍からフィリアが加速しながら接近。抜いた短剣で斬りつける。


「グアァッ!」


 虎からすれば、邪魔をした壁が消えた途端にフィリアが現れたため、反応ができなかった。


「はあぁぁぁっ!」


 動けば動くほど加速度を増す付与魔法の効果により、斬れば斬るほど速度が増すように見える。

 しかし、その速度をフィリアが制御しきれず、効果が終わる前にフィリアが勢い余って転んでしまう。


「ふみゃっ!?」


 転んだ拍子に狼なのに猫のような声を上げてしまったものの、戦闘中で誰も気にしない。

 すぐさま起き上って追撃しようとしたフィリアだが、虎の状態を見て短剣を下ろす。

 全身を斬りつけられた虎は体中から出血していて、もう戦える状態ではなかった。

 それでも最後に意地の一歩を踏み出し、前のめりに倒れた。


「ふぅ……なの」


 初めての戦闘行為を終えたリグリットは深く息を吐いて、額に薄っすら浮いた汗を拭う。。


「お疲れさま~」

「付与魔法ありがうございます。でも、アクセルスチールはちょっと速くなりすぎるから、もうちょっと弱めのでもいいですよ」

「了承……なの」


 戦闘後の反省事項にも素直に頷き、今後の糧にしようと拳を握ってアピールする。

 しかし、彼女の困難はまだこれから待っていた。


「じゃあリグリン、解体の練習しよっか」


 早くもあだ名を付けているウリランは、解体のために魔法の袋からナイフを取り出す。


「……初解体が虎なのは無茶。作業困難……なの」


 無表情のままでも、今の彼女が乗り気でない事は声色の弱さから察することができる。

 それでも、やらないわけにはいかず作業に取り掛かる。

 途中で血が噴き出たり、内臓が出てきたりするたびに小さな悲鳴を上げ、フィリアとウリランにフォローされながら解体していく。

 時間をかけてどうにか終えた素材は、皮はボロボロ、肉もぐちゃぐちゃで、とても売り物にならなそうだった。


「まあ、初めてならこんなものじゃないか?」


 解体に加わらず、周囲の警戒をしていたエディオンが苦笑いを浮かべ、如何にもフォローと分かるフォローをする。


「むぅ……なの」


 悔しさから俯き、僅かに頬が膨らむ。

 ぐちゃぐちゃになった肉を忌々しいように見つめ、しばらくしてはっと顔を上げた。

 そして手にしていたナイフを見て呟く。


「このナイフの切れ味が悪い……なの」

「いや、道具のせいにすんなよ。大体、それ昨日の夜に研いだばっかだから」

「……研ぎ方が悪い……なの」

「同じナイフでやったウリランの切り口を見ろよ」


 手本でウリランが切った個所は、同じナイフを使っていながら綺麗に切断されている。

 切り口も整っていて、リグリットとは比べるまでもない。


「……頑張る……なの」


 ようやく自分の未熟さを認めた事に小さく頷いたエディオンは、ぐちゃぐちゃの肉を自分の魔法の袋に入れる。

 売り物にならないとはいえ、肉は肉、大事な食糧のため捨てることはできない。

 皮の方は売り物どころか、使い物にもならないため捨てていく。


「戦闘はアタシ達がフォローすれば、なんとかなりそうね」


 一応は褒められたリグリットは鼻からフンスと息を吐く。


「解体は数をこなすしかないね~。しばらくはぁ、血みどろになるのを覚悟しててね~」

「うぐぅ……なの」


 血みどろになると聞き、嫌そうな雰囲気を出しながら、自分の手の表裏を何度も見る。

 先ほども解体の際に血塗れになった手を、これでもかと強く拭っていた。

 自分達も最初はそうだったと、エディオン達は思い出す。

 血が噴き出たら悲鳴を上げて飛び退いたり、危うく手を斬りそうになったり、力任せにやって素材もナイフも駄目にしてしまったり。

 失敗を数えればキリがないが、今となってはいい思い出になっている。


「そのうち慣れますよ。技術は私達が教えますけど、経験は数をこなすしかありませんから」

「……努力する……なの」


 これまでの人生で縁の無かった領域に踏み込んだリグリットは、戦闘も含めて改めてそれを実感する。

 次はいつになるだろうと道を進んで行くと、今度は猿の群れが出てきた。

 明らかに敵意を向けてキーキーと叫ぶ様子から、素通りはできそうにない。


「良かったな。解体練習の獲物が沢山だ」

「圧倒的物量は不歓迎……なの」


 この後に待ち受ける解体地獄を想像したリグリットは、憂鬱な気分になる。

 それでも敵意を向けられている以上、戦いは避けられない。

 各々が武器を持ち、数が多そうだからとエディオンも参戦する気を見せ、拳を握って構えた。

 しばし睨みあい、今にも戦闘が始まりそうな空気が立ち込める。

 そして遂に戦闘が始まるというタイミングで、木の上から闖入者が現れた。


「とうりゃあぁぁっ!」


 威勢のいい掛け声と共に、誰かが木の上から勢いよく飛び降り、睨みあっていたエディオン達と猿達の間に着地した。

 双方とも突然の闖入者に呆気に取られ、これから始まろうとしていた戦いの空気が霧散する。

 闖入者となったのは、角と太い体躯が特徴的なガゼル人族の少年。

 少年は着地した体勢のまま固まり、プルプルと震えだす。


「……ってええぇぇぇっ! 痛え痛え! 予想以上に着地のダメージが足にいぃぃっ!」


 着地して数秒は堪えていたが、耐えきれずに足を押さえて地面を転がる。

 次から次に起きる展開に付いて行けず、エディオン達だけでなく猿達も黙り込んで転がるアホな少年を眺めている。

 しばらくして、ようやく痛みが引いたアホな少年は、取り繕うように立ち上がってエディオンを指差す。


「お前がエディオンか! 師匠の弟子として、お前に勝負を申し込む!」


 本人なりには決まったつもりで胸を張っていても、第三者から見れば全く決まっていなかった。

 誰もが呆然とする中、猿達だけはアホな少年に激昂している。

 キーキー鳴き声を上げ、エディオン達だけでなくアホな少年にも襲いかかってきた。


「空気読めよ! この猿がっ!」


 木の上から飛びかかってきた一匹の猿を、アホな少年は怒鳴りながら殴る。

 直撃を受けた猿は吹っ飛んで、別の猿を巻き込んで木の幹に叩きつけられる。


「へぇ」


 襲ってきた猿の一匹を手刀で薙ぎ払いながら、アホな少年の戦いを見てエディオンは感心を示す。

 一撃の威力、攻撃のタイミング、周囲への反応と対応。

 どれもがそこらの腕利きより良くて、戦ってみたいという気持ちが沸々と湧く。

 しかし、それよりも目の前の猿達への対処を優先して、視線をアホな少年から猿達へ戻す。


「ふんっ!」


 顔を引っ掻きに来た一匹の腕を掴み、振り回して他の猿を叩き落した後、投げ飛ばして木の上にいる他の猿を地面に落とす。

 迎撃の最中にフィリア達にも視線を向けると、リグリットの展開する防御魔法で守りつつ、フィリアが近接戦、ウリランが魔法で攻撃をして猿達を危なげなく倒していた。

 

(あの分なら問題ないか)


 初めての多数相手にリグリットは戸惑っているものの、二人が上手くフォローしている。

 さらに防御役ができたことで、フィリアもウリランも攻撃に集中できて効率が増していた。


「思ったより数が多いわね!」

「リグリン、フィーちゃんに防御の付与魔法お願い~」

「わ、分かった……なの!」


 戸惑いこそあるが、指示に従って魔法を使う姿に大丈夫だと確信したエディオンはフィリア達から視線を外し、自分の目の前にいる猿を殴る。

 それから少しして猿達を撃退し終え、その場に静寂が訪れた。

 しかし、それも僅かな時間だけ。


「よし! 邪魔者は片付いた! さあエディオン、勝負だ!」


 倒した猿の皮を剥ごうとしたところで、改めて勝負を申し込むアホな少年。

 向こうはエディオンの事を知っているようだが、エディオンは目の前のアホな少年を知らない。

 知り合いかというリグリットの問いかけに首を横に振り、とりあえずは名前を尋ねてみることにした。


「えっと……。色々聞きたいけど、まずはお前、誰だよ」


 頭を掻きながら尋ねると、アホな少年は名乗っていなかった事に気づいて名乗りだす。

 格好をつけているつもりなのか、変なポーズを決めながら。


「俺の名はジオ! 師匠の弟子として、お前に勝負を申し込む!」


 今度こそ決まったと思っているのかドヤ顔をしているが、決めたはずのポーズが決まっていない。

 おまけに名前は言っても、師匠が誰なのか分からない。

 エディオンの事を知っている事から、師匠というのがエディオンの知っている相手なのは分かるが、それだけで誰の弟子かなど分かるはずがない。

 白けた目で見るエディオン達に気づかず、ジオと名乗った少年は身構える。


「さぁ、こい! 俺と勝負だ!」


 先ほど見た戦闘の様子から、勝負は構わないと思っている。だがその前に、聞きたい事がエディオンにはたくさんあった。

 考えるよりも感覚で動くエディオンでさえ、この状況にはツッコミ所が多すぎる。


「勝負はいいけどよ。お前、誰の弟子だよ」


 そこを突っ込まれ、またも言い忘れていた事に気づいたジオは、改めて名乗る。

 先ほどとは違う、変なポーズを決めながら。


「俺の名はジオ! グレイオス師匠の弟子として、お前に勝負を申し込む!」


 どうしてわざわざ自分の名前の所から言い直すんだと、エディオンだけでなくフィリア達も思った。

 だが、ようやく師匠が誰なのか分かった。

 グレイオス。以前にルーディアンの下を訪ねてきた飲み仲間で、かつて戦って敗北した間柄の熊人族。

 一度だけエディオンも手合せし惨敗した、身なりこそ悪かったが凄腕の探検者。


「お前、あの人の弟子なのか」

「おう! 師匠からお前の事を聞いて、ラックメイアの町に会いに行ったんだぜ。でもいないって聞いてよ、わざわざ追いかけて来たんだ、感謝しろよ!」


 どうして感謝しなくちゃいけないんだと、エディオン達の気持ちは一つになった。

 そしてこれまでの流れから、このジオという少年は頭が足りない上に残念な感覚の持ち主なんじゃないかと思う。

 しかし、猿達を撃退した時の腕前は、あのグレイオスの弟子だという事を納得させる。


「本当は昨日名乗り出るつもりだったんだけどよ、名乗りの口上とポーズを考えていたら、一晩経っちまってたぜ」


 一晩考えてあれなのかと、いくつか見せたポーズを思い出し呆れる。

 悪びれも無く笑う姿を見ながら、やっぱり足りなくて残念な奴だと確信しながら。


「つう訳で勝負だ!」


 構えを取る姿は決まっているが、他が色々と決まっていなくてエディオンのやる気はあまり上がらない。

 正直な気持ち、腕前を見ていなければ、本当にグレイオスの弟子なのかも疑っていただろう。


「あー。こんな道端じゃなんだし、どうせやるなら、どっか広いとこでやろうぜ」

「だったらお前達を追っている時に、向こうに川辺があるのを見た。そこでどうだ!」

「うん、まあいいぞ。でもその前に倒した猿の皮を剥がせくれ」


 地面に多数転がっている猿の死体を指差して、解体を先にやらせてくれと申し出る。


「いいだろう、待ってやる! 感謝しろよ!」


 腕を組んで上から目線での言い方に苛立ちを覚えつつ、作業に取り掛かる。

 慣れないリグリットの指導もあって、少し時間はかけたがどうにか作業を終えた。


「よし、行くぞ! さあこっちだ!」


 待っている間ずっと腕を組んでいたジオは、解体が終わるや否や意気揚々と歩き出す。

 勝負を受けると言った手前、いまさら逃げる気はないエディオンは後に続き、その後にフィリア達も続く。


「ねえ、本当にやるの?」


 小声で尋ねるフィリアにエディオンは小さく頷く。


「やらなきゃ、どこまでも追ってくるか、無理矢理勝負しようと襲ってきそうだろ? あいつの場合」


 なんとなくそうなりそうだと思った事を伝えると、フィリアは頷いて納得する。


「その光景が容易に想像できるわ」

「だろ? それに、さっきの戦いの様子からしたら、結構楽しめそうだからな」


 さっきまでのやり取りは頭の片隅に追いやり、戦いの様子だけを思い出し少しずつテンションを上げていく。

 見た感じでは、同等とまではいかないが強い。

 詳しい力の差までは分からないが、付いて来れるぐらいの力はあるだろうと、先頭を歩くジオに期待している。


「でもさぁ。あの人ってぇ、なんか戦っている最中にぃ、転んで隙作りそうだね~」

「激しく同意……なの」

「それには俺も同意だな」


 せっかくいい勝負になりそうだから、そういうのは勘弁してほしいと思いながらジオの後ろに付いて行くと、やがて開けた川辺に到着した。


「着いたぞ。さあ勝負だ! 昨日から待ちかねたぞ!」


 昨日からの原因はお前にあるんだと心の中でツッコミ、構えを取ったばかりのジオに脚を魔力強化して一気に接近し、拳を腹部へ向ける。

 正式な試合でない以上、こうした不意打ちは決して卑怯ではない。でなければ、奇襲という策は成り立たない。

 そういうつもりで繰り出した一撃は、辛うじて反応したジオの手によって受け止められていた。


「おいおい、奇襲とはせっかちなぁぁぁっ!?」


 ジオが奇襲の事を指摘している隙に、今度は死角から蹴りが繰り出される。

 咄嗟にそれを避けたところへ、さらに尻尾が向かってくる。


「つおぉぉいっ!」


 妙な声を上げながら、これも回避してみせた。


「おいおい、ちょっと待ってよ。普通こういうのは互いに構えてだな。つうか手ぇ痛えっ!」

「正式な試合じゃないんだ、そんな形式に拘ってんじゃねぇ! ていうか、喋ってる暇があったら戦え!」


 魔力強化していないとはいえ、試しに初手から全力を込めた攻撃を受け止められ、さらに避けられたエディオンの表情は、自然と高揚感と楽しさで笑っていた。

 一方のジオは完全に出鼻を挫かれた上、思ったよりも強く速いエディオンの攻撃に翻弄されている。


「こんっのっ!」


 いつまでも翻弄されるつもりの無いジオは、肘打ちを受け止めてカウンターの拳打を顔に打ち込む。

 ようやく来た攻撃を避け、一旦距離を取ったと見せかけ、着地と同時に靴の裏から魔力を放出して再度接近。

 さらにその勢いを利用して拳を打ち込もうとする。

 しかしそれに反応したジオも拳を突き出し、両者の拳同士が激突した。


「ぎっ」

「ぐっ」


 拳から伝わる痛みに双方の表情が僅かに歪む。


「なんのぉっ!」


 そこから押し切ったのはエディオン。

 痛む拳に力を込め、押しきってジオを後退させる。

 さらに追撃をかけるように拳や蹴り、時折尻尾も交えてのラッシュが始まる。

 対するジオもこれをどうにか捌き、避けてはいるものの、流れはエディオンに傾きつつある。


「おいおい、マジかよ。師匠に聞いてたより強いじゃねぇ、かっ!」


 どうにか繰り出した反撃の左拳は上手く捌かれ、懐に潜り込まれて肘を打ち込まれた。


「づっ!」


 クリーンヒットした肘での一撃。

 強い痛みがジオの体に走るが、それに耐えて両手を組んで振り下ろす。

 すぐにその場をエディオンが離れたため、空振りとなったアームハンマーは大地に叩きつけられ、地面を陥没させ川原の小石を弾き飛ばす。


「わたたっ!」


 弾け飛んだ多数の小石がエディオンにヒットする。

 離れた場所で勝負を見ているフィリア達は、リグリットが張っていた防御魔法でこれを防いだ。


「はははっ! どうだ!」


 狙いのアームハンマーは外れ、偶然発生した小石による石礫がヒットしただけなのを、さも狙ったかのように言う。

 だが、エディオンにとってはそんな事はどうでもいい。

 彼にとって今大事なのは、自分が全力を出せる年齢の近い相手がいる事なのだから。


「くくっ。楽しくなってきたぜぇっ!」


 テンションが跳ね上がったエディオンは、全力の魔力強化をする。

 その身に纏った魔力量にジオの表情が固まった。


「えっ、ちょっと待て。なんだその魔力量」

「全力強化は親父との修業以来だから、楽しませてくれよ!」


 魔力で身体能力を強化したエディオンが地面を蹴って接近する。

 すぐさまジオも魔力で身体能力を強化し、自身の左側に回り込んで突き出した拳を、腕を十字に構えて防ぐ。


「痛った!?」


 さっきまでとは比べ物にならない力と速さに防いだ腕は痺れ、表情は苦痛に歪んだ。

 さらに続く攻撃に防御反応も回避行動も間に合っているが、感覚をフルに使ってギリギリというほど。

 余裕どころか息つく暇も無いほどの猛ラッシュに、ジオは防戦一方に陥っている。


「待て待て待て! さっきまでのでもヤバいのに、こいつは本気でシャレにならねぇって!」

「とか言って、喋る余裕はあるじゃねぇか!」


 勢いに乗るエディオンだが、その中でも冷静さは欠いていない。

 時折フェイントを見せ、小技を絡めて防御に専念するジオに隙を作り、適確に打ち込んでいく。


「凄い……なの」


 初めて見るエディオンの本気の戦いに、リグリットは目を奪われていた。

 動きはどれだけ集中しても目で追いきれず、どう動いているのかも分からない。

 それが逆に、自分との圧倒的な差を実感させて、感心をさせている。


「何故、彼はあれほど強い……なの?」


 問いかけのような呟きに、何度見ても目で追いきれない幼馴染で想い人の戦いを見ている二人は、困った表情で答える。


「何故、って言われてもねぇ……」

「ルーディアンさんに鍛えられたから、としか言いようがないね~」


 突如出てきたその名前に、無表情を貫いてきたリグリットの目が見開かれる。


「ルーディアン? 竜撃者の……なの?」

「あら? そういえば言ってませんでしたっけ?」

「ディオ君はぁ、ルーディアンさんの子供で弟子なんだ~。血は繋がってないけどね~」


 知らされた真実に、開いていた目はさらに開かれた。

 その表情にはもう驚きしかない。


「彼の強さを理解。竜撃者の弟子ならば納得……なの」


 そう呟き戦闘に見入る。

 彼女もまた、一般に販売されている本でルーディアンの偉業を知り、ファンになっていた。

 同じように戦う道は歩めなくとも、憧れの対象として彼を見ている。

 本に書かれている内容が、全て真実だと思い込んで。

 一方の戦いの方は、完全にエディオンが主導権を握って終わろうとしていた。

 どうにか喰らいついていたジオだったが、反撃すらままならなくなり一方的にエディオンの攻撃を受けている。

 それでも直撃を避けるように防御し、反撃の糸口を掴もうと必死に目を凝らす。

 徐々に蓄積するダメージにも歯を食いしばって耐え、減っていく体力に反して気迫は強くなっていく。


「はっはっはっ! やっぱやるなぁ、こんなに耐えるなんてよ」

「うるせぇ! 俺だって毎日師匠の理不尽かっていう修業受けてるんだ、このぐらいで負けて堪るか!」


 それもそうかとエディオンは思い、握った拳に力を込める。


「だったらもっとやろうぜ! まだまだ俺達は強くなる!」

「受けて、たぁつ!」


 腕で受け止めた一撃に耐えたジオは痛みを堪えながら、腕を振り抜く。

 それによってエディオンの腕は弾かれ、遂に打ち込める隙ができた。


「ここぉっ!」


 あれだけの攻撃の嵐の中、千載一遇のチャンスだと渾身の反撃を試みる。

 いや、試みようとした。

 地面を踏みしめ握った拳を突き出そうとした瞬間、顎から衝撃が走り空を見上げていた。


(なに……がっ?)


 朦朧とする意識の中、天に向かって上げられたエディオンの脚が視界に入る。

 それで気づく。顎を狙って蹴り上げられたんだと。

 そして意識を手放しかけたジオが最後に見たのは、顎を蹴り上げられた脚がそのまま自分に向けて振り下ろされてくる光景だった。


 ****


「いやー! お前強いな。師匠以外に負けたのは、ここ最近じゃ久々だぜ」

「俺だって似たような年でこれだけ強い奴は初めてだ」


 勝負はエディオンの勝ちだった。

 最後の一撃を浴びて気絶したジオは、目が覚めた後は負けを引きずることなくエディオンと楽しそうに喋っている。

 そういうサバサバしたところが気に入ったのか、エディオンも快く会話に応えている。

 会話の中でジオが孤児でグレイオスに拾われた事や、互いが同い年だという事、リグリットも交えてルーディアンの事を話す。


「驚愕。あの本の真実は捻じ曲げられたものとは……なの」

「俺も師匠に話半分で聞いていたけど、やっぱマジだったのか」

「マジもマジ、大マジ」


 楽しい会話の最中、肉が焼ける音と香りがしてきた。

 もうすぐ食事時ということで、先ほどリグリットが解体した虎の肉をフィリアとウリランが焼いている。


「はぁい、焼けたよ~」

「分かった。ジオも食って行けよ、見てくれは悪いけど量はあるからさ」

「おう! ごちそうになるぜ!」

「……見てくれは今後に期待……なの」


 五人で焼けた虎肉にかぶりつき、その味に舌鼓を打つ。

 人間は食べない虎の肉も、亜人である彼らにとっては貴重な食糧。

 少しくらい硬かろうが筋があろうが、平気で噛み切って食べていく。


「そういやジオは、この後はどうするんだ?」

「んあ? 師匠の所に戻って修業だけど? お前と戦って、まだまだ未熟だって分かったからな」


 返事にエディオンはそうか、とだけ呟く。

 もしも何も無いのなら、お互いが競い合って実力を高め合わないかと、旅に誘うつもりだった。

 実力伯仲とまではいかないものの、近い実力者同士が競えあえば、双方の実力アップにも繋がる。

 そう考えていたが、無理に誘うつもりは無い。


「だったら、次に会う時はもっと楽しめるようになってろよ」

「楽しむどころか、今度は俺が勝ってやるよ!」


 言い合いをしながら肉を食らう様子に、フィリア達は各々違う反応を見せる。

 行儀が悪いと口を挟むフィリア、やっぱり男の子だね~と暢気にしているウリラン、そして傍観者に徹して黙々と食事を摂るリグリット。

 このやりとりはしばらく続き、終わってすぐジオは帰ると言いだした。


「もう行くのかよ」

「早く帰って修業しないと、お前には追いつけないからな」

「だったら俺も修業して、突き放しておいてやるよ」


 互いに相手をライバル視しする言葉を掛けつつ、自然と拳を軽く合わせる。


「じゃあな」

「ああ」


 合わせた拳を放し、ジオは駆け出して森の中へ消えていく。

 それを見送ったエディオンも、さらなる向上を目指して心を燃やしていた。


「さっ、行きましょうか。誰かさんのせいで、予定よりだいぶ遅れちゃってるからね」


 嫌味を混ぜたフィリアの発言に、言葉に詰まったエディオンは反論もせずに歩き出した。

 ちょうどその頃、森の中に消えたジオは腰に下げていた魔法の袋から茶色のマントを取り出し、纏っていた。

 マントに魔力を込めると、付与されていた転移魔法が発動。一瞬でどこかの洞窟らしき場所に転移する。

 そこには紅のマントを羽織ったグレイオスが、壁に寄りかかって待っていた。


「戻ったか。どうだった? エディオンの実力は」

「めっちゃ強いじゃないですか! 師匠から聞いていた以上ですよ!」


 問いかけに対して激怒しながら返答すると、それを聞いたグレイオスは笑みを零す。


「やはり負けたか」

「ええ、負けましたよ! ていうか、やはりってどういう意味ですか!?」

「そのままの意味だ。ああそれと、明日から修業を厳しくするからな」

「それに関しては望むところです!」


 普段以上のやる気を見せる姿に、やはり戦わせて正解だったと思いながら、同時にエディオンの力に表情を引き締める。


(どうやら、私の予測以上のペースで成長しているようだ。これは油断ならんな)


 こっそりと後をつけ、戦いの様子を観察していたグレイオスは、今のエディオンの強さを目の当たりにして、自身の予想を上回る成長を遂げていた事に感心すると同時に、強い警戒心を抱いていた。

 転移魔法で先回りして出迎えたジオも、決して弱くないのにあれだけ押されていた。

 その事を知れただけでも収穫としたグレイオスは、ジオを伴って洞窟の奥へと進みながら、念のためエディオンを危険人物にリストアップしておこうと思った。

 自分が仕えている人物の計画のために。


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