旅立つ前に後片付けしよう
依頼がきっかけで出会ったリグリットという兎人族の女性。
関係者の岐路が分かるという、不思議な力持つ彼女に同行を願われてから一夜が過ぎた。
酔った二人を宿に運んだ後は寝ていたエディオンは日が昇る頃には起き、修業のために村周辺の森の中を走り回っている。
枝から枝へ飛び移り、地面に飛び降りたら木々の間を縫いながら疾走し、川を発見したら足に魔力を集中させて水面走りをして駆け抜ける。
道中で遭遇した野生動物は全て見逃して、とにかく走る事に集中していた。
尤も、あまりにエディオンの走る速度が速すぎるため、こちらが気づいても向こうが気づかないのだが。
「はぁっ、はぁっ」
全力走りをしばらく続けたエディオンは立ち止まり、上がった息を整えながら、ダイガと勝負した修練場へ向かう。
そこには熱心な探検者数人が既におり、朝から仲間と修業したり、個人での修業に励んでいた。
「ここらへんでいいか」
空いているスペースを見つけ、そこでエディオンも個人での修業を始める。
これまでに何度も交わしたルーディアンとの組手を思い出しながら、頭に浮かぶ幻影のルーディアンに拳や蹴りを繰り出す。
まずは魔力強化無しで行い、次に魔力強化有りで行い、最後に強化をしたり解除したりを繰り返しながら修業をする。
強化が有るか無いかで体の扱いや、反応と反射による動きの速さも変わってくる。
それを実感し、どちらでもしっかり動けるようにするための訓練。
強化の有る無しによる動きの緩急をフェイントに使う練習も兼ねていて、ラックメイアの町からの道中での修業でもよくやっていた。
「うあっ、何アレ」
「動きがよく見えないんだけど、俺の目が悪くなったのか?」
「安心しろ俺にもよく見えん」
いつの間にか周囲にいた探検者達もエディオンの訓練に見入っている。
しかしエディオンは自分がどう攻撃しようとも、ルーディアンには効いていないとしか思えない。
直撃してもすぐに反撃されて沈むイメージが浮かび、攻撃の緩急も通常のフェイントも通じずに反撃を受けるイメージしか浮かばない。
そんなイメージばかり浮かぶものだからか、段々と力が入っていく。
「だあぁぁぁっ! ちっがあぁぁぁうっ!」
しまいには雄叫びを上げながら、魔力を込めた拳を地面に叩きつけた。
轟音が響いて鳥が一斉に飛び立ち地面は陥没し、土が舞い上がって周囲は何も見えなくなり、拡散した衝撃波が見物している探検者達を襲う。
「うわあぁぁぁっ!?」
「ひえぇぇぇぇっ!」
吹き飛ぶ探検者達をはじめとする周囲の光景を気にすることなく、陥没した地面の中心に立つエディオンは握りしめた右拳を睨みつける。
「違う! こんな動きじゃ駄目なんだ。もっと速く、もっと強く……。でないと親父には届かない」
奥歯を強く噛みしめ、拳を握りしめる力を強くする。
目標であるルーディアンの本来の強さは、修業をつけてもらっていた時より遥かに上。
さらに、自分がこうしている間にも、ルーディアンは強くなっている。
それに追いつき追い越すために、彼の下を離れて竜の聖域を目指して旅立った。
道中は自分と互角か、それ以上の相手に巡り会えれば幸運程度に考えてはいたものの、やはり最低でも同格の相手が欲しくなってしまう。
まだ旅立って数日。出会えないのも仕方ないと思いつつも、つい求めていまう自分が女々しいと思った。
「はぁ……。帰る……か……」
溜め息を吐いて視線を拳から外して、ようやく周囲の惨状に気づいた。
陥没した地面、舞い上がっている土煙、そして吹っ飛んで倒れた状態から起き上がる探検者達。
逃げてしらばっくれる。
すぐにそれが頭に浮かんで実行しようとしたが、周囲に転がっている探検者達は目撃者だと気づく。
(……観念すっか)
どうせラックメイアの町でも、同じような事は何度もやってきたしと自分を納得させ、轟音や騒ぎを聞いて集まってきた人々に深々と謝罪し、どこからか借りたスコップを手に陥没した地面を埋めていった。
同じような事をやってきた経験と、これも修業だと魔力で身体能力を強化させた事もあり、作業はあっという間に終わる。
その後で改めて謝罪をした後は、朝食を摂るために宿まで駆け足で戻った。
「ふう。間に合ったか……て、あの二人まだいないのか」
一緒に朝食を摂るため、皆で宿の食堂に集まる時間なのだが、フィリアとウリランがまだ来ていない。
修業に加えて穴埋めまでやって時間ギリギリなのに、どうして自分が一番最初なのかと疑問に思う。
昨夜はたった一杯で酔ったとはいえ、さすがに二日酔いで動けないという事はないと思いつつ、不安になったエディオンは部屋に見に行くことにした。
中の様子を確かめようと、僅かに扉を開けて覗くとそこには。
「うあぁぁぁぁぁっ! 昨日の! アタシは! 何を! やってるのよぉぉぉぉっ!」
酔っている時の記憶があると思われるフィリアが、頭を振り回しながら叫ぶ姿と。
「すぴー、すぴー」
酔いで眠りが深くなったのか、騒いでいるフィリアを気にせず眠り続けるウリランの姿があった。
この光景を見たエディオンは一言も発せずにいる。
「……」
結局、触れない事にして静かに扉を閉め、落ち着いたら来るだろうと食堂に戻って待つことにした。
席について待っていると、二人が来るより先に食事が運ばれてくる。
「ありゃ? 食べないのかい?」
食事に手をつけずにいると女将が話しかけてきた。
「連れと一緒に食べる予定なんです」
「ああ、あのお嬢ちゃん達かい。それで? そのお嬢ちゃん達はどうしたんだい?」
あの部屋の中の状況をそのまま伝える気になれないエディオンは、濁した返答をする。
「……ちょっと若気の至りに後悔をしているところです」
「はあ? うーん……ああ、そうかい。昨日は持って帰って来ちゃったもんね」
ニヤニヤ笑う女将の想像は誤解だと言いたかったが、こういう時は絶対に信じてもらえないだろうと思い、軽く違いますとだけ告げる。
勿論、女将は信じてくれず終始ニヤニヤしていた。
それからしばらくして、位表情でどんよりした雰囲気を放つフィリアと、深く眠ってスッキリした表情をしたウリランが二階から降りてきた。
体を伸ばすウリランの胸が服を押し上げ揺れると、それを見た男客達から小さな歓声が上がる。
「よっ。やっと起きたか」
さっきの光景を見ていない事にしたエディオンは、二人が寝坊してきた事にしておいた。
「うん。なんかぁ、すっごくよく眠れたんだ~」
「そりゃあ良かったな。で、フィリアはどうしたんだ?」
「……なんでもない」
理由を知っているが突くのも悪いと思い、そうか、とだけ返して食事を続ける。
そこへ女将が、二人の分の朝食を運んできた。
「はいよ、朝食だよ。これ食べて、今日も元気よく働いてきな」
二人の前に朝食を置いた女将は、スッキリした表情のウリランと暗い表情のフィリアを見た後、エディオンに囁く。
「駄目だよ、いくらあの子の胸が大きいからって、あっちの子の相手もしてあげないと」
ここまでくると、この女将が本当にエディオン達の関係を誤解しているのか、それとも分かっていてやっているのか分からなくなってきた。
尤も、考えるより感じる派のエディオンがそれについて考えるはずもなく、すぐに思考を放棄して朝食を楽しむ。
野菜たっぷりのサラダに野菜スープ、黒パンというシンプルな組み合わせの朝食を食べ終えると、昨日のリグリットの件を尋ねる。
「それでフィリア、リグリットの件はどうするんだ?」
「えっ? あっ、そうだったわね……」
考える前に酔っぱらって寝た挙句、さっきまでは酔っている間の事を後悔していてそれどころではなかった。
それでも返答は今日と伝えている以上、結論を出さないといけない。
空のコップを手で包み、少し俯いて思考に耽る。
それからしばらくして顔を上げると、結論を伝えた。
「……うん、いいよ。仲間に入れても」
承諾の言葉にリグリットと意気投合していたウリランは喜んだ。
「わ~い、ありがと~」
「……理由は聞かないの?」
「ほえぇ? フィーちゃんが納得していれば、それで充分でしょ~?」
「同感だ。理由を聞いたからって、俺とウリランの結論が変わるわけじゃないしな」
ちょっと聞いてほしかったフィリアは、少しだけ残念そうにした。
彼女が同行を承諾した理由は明かされぬまま、三人はリグリットの薬局へと出かける。
相変わらず人気の無い場所で、擦れ違う人もいない。
薬局周辺にスホー達の姿も無く、これ幸いとばかりに扉を開ける。
「来店歓げ……待っていた! ……なの」
よほど気になって寝不足だったのか、目が充血している。
兎人族は赤い瞳も特徴の一つなのだが、眼球まで赤くなっていると少し怖かった。
しかも期待からか、身を乗りだしてきている。無表情で。
「ああ、待たせて悪かったな」
「気にしない。それより結論求む……なの」
早く答えを聞きたいリグリットの鼻息は荒い。
無表情なのに、そういう反応はしっかりあるので、それだけで感情がある程度読み取れる。
「じゃあ結論を伝える。一緒に行こうぜ」
返答を聞いた瞬間にリグリットの手は握られ、小さくガッツポーズをした。
「大変感謝! 早速準備開始……なの!」
表情こそ無表情のままだが、大喜びした様子で奥へ引っ込む。
続いてドタバタと走る音が聞こえ、さらにはガラガラと物を引っ掻きまわしている音が聞こえる。
自分達はどうするべきかとエディオン達が顔を見合わせていると、今度はバタバタと足音が聞こえリグリットが奥から飛び出してきた。
「準備手伝い求む! 必要機材、魔法鞄に投入……なの!」
物置の奥からでも引っ張り出したのか、リグリットの頭には蜘蛛の巣がくっ付いている。
しかし本人は気にすることなく、魔法の鞄を掲げて手伝いを求める。
「はいはぁい。分かったからぁ、頭のソレ取ろうね~」
「頭の……なの?」
意味が分からず、右手で頭に触れてみる。
何かがくっ付いたのに気付き、それを取って目の前に出す。
途端に表情が固まり、巣にいた蜘蛛が動くと悲鳴を上げて手を激しく振りだした。
どうやら蜘蛛が嫌いなようだ。
「取って取って取ってなのー!」
顔から離して振っている手にくっ付いた蜘蛛の巣は、どれだけ振っても取れない。
そしてこんな時でも、本人曰くキャラ付けだと言う語尾は外さない。
かなり徹底しているなとエディオンは思いつつ、振り回す手を掴んで蜘蛛を巣ごと引っぺがす。
「ほら、取れたぞ」
取った巣は窓を開けて外に放り出す。
ようやく落ち着いたリグリットは、激しく動いたのと叫んだ事で息を切らす。
「はあ、はあ。助かった……なの」
別に毒がある種類じゃあるまいにと思いながら、エディオンは窓を閉める。
「という訳で、手伝い求む! ……なの」
改めて魔法の鞄を掲げて主張する。
魔法の鞄は魔法の袋よりもずっと大量の物を収納できる。
その分、高価にはなるが、商人や貴族なら必ず持っている便利な道具。
「へえ、凄いの持っているのね」
「……両親の遺品……なの」
「えっと、その。……ごめんなさい」
やってしまった感を表情に出しているフィリアは、申し訳なさそうに謝った。
「気にしない。それより、手伝ってくれる? ……なの」
今の語尾は無理があるんじゃないかと思いつつ、まずはエディオンが頷き、続いてフィリアとウリランも頷く。
新しい旅の仲間となる相手の荷造りを、手伝わない理由が無い。
「じゃあまずは、ここらの道具をこれに入れて欲しい……なの」
指差した先には、製薬のための道具がいくつも置かれている。
中には現在進行形で怪しげな薬を作っていて、煙を出しながら泡立っている液体が入っている容器まである。
これもか? とちょっと触れるのを躊躇っているとフィリアが率先して尋ねた。
「えっと、これも?」
「それは薬が完成してから……なの」
何の薬かは気になるが、それには触れないで済むと分かるとエディオン達はホッとした。
「じゃあ、それ以外ならいいの~?」
「承認。適当に放り込んでいい……なの」
「適当でいいのかよ」
リグリットも頷いたので、エディオンは本当にその辺にある道具を無造作に取り、適当に放り込んでいく。
それを見ていたリグリットは、少し考える素振りを見せる。
「うぅん……。やっぱり、もう少し丁寧に……なの」
「あいよ」
適当な返事をしたエディオンは、無造作に取るのは変えず、魔法の鞄に入れる時だけそっと入れるようにした。
それにもリグリットは考える素振りを見せたが、今回は何も言わず別の荷物の整理を始める。
どうやら、許されたようだ。
「ところで、この家はどうするの?」
ふとそんな事が気になったフィリアが尋ねる。
「売却。両親との思い出、この道具に籠っている……なの」
割とアッサリ売ると言ってのけ、まだ片付けていない道具を手に物思いに耽る。
どんな思い出が詰まっているのか詮索するつもりは誰にもないが、よく分からない道具を手に思い出に浸る姿は少しシュールに思えた。
「だったら早くしようぜ。あの馬面が来たら、なんか面倒な事になりそうだし」
「!? 同感……なの!」
その事を考慮していなかったリグリットの行動が早くなる。
次々に必要な物を魔法の鞄に放り込み、家の売却に必要な書類を奥から持ち出してきた。
最後に溜め込んでいた薬草の山を魔法の鞄に入れようとするが、容量限界で一束ですら入らない。
「うぐぅ……なの」
持っていけない以上は、捨て置くか売るかしか選択肢はない。
どうにか持っていけないかと思案するリグリットの前に、魔法の袋が差し出された。
「どうぞ~。これから一緒なんだし、入れられるだけ入れちゃっていいよ~」
意気投合したウリランからの協力に、目を見開いて両手でウリランの右手をしっかり掴む。
「大変感謝……なの!」
「ど~いたしましてぇ」
喜んで魔法の袋を受け取ったリグリットは、大事そうな薬草から順に袋の中へ放り込む。
中には既にウリランの荷物が入っているため、全部は入れられなかったが、大事そうな薬草は無事に収納できた。
「ふう。これで十分……なの」
やりきった感を表現するように額の汗を拭う。
まだ残っている薬草はどうするかフィリアが尋ねると、この程度の物でも売ればそこそこの路銀になる……なの、という返事をした。
「家具とかはどうするの?」
「……外で焼却処分……なの?」
「聞かれても困るな~」
そもそも、森に近いこの場所で火を使って大丈夫なのかという疑問が湧く。
火の粉が飛び散って火事になったら大事だとエディオンが伝えると、費用はかかるが処分を頼むことになった。
ここからは、手分けしての作業が始まる。
エディオンは家具や道具をリヤカーに積んで売却しに行き、フィリアとウリランは残りの薬草と不要な薬品の売却、両親の死によって家の持ち主になっているリグリットは家を売りに行った。
だが、それによってリグリットが村を離れるという話が広まる。
それを聞いた大半が、厄介者がいなくなってせいせいすると言い、一部の老人や病人がこれからの薬はどうしようと悩む。
そして当然、話はスホーの下へも届く。
「なんですって? それは本当ですか?」
信者からの情報にスホーは眉をひそめた。
「はい。どうやら家も売却して、どこかへ旅立つようです」
厄介者がいなくなってせいせいする派の信者は、これで村も平穏になると手を合わせて神に感謝するが、スホーはそれどころではなかった。
リグリットの不思議な力を利用し、出世しようとしていた彼からすれば、この旅立ちはなんとしても阻止しなければならない。
既に家も売却しているとなると、急ぐ必要があると判断し、信者への対応もそこそこに行動を起こした。
昨夜は共に酒を飲み、二日酔い気味の聖守護隊員三人を連れ出し、リグリットの薬局へと向かう。
いざとなれば、強硬手段も辞さないつもりでいる。
村はずれにあるあそこならば、多少悲鳴を上げても誰かに聞かれる恐れは低いと考えて。
「いいですね、今日は多少強引でも構いません。私達の今後がかかっているのですから」
「「「はい」」」
どうにかして関係者になれば、後はどうとでもできると思案しながら、足早にリグリットを探し始めた。
その頃のリグリットは、家の検分が済み、業者と売買契約を交わし終えた所だった。
業者の下を去ったリグリットは、集合場所である探検者ギルドへ向かい、そこで既に薬草と薬品の売却を済ませたフィリアとウリランと合流する。
「お待たせ……なの」
周囲からの視線を気にせず二人の下へ向かう。
「大丈夫。そんなに待ってないから」
「はい、これぇ。薬草と~、薬品の売却金~。あっ、明細はこっちね」
手渡された売却金と明細に目を通し、納得したのか頷いて懐にしまう。
「ありがとう……なの」
「気にしなくていいわよ。これからは仲間なんだし」
「そうだよぉ。これくらいなんでもないよ~」
仲間という言葉にリグリットは表情こそ変えないものの、心の内はとても喜んでいた。
孤独になってからは無縁だった言葉と存在に、これだけでも自分の岐路が良い方へ進んだ気がした。
「後はディオだけね」
「物が物だからぁ、時間かかりそうだね~」
中古品の家具ともなると、当然査定は厳しくなる。
加えて数もあるため、時間がかかるのは簡単に察しがつく。
リヤカーに積んだ分だけでなく、積めなくて魔法の袋に収納した分もあるため、余計に時間はかかるだろう。
「なら、今のうちに転職手続きしてくる……なの」
席を立ったリグリットは受付に向かい、薬師から探検者への転職手続きをする。
転職とは、成人した際に登録した職業を変更する事。
最初に登録したギルドとは別種のギルドで転職申請をすることで、身分証に記録されている職業を変更することができる。
前職に関するギルドからの恩恵は受けられなくなり、新しい職に関するギルドの恩恵を受けられるようになる。
ただし、それを目的に何度も転職をされないよう、転職は生涯で二回までしかできないよう法律で定められた。
リグリットは今回、エディオン達の旅に同行する以上は探検者になった方がいいと考え、一回目の転職を行う事にした。
「はい、転職手続きは完了しました」
対応している男性職員は、目を合わせないようにしながら身分証を差し出す。
良くも悪くもそういう素振りに慣れてしまったリグリットは、特に気にせず身分証の職業欄を見る。
ついさっきまで薬師だったそこは、探検者に変わっており、一回目の転職の証である星マークが一つ刻まれていた。
「対応感謝……なの」
お礼を言って振り返ると、さっきまで背中を見ていた探検者達が、フィリアとウリランを除きそっぽを向く。
逆に背を向けられた男性職員は、何も言われずに済んでホッとしていた。
「何よあの反応は。リグリットさんの関係者でもないのに」
「気にしない。それにもう村を出るから、関係無い……なの」
そうは言ってもとウリランがむくれていると、ギルドの扉が開く。
エディオンが来たのかと三人がそちらを見るが、そこにいたのはエディオンではない。
それどころか、一番現れてほしくなかった人物がいた。
「やっと見つけましたよ、リグリットさん」
聖守護隊を引きつれたスホーが、両腕を左右に広げて歩み寄る。
しかしフィリアとウリランを見て足を止め、視線だけで周囲を探り出す。
後ろに控えている聖守護隊も同じで、軽く身構えながら誰かを探していた。
彼らが捜していたはエディオン。
前回の遭遇の事もあり警戒しているようだが、いないと分かると構えを解く。
「村を出ると聞きましたが、どうしたのですか?」
「あなたには関係無い……なの」
「そんな事はありません。あなたのように神のお言葉を聞けるお方が、誤った道へと進むのを止め、神を信じる道へと導くのは神官たる私の役目です」
いつものように派手な動作をしながらの演説に、探検者の多くは無言で立ち去っていく。
職員達も雑務や雑談に興じ、関わらないように振る舞っている。
「どうか思い直していただけませんか? 共に神に仕え、神のお言葉を世に広めるために協力しようではありませんか」
口ではそう言いながらも、その実狙いは自身の出世欲のため。
真剣に神に仕える気も無ければ、世の中に広める気も無い。
「断固拒否。私の道は私が選んで進む。もう逃げない、この力も自分のために使う……なの」
自分のため、という言葉にスホーは思い出す。
エディオンを勧誘した際に返ってきた、この力は自分のために使う、という返事を。
「なんと。あなたは彼らに毒されたのですね。ならばなおさら、私が洗礼をもって浄化して差し上げましょう。皆さん、彼女を教会へ」
強硬手段しかないと判断したスホーの合図で、聖守護隊の三人がリグリットに歩み寄る。
強引にでも連れて行き、後は監禁でもして関係者になれるよう、手段を選ばずにすればいい。
そう考えての行動だが、この場にはリグリットの味方が二人いた。
「待ってください。ちょっと一方的すぎないですか?」
「いくらなんでもぉ、これは強引すぎると思うな~」
連れて行かれないよう身構えるリグリットを守るように、フィリアとウリランが立ち塞がる。
「どいていただけませんかね? 私達は、彼女を正しき道に導かねばならないのです」
「何が正しい道よ。リグリットさんが自分で選んだ道なんです、あなた方にそれをどうこう言う資格はありませんよ」
「資格? 資格ならばありますよ。神のお言葉を授かる彼女を導くのは、神に仕える私達なのですから」
「でもぉ、本人が拒否しているのに、強引に誘うのは間違ってませんか~?」
「正しき道へ導くためならば、多少の強引さも神は寛容な心で許してくれます」
思いっきり勝手な解釈に、僅かに残っていた野次馬の探検者達は白い眼をスホーに向けながら、面倒事に巻き込まれないように外へ出ていった。
そんな視線にも気づかず、改めて聖守護隊に命令する。
「さあ、彼女を教会へご案内するのです。邪魔をするのなら、彼女達には少々神の裁きを!」
要するに力づくなんだと分かると、フィリアは魔法の袋から短剣を取り出し、ウリランも杖を取り出す。
「あ、あの、ギルド内での揉め事はやめてください!」
さすがにこれ以上は傍観できず、ギルド職員が数名割って入る。
しかし目的のために手段を選ばなくなったスホーは、どうするべきかと自分を見る聖守護隊に、突破しろと顎で指示する。
「悪いがどいてもらう!」
「ひゃっ!?」
指示に従い、職員を振り払ってリグリットを連れて行こうとする。
武器を手にしたフィリアとウリランが守ろうと構えた。
このまま戦いに発展するかと思いきや、リグリットがそれを止める。
「風よ集え 守護の風で我らを包め ウィンドウォール!」
発動した防御魔法により、リグリット、フィリア、ウリランの三人を風の球体が包み込み守る。
伸ばされた手は風により阻まれ、全方位を守るこの魔法により、聖守護隊は手出しできない。
「仲間には手出しさせない。私が守る……なの」
魔法を解くことなく、風の球体は三人を包み続ける。
向こうは手を出せないが、こちら側も手を出せない。
「ねぇ~、このままじゃリグリットの魔力がぁ」
「委細承知。されどギルド内での攻撃行為は禁止……なの」
ギルド内で争いを起こした場合、攻撃行為をしたかどうかが処分の分かれ目になる。
わざわざ防御魔法で包み込んだのも、単にフィリアとリグリットを守るだけでなく、二人がその分かれ目を越えないよう配慮してのこと。
しかしこのままでは、いずれリグリットの魔力が尽きる。
他の探検者はギルド内から出て行っておらず、丸腰の職員達は武器を持っている聖守護隊に迂闊に近づけない。
時間だけが無駄に過ぎていくと思われたが、その辺りもリグリットは考えていた。
「大丈夫。もうすぐ解決してくれる人が来る……なの」
そう言われ、二人は気づく。自分達が待っている人物の事を。
そしてその人物は、ギルドの扉を開けて現れた。
「くそっ、無駄なあがきをぉぉぉぉぉっ!?」
忌々しげに見ていたスホーは、急に強い力で後方に引っ張られた。
襟を掴まれ、開けっ放しの扉から外へと放り出され、放物線を描いて地面に落ちる。
さらに、声に気づいて振り向こうとした聖守護隊の三人も、どこかしらを掴まれて外へ放り投げられる。
防具を身に着けているはずの彼らの重さも苦とせず放り投げたその人物は、掌に拳を叩きつけながら外へ向かう。
その後ろ姿を、フィリア達は安心した表情で見ていた。
「たたた……一体何が……」
叩きつけられた個所を摩りながら起き上がるスホーと聖守護隊。
そこに四人を見下しながら歩み寄る、彼らを投げ飛ばした人物がいた。
「おい」
ドスの効いた低い声に背筋に寒気が走る。
震えながらゆっくり顔を上げると、そこには拳を握りしめたエディオンが立っていた。
そして理解した。外へ投げ飛ばしたのは、間違いなくこいつだと。
「人の仲間に何してくれようとしてんだよ、テメェら」
「わ、私達はただ……」
「私の選択した道を誤りだと言い、強引に教会へ入れさせようとした……なの」
言い訳よりも先にリグリットが説明し、エディオンはゆっくりとスホー達に歩み寄る。
「こいつは俺達の仲間になったんだ。手出しするなら、容赦はしねぇ」
「わ、我々に手を出すのか? 今に、天罰が、下るぞ!」
「上等だ。下せるもんなら、下してみやがれっ! 俺はそいつを、この拳でぶち破ってやる! 親父なら、そう言うだろうしな」
ニンマリ浮かべる笑みから恐怖を感じ取ったスホー達が震える。
ここはもうギルドの外。何をされても本人達の問題で取り扱われるため、処分の心配も無い。
だからこそエディオンは外へ投げ飛ばした。
「さぁて。ちょっくら腹に力入れて、歯ぁ喰い縛れ!」
エディオンがスホー達に跳びかかった直後、複数の打撃音と悲鳴が周囲に響き渡った。
それを見物している野次馬の中から、茶色のマントを羽織った人物がエディオンをじっと見て笑う。
「あいつが師匠の言っていた奴か」
その人物はスホーの悲鳴が聞こえなくなると、踵を返してどこかへ去って行った。
なお、今回の一件で攻撃行為はしていないものの、騒ぎを起こしたということでフィリアとウリラン、リグリットは探検者ギルドから厳重注意を受けた。