神に喧嘩を売れますか?
探検者になって初めての依頼も、後は依頼者を送り届けるだけ。
さして相手にならない獣を次々に蹴散らしながら、依頼者であるリグリットの住む薬局まであと少しという所まで来た。
「もうすぐ終わりだな。だけど油断するなよ、そういう時に大抵痛い目に遭うからな」
「は~い~」
「わかってるわよ」
獣も出なくなる場所まで来ると、自然と会話も増えてくる。
楽しげに会話をするエディオンとウリランに、まだ終わっていないと嗜めるフィリア。
無表情ながらも楽しそうな雰囲気を醸し出すリグリットは、三人に尋ねる。
「随分友好的。長期的付き合い……なの?」
「そうだよぉ。幼馴染なんだ~。それとねぇ」
悪戯でも思いついたように微笑むウリランは、前を歩く二人にそっと近づいて飛びつく。
「ひゃっ!?」
「おぉっ?」
急に飛びつかれたフィリアは驚いたが、エディオンはまるで驚いていない。
それどころか、前につんのめる事もなくウリランの飛びつきに耐えた。
「私とフィーちゃんはぁ、ディオ君が好きで傍にいたくて、一緒に旅をしてるんだよ~」
二人に色々と押し付けながら告げると、ずっと表情を崩さなかったリグリットの目が僅かに見開いた。
「……修羅場……なの?」
「違うよ~。正々堂々、お互いにディオ君にアピールしてるの~」
今もそれをやっているとばかりに、自分の胸を押し付けつつフィリアをエディオンに密着させようと、二人の肩を押している。
「ほらぁ。フィーちゃんももっとくっ付こうよ~」
「いいって、お願いだからやめてよ」
「む~。ディオ君、やっちゃって~」
「よしきた」
二つ返事で頷いたエディオンはウリランの意図を理解し、自分からフィリアとウリランを抱きしめた。
その状況をウリランは満面の笑みで受け入れているが、恥ずかしがりなフィリアはそれどころではない。
「あっ、ちょっ、まっ、へっ、って!?」
恥ずかしさと嬉しさがごちゃごちゃに入り混じって混乱し、何を言いたいのか分からず言葉すら上手く出てこない。
しかし体は正直で、耳は空に向けてピンと立ち、尻尾はこれ以上ないほど嬉しそうに揺れている。
その様子を見ていたリグリットはしばし考えた後、何か閃いたようにポンと手を叩く。
「加わるべき流れ……なの?」
「そんな訳ないでしょ!」
言葉は出たものの、依頼人への敬語を忘れる程度にはまだ混乱している。
ほうほうと頷くリグリットの反応は、久方ぶりの他人との良好な交流に満足気だった。
表情にこそ出ていないが、気持ちは盛り上がっており、先ほどの問いかけが肯定されれば本当に加わっていただろう。
そういった和やかな雰囲気でこの依頼は終わるかと思いきや、そうはいかなかった。
もうすぐ薬局に到着するというタイミングで、突如リグリットの歩みが止まり楽しそうだった雰囲気が消える。
「? どうかしたんですか?」
表情こそ変えていないものの、刺すような視線をどこかに向けている。
黙ったままなので視線の先をエディオン達が辿ってみると、薬局の入り口前に居座る四人の男の姿があった。
一人は真っ白な神官服を着た馬人族の男で、残りの三人は白い服に杖や棒、盾を持っている。
武器を持っている彼らは聖守護隊といい、大抵の教会には赴任している専属の防衛隊のようなもの。
主に赴任先の町や村の治安維持や人助けに務めており、そうして善行を積むことを目的としている集団。
また、そうやって町や村を守る事で教会の評判を高め、信者を集める目的もある。
魔法対策に杖を持つことはあっても、刃のある武器は振るわない。
物理的な武器は主に棒で、それで相手を制圧することを主体として戦う。
他にも高位の地位にある人物を護衛する場合があるが、この時だけは剣や槍を持ったりする。
「ひょっとして、あいつがしつこく勧誘しているって神官か?」
木の陰に隠れたリグリットがこくりと頷く。
彼女が村の教会にいる神官に勧誘されている事も、その理由もエディオン達は知っている。
ただ岐路について知れるだけの能力を神からの予言と言い、それを受けているのなら神に仕えるべきだと。
「前任の神官から、リグリットさんの力の詳細を聞いていないのかな?」
リグリットの力を調べたのは、前任の神官。
当然、引き継ぎの際にはその事を知らされているはず。
その上で予言だと言っているのだとしたら、神官の個人的な思い込みと暴走なのだろう。
「前任神官真面目。引き継ぎにて聞いている可能性大。おそらくはその上での勧誘行為……なの」
「だろうね~。どうしよっかぁ?」
薬局の前に居座る四人は、簡単に帰りそうにない。
だからといって、村の住人達に嫌われている彼女を宿に連れて行っても、泊めてもらえるかも分からない。
「……力技で追い返すか?」
「承認……なの」
「待って待ってすっごい待って」
腕まくりをして追い返そうとするエディオンと、煽るリグリットをフィリアが制止する。
「なんだよ。理屈で追い返すなんて、俺にはできないぞ」
「そんなの幼馴染の私が、知らない訳ないじゃないの。というか、教会に喧嘩売る気?」
例え片田舎にあるとしても、教会の情報網と力は侮れない。
王侯貴族ですら、敵に回さずに済むのなら、敵に回したくない相手。
それに喧嘩を売れる者などほぼいない。
だがエディオンは、そのほぼの中の一人に育てられた。
「親父だったら平気で売りそうだぞ? だったら俺も売れるだろう」
あっさり言ってのけた事と無茶苦茶な理論に頭痛を覚え、額に手を当てる。
同時に、あの人なら本当にやりそうだと、幼馴染で想い人の育ての親であるルーディアンを少しだけ恨んだ。
「あぁぁ、もう! いいわ、こうなったら一蓮托生よ。アタシも行く」
「じゃあ私も行く~」
「なら私も……なの」
「結局は全員じゃねえか。まあいいか、行くぞ」
四人揃って薬局へ向けて歩き出すと、聖守護隊の一人が気づき神官に声を掛け指差す。
神官はリグリットを見ると立ち上がり、馬人族の特徴である長めの顔に胡散臭い笑みを浮かべ、近づいてきた。
「やあやあ、リグリットさん。お待ちしていましたよ。今日こそは、是非色よい返事を頂けますでしょうか」
「拒絶……なの」
歓迎するとでも言いたげに、両腕を広げて歩み寄る神官。
表情にこそ出ないが、不快な雰囲気を出すリグリットは即答で断った。
しかし、何度も勧誘に来ている男がこの程度で諦めるはずもない。
「何故なのですか。あなたには、神のお声が聞こえている。それならば神にお仕えし、そのお声を授けてくださる事に日々感謝するべきなのです」
神官は自分が良い事を言っているとばかりのドヤ顔をする。
しかし、それに感心しているのは聖守護隊だけで、エディオン達は誰一人として感心していない。
逆に自分の発言に酔っているかのような神官に、冷めた視線を向けている。
そんな視線に気づいていないのか、気にしていないのか、ペラペラと一方的に神官は喋り続ける。
「そうする事で、まだ曖昧な神のお言葉はより明確なものになり、世のため人のための導きとなるのです」
半ば演説のようになってきた神官の語りに早くもうんざりしたエディオンは、小声でリグリットに話しかける。
「いつもこんな調子か?」
「そう……なの」
小さく頷くリグリット。
よほど聞きたくないのか、兎人族特有の長い耳もそっぽを向いている。
最早これは勧誘じゃないだろうと思ったエディオンは、数歩前に進み出て神官に話しかけた。
「おい、おっさん」
「そうこれは神のご加護……なんだね君は」
演説の邪魔をされて神官は不機嫌になる。
「リグリットさんから依頼を受けた探検者だ。一応護衛も頼まれてるんでね、不審者には相応の対処をしないとな」
喧嘩腰での対応に、本当に喧嘩を売ったとフィリアは溜め息を吐く。
やっぱりねと言うウリランと、本当に売ったと感心するリグリットは、ここからどうなるのか少し楽しみにしている。
「我々を不審者だと? 見て分からないかね、我々は神に仕える敬虔な」
「お待ちください。この者は確か……」
何かに気づいた聖守護隊の一人が神官に耳打ちする。
すると神官は値踏みするようにエディオンを見て、表情を和やかなものに変えた。
「そうか、君があの悪党のダイガに勝ったという竜人族の少年か。初めまして、私はこの村の教会で神官として勤めている、スホーと申します」
何を思ったか、不機嫌な態度を一変させて好意的に接しようとしてくる。
碌な事になりそうにないとエディオンは思い、その予想は的中する。
「思い出すのもおぞましい、彼らの悪魔の所業。しかしそれを暴き、彼らの罪を陽の下に明かした君の功績は大きい!」
やたら大げさな動作をしながら、まるで舞台の台詞かのような言葉を連ねる。
自分に恍惚としているスホーという神官に対し、エディオン達の視線は冷めたものを通り越して白い眼を送る。
そしてやはり気づいていないのか、最後に本人なりにカッコイイとおもうようなポーズで、エディオンに手を差し伸べた。
「その功績を評価し、是非君を我らメイズン教の聖守護隊に迎えたい。今回のように悪事を暴き、人々のために働き、善行を重ね」
「断わる」
喋っている最中なのをぶった切って断りを入れると、語りを中断されたからか断られたからか、スホーの表情が曇る。
「何故断るのですか。あなたほどの力を持っているからこそ、世のため人のために」
「それこそお断りだ。俺のこの力は、俺自身の望みのために身に付けたんだ。誰のためでもない、俺のために使う」
父であり師であるルーディアンに勝つ。
そのために得た力なのだから、自分のために使う。
それ以外の目的で力を使うとすれば、フィリアやウリラン、久しく会っていないバレルにモレットといった仲の良い相手のため。
無償で力を世の中のために使おうなど、これっぽっちも考えていない。
「なんと愚かな。それだけの力がありながら、世のため人のために使わないとは。どうでしょう? 一度メイズン教の教えを受けてみませんか? そうすれば、如何にその力を使うべきかという事を学べると思いますよ」
しつこく勧誘しようとする姿は粘り強いと言えるが、相手によってはそれが逆効果になる場合もある。
エディオンの場合は、まさにそれだった。
ここですっぱり諦めればまだよかったものを、粘ったせいでエディオンの中におけるスホーの印象はしつこい奴になり、低下の一途を辿っていく。
「しつこいな。俺は神なんか信じてないんだ。さっさと帰らないなら、強制的に帰らせるぞ」
声に怒気を混ぜながら軽く睨むと、先ほどまで妙に強気で粘り強かったスホーが押し黙り、本能的に数歩後ずさる。
前に出て守ろうとしていた聖守護隊の男達も、威圧感に押されて前に出たくとも体が動いてくれない。
聖守護隊などと名乗ってはいるが、所詮は教会の警備部門のようなもの。
半ばボランティアのような治安維持活動はやっているが、魔物や盗賊相手に戦う事は無い。
対するエディオンは、獣や魔物相手に命をやり取りを経験している。
強くなった今では命の危機を感じることは少なくなったものの、ルーディアンとの組み手では何度も死ぬと思ってきた。
命がけの戦いで手に入れた実力と経験。
これらを併せ持つエディオンに、警備員の延長に過ぎない聖守護隊が適うはずが無い。
素人やゴロツキ程度ならともかく、彼らではエディオンどころか大半の探検者にすら勝てない。
「ぐっ……。リグリットさん、今日は帰りますが、私は諦めませんよ」
苦い表情をしたスホーは、捨て台詞を残して逃げるように早足で去っていく。
後を聖守護隊が追っていくと、向けていた睨みを解いて僅かに力を入れていた握り拳からも力を抜いた。
「はぁ、なんか嫌な感じの奴だったな」
「同感。ただ安心点一つ。スホーの岐路不明……なの」
「それのどこが安心、ってそうだったな。関係者か、後に関係者になる奴にだけ発動するんだったな」
こくりと頷くリグリット。
彼女の能力、岐路を知ることが出来る力は、リグリット自身の関係者か、後に関係者になる相手にしか発動しない。
それが発動しないという事は、少なくともスホーが関係者に加わることは無い、という事になる。
「それにしてもあの神官、どうしてそこまでリグリットさんを欲しがるのかしら?」
遠くなる背中を見ながらフィリアは首を傾げた。
「ああいう人はぁ、碌な事を考えてなさそうだよね~」
「同感……なの」
図らずもウリランが言った事は正しかった。
あのスホーという神官は、よからぬ事を考えてリグリットを引き込もうと考えていた。
「なんだあの無礼者は。これだから探検者は」
引き上げていく神官は表情を歪めながら、不機嫌そうに歩く。
「しかし、あの場は引いて正解です。彼と正面からやりあったら、とても敵いません」
聖守護隊の一人がそう言うと残りの二人も数回頷く。
彼らは修羅場をくぐった経験こそ無いが、本能的にエディオンと戦うのは拙いと感じていた。
そのため、スホーから攻撃命令が出なかった時は、心底ホッとした。
「ふん。この私が、あんな野蛮な奴と正面からやりあうはずが無いだろう。我らは神に仕える身だ、力ではなく天より授かった知恵を使わなくてはな」
自慢気に言ってはいるが、さほどスホーの頭は良くない。
かといって悪いわけでもなく、神官としては平凡中の平凡。
それがスホーに対する教会幹部の評価だった。
だからこそ、教会本部には居ても居なくてもいいとされ、年齢が年齢だから隠居したいという前任の神官の交代要員としてこの村へ派遣された。
「ともかく、一日でも早くあの娘を我が下に置かなくては」
村の教会に赴任した当初から、スホーはこんな田舎から早く帰りたいと願っていた。
そんな時に一つの案が浮かぶ。
前任の神官からの引き継ぎの際に聞いた、関係者の岐路を知れるというリグリットの能力を利用しようと。
どうにかして彼女の関係者になり、自分の岐路を教えてもらって危機は回避し、良さそうな出来事は受け入れる。
そうやって好評価を積めば、本部へ帰れるだけでなく出世も思うがままになると考えていた。
「ですが、このまま勧誘を続けても効果は無さそうですよ?」
「分かっているさ。だからこそ、知恵を使わなくてはな」
こうは言っているが、他人を都合の良い存在として扱おうとする人物に碌な考えが浮かぶはずがない。
実際、スホーの言う知恵で考えている策というのは、どうにかして言う事を聞かせようとする手段ばかり。
お告げを与えているのに神に仕えないリグリットへの天罰、という名における暴力、強姦、薬剤投与、奴隷化。
どれも犯罪行為にも関わらず、自身の出世欲に正直なスホーはそれさえも天罰として扱う。
そういう危なっかしい一面が窺える事から、田舎へ飛ばされたとも言える。
「出世した暁には、お前達にも本部での地位を用意する。だからしっかり協力しろよ」
「承知しております」
「私達もこんな場所で満足していませんから」
「全ては神の御心のままに」
スホーと同じような気質を持つ聖守護隊がニヤニヤ笑う。
彼らも普段は真面目に村の治安維持に務めているが、あくまでも表向きの話。
陰では禁止されている酒を毎日ガブガブ飲み、お布施の一部を着服し、中毒性がある事から法により禁止されている薬草の煙を煙管で吸っている。
そういった事にはスホーも加わっていて、他の教会勤めの人々や信者達の目を盗み、四人で酒と金と麻薬を楽しんでいる。
「それでは神が我らに微笑むよう、前祝でもするか」
こうして今日もスホー達は酒と麻薬を味わうのだった。
一方でエディオン達は、依頼人のリグリットからサインを貰っていた。
「じゃあ今日はこれで」
「感謝する。ちなみに返答はいつ……なの?」
自身の岐路の行方を見るため、仲間になりたいという問いかけに返答していないのはフィリアだけ。
既に賛成しているエディオンとウリランの視線は、自然とフィリアに向けられる。
「明日でいいかしら? 私達も今日には旅立つわけじゃないし」
宿は三泊の予定で部屋を取っている。
今夜で二泊目となると、時間は翌日までしかないと判断した。
そうでないと、リグリットの旅支度が整わない可能性があるからだ。
「承知。良い返答を期待……なの」
表情は変えずとも、期待に満ちた眼差しで頷く。
この直後にエディオン達は、依頼完了の報告のために薬局を去り、探検者ギルドへと歩き出した。
「フィーちゃん。悪い子じゃないんだしぃ、すぐにオッケーでも良かったと思うな~」
「あのね、そう簡単に仲間を増やせるものじゃないって、昨日言ったわよね? あんなにアッサリ認めて、そこら辺はちゃんと考えてるの?」
フィリアからの問いかけにエディオンは小さく笑う。
その反応は、一応は考えているように見えるが、そういう訳じゃないんだろうなとフィリアは思っている。
何せ、彼はあのルーディアンに育てられたのだから。
付き合いが長いフィリアは、その辺りの事を経験的に理解していた。
そしてそれは間違いではなかった。
「勘だ!」
要は考えずに感じただけと、ドヤ顔で暴露した。
「やっぱり……」
「やっぱりだね~」
同じような予想をしていたウリランも、フィリアの気持ちに同意する。
しかしウリランもまた、賛成した以上は何かあるはず。
さほど深い理由は期待はせずフィリアは尋ねる。
「ちなみに、ウリちゃんは?」
「えっとね~。悪い子ではないかなぁ、って思ったから~」
やっぱり深い理由は無かった。
むしろエディオンと同じく勘の要素が強い返答に、やはり自分がしっかりしなくちゃとフィリアは固く決意した。
そうこうしているうちに探検者ギルドに到着し、受付で依頼完了の手続きを行う。
報酬としてギルドに預けられていた金銭と回復薬を受け取り、身分証に今回の記録をしてもらう。
「はい。ありがとうございます。今回で君達は、ランク二にアップしたよ」
対応をしてくれていた猫人族の男性職員からランクアップを聞き、エディオン達は驚く。
「えっ!? もうですか?」
「そうだよ。だって君達、初日にあれだけの素材を持って来たじゃないか。特にオーガの角と皮があったのが大きいね、あれで結構点数を稼いだから、この依頼を終えればランクアップには充分だよ」
喋り好きらしい男性職員は、特に聞いていないのにペラペラと喋って理由を教えてくれる。
さらに、登録から四日でのランクアップは史上二番目の早さだとか、その年でオーガを倒したのも凄いだとか、聞いている側にとってはどうでもいいことまで喋り続ける。
いつまで続くんだとエディオン達が思い始めた頃、見かねた鼠人族の女性職員が拳骨を落として喋りを強制的に止めた。
「いった! 何するんですか先輩!」
「あなたが彼らの迷惑も考えず、喋っているからでしょう。それに見なさい、後ろに列までできているじゃないの」
女性職員の言う通り、エディオン達の後ろには依頼や狩りを終えた探検者達が並んでいる。
ようやく気付いてもらえた探検者達は、心の中で女性職員に感謝の言葉を送った。
「分かったら、さっさと仕事しなさい!」
「はいぃぃぃっ!」
怒られた男性職員は急いでエディオン達に身分証を返却し、次のお客の対応にかかる。
ようやく解放されたエディオン達は、疲れた表情でギルド内の休憩所へ向かう。
空いている席に座り、報酬を均等に分けて回復薬はウリランの魔法の袋に放り込む。
「どうする? まだ時間あるから、他の依頼も受ける?」
思ったよりも簡単に仕事が終わったため、日はまだ高く時間はある。
内容次第では依頼を受けてもいいとも思ったが、エディオンはその話を断った。
「いや、やめておこう。それよりも、初依頼達成を記念して何か食いに行こうぜ」
この提案にフィリアもウリランも反対はしなかった。
しかし、フィリアがふと気づいた。
この依頼での現金収入はたった銅貨六枚だと。
「ちょっと、今回の依頼の報酬じゃ碌な物食べれないわよ」
今回は報酬として回復薬をある程度手に入れられるからこそ、報酬として成立していた依頼だった。
だからといって、せっかく手に入れた回復薬を売る訳にもいかない。
「それじゃあ無理か~」
がっくりと落ち込むウリラン。
だが、次のエディオンの一言ですぐに復活する。
「昨日の売却金がたっぷりあるだろ?」
「そっか~!」
俯いていた頭が飛び跳ねるように上がり、満面の笑みを見せる。
昨日エディオン達が売却した素材は状態が良い事もあり、良い値段で売れた。
オーガの皮こそ剥ぎ取りがイマイチだったが、それでもオーガはオーガ。それなりの値段で買い取ってもらえた。
しかも、今日の依頼でランクアップするほどとなると、相当な金額を手に入れたのは容易に想像できる。
「じゃあさぁ、それでお祝いしよう~。いいでしょ? フィーちゃん」
親友からもそう言われ、迷ってしまうフィリア。
この三人の中で一番真面目な彼女は、昨日の収入を今後の旅のために使おうと考えていた。
しかし人生で一度きりの初依頼達成のお祝い。
あまり派手に使わなければいいかと折れ、祝福を承諾する。
「分かったわ。でも、あまり食べ過ぎないようにしましょう」
「は~い」
「そうと決まれば、ちょっと聞き込んでくるか」
この村にもそれなりに、食堂や飲み屋が存在している。
周囲にいる探検者達から、美味い店を聞き込んだ三人は紹介された店へ向かう。
その店は外見は年季が入りボロかったが、中はしっかり清掃されている期待できそうな店だった。
「良かったぁ、外観を見た時は凄く不安だったよ~」
「余計なお世話だ! ほら、メニューだ」
ストレートなウリランの言葉に反応する店主から受け取ったメニューを開き、予算の範囲で料理を頼む。
さらに、どうせならと酒も注文しておく。
全員成人にはなっているが、まだ酒は飲んだ事が無い。
一杯だけという事で注文した酒が最初に運ばれてきて、それぞれ手に取る。
「それじゃあ初依頼達成を祝して、乾杯」
「「乾杯」」
大きな声は上げず、普段の大きさの声での乾杯。
コップを軽くぶつけあい、飲もうかというタイミングで料理が運ばれてきた。
ナイスタイミングとエディオンが思っていると、先に酒を飲んでいたフィリアが勢いよくコップを卓に叩きつけながら俯く。
「フィリア?」
普段の彼女からは想像できない行動に、何かあったのかと不安になる。
「ふみゃ……?」
顔を上げたフィリアの顔は真っ赤で、目の焦点が合っていない。
微妙に左右に揺れており、どこかボンヤリしているように見える。
「おい、まさか……」
感じていた不安は、次の一言で確信に変わる。
「ディオらー。えーい」
「やっぱり酔ってやがるこいつ……」
普段のフィリアなら絶対にやらない、自分からの抱きつきと積極的な接触。
ささやかな胸を押し付け、過剰なまでに接触しようと頬ずりまでしだす。
「一杯で酔うとかどんだけ弱いんだよ」
「ディオー、チューしてぇ」
「それよりも水でも飲んどけ」
ノリのいいエディオンならここは要望に応えようとするところだが、生憎と酔っ払いの絡みに付き合う気は無かった。
どうせなら正気の時にと思いながらひっぺがそうとすると、反対側から柔らかな衝撃が加わり、フィリアとは別の腕がしっかりとエディオンを捕える。
まさかと思いつつ振り向くと、涙目のウリランがいた。
顔は真っ赤で目は焦点が合っておらず、微妙に左右に揺れている。
「ディオ君~。フィーちゃんばっかりらめらのぉ」
「ウリラン、お前もか……」
自分の幼馴染はどれだけ酒に弱いんだと、若干の頭痛を覚えるエディオンだが、周囲はそんな事など知った事じゃない。
異性二人に抱きつかれている姿を囃し立て、口笛を吹いて冷やかし、羨ましさから呪詛を吐き罵声を浴びせる。
「ディオー、お腹空いたのぉ……」
「注文したのがここにあるから食ってろ」
寂しそうな表情で空腹を訴えるフィリアをひっぺがし、椅子に座らせてフォークを持たせる。
「たーべーさーせーてー」
「自分で食え」
「ぶーぶー」
文句を言いながらも空腹には勝てないからか、黙々と食べ始める。
その間にエディオンはウリランへも対応する。
「ディオ君~。なんか歩きにくいからぁ、抱っこしれぇ」
「帰る時にな。まずはこれ食ってからだ」
はーいと返事をしたウリランは席に着き、肉の塊にフォークを刺してワイルドに噛みつく。
いつもの彼女なら、小さく切り分けるのにそれもせず、ガブガブと噛みつく。
酔った時の二人の食べ方を見て、種族的に逆じゃないかと思いながらエディオンも食事を始める。
「まったく……。せっかくこんな美味い料理だってのに」
せっかくの美味い料理だが、絡み酒二人のせいで色々と台無しだった。
気の毒に思ったのか、店主がサービスだと小鉢を出してくれる。
それもありがたく頂き、一通り食べ終えた後に店を後にする。
しかし、酔っているフィリアとウリランは、とてもまともに歩けなさそうにない。
「仕方ないか……」
溜め息を吐いたエディオンはウリランを脇に抱え、フィリアを肩に背負って店を出る。
客からは両方ともお持ち帰りかよ、いい夜過ごせよ、ちくしょう俺だって、という声が聞こえてくるが無視する。
酔っ払いを相手にするつもりなど、エディオンには欠片も無いのだから。
「ったく。つうかフィリア、明日までにリグリットの件の結論出せるのかよ」
肩に背負っている、なにかやたらウフフアハハと笑っているフィリアに不安を抱きつつも、自分が考えても仕方ないと割り切った。
なお、宿に戻った際に女将さんや他の客からも冷やかされたのは、言うまでもない。