岐路を知る
探検者が金を稼ぐ手段は、何も獣や魔物を狩って売るだけではない。
ギルドに届いた依頼をこなし、提示されている報酬を受け取るというシステムも存在する。
依頼は商人や旅人護衛やら採取やら魔物討伐やら盗賊退治等があり、難易度に応じて報酬額も変化する。簡単なら安く、難しければ高く。
当然、難しい内容ほど高ランクの探検者しか受けられず、低ランクの探検者は報酬が安い簡単な依頼しか受けられない。
しかしそれは探検者にとって、という前提に成り立っている。
低ランク向けの依頼でも命がかかる危険はあり、そういった依頼で命を落とした探検者はいる。
その依頼を受けて路銀を稼ぐため、エディオン達は装備を身に着けてギルドを訪れていた。
「おいあれ」
「ああ、ダイガを一撃でぶっ飛ばしたガキだろ?」
「それどころかあいつの仲間も、目にも止まらない速さで瞬殺したのよ」
「いい気味だ。あいつらのせいで、何人の若者が殺されたことか……」
ダイガとその仲間がやっていた凶行は、既に村中に広まっていた。
教会から来た神父により嘘を見抜かれて、軍による事情聴取で仲間の一人が全てを語った。
これにより彼らは拘束され、現在は魔物の領域近くにある軍の詰所の牢屋にいる。
彼らは後日、犯罪奴隷として鉱山に送られ、死ぬまで鶴嘴を振り続ける事になるだろう。
ちなみにその事は、宿の食堂で食事をしていた時にエディオン達の耳にも届き、そんな下心があったのかと心底呆れた。
「なんかぁ、今日も注目されてるねぇ~」
周囲の視線にウリランはキョロキョロと辺りを見渡す。
「絶対に昨日の諍いが原因でしょうね」
「俺は悪くない」
前日とは違った質の視線を浴びながら、三人は依頼が張り出されている掲示板の前に立つ。
ここにギルドへ届いた依頼が張り出されており、探検者達は引き受ける依頼の用紙を取って受付に申し込む。
依頼は難易度別に分けて張り出されていて、エディオン達が見ているのは当然ランク一の依頼。
貼られているのは商店からの配達代行、農家からの畑の害獣駆除、料理屋からの獣肉買取といったもの。
どれを受けようとかと、三人は目を凝らして選ぶ。
「できるだけ修業になるのがいいけど、ランク一じゃ無理か」
「当たり前でしょ。高望みしないの!」
そう言ったフィリアは、目についた一枚の依頼書を手に取る。
「これなんてどう? 薬草の採取とその護衛」
依頼者はリグリットという名の薬剤師。
内容は薬草採取の手伝いと、その道中と採取中の護衛。
報酬は銅貨六枚に加え、依頼者が作成した軟膏タイプの回復薬を五つ。
支払われる金額そのものは安いが、回復薬と合わせれば相応の報酬と言える。
「いいんじゃないか? ちょうど回復薬補充したかったところだし」
回復薬を補充したかったエディオン達にとって、この依頼は渡りに船だった。
金も大事だが、依頼をすることで欲しい物が手に入るのなら、受けない理由は無い。
「じゃあこれが私達のぉ、記念すべき初依頼だね~」
言われてみればそうだと思いながら、三人揃って受付に向かう。
対応してくれたのは、前日と同じノームの女性職員だった。
「いらっしゃいませ。先日は大変でしたね」
「それほどでもないですよ。それよりも、この依頼を受けたいのですが」
提出された依頼書を受け取り、処理しようとした女性職員の手が止まる。
「あの、この方の依頼を受けるのですか?」
「そうですけど、何か問題でも?」
貼り出されていたのはランク一の場所で、特別な条件が付いている訳でもない。
女性職員の反応の意味が分からない三人は、黙って返答を待つ。
「実はこの方なんですが……」
女性職員の説明によると、依頼者のリグリットという兎人族の少女には、あまり近づかない方がいいと言われている。
というのも、その少女は特別な力を持っていて、その力で両親の死を予知して警告していたそうだ。
結果的に心配し過ぎと判断され両親は外出し、隣町への道中で落盤事により死亡した。
それ以来、この事が気味の悪さに繋がり、下手に近づいたら死の予言をされるんじゃないかと言われるようになった。
さらにはこの村の教会を取り仕切る神官がその特別な力を、神からのお告げだと言いだし、お告げを聞ける以上は神に仕えるべきだと毎日のように勧誘に来ているらしい。
これらが原因で今では、彼女が自分から店やギルドに用事で訪れる以外、彼女が親から受け継いだ村はずれの薬局への客と、勧誘しに来る神官以外は誰も近づかなくなったと女性職員は説明する。
「薬局へは行くんですね」
「この村には、薬局はそこともう一つあるんですが、そのもう一つの方は質がイマイチでして……」
溜め息を吐く様子からして、女性職員もあまり行きたくという気持ちが窺える。
「でも、俺達が依頼を受けるのとは関係無いですよね」
「えっ? ま、まあそうですが……」
「なら早く手続きをしてください。村はずれにあるのなら、早く行かないと」
「は、はぁ……」
戸惑いながらも手続きをした女性職員に見送られ、エディオン達はギルドを出て薬局へと向かう。
「どうやらその依頼って、誰もリグリットっていう人に近づきたくなくて、余ってたみたいね」
フィリアの言う通り、この依頼には誰も手を伸ばさなかった。
伸ばしかけても依頼者がリグリットだと分かると、伸ばしかけた手を引っ込めるか、別の依頼に向ける。
目に入ったら即座に外して別の依頼を探す。
前日に張り出されてからそういう光景が何度かあり、今朝になってようやくエディオン達によって受理された。
「まあ、他人の評価なんて気にしないさ。俺は俺の目で見て、直に話してどんな奴か判断する」
女性職員から聞いた話は気にしていない様子に、エディオンらしいとフィリアとウリランは思った。
それからしばらく歩き、最後に人家を通過してから十数分。ようやく目的の薬局に到着した。
「本当に村はずれだね~」
少し古ぼけた雰囲気の薬局の周囲は自然に溢れ、一番近い人家でも十数分の距離。
その十数分の移動中、擦れ違ったのは薬局に行っていたらしき風邪気味な老婆一人だけ。
人気も無く、本当に人が寄り付かないんだなと三人は実感した。
「ともかく入るか」
突っ立ってても仕方ないと、先頭を切ってエディオンが扉を開ける。
扉を開けると鈍い鈴の音が鳴り、来客を告げる。
「来店歓迎……なの」
古ぼけたローブを着た、前髪で目が隠れかけている兎人族の少女が無表情かつ、全く気持ちの籠っていない平淡な声で挨拶を口にする。
少女は三人の中で一番背が低いウリランよりも頭一つ背が低く、特徴的な兎の耳がピクピクと内外に動いている。
「必要薬品何? ……なの」
「えっと、俺達は薬を買いに来たんじゃなくて、この依頼を受けに来たんだ」
ギルドの受理印の押された依頼書を見せる。
しかし少女は依頼書をチラッと見て、そこからは何を考えているかよく分からない目で、エディオンをじっと見ている。
じっと見ている。
まだじっと見ている。
まだまだじっと見ている。
「俺の顔に何か付いているか?」
沈黙と視線に耐えられなくなったエディオンが尋ねるが、少女は首を横に数回振る。
「依頼受理確認。早速出発……なの」
そう告げた少女は、壁に掛けていたマントを手に取り羽織る。
次に立てかけていた杖も手に取り、カウンターから出てきた。
「えっ? じゃああなたが依頼人?」
フィリアの問いかけに頷き、言葉少なく答える。
「依頼人リグリット……なの。これでも十七歳……なの」
『年上!?』
目の前にいる少女がリグリットと分かると、エディオン達は少し驚いた。
というのも、ギルドへの依頼は成人でないとできない。
小柄な体つきが多い兎人族とはいえ、エディオン達がラックメイア町で見た兎人族よりも小さい。
一つ年上なのに未成年どころか、一桁の年齢に見えなくもない背丈にちょっと驚いている間に、リグリットは薬草を詰めるための籠を手に取る。
「準備完了。出発大丈夫? ……なの」
呼びかけられてようやくハッとして、大丈夫だと返した。
「そうそう。自己紹介がまだだったな。俺はエディオンだ」
「フィリアよ」
「ウリランで~す」
自己紹介を聞いたリグリットは再びエディオンをじっと見る。
まだじっと見る。
まだまだじっと見る。
まだまだまだじっと見る。
「あのさ……さっきから何?」
依頼人相手にも普段通りの口調でいるエディオンだが、リグリットは特に何も言わない。
自分だけ納得したように無言で頷き、出発とだけ呟き扉を開けて外へ出て行く。
リグリットの反応に首を傾げながらも、置いて行かれる訳にはいかないエディオン達も外に出ると、扉に掛かっている営業中の札をひっくり返し休業中にして鍵を掛けた。
「目的地南西、薬草群生地……なの」
エディオン達に向き直りながら目的地を告げ、頭を下げる。
「改めて。護衛及び採取手伝いをお願いします……なの」
一風変わった雰囲気と喋り方と語尾、それとエディオンへの反応はリグリットに対する不安を覚えさせた。
しかしそれだけで依頼を断る訳にはいかない上に、こう丁寧に頭を下げられては断わり辛い。
返事が無いからか、頭を下げ続ける姿は余計に毒気を抜かれ、三人は個性的な人ということで気にしない事にした
「ああ、任せておけ」
「しっかりやりますので」
「よろしくね~」
返事を聞くと頭を上げたが表情は無表情のまま。
それでも、よろしくとは返してくれたので、それで良しという事にしておいた。
四人は薬局からそう離れていない森に入って、その中を進んで行く。
先頭を歩くのは前衛のエディオンとフィリアで、その後ろに案内指示を出すリグリット、ウリランは探知魔法で周囲を警戒しながらリグリットの隣を歩いている。
「ねぇ~。杖持ってるって事は、魔法使えるの~?」
隣を歩くウリランの問いかけに黙って頷く。
「それなら野生の獣ぐらい、ご自身の魔法で対応できるんじゃありませんか?」
相手が年上とあってか敬語でのフィリアの問いかけには、首を数回横に振った。
「攻撃魔法は使用不能。先天的素質皆無……なの」
「えっ? そうなの~!?」
魔法にはいくつかの種類がある。
広く広まっているのは攻撃魔法、防御魔法、強化魔法、治癒魔法。
他にも付与魔法や支援魔法等があり、使い手はどれかしら得手不得手がある。
しかし、先天的素質が無くて使えない、という話は初めて聞いた。
「使用可能攻撃魔法は皆無。退治手段がほぼ無い……なの」
攻撃ができなければ、襲いかかる相手を倒す事ができない。
防御魔法で防いでいても、攻撃できなければ追い払う事さえできない。
本人曰く、火や水を出す事はできるが、それを相手に放つことができないらしい。
「でもぉ、ほぼって事はぁ、一つか二つぐらいは手段があるの~?」
「ん……なの」
頷いたリグリットは持っていた杖をエディオンに差し出す。
「魔力、流す……なの」
「あ、ああ。分かった」
杖を受け取り言われた通りに魔力を流す。
すると杖の重みが増し、特に先端の方が特に重くなった。
見た目こそ変わっていないが、振り回せばハンマーのような武器として使えそうなほどに。
「付与魔法で製作……なの」
付与魔法には仲間の能力を上げるタイプと、道具に魔法で特別な効果を与えるタイプの二種類がある。
厳密にいえば前者は能力付与、後者は効果付与と呼ばれているが、大抵は一括りで付与魔法と呼ばれている。
リグリットが自身の杖に施したのは後者のタイプで、魔力を流す事で重みが増し、殴打用の武器として使えるようだ。
「確かにこの重さなら、充分武器として使えるな」
軽々と振り回しているが、それだけで風切音が聞こえ、当たれば相当な威力になることが窺える。
「これがあれば、戦えるじゃないですか。どうして使わないんですか?」
フィリアの質問にリグリットは視線を逸らして理由を答える。
「……やり過ぎた……なの」
「やり過ぎた?」
「重過ぎた。持ち上げすら不可能……なの」
「「「えぇぇぇぇぇ」」」
思わぬ返答にエディオン達は揃って肩を落とした。
自分で作っておきながら、使えないとはなんともお粗末な結末。
その結末に、そう反応せざるを得なかった。
「攻撃魔法の素質同様、腕力も皆無……なの」
「いやいや、腕力無いにもほどがあるだろ」
鍛えているエディオンが軽々と振り回すのはともかく、試しにやってみたフィリアとウリランも振る事はできた。
しかしリグリットは、持ち上げる時点から不可能。
三人が揃って、どれだけ力が無いんだと思うのも無理は無い。
「もう一個別のを作るのは……」
「我が家貧困。杖購入余裕皆無……なの」
俯きながら告げたそれに、エディオン達は何も言えなかった。
リグリットはこの村の人々にあまり好かれておらず、薬局に来る客も少ない。
皆が皆、質は低くとも一応は効果があるもう一方の薬局に行っていて、そこの薬で効かなかった客がたまに来るくらいだと、リグリットは説明した。
「両親生存時は、少し余裕有り。死亡後、お客が減少。現在貧困生活中……なの」
言われてみてからよく見ると、着ているローブは古ぼけていて、纏っているマントも擦り切れたり繕ったりした形跡がある。
「悪い……」
襲ってきた熊を一蹴しながら、思わず謝るエディオンに首を横に振る。
「気にしない。それに、ちゃんとあなた達と出会えた……なの」
ちゃんと出会えた。その言葉を聞いて、予知の噂を思い出す。
ひょっとしたら、自分達が来ることも予知していたんじゃないかと、エディオン達の視線は自然とリグリットへ向かう。
「あの、それって」
話に聞いた予知じゃないかとフィリアが尋ねる前に話を止められる。
「説明後程。今は依頼実行……なの」
少し前方を指差したのでそちらを見ると、薬草が大量に生えている場所があった。
ここが目的地だと分かり、話は気になるが依頼を優先した。
薬草を摘んでいくリグリットと、それを手伝うウリラン。
エディオンとフィリアは周囲を警戒し、有事に備える。
時折、新芽は摘むなという採取の注意点を聞いたり、襲いかかってくる猿や猪を倒したりしていく。
終始穏やかな雰囲気での採取作業だったが、それが終わるとリグリットはエディオン達を見据え、無表情ながら真剣な雰囲気で喋りだす。
「護衛感謝。先ほどの続き話す……なの」
ようやく聞けるのかとエディオン達も気を引き締める。
本当に予知ができて、自分達と会う事も予知していたのかと。
「噂は知っていると推測。でも予知違う。関係者、後に関係者となる人物の岐路を知る……なの」
教えられた内容に三人は一様に首を傾げる。
「岐路って、どういう意味だ?」
「そのままの意味。遭遇関係者の岐路が分かる。あの日の両親の時、外出危険と出た……なの」
当時はまだ特別な力だとは知らず、嫌な予感程度だと思っていた。
しかしその直後に両親が死亡し、やり取りを聞いていた村人により、両親の死を予知していた話が広まる。
後に前任の神官によって、関係者か後に関係者となる相手を見る事で、その人物に迫る岐路を知るだけだと分かったものの、噂は広まり続け現在に至っているらしい。
「岐路が良い事が出るか悪い事が出るかすら、知る事は不可能。両親死亡後は口に出さず沈黙していた……なの」
これまでにリグリットが知った岐路は、必ずしも不幸な事とは限らなかった。
かつて友人だった木こりの青年と擦れ違った時には、東の山へ行けと出た。
後日、たまたま東の山に行った彼は大鹿に襲われていた貴族を救い、謝礼として大金を手に入れた。
両親が死ぬ前は仲良くしていた商店の女主人には、店を離れるなと出た。
翌日、忙しくて店を離れられなかった彼女は運命的な出会いをし、結婚をした。
「つまり、内容とかまで完全に予知できる訳じゃないのか」
「それじゃあ確かに、予知とは言えないわね」
エディオンとフィリアの会話に無言で頷く。
しかし、当然悪い予知もあった。
これも村で擦れ違った、前は友人だった少女に川辺は危険と出た。
一声かけたかったが、自分の状況や相手の気持ちを考えると言えなかった。
その日の夜、川辺へ一人で釣りに行ったその少女が、通りがかりの盗賊から乱暴されたという話を聞いた。
さらにかつてはお得意様だった探検者には、今のパーティーから離脱しろと出た。
またも言えずにいると、その探検者はパーティーの女探検者に騙され、苦労して溜めた金を全て盗まれてしまう。
こうして言えなかった後ろめたさが、彼女を自ら孤独へと進ませた。
「ふぇ~。苦労していたんだねぇ~」
「でも、どうして私達にはその事を喋っているんですか?」
「昨日早朝、鏡の前で私自身の岐路を知った……なの」
鏡越しなら自分自身にもこの能力は有効だという事を、彼女はこの時に初めて知った。
「ギルドへ依頼提出。それが私の岐路だった……なの」
これまでに知った岐路のパターンから、身に危険が生じるものじゃないと推測。
そう判断した彼女は、意を決してギルドに依頼を出すことにした。
誰も引き受けるはずがないのにと思いながらギルドへ向かうと、ある出会いをする。
「私はあなた達とギルドで擦れ違った。その際に見た時、全員に薬局へ行けと出た……なの」
きっと彼らがこの依頼を受け、それが自分の岐路になるんじゃないかと、淡い希望を抱いて依頼を出した。
そして本当にエディオン達がやって来た時、また黙り続けると岐路から外れてしまうと思い、その先に何が待っていようと覚悟を決め、こうして全てを話した。
「過去同様の後悔は嫌。自分だけと都合が良いのは理解。でも自身変化無しに、後悔から脱出不能と考慮……なの」
気持ちは分かるが、確かに自分の時だけと都合が良いとは思う。
だが、大抵の人はそんなものだ。
自分にだけ都合が良いように考えたり、自分だけ助かろうとしたり。
そういう意味では当たり前の事だとエディオン達は考えており、さほど気にしていない。
むしろ気になったのは、どれだけの覚悟で自分を変えようとしているかだった。
「自分を変えて、その後はどうするんだ?」
エディオンからの問いかけに、目が少しだけ動く。
やや鋭くなったような目で、質問に答えた。
「あなた達は旅の道中と聞く。その同行を求む。私の岐路の先を、自身の目で見たい……なの」
岐路の先が最悪であろうが最善であろうが、全てを受け入れる覚悟の言葉にエディオンは笑みを浮かべる。
「その覚悟、気に入ったぜ! 俺は構わないぜ」
「ちょっ!」
深く考えず直感で決める辺り、間違いなくルーディアンの影響を受けていた。
止める間もなく即決したエディオンに、数回頷いたウリランも乗った。
「私もいいよ~。だって、治癒魔法使えるんでしょ~?」
治癒魔法が苦手なウリランからすれば、彼女の参入は大いに賛成だった。
攻撃魔法は自分がカバーして、暇な時に治癒魔法のコツを教われば役に立つと考えて。
一方でフィリアは、幼馴染達の決断の早さに少し呆れる。
仲間探しは簡単じゃないと前日に話していたのに、こうもアッサリ決めてしまった。
そういう所も含めて、こうなるだろうとなんとなく分かってはいた。
しかし実際にそうなってしまうと、やはり呆れてしまう。
「もう、簡単に決めちゃって」
「あなたは駄目……なの?」
「駄目って訳じゃないけど、少し考えさせて」
「承知……なの」
これで話は終わり、引き上げようかというタイミングでリグリットは待ったをかける。
「最後に一つ……なの」
まだ何かあるのかと待っていると、徐にエディオンを指差す。
そして告げた。
「先刻店で対面時、あなたの新たな岐路を知った……なの」
じっと見ている理由はそれかと判断し、話の続きを固唾を飲んで待つ。
「忘却せし己の存在と存在する意味、目的を思い出す……なの」
聞かされた内容はまるで意味が分からなかった。
何か忘れているかと言われれば、何かしら忘れている事はあるかもしれない。
ただそれが、己の存在、その意味、目的と言われるとまるで分からない。
まるで禅問答のような岐路の言葉に、告げたリグリット自身も首を傾げている。
「これほど抽象的なものは初。先に何が起きるか予測不能……なの」
予測できない未来とあって不安を覚えるかと思いきや、エディオンはまるで気にせず笑っていた。
「だから何だ。未来なんて分かったって、つまらねぇじゃねぇか。それに、予測できないからこそ、面白そうだろ?」
ニッと浮かべた笑みに、エディオンらしいとフィリアとウリランも微笑む。
リグリットも今までの未来を知るのを怖がっていた周囲とは違う反応に、少しだけ気分が軽くなった。
言った手前、不安にしたらどうしようと自身の不安は消え、付いて行こうとする自分の判断は間違っていなかったと確信する。
「フィリアの承認取得を期待。認められるよう頑張る……なの」
表情は無表情のままだが、小さくガッツポーズをして気合いを入れる。
初めて見せた感情らしい感情を表す動きに、信用はできるかなとフィリアはちょっとだけ思った。
「うしっ! 話はここまでだ、帰ったらこれにサインをくれ。それで依頼終了だな」
「承知……なの」
「ところでぇ、そのさっきから付けてる語尾って、口癖~? なんか間もあるんだけどぉ」
帰路に着いた途端の質問に、それは気になると前を歩くエディオンとフィリアも耳を向ける。
「これは……」
言いにくそうな様子だが、少しでも認めてもらうためか、リグリットは真相を明かした。
「無表情で可愛げ皆無。対策として使用。所謂キャラ付け……なの」
「はぁっ!?」
「そっか~」
「あっはっはっ! 面白い事考えるな」
思わず声を上げたのはフィリアだけ。
まさか意識的に付けているとは、さすがに予想外だった。
しかしエディオンとウリランはこれまたあっさり受け入れている。
どうだとばかりにフンと鼻息を吐くリグリットに、こんな人を仲間に入れて大丈夫かとフィリアは不安になる。
リグリットを仲間に入れるかの決断には、もう少し時間が必要になりそうだった。