人の雨って降らせられますか?
いずれルーディアンを倒すという目標ため、探検者となって修業の旅に出たエディオン。
それに想い人の傍に付いて行きたいと、同じく探検者になって旅立ったフィリアとウリラン。
動機こそ不純だが、一緒に旅をするために強くなりたいという気持ちは強い。
そのため、道中で遭遇した獣との戦闘も率先的にこなし、少しでも力を付けようとしている。
旅立ちから二日経ったこの日も、遭遇したガゼルの群れとの戦闘を二人でしていた。
「風よ集え 我が肉体に宿り疾風と化せ ウィンドステップ!」
指輪型の媒体で身体強化魔法を発動させ、速度を強化したフィリアが角を向けているガゼルに接近し、脚を斬りつける。
「土よ集え 大地より出でて敵を貫け ロックスパイク~」
脚を負傷し、動けなくなったガゼルに向けてウリランが魔法を発動。
大地から突き出た岩の棘が腹部を貫く。
「やったぁ。最後の一匹も倒したよ~」
座り込んだウリランの周辺には、先に倒した六匹のガゼルが倒れている。
どれにもエディオンは手出ししておらず、二人だけで倒した。
途中危ないところもあったが、土の防壁を作ってどうにか危機を乗り越えて返り討ちにした。
「二人とも、怪我は無いか?」
戦闘に加われなかったエディオンは、少し不機嫌気味に怪我の有無を確認する。
命に関わるような怪我や大怪我は無いようだが、小さな傷やそれなりに大きい傷はある。
小さい傷は放っておいて、他の傷に軟膏タイプの回復薬を塗って治療していく。
無事に傷が塞がると、倒したガゼルを魔法の袋の入れて旅路を進む。
「ねぇねぇ。今ので残りの軟膏が心許ないよ~」
回復薬のチェックをしていたウリランが、前を歩く二人に軟膏が少なくなってきた事を伝える。
「えぇっ? もう? 結構な量を買っておいたのに」
「うぅぅ、ごめんねぇ~」
「別にウリランが悪い訳じゃないけど、やっぱり回復魔法使えないのは痛いな」
この三人は前衛二人に後衛二人とバランスは取れているが、唯一の欠点は支援役がいないこと。
エディオンは魔法を使わず、フィリアが使う魔法は身体強化のみ、ウリランは魔法使いなのだが回復魔法と仲間の能力を向上させる付与魔法が大の苦手。
攻撃魔法で支援という意味では問題無いのだが、治療や能力向上という意味では薬に頼っているのが現状だった。
「とりあえず、次の町で補充しておこう。幸い、売るための物はあるし」
三人の魔法の袋の中には、先ほど倒したガゼルに加えて、他の動物や途中で立ち寄った魔物の領域で狩った魔物の素材がある。
それらを売れば、薬を買うのに必要な金銭は十分に稼げると考えていた。
「でもさ、途中で回復薬が無くなったらどうするの?」
「そうなる前に俺がなんとかする、っていう事で」
「むぅ~。それって、結局ディオ君頼りって事じゃんかぁ~」
旅に出る前にも同じ話題が上がり、その時も同じような結論が出て、笑って終わった。
しかし実際に旅に出てみると、回復役の不在が不便だった。
いざという時はエディオンが無双すればいいのは、このパーティーなら当然の事。
だが、それ以外でのフィリアとウリランが戦いでは、相手によっては少なからず負傷をする。
小さい傷なら放っておいても問題無いが、そうでない傷を放っておくのは良くない。
その度に回復薬を使った結果、今の状況にある。
「まさか俺も、ここまで消費するとは思わなかった」
「ちょっとどころか、結構見積もりが甘かったわね」
「まぁ、主な原因は私とフィーちゃんなんだけどねぇ~」
「分かってるわよ、そんなこと!」
旅に出てからの二人は頑張った。
この二日、少しでも力を付けようしてちょっと厳しい数の獣の群れと戦い、魔物の領域でゴブリン数体との戦いも経験した。
どれも結果こそ勝利だったが、少なからず傷を負ってしまい回復薬を消費。
エディオンが参戦していればそういう事にはならなかったが、二人に反対されて危ない時に備えて待つだけとなった。
「ていうか、この旅の目的は俺の修業なんだぞ。お前らが頑張ってどうするんだよ」
「ちゃんとディオ君も戦ってたじゃんか~」
エディオンもこの二日の間に熊や虎や獅子、魔物の領域ではゴブリンの群れとも戦い、ちょっと奥に入ってオークやブラットベアとも戦った。
結果はどれも一撃必殺。
ゴブリンだろうかオークだろうかブラッドベアだろうが、殴りか蹴りか手刀の一撃だけで倒してしまう。
「あんなの修業のうちに入らねぇよ。あれなら、腕立てとかやってた方がマシだ」
不機嫌そうに足下の小石を蹴る。
なまじ強くなってしまったための弊害だが、八つ当たりする訳にもいかず小石に当たってしまった。
「だから竜の聖域を目指しているんでしょう?」
「道中の大半がこうなるのはぁ、予想できたよね~」
むしろ、今は竜の聖域までフィリアとウリランが付いて行けるよう、修業をしているような感じになっている。
魔物が想像より弱かったのはブラッドベア遭遇事件で既に理解はしていたが、ゴブリンの群れですら無双してしまった後は、肩を落としてガッカリしていた。
本人曰く、個々が弱くとも数の暴力相手ならと、修業になるのではと期待していたようだ。
それすら期待外れに終わり、落ち込まないはずがなかった。
「まぁ、その点については今さらだからいいけどさ、回復役がいないのはやっぱキツイよな」
身に染みて知った回復役の重要性。
戦闘では回復役を真っ先に潰せとルーディアンに教わっていた。
その理由は打たれ弱いからというだけでなく、だけでなく回復の重要性にあったのかと身を持って実感する。
「この先の村に着いたらぁ、探してみる~?」
ラックメイアの町から歩いて三日の距離にある村。
探検者ギルドもあるその村には少なからず探検者がいるため、回復魔法の使い手もいるはずとウリランは考えていた。
「探すのはいいけど、そう簡単に仲間に入れていいものなの?」
不安がるフィリアの気持ちはエディオンとウリランも分かっている。
幼馴染三人でのパーティーに、いきなり全く知らない人物を入れてもいいものか。
それ以前に、新しい仲間というのは選ぶのが難しい。
一緒に旅をしていたら、夜の見張りの隙に金銭を盗んでいった。
別のパーティーから送り込まれて隙を窺い、男性探検者を殺し、女性探検者は犯した後に殺し、後は金銭や装備品やらを根こそぎ奪う。
そういった話は決して少なくない。
そのため、仲間探しは探検者稼業では生きて帰るのと同じくらい、難しいと言われている。
「しかも私達の場合、新人探検者だから余計よね」
先輩気取りで新人探検者を小間使いのように扱ったり、女だったら指導料だと集団で襲いかかったり、という話もある。
断わったら断わったで痛い目に遭わされ、中には殺されてしまうか、奴隷として売りとばされたりする新人もいる。
「断わって報復に来るなら、来ればいいさ。全部ぶっ飛ばす」
そっちの方が修業になったりしてと、シャドーボクシングのような動作をしながらエディオンは言う。
「それで逆に装備品奪ったりぃ、奴隷商に売ったりするの~?」
「いい稼ぎになりそうだな」
「やめなさいって。返り討ちはともかく、奪ったり売ったりしたら、そういう奴らと同じ穴の狢よ」
「分かってるって。冗談だ、冗談」
他愛ない雑談をしているうちに、三人が歩く道の先に人家がいくつか見えてくる。
「おっと、やっと見えてきたか」
最初の目的地の村まで、もうそれほど遠くない。
実はこの村、三人は来たことが無い。
ラックメイアの町に近い、別方向にある村には学校の課外授業で行った事はあるが、それ以外の町や村へ行った経験は無い。
そういう事もあり、初めて立ち寄る場所が少し楽しみだったりする。
村に近づくと周囲には畑が広がっていて、そこで作業をする農家の姿もチラホラ見える。
中には害獣駆除の依頼を受けたと思われる探検者が、数人がかりで猪を囲って追い詰めている姿もあった。
村の中もそこそこ賑わっており、町になりかけている村のように思えた。
「特に寂れた様子とかも無くて、至って普通の農村だな」
農業が盛んなラックメイア領内には、農村や農家が多くいる町が多数ある。
ここもそのうちの一つらしく、あっちこっちで農家が作業している。
「とりあえず宿屋探そぉ。今夜はベッドで寝たいよ~」
「「同感」」
せっかく人里に着いたのに、宿を取らない理由は無い。
金が無ければ話は別だが、手持ちは十分にあり、足らなかったら先に道中で狩った獣や魔物の素材を売ればいい。
通りすがりの農夫から宿の場所を聞き、村に三軒ある宿を教えてもらった。
礼を言ったエディオン達は、農夫が三軒の中でもオススメだと言っていた宿へと向かう。
そこは規模こそ小さいが、中はしっかり清掃されており、農作物の買い付けに来た商人が何人か談笑をしたり、食堂で食事をしていた。
「はい、いらっしゃい。三人で泊りかい?」
女将らしき恰幅のいい女性の問いかけに頷き、宿帳に記載していく。
「へぇ。アンタら探検者かい。新人かい?」
「えぇ、まあ」
「無茶して死ぬんじゃないよ。探検者ギルドは、この宿を背に左に少し行った所にあるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ギルドの場所を教えてもらっている間に全員の記帳が終わる。
抜けている所が無いかを確認した女将は、部屋はいくつかと尋ねた。
男一人と女二人だから二部屋を頼もうとしたエディオンだが、その前にウリランが女将に尋ねる。
「三人部屋はありますか~?」
「ちょっ!?」
「あるわよー!」
問いかけにフィリアが口を挟む前に、女将は満面の笑みを浮かべて答える。
直後にエディオンに狙いを定め、ニヤニヤしながら話しかける。
「もう、若いわね。こんな可愛い子を二人もだなんて」
誤解しているのか邪推しているのかは不明だが、面白がっているのは明らか。
しかし、ここで話に乗るのがエディオンである。
「求められれば、男として応えない訳にはいかないな、うん」
「ディオー!?」
顔を真っ赤にして叫ぶフィリアに女将は爆笑し、周囲で聞いていた客も口笛を鳴らしながら囃し立てる。
恥ずかしくなったフィリアは顔を押さえてしゃがみ込み、同じく乗ったウリランは頑張って応えてねと腕にしがみ付く。
女将が雇っている女性に、本当に三人部屋を用意させようとした所でフィリアが耳まで真っ赤にしながらも復活。
どうにか一人部屋と二人部屋の二部屋を確保した。
「そうまでして、ディオ君と二人きりになりたいの~?」
「違う! アタシとウリちゃんでの二人部屋よ!」
「えぇぇぇ。私、そんな趣味無いよぉ」
「アタシだって無いわよ! ていうか、いい加減にそこから離れなさいって!」
言い合いながら階段を昇っていく様子を、野次馬達は笑いながら見送る。
「あっ、そうだ少年」
「はい?」
少年呼びで呼び止められたエディオンは、言い合っている二人から階段下の女将に目を向ける。
何だろうと、言い合っていたフィリアとウリランも立ち止まり、後ろを振り向く。
「うちはさほど壁が厚くないから、色々と気をつけて」
「了解です」
「だーかーらー!」
ノリのいい女将の冗談に同じく乗ったエディオンの返答、フィリアは尻尾と耳をビンビンに立てて叫ぶ。
静まり返りかけた客がまた大笑いし、しばらくの間、宿は笑い声に包まれることとなった。
それが収まる事には三人は部屋に入り、直前の恥ずかしさと気づかれからフィリアはベッドに倒れ込む。
生地は古く、所々に繕った形跡はあるがしっかり洗濯されており、感触は悪くなかった。
「もう。何も他所の、しかも知らない人達ばっかりのところで!」
枕に顔を埋め、バタバタと脚と尻尾と耳を動かす。
「フィーちゃん、せめて装備くらいは外そうよ~」
「それもそうね……」
疲れた表情で装備を外し、再度ベッドへ横たわる。
隣のベッドに座ったウリランも、しばし感触を確かめた後に寝転がった。
一方のエディオンもまた、久々に寝転がるベッドの感触に浸っていた。
「ああ、ベッドに寝れるって素晴らしい」
ここ数日は地べたに寝ていたこともあり、全身で感じる柔らかい感触がたまらなかった。
思わず寝そうになりそうなのを堪え、起き上がって部屋を出る。
そのまま真っ直ぐフィリアとウリランの部屋に向かい、扉をノックした。
「俺だ。いいか?」
「は~い。ちょっと待ってぇ」
扉の向こうからウリランの返事が聞こえると、すぐに部屋の鍵が開けられ扉が開く。
「どうかしたの?」
「いや、日が高いうちにギルドで素材の換金に行かないかと思ってな。ついでに軽く散策もしてみようぜ」
「さんせ~」
この案にフィリアも賛成し、三人は揃って探検者ギルドへ向かう。
下に降りた時にまた少しからかわれたりもしたが、今回は軽く受け流して外へ出る。
女将に教えられた通りに進むと、少し古びた外見の探検者ギルドに到着した。
扉を開けて中に入った途端、ここを拠点にしている探検者達からの視線が飛んでくる。
それを気にせず受付へ進むエディオンと、居心地が悪そうに後に続くフィリアとウリラン。
「竜人族……。余所者か?」
「うひょっ、見ろよあの牛人族の子の胸。たまんねぇな」
「俺はあっちの狼人族の子の脚がいいな」
「ほう、この視線の中で平然としているとは、胆力だけはありそうだな」
各々が小声で三人を色々な目で見る。
そんな中で受付に向かうエディオンは、一番近い受付にいるノームの女性職員に話しかけた。
「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょうか?」
「素材の買取をお願いします」
「素材の買取ですね。ギルドに登録はされておりますか?」
「はい」
返事をして三人揃って身分証を提示する。
受付嬢は職業欄に探検者と記載されているのを確認し、次いでランクを確認する。
そこにあるランクは一。
これは期待できないなと思いながらも、仕事は仕事なので対応を続ける。
「ありがとうございます。依頼を受けての品物ですか?」
「いいえ、依頼は受けていません」
「分かりました。では、こちらに品物をお願いします」
女性職員に言われた通り、三人は集めた素材を魔法の袋から取り出して受付台に積み重ねていく。
積み重なっていく素材に、最初は余裕の表情を見せていた女性職員の表情はみるみる驚きに包まれていく。
素材そのものはさほど大した物ではないが、その量に探検者達は目を見開くか、小さくざわめくかの反応を見せた。
「えっと……こちらは本当にあなた達が?」
「はい。ラックメイアの町からの道中に狩った物です」
さも当然のように言ってのけるエディオンだが、女性職員はそれどころではなかった。
いくら三人分とはいえ、まさか目の前が埋まるんじゃないかと思えるほどの量だとは、これっぽっちも考えていなかったからだ。
なにせ相手は、探検者に成りたてのような少年少女達。
さほど大した品でもなく、量もそうでもないと思っていたらこの光景。
どうやって集めたんだろうと女性職員は思いつつ、仕事を開始する。
すると、もう一つ気づいた。
(凄い。剥ぎ取りによる損傷が無い)
素材は獣や低級の魔物であるゴブリン、オーク、ブラッドベアといった物ばかり。
しかし、損傷は戦闘の時に付いたと思われる物ばかりで、剥ぎ取りによる損傷は見受けられない。
戦闘による損傷そのものもさほど目立つものではなく、かなり慣れていると受付嬢は推察した。
その推察は間違っていない。なにせエディオン達は、町の付近の森で狩りをしては剥ぎ取りを何年も繰り返していた。
最初は上手く剥ぎ取れずぐちゃぐちゃになっていた腕前は、月日と共に向上している。
さらには、獣相手にできるだけ傷つけず倒す手段まで模索して、素材の質を上げる練習までしていた。
そんな素材の品質が悪いはずがない。
「おい兄ちゃん、それだけ狩るとはやるじゃねぇか。嬢ちゃん達も含めて、俺達の下に入らねぇか?」
査定の結果を待つエディオン達に話しかけてきたのは、愛想のいい笑みを浮かべる虎人族の男。
後ろには遠巻きに見ている男達がおり、それが仲間だと思われる。
「アンタらの下に?」
少しだけ目を鋭くするが、男は気にすることなく話し続ける。
「おうよ。お前ら他所から来た上に、素材を見るにまだ新人だろ? 俺達が色々教えてやるよ」
男が胸を張って誇らしげに言っているのに対し、エディオンの目は冷ややかだった。
自分に向けて言っているようで、男の視線は後ろにいる、気乗りしない様子のフィリアとウリランに向けられている。
仲間らしき男達もやたらニヤニヤしていて、勧誘に来た男と同じような目をしていた。
如何にも下心丸出しな様子を察したフィリアとウリランは、エディオンの袖を軽く引きながら首を横に振る。
当然だとばかりにエディオンも頷き、男に返答する。
「遠慮させていただきます。それに俺達は、帝都を目指している最中なんです。ずっとここにいる予定はありません」
トラブルを避けるため、できるだけ怒らせないように笑顔で断りを入れる。
しかし欲望に駆られた男は止まらない。
「だったら、この村にいる間だけでもどうだ? 色々と教えてやるぜ」
その色々の内容が信用できないんだとエディオンは思い周囲を見ると、他の冒険者達もやめとけとジェスチャーで示している。
理由は不明だが、この探検者の男とは関わらない方がいいと判断したものの、相手はそうそう引き下がりそうにない。
これは断わり続けてもトラブルを避けられないと判断し、できるだけ穏便に済ますことにした。
ルーディアン仕込みの、物理的な手段で。
「じゃあ、アンタらが俺に勝ったら、しばらく世話になるって事でどうだ?」
何年もルーディアンの下で修業を積んだエディオンの目からすれば、男の仲間全員が束になって掛かって来ても自分には勝てない事は分かっての提案。
しかし、エディオンの事を知らない男とその仲間は爆笑し、野次馬の探検者達は呆れ、ギルド職員達は気の毒そうな顔をした。
これは新人探検者が痛い目を見るパターンだと。
「あ、あのっ、やめた方がいいですよ。彼はこのギルドでは一番の実力者で、ランク四の探検者なんですよ」
査定をしていた女性職員が作業の手を止め、エディオンに耳打ちする。
だが、それがどうしたとばかりに聞き流し、再度尋ねる。
「で? どこでやりますか?」
「おいおい、マジでやるのか?」
「やめとけって小僧。ダイガさんは、オーガに勝った事があるんだぜ」
オーガはこの辺りに出る魔物では一番強い。
三メートル以上の巨体と強力な膂力から振り下ろす棍棒の一撃は、巨石さえも一撃で砕く。
それを倒したとなれば、村一番の実力なのも頷ける。
しかし、それはあくまでこの村の中での話。
世界中を見渡せば、オーガを倒せる探検者など大勢いる。
おまけに、ダイガと呼ばれた男一人で倒した訳ではなく、仲間達と集団で一体と戦って勝ったというオチもある。
それでも新人をビビらせるには、ちょうどいいぐらいだった。
相手がエディオンでなければ。
「あっ、そう」
軽く受け流す態度にダイガの仲間の一人が怒鳴りそうになるが、ダイガは手を挙げて制止させる。
「いいぜ、そこまで言うなら相手になってやる。来い、ここの裏に修練場があるんだ。そこでやろうぜ」
ダイガとその仲間に続いて、エディオンも外へ出る。
男達の末路を想像したフィリアとウリランは、気の毒そうに後に続き、逆にエディオンの末路を哀れに思いつつも見物に向かう探検者達。
仲裁に入る事ができないギルド職員達はどうするべきか顔を見合わせ、小声で相談する。
そんな時、査定の手が止まっていた女性職員がある事に気づいた。
「あら? この素材は……」
まだ査定の終わっていない素材の山。
その中にあった二つの素材を取り出し、光魔法の鑑定でなんの素材かを確認して驚いた。
「こ、これ、オーガの角と皮!?」
「えぇっ!?」
隣の席に座っていた男性職員も驚いて鑑定すると、それは確かにオーガの角と皮だった。
オーガの皮を剥ぐのに慣れていないのか切り口は汚いが、戦闘での損傷はあまり無い。
というのも、このオーガは魔物の領域で遭遇し、エディオンが踵落としの一撃で頭を割って倒したからだ。
これの存在を知ったギルド職員達は一様に思った。ひょっとしたら、痛い目を見るのはダイガの方かもしれないと。
探検者ギルド裏にある修練場。
そこの中央に対峙するエディオンとダイガ。
ダイガからやや離れた後方には彼の仲間達が控え、その周囲にフィリアとウリランを含む野次馬達が見物している。
「よっしゃっ、いいぜ! いつでも掛かってきやがれ!」
自慢の大剣を手に吠えるダイガに対し、終始黙ったままのエディオンは静かに拳を握って構える。
「おい見ろよ、あいつ。素手で戦う気だぜ」
「うひゃっひゃっ、馬鹿じゃねぇの」
「これで勝ったらあの子らは……。うひひ」
下種な笑いを浮かべるダイガの仲間達。
彼らはダイガも含め、これまでに何人もの新人を潰して死なせてきた新人殺し。
近づいて実力を盾に仲間に引き込み、敵わない魔物と戦わせていたぶられる姿を見物して笑い、女は犯し、男には暴力を振るう。
そこで自分達側に入れそうな奴は残して仲間に引き込み、他は魔物に殺されたという事にして、人間狩りという遊びでなぶり殺しにする。
ところが他の探検者達は、単にダイガ達のチームに加わった新人達は、大半が死ぬとしか知らない。
この真実を知っているのは、当の本人達だけ。
というのも、周囲には必ず見張りを立て、自分達の行いがバレないよう厳重に注意しているからだ。
だが、最近は入った新人のほとんど死ぬというが広まっているせいで、思うように遊べずにいた。
そんな所へ、自分達を知らないエディオン達が現れた。
久々の獲物になりそうな新人達に、彼らの脳裏には今までにやってきた事と同じ光景が広がる。
「なぁ、早く準備しろよ」
「はぁっ? 俺の準備はできてるぜ?」
意味が分からないとばかりに告げるダイガに、小馬鹿にするような溜め息を吐いたエディオンは告げる。
「さっき俺、アンタらって言ったよな? 後ろのバカ共も含めて、全員まとめてかかって来い」
挑発的な口調と言い方で煽られ、ダイガの仲間達の頭に血が昇っていく。
それぞれが武器を手に持ち、威圧でもしているつもりなのかエディオンを睨む。
野次馬達はフィリアとウリランを除き、何をバカな事を言っているんだと全員が思う。
「ね、ねぇ、あなた達? 止めなくていいの?」
「君達の仲間、殺されちゃうよ?」
心配になった探検者がフィリアとウリランにそう伝えるが、二人はまるで心配していない。
「大丈夫よ。ディオがああまで言うって事は、問題無いって事だから」
「それよりもぉ、雨が降ってくるかもしれないからぁ、気をつけてね~」
雨と言われ空を見る。
空は雲一つ無い晴天で、とても雨が降るようには見えない。
どういう意味だと首を傾げている彼らが、雨の意味を知るのはもう少し先である。
「おいおい、何を言っているんだ? あまり俺達をバカにしない方が」
「いいから黙ってかかって来いよ、全員纏めてさ。別に一対一でもいいけどさ、これだけの数をサシで相手にするのは面倒だし」
ダイガの仲間の人数は二十人ほど。
全員がエディオンの挑発で武器を握りしめ、殺気を出しながらゾロゾロと前へ出てくる。
それを止めようともしないダイガは、傍に来た仲間に存分にいたぶってやれと小声で伝えた。
ニヤリと笑う仲間がまた別の仲間へと伝え、それが広まっていく。
叩き潰して惨めな姿にした後、約束通りとフィリアとウリランを森の中まで連れて行き、二人を弄ぶ妄想をしながら。
「おいお前、謝るなら今のうちだぜ。土下座して仲間にしてくださいって詫びるなら、こいつらも許してくれるぜ」
後で森の中で思う存分暴行してやるけどな、と心の中で付け加えながら勝負の辞退を勧める。
「なんで勝てる勝負で降参するんだよ。いいから掛かって来い。それとも、臆病風に吹かれたか?」
この挑発でダイガとその仲間はキレた。
例え周囲の目があろうが、泣いて詫びを入れても許さないぐらいの勢いで暴行し、そのまま本当に殺してやるとばかりに殺気立つ。
しかしその殺気も、ルーディアンと組手をした時の迫力に比べれば些細なもの。
平然とした態度が余計に癪に障り、全員が武器を手に一斉にエディオンへと駆けだした。
このままエディオンがなぶり殺しに遭うと誰もが思った瞬間、そのエディオンが消えて一瞬で集団の先頭にいるダイガの下へ移動していた。
「はっ?」
突然現れたエディオンに思わず気を取られかけると、視界が突如上空を向いて体に痛みと浮遊感を覚えた。
今の一連の流れは、なんのことはない。
足の裏から魔力を放出して超高速移動をして、魔力での強化すらしていない掌底アッパーで下あごを打ち抜いた。ただそれだけ。
それだけでダイガの体は五メートルほど宙に浮いた。
しかしこれだけでは終わらない。
間髪入れず迫るダイガの仲間達を拳で殴り、脚で蹴り、肘で打ち、掌底で吹き飛ばし、膝を叩き込む。
全員が一撃で宙に舞い、放物線を描いて地上に次々と降ってくる。
それはさながら雨のようで、さっきの雨とはこういう意味かと、呆然としている探検者達は頭の片隅で思った。
「ぎゃふっ」
「がっ」
「うぎっ」
地面に落ちてくるたびに変な悲鳴を上げるダイガとその仲間達。
激突の際に骨か何かが折れるような音も聞こえるが、全員が痛みでのたうっているため意識はあり、命に別状は無いようだ。
「俺の勝ちだな。そういう訳で、あんたらの下には入らねぇから」
笑顔でそう告げたエディオンは回れ右をして、ギルドへと戻って行く。
後に続くのはこうなると分かっていたフィリアとウリランだけで、野次馬をしていた探検者達は目の前で起きた光景が信じられず、未だに唖然としていた。
修練場から去っていく後姿を見送っていると、ダイガの仲間達が呻きながら恨み言を口にし出した。
「な、なんだよあのガキ」
「あいつ、俺達に恥をかかせやがって」
「絶対に許さねぇ! 今にみてやがれ」
「そうだ。これまでの新人達みたいに、俺達でいたぶって、あいつの女を犯して、しまいにゃぶっ殺してやる!」
「お、おいバカ!」
仲間の一人が口にした内容にダイガが慌てて止めようとするが、もう遅かった。
野次馬の探検者達の視線はエディオンからダイガとその仲間に移り、刺すような視線が集中する。
「今のはどういう意味だ?」
探検者の一人が口を滑らせた人物に問いかけるが、ワタワタとするばかりで何も答えない。
「ダイガ、答えてもらうぞ」
別の探検者が剣を突きつけながらダイガに問う。
なんとかこの場を切り抜けるため、仲間達に罪を着せて自分は助かろうと考えるが、そうは簡単にいかない。
「おい、誰か教会に行って光魔法の看破が使える奴を連れて来い」
看破と聞いてダイガはダラダラと汗を流し出した。
光魔法の看破は、発動中であれば虚言を見抜くことができる。
教会関係者に持っている者が多く、この村の教会にも当然看破を使える者はいる。
「よっしゃっ! 俺が行ってくる! ついでに魔物の領域に行って、警備してる軍人も連れてくるぜ!」
駆け出した犬人族の男を止めたいダイガだが、エディオンにやられた体が痛み立ち上がる事さえできない。
そうしている間にも探検者達が取り囲み、追及を続ける。
逃げたくとも体の痛みで思うように動けず、強硬突破すらできそうにない。
「私の弟は魔物にやられて死んだって言ってたわよね。まさかアンタら!」
「ガイーナさんとこの娘さんや、ベッダさんとこの息子さんもやったのか!」
「テメェら、覚悟してろよ」
殺気立つ探検者達と自分達の未来に、ダイガとその仲間達は顔を真っ青にする。
この後、彼らの凶行は軍による聴取と看破による証言で明らかとなり、全員揃って犯罪奴隷行きとなった。
そんな事が起きているとは知らない鼠人族の女性職員は、探検者ギルド裏にある窓から戦いの一部始終を見届けると、すぐに駆けだした。
彼女はギルド職員を代表して様子を窺いに行き、結果が届くのを待っていたギルド職員達と、ギルドに残っていた探検者達に事の次第の全てを伝えた。
「嘘っ! あの子、ダイガ達を相手に一人で勝っちゃったの!?」
「人って宙に浮くものなの?」
「マジかよ。仲間の女の子達抜きで? そいつ本当に新人かよ」
ざわめくギルド内に、勝負を終えたエディオンが戻ってきた。
腕に引っ付くウリランと、それに文句を言っているフィリアを引き連れて。
「だからぁ、勝利のサービスくらいいいじゃんか~」
「ここはラックメイアの町じゃないんだから、人前はやめなさいって!」
「別に俺は気にしない」
「気にしなさい!」
三人にとっていつものやり取りをしながらの登場だが、向けられる目は先ほどまでの好奇に満ちたものではない。
少しでも実力を見定めようとする目や、仲間に誘えないかと思案する目、そしてウリランの胸に腕が挟まれているのを羨む目。
「じゃあフィーちゃんはぁ、人前じゃなきゃどんな勝利のサービスするのかな~?」
「ど、どんなって……普通に膝枕……とか?」
「ほうほう。ディオ君、そこの席が空いているからぁ、やってもらえばいいと思うな~」
「ナイスアイディア。よし、行こうかフィリア」
「やらないわよ! ていうか人前じゃないって前提どこに行ったの!」
痴話喧嘩とも修羅場ともとれそうな内容でいて、本人達はどこか楽しそうなやり取り。
そんな少し不思議なやり取りを見た周囲は、言葉にし難い何か妙な感覚に包まれていた。
「あの、査定の方は終わっていますか?」
「ひゃい! お、終わっています」
受付に戻ったエディオンに尋ねられた、査定を頼まれたノームの女性職員は少し驚きながら対応をする。
「こちらが素材の査定金になります。それと、今回の成果を記録するので、身分証をお預かりします」
女性職員の言葉に従い、エディオン達は各々の身分証を渡す。
それを受け取った女性職員は記録をし、身分証を返却した。
「ありがとうございます。これからも頑張ってくださいね」
最後に丁寧に頭を下げる女性職員にそれぞれで礼を言い、三人はギルドを出る。
その際、伸びた前髪で目が隠れかけている兎人族の少女と擦れ違いになり、少女が振り向く。
視線の先にいるエディオン達の背中をしばしじっと見つめた後、ギルドの中へと入って行った。
ギルド内はエディオンの強さに様々な憶測や飛び交いざわめいているが、少女はそれらの喧騒を気にせず真っ直ぐ受付に向かう。
「いらっしゃいませ。……本日はどのようなご用件ですか?」
少女を見て難しい表情をしながらも対応する男性職員に、少女は依頼申請書を提出した。
無表情な少女は、用件を簡潔に述べる。
「依頼申請……なの」