小話 あの日の戦いの傍観者
(すげぇ! すげぇ!)
ある犬人族の兵士は興奮していた。
死地への偵察任務を与えられた時の絶望感は消え、ただただ興奮している。
今から数時間前、男の所属する部隊に偵察任務が与えられた。
対象は竜の聖域から飛び出してきたという、赤い鱗を持つ古代竜。
帝国のあっちこっちで暴れ、大きな被害を出しているこの竜は、止めに来た他の古代竜達さえも蹴散らして国内を荒らしていた。
討伐すべく軍も動いたが、第一陣も第二陣も壊滅してしまう。
その竜の偵察任務を言いつけられた時、男の所属する部隊は誰もが貧乏くじを引いたと思った。
なにせ、これまでに派遣された偵察部隊でさえも、古代竜の攻撃の余波で大きな被害を受けている。
いずれはと覚悟はしていたが、いざ言いつけられると悲壮感が部隊に漂う。
「遺書、書いておけって言われたよ……」
「俺、この前彼女できたばっかなのに……」
「父さん、母さん。俺に何かあっても、どうか元気で過ごしてくれよ……」
早くも部隊の中には生存を諦めている者が多数いる。
それも仕方ないと思いつつ、男も行きたくないと心の底から叫びたかった。
しかし軍人である以上、命令は絶対。
遺書と出発の準備を整えた男の部隊は、第三陣が出陣するよりも先に現地へと向かった。
ところが、予定の遭遇地点に到着しても古代竜の姿はどこにも無い。
「どこかで方向転換したのでは?」
「しかし、それならそれで連絡が入るはずだ」
古代竜は見境無しに暴れている上に、例え何も無い荒野であっても大地を破壊して進んでいるため、移動速度はさほど早くない。
だとしても、周囲には姿が見えず、暴れている様子すら見受けられない。
「こうしていても仕方がない。部隊をいくつかに分け、周辺の捜索を行う」
豹人族の隊長の指示によって、部隊がいくつかに分けられて散っていく。
暴れている様子は無いか、空を飛んだり大地を歩いたりする姿は無いか、兵士達は必死に捜索をする。
本当に方向転換をしているのなら、その地への避難状況や被害状況はどうなっているのか。
そういった事を考えながら捜索していると、男がいる部隊が遂に発見した。
「おい、あれを見ろ!」
遠見筒で遠方を見ていた男が叫び、ある方向を指差す。
そこは第二陣が壊滅したという場所から、さほど離れていない地点。
まだあんな所にいたのかと思いながら、男の仲間達も手持ちの遠見筒でそこを見る。
すると、暴れているという赤い鱗の古代竜が爪で大地を削り、口から放つ魔力放射で草木を破壊し荒地にしている様子が見えた。
「いた……。あんなにデカイのかよ……」
「よし、すぐに報告を」
「いや待て! 何か様子がおかしくないか?」
誰かがそう言うと、全員が改めて遠見筒で様子を確かめる。
「確かに……。あそこに何かあるのか?」
遠見筒から見える古代竜は、ある場所周辺に対してのみ攻撃を繰り返している。
まるで、そこにいる何かと戦っているように。
「誰か、戦っているのか?」
ポツリと誰かが呟いたのを切っ掛けに、全員の視点が古代竜から攻撃している地点へと移る。
最大望遠でその場所に目を凝らしていると、何かが動いているのが見えた。
それもたった一人で。
「おいおいおい! なんだあいつは、どこのバカだ!」
「つか、えっ!? 自殺志願者!?」
人がいるとは思わなかった兵士達は大慌てになる。
そんな中で犬人族の男は、その戦いから目が離せなかった。
軍の大部隊を二つも壊滅させた古代竜。
それがまだあんな場所にいるのは、第二陣が壊滅してからさほど時間が経過しないうちに戦い始め、今まで持ちこたえているという事になる。
慌てていて冷静さを欠いている周囲とは違い、不思議と冷静でいた男はその事に気づき、戦いの様子を眺める。
戦っている誰かに爪が振り下ろされる。
誰かはそれを目で追えないほどの速度で避けると、どういう脚力をしているのか高くジャンプして竜の下あごをアッパーで殴った。
すると古代竜の顔が、今の一撃で後方へ仰け反った。
「はあぁぁぁぁっ!?」
思わず叫ぶと混乱していた仲間達が、今度はどうしたと口々に叫ぶ。
どうやら慌てていて、今の光景を見ていなかったようだ。
「み、見てみろよ、あの戦いを……」
説明したところで信じてもらえまいと思った男はそう言い、引き続き遠見筒で戦いを見る。
仲間達も自分の遠見筒を取り出し、地面に戦いの様子を見て、男が叫んだ理由を理解した。
押しつぶそうという左前足が受け止められ、下から突き上げられたのか上に向かって吹き飛び、巨体が後ろへよろめく。
強力な魔力放射も、その人物が腕から放った魔法か魔力の放出と攻めぎあい、方向を上空へと変えて空へと消えていった。
「はあぁぁぁぁっ!?」
「おいちょっと待てっ! なんだよあいつ、何者なんだよ!?」
今度は先ほどとは別の混乱が、部隊の中に広がる。
それでも犬人族の男は戦いから目を離せずにいた。
(すげぇ。すげぇすげぇすげぇっ!)
戦っている人物が誰かまでは分からないが、古代竜を相手にたった一人で、しかも殴っている様子からして武器も無しに互角に戦っている。
「と、とにかく報告だ! お前とお前、すぐに戻って隊長に知らせろ!」
「「了解!」」
まとめ役の命令を受けた兵士二人は、報告のために走り出す。
おそらくは信じてもらえないだろうが、報告しないわけにはいかない。
この場に残った偵察部隊も、戦いの余波に巻き込まれないように注意しながら、その様子を観察する。
「うわっ、今の尻尾の振り下ろしも受け止めたぜ」
「それどころか、投げ飛ばそうと……って本当に投げ飛ばしたぁっ!?」
「追撃で腹めっちゃ殴ってるし」
「誰か知らんがこの際、どうでもいい! 頑張れ!」
遂には応援する者まで出た。
気持ちは同じのため、誰もそれを止めようとしない。
(誰なんだ、一体誰なんだよ)
興奮を抑えきれない犬人族の男は、地面に寝そべった状態から匍匐前進して少しだけ近づく。
「お、おい、待て! 不用意に近づくな!」
すぐにまとめ役に止められ、戦っている人物の姿はよく見えないまま。
もどかしく思いながらも、命も惜しい男はその場で止まって戦いを見続ける。
「つうかさ、あいつ軍の第二陣が壊滅した後から、ずっとあそこで戦っているのか?」
「マジかよ……。壊滅したのは半日も前だぜ」
第二陣が壊滅し、その報告が届き、新たな偵察部隊が編成されてここへ来るまで約半日。
場所が移動している事から、壊滅してすぐという訳ではなさそうだが、それでも十時間以上は戦っている事になる。
そう思うと、誰とも知らない人物に対して寒気を覚えた。
どうにか顔を確認しようと目を凝らしても、距離があって顔がよく見えない。
「なあ、誰だと思う?」
「一人で戦っているって事は、ソロの探検者か?」
「ソロで活動する有名な奴といえば、狐人族のエミティアか、蜥蜴人族のガンルー、鷹人族のアグロか」
「バカ野郎! そいつら全部、魔法使いか剣の使い手じゃねぇか。あいつ、素手で戦っているんだぜ!」
信じがたい事だが、誰とも知らない人物は素手で古代竜と戦っている。
仮に武器が破損しているのだとしても、予備の武器はあるはず。
それすら破損してしまったとも考えられるが、今名前の挙がった人物達が素手で戦うという情報は一切無い。
だとすると誰だろうと、あらゆる探検者の名前を探っていると、一番夢中で戦いを見ている犬人族の男が呟く。
「白虎人族……。爆拳のルーディアン……か?」
ポツリと漏らした名前に、兵士達はそれだと確信しながら震え上がった。
爆拳のルーディアン。
出身地は不明だが、どんな相手だろうと己の肉体一つで挑み勝利してきたという、良くも悪くも有名な探検者。
探検者としての功績だけを見れば、相当な数の魔物を狩り、領域の主とも言えるほど強い魔物にも素手で勝利してきた。
細かいことは気にせず、貴族にもなびかない性格も、荒くれ者が多い探検者には人気があり飲み仲間は多い。
だが、そういった良い話ばかりではない。
勝負を吹っかけてきた探検者を蹴りの一撃で再起不能にしたり、しつこく勧誘する貴族家を物理的に潰したり、それらの仇討ちを返り討ちにして心も体も折ってしまったりと、何事も物理的な力ずくでやってのけている。
そんな力任せな一面が暴力的だと批判され、貴族や豪商等には不人気を買っている。
出した依頼を受けたのがルーディアンと知っただけで、別の探検者に変えてくれと言われるほどに。
しかし、共通していることが一つだけある。
賛否両論こそあるが、その強さは紛れも無く本物。国どころか大陸中を探しても、彼以上の強さを持つ者はいないのではないかと言われている点が、誰もが共通している彼への評価。
非常識ともいえる事を色々とやってみせてのけ、一説には翼も無いのに空中戦をやった、海面を走ってクラーケンを殴り倒した、海を叩き割った、という話がある。
そんな大陸最強とも噂されている男が、古代竜を相手に戦っている。
ただ、たった一人で、しかも素手だ。
いくらなんでも無謀じゃないのか。
誰もがそう思っていたが、戦いを見ているうちにそんな気持ちは薄れていった。
「いけぇっ! そこだ!」
「マジかよ。どうして、魔力放射が直撃しても平気なんだよ」
「いやいやいや! どうやったら空中を走れるんだよ、おい!」
「スゲェッ! あの爪を受け止めたどころか、反撃して仰け反らしやがった!」
誰もが偵察中だという事と、命令されたときの悲壮感を忘れて見入っている。
ひょっとしたらという希望の下、兵士達は遠見筒から見えるルーディアンだと思われる人物を応援していた。
そこへ、報告を聞いた偵察部隊の隊長が部下を引き連れてやって来た。
「おい、本当なのか!? 古代竜と戦闘をしているバカがいるというのは! って、何をしているんだお前達は!?」
部下を引き連れてやってきた隊長は、報告を寄越した部隊の姿に思わず叫んだ。
身を隠すために寝そべっている点はともかく、全員が到着した隊長発ちに気づかず遠見筒を覗き込んでいるのだから。
「はっ! た、隊長!? 失礼しました!」
慌ててまとめ役の兵士が立ち上がり敬礼をする。
続けて彼の部下達も次々に立ち上がり、敬礼をして取り繕う。
「この状況だから今のは不問とする。とにかく、どうなっているんだ!」
「その……我々が説明するより見た方が早いかと」
そう言って差し出した遠見筒を奪うように手にした隊長が、戦闘の様子を見る。
「うぅむ……。本当にたった一人で戦っているな。しかもなんだ、あの戦いぶりは」
あまりの光景に驚くどころか、逆に冷静になってしまった隊長も戦いに見入ってしまう。
口から発した咆哮だけで大地を削り、周囲の木々を吹き飛ばす威力だというのに、ちょっと強い向かい風を受けている程度に突っ切って殴る。
どういう原理かは分からないが、空中を走っているところを叩き落されても、また立ち上がって魔力を纏って向かっていく。
古代竜が自身の周囲に魔力の球体を多数出現させ、それを撃ってくる。
それを避けるならともかく、避けられない球体を殴って破壊するか手刀で斬ってみせると、さすがに隊長も言葉を失うしかなかった。
いつの間にか、控えていた隊員達も自分の遠見筒で戦いを見て、思わず息を呑む。
「マジかよ、アレ……」
「ちくしょう。顔が見えねぇ。誰なんだ、あいつは」
「俺達の予想では、爆拳のルーディアンではないかと」
名前を聞いて誰もが納得した。
あんなのと素手でやりあうなど、よほど腕に自信があるか自意識過剰なバカか。
ルーディアンは直感で行動するという点では、頭はあまり良くない。
しかし強さは本物。
好戦的で強い奴を求め、魔物だけではなく名だたる探検者との決闘にも勝利している。
そんな彼ならば、古代竜と戦ってもおかしくない。
「隊長、どうしますか」
こういった状況になっているとは思わなかった副隊長は、隊長に指示を仰ぐ。
「とにかく報告だ。第一隊はすぐに帝都へ報告に向かえ。第二隊と第三隊はここで偵察を続行、第四隊はさらに前進してより詳細な情報収集に当たれ」
指示を受けて兵士達が自分の隊の役割に動き出す。
何人か見入っていて動かなかった兵士は、上司が殴って連れて行った。
一番夢中で見ていた犬人族の男も、さらに接近する第四隊所属のためか、飛び上がるように立ち上がって走って行こうとして、これも勝手な行動をするなと上司に殴られていた。
「ガアァァァァッ!」
まるで苦しんでいるかのような咆哮で周囲一帯の空気が震え、接近した第四隊の隊員達は震え上がる。
震えていないのは、咆哮を正面から受けてなお挑むルーディアンらしき人物のみ。
「近づいて見ると、より一層すげぇな」
誰かが呟いた一言に全員が同意した。
「あいつ、よくあんなのと戦ってられるぜ」
「しかもどうして古代竜なんかと、たった一人で互角に戦えるんだよ」
「とにかく確認だ、あいつが本当にルーディアンなのか、全くの別人なのか」
何人かが遠見筒を取り出し、戦っている人物の顔を確認する。
古代竜の攻撃を避けるほど素早く、認識は難しかったが、顔面を殴った後に空中を蹴って反撃を回避しながら着地した瞬間、ようやく姿を確認できた。
「外見を確認。白虎人族の特徴、及び噂通りの外見からしてルーディアンであると断定!」
目視した兵士が遠見筒を覗いたまま叫ぶように報告する。
やっぱりかと全員が思い、引き続き戦闘の様子を見続ける。
時折頭上を、古代竜の魔力放射やルーディアンが拳から放った光線のような魔力が通過し、その余波で起きた突風に頭を抱えて伏せながらも、誰一人としてその場を逃げようとしない。
偵察部隊としての意地もあるかもしれないが、主に戦いの様子を見たいという好奇心で動かないのだ。
「ギャリャアァァッッ!」
聞こえるのは古代竜の叫びと大地が削れ、岩やなんかが吹っ飛んで落下する音ばかり。
遠見筒の向こうのルーディアンも何か喋ったり叫んだりしているが、距離があって聞こえない。
「なあ、アレ勝っちゃったら、勲章とか高額な報奨金とか貰えるのかな?」
「それどころか一気に貴族にだってなれるぜ。というか、勝つとは限らないだろう。相手は古代竜だぜ?」
「縁起でもないこと言うなよ。俺、この任務が終わったら結婚するのに」
『お前それ、死亡フラグだぞ!』
だいぶ冷静になってきたのか、兵士達の会話にも余裕ができてきた。
それでも遠見筒での監視を怠らず、例え近場に岩が降ってきても逃げようとしない。
後方にいる隊と密に連絡を取り合いながら、最新情報を送り続ける。
「おい、そういえば腹が減ったな」
「言われてみれば……。って、もうここに来てから半日以上経ってるぞ!」
時間経過を聞いた兵士達は、いつの間にそんなに時間が経ったのかと少し驚く。
しかしそれ以上に、自分達がこの場に来る前から戦い続けているルーディアンに関心を示す。
見ている限りでは休む様子も、食事どころか水分を摂る様子すら無い。
常に動き続けて古代竜と戦い、しかも互角にやりあっている。
どんだけタフなんだよと思いながら、引き続き遠見筒で戦いの様子を眺める。
古代竜の鋭い爪を掻い潜ったルーディアンが喉元を殴り、殴られても耐えた古代竜が尻尾で地面へ叩きつける。
地面に埋まったように見えたが、尻尾を殴り上げながら地面から出てくると、そのまま跳躍。古代竜の放った魔力の球体を空中を蹴って回避しながら接近し、鼻っ面を殴る。
「グギィッ。ガァッ!」
殴られながらもルーディアンを手で払う。
爪先が触れて上着が破れ、胸元から鮮血が散る。
一瞬顔をしかめたルーディアンは斬られた箇所を手で押さえる事なく、軽く拭っただけでまた立ち向かう。
よく見れば、攻撃を避けているようでも体は傷だらけだった。
大きな傷はたった今斬られた胸元だけだが、腕にも脚にも頬にも小さいながら傷はある。
しかしそれは古代竜も同じ。
いかに強固な鱗に身を守られていようとも、その防御力を越える威力の攻撃を受ければ傷はつく。
ルーディアンの拳や蹴りは、まさにそれだった。
一流の鍛冶職人が削るのさえ困難とされる古代竜の鱗を傷つけ、ダメージを与えている。
いつまで続くのか分からないこの戦い。
様子を見ている偵察部隊は戦闘の様子を見つつ、交代で食事や仮眠を取るまでの余裕ができてきた。
そうしているうちに、夜が明けた頃には第三陣が出陣したという報告も届いた。
「到着は明日の昼頃かと思われます!」
機動力主体の偵察隊と違って本隊の移動には時間が掛かる。
それは仕方ない事だと思いながら、ルーディアンと古代竜の戦いに目を向ける。
「もう丸一日は経ったんじゃないのか?」
丸一日経過しても衰える事の無い、両者の戦い。
大地はもう荒れる場所など無いほど荒れ果て、双方とも体のあちこちから流血している。
それでも戦いは止まらない。
鱗の防御力を越える攻撃を受け続けて、鱗はボロボロになって所々にひび割れや損傷、欠損がある。
一方のルーディアンも、いくら魔力で保護しているとはいえ、強固な鱗を持つ古代竜を殴り続けた拳と脚は傷だらけで、血を滲ませながら古代竜を殴っている。
「すげぇ……」
「どうしてあそこまでやれるんだよ……」
暴走している古代竜はともかく、ルーディアンは素面の状態。
巨大で暴れ狂う古代竜に挑むだけでも相当な覚悟と勇気がいるのに、丸一日戦い続けている。しかも互角に戦っている。
魔力放射を浴びれば刃状の魔力を蹴りから放って肩を斬りつけ、殴られたら巨大な手で払い飛ばす。
どちらも引かず、どちらも倒れない。
いつまで続くんだと思いながらも、やはり戦う様子からは目が離せない。
どれだけ見続けても飽きるどころか胸が熱くなり、いつまでも見ていられる。
最早偵察隊の兵士達は、偵察しているというより観戦しているような気分になっていた。
「ギャリャアァァッ」
ここにきて今までで一番激しい咆哮がボロボロの大地をさらに抉る。
砕かれた大地が岩や土となって周囲に降り注ぎ、兵士達は伏せたり逃げたりしてそれを凌ぐ。
「被害状況を確認しろ!」
まとめ役の叫びで動ける兵士達が被害を確認する。
幸運にも死者はいなかったが、重傷者が数名出て後方にいる部隊の下へ運ばれて行った。
これまでにもこうした被害は出ているため、兵士達は冷静に対処している。
交代要員もすぐに来て、仕事を継続する。
二度目の夜が来ても戦いは終わらない。
古代竜の叫びと咆哮、ルーディアンの殴打音、両者の攻撃により大地が削れていく音だけが響き渡る。
そして二日目の朝がきた。
戦いは未だに続いているが、勢いは徐々に弱まっている。
もうすぐ終わる。
そう思うと、なんとしてもこの激突の結末を見届けようと、兵士達は誰一人として戦いから目を離せない。
そして日が昇ってしばらくして、遂に決着は着いた。
精も根も尽きかけた一人と一匹の最後の一手。
残った全ての魔力を全身に纏い、身体能力を上げられるだけ上げ、全力を込めたルーディアンの右拳。
同じく残った全ての魔力を集中して放つ、魔力放射。
強烈な魔力放射は全てを賭けた攻撃とあってか、これまでで最高と言える勢いと威力を見せる。
ルーディアンはそれに臆せず正面から向かっていき、跳び上がって空中を駆け、拳で魔力放射を突き破りながらその中を進んでいく。
拳によって拡散した魔力放射が周囲に拡散し、岩や土が周囲に飛び散る。
それでもルーディアンの勢いは衰えず、空中を駆けながら魔力放射の中を突き進み、遂に突き抜けた。
「どうりゃあぁぁぁぁっ!」
初めて兵士達にまで響いたルーディアンの叫び。
古代竜の咆哮に匹敵するその叫びと共に拳が眉間に突き刺さり、さらに拳に込めていた魔力が放出され古代竜の頭を内部から貫通した。
「アァァァァァ……」
断末魔の雄叫びを上げながら古代竜はよろめき、背中から大地に倒れる。
静寂に包まれる中、飛んできた土を被った兵士達が伏せていた体勢から起き上がりだす。
「勝った……のか?」
「いやそれ、やってないフラグだから言うのやめろって!」
「だ、だって、見ろよあれ。倒れたまま動かないぜ」
兵士の一人の言う通り、微かに開いていた目も閉じられ、古代竜はピクリとも動かない。
動いたのは、眉間に突き刺さっていた拳を引き抜いたルーディアンだけ。
そして彼はどこまでも響くように叫んだ。
「俺の、勝ちだあぁぁぁぁっ!」
自分達がいる場所まで響いた声を聞いた兵士達は、最初はとても信じられなかった。
たった一人、それも武器も使わず己の力だけで古代竜に勝ってみせた。
二日に渡る戦いを見届けた兵士達の間に徐々にざわめきが広がっていき、それは歓声と共に爆発する。
辺り一帯に兵士達の歓声が響き渡り、ようやく到着した第三陣は、何が起きたのか訳が分からず戸惑う。
こうしてルーディアンは伝説となり、偵察隊は伝説の目撃者となった。
そして、これが後の物語の始まりだとは、誰も知らなかった。