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別れは旅立ち


 長期夏季休みも終わりが近づいてきた。

 毎日集まってやっていた甲斐もあり、無事にエディオン達は課題を終わらせられた。

 さらに、帝都で通っている学校の授業再開に合わせ、遊びに来ていたマリーエルも帝都へ戻る。


「お兄様! 一日も早く帰ってきてくださいね。帰ってこなければ、次の冬の長期休みも遊びに来ます!」

「あのなマリーエル。一応、留学は一年間と決まっていてな」


 未練タラタラなマリーエルを見送った数日後、学校は再開された。

 課題を忘れた生徒が残されて説教され、長期休み中に特訓をしたというウリラン親衛隊があっさりエディオンに敗北し、久々に見たその光景に誰もが学校の再開を実感した。


「やっぱアレ見ると、ここが学校なんだって思うよ」

「そうね。この学校の風物詩だもの」

「アレを見ないと学校再開の実感湧かないな」

「あなた達、学校はアレを見るための場ではないのよ?」


 表情を引きつらせた猫人族の女性教員の言う事は尤もだが、半ば名物と化している親衛隊とエディオンの戦いを見て、学校の再開を実感するのは教師の中にもいることを彼女は知らない。

 こうして再開された学校生活は、しばし休みボケな人が出たりしたが、比較的早めに休み前の様子に戻った。

 友人達と語り、あまり好まない者が多い勉学に取り組み、ほぼ毎日のようにウリラン親衛隊の誰かが宙を舞う。

 季節が変われば、エディオン参加不可の運動会が開催されてエディオンが愚痴を零す。

 冬には、これまたエディオン参加不可の学年対抗雪合戦が行われ、不満そうなエディオンが一人かまくらで見学する。

 そんな感じで時間が経過し、あっという間に年は変わる。

 十三歳になる年になったエディオン達はこの日、新たな別れの日を迎えていた。


「じゃあな、バレル」

「ああ、ディオも元気でな」


 留学期間を終えたバレルが、帝都へと帰る日がやってきた。

 ここへ来た当初の暗くて陰鬱な雰囲気はどこへ行ったと言えるほど、明るく精神的にもたくましくなって。

 たった一年の間に、エディオンという本当の意味での友人ができ、狩りに出て数多の野生動物と対峙し、ミミーナの下で学んできた経験が彼を成長させた。


「ディオも旅に出たら、帝都に寄ってくれ。約束通り、私が美味い店を案内していやるし、なんなら宿の手配もしよう」

「そりゃあ助かる。宿の方は、できれば俺達の懐にも優しいところをな」

「任せておけ! 友の意に沿わない事などするものか!」


 しっかりと手を組んで約束を交わす姿に、馬車の前で待つモレットと、見送りに来たフィリアとウリランも思わず微笑む。

 最後に二人は手を離し、友人としての証を交わす。


「またいつかな」

「勿論だ。待っているぞ」


 双方の握り拳が軽くぶつかる。

 出会いの時に交わし、別れの時にも交わす、二人にとって友情の印。

 それを交わしたバレルは、後ろを振り返ることなく潔く馬車で去っていく。

 見送ったらすぐに帰ろうとするエディオンだが、その腕にフィリアとウリランがくっ付いてきた。


「おい、なんだ?」


 よくこういう事をするウリランはともかく、あのフィリアまでくっ付いてくるとは思わず、つい聞いてしまう。


「いやぁ、また三人に戻ったなぁ~。って思って~」

「いいじゃない、別に。アタシがこんな事しても」


 別に嫌とも珍しいとも言っていないのに、それを察している様子のフィリアだが、やはり恥ずかしいのか視線は逸らしている。

 心なしか、頬も微かに染まっているように見える。


「だって、バレル達がいる前じゃ……恥ずかしいし……」


 小声でボソボソと告げたのだが、口にした理由はエディオンとウリランの耳にバッチリ届いた。

 なんともフィリアらしい理由にエディオンは苦笑いを浮かべるが、何かが閃いたウリランは悪い笑みを浮かべる。

 こういう時に彼女が思いつく事は、必ず実行に移されてフィリアが羞恥の悲鳴を上げる。


「そっかぁ。じゃあ私もいなくなったら、どんな事までしちゃうのかな~?」


 ニヤニヤしながら尋ねるとフィリアの体が一瞬跳ね、顔の赤色が濃くなっていく。


「ど、どんなって……」


 多感な年頃とあって色々と想像し、顔全体が赤くなり耳と尻尾が力なく垂れた。

 まるで頭から湯気でも出そうな様子だが、そこへフォローではなくトドメを刺すのがウリランである。


「なんならぁ、フィーちゃんが想像していること、三人でしてみる~?」

「はふぅっ!?」

 

 変な悲鳴が上がるがウリランは気にせず、より体を押し付けながらエディオンにも尋ねる。


「ディオ君も興味あるよね~?」

「無いはずがない。だって俺も男だから」

「はっ、ぐうふっ」


 またも変な悲鳴を上げたフィリアは、思考回路がオーバーヒートしたのか崩れ落ちてしまった。


「お、おい。しっかりしろ」

「ふにゃあぁぁぁ……」


 くっ付かれたまま崩れ落ちたフィリアを立たせようとするが、腰に力が入らないようで立ち上がらない。

 それどころか、意識まで飛びかけて猫の鳴き声のような言葉を繰り返す。


「ありゃあ、ちょっとやりすぎたかな~?」


 苦笑いをしながら、指でフィリアの頬を数回突く。


「もう~。フィーちゃんはぁ。冗談なのを分かっていて、これだからな~」


 そこが可愛いとでも言いたそうに、笑いながらさらに数回頬を突く。

 遊ばれているフィリアは特に反応もせず、目を回しているかのようにユラユラ揺れているだけ。

 これは駄目だと判断した二人は、フィリアを連れて帰る事にした。

 エディオンが抱え上げて家まで運び、家族に預けた後に二人も家路に着く。


「フィーちゃんは~、もうちょっとこういった事に耐性を持つべきだとぉ、思うんだ~」

「同感だ。そもそも、一体何を想像したんだか」


 二人きりという状況にどこか楽しそうにしているウリランに対し、エディオンは冷静そのもの。

 なんだかそれが面白くないと思うが、理由が分かっているために仕方ないとも思ってしまう。


(ディオ君はぁ、根っからの男の子だからね~)


 最強と名高い父親の背中を追い、それを追い越すことしか考えていない。

 ノリがいいから振った話には乗ってくれるが、心の底からそれを望んだりしている訳ではない。

 あくまで冗談の延長線であり、それを本気にしたことが無い。

 数回本気で言ってみた時も普段通りの返しをされ、それが残念に思うことも何度かあった。


「ねぇディオ君~。もしもさっきの三人でしてみるって話がぁ、本気の話だったら~」

「やめとけ。未成年だぞ、俺達。それに、前の告白の時も言っただろう? 俺は」

「ルーディアンさんに勝つまで、誰の気持ちにも応えない。でしょう~」


 予想していた通りの返答だった。

 何年か前にフィリアと二人で告白し、どっちかと付き合ってほしいと言ったときも、似たような返答をもらった。


『ごめん。親父に勝つまでは、気持ちに応えられない』


 申し訳なさそうな表情でそう言われ、諦めきれないからその日が来るまで保留、という結論になった日の事を思い出す。


「分かってるんだけどねぇ、ディオ君がどんどんカッコよくなるから、気持ちの抑えがね~」


 今すぐにでも襲い掛かりそうに目を輝かせると、思わずエディオンも身構える。

 悪意の無い幼馴染相手に反撃はしなくとも、避ける気はあるようだ。


「大丈夫だよぉ。フィーちゃんのいないところで、抜け駆けはしないから~」


 あくまでフィリアと正々堂々、というスタンスは崩さない姿勢はエディオンだけでなくフィリアも感心するほど。

 それでいてエディオンの我が儘さえも受け入れているのだから、懐が深いとよく言われている。


「ディオ君、ディオ君。私とフィーちゃんがお婆ちゃんになる前に、ルーディアンさんに勝ってよね」

「いや、その頃にはもう親父も寿命で死んでるって」

「でもほら、ルーディアンさんの場合は気合いで長生きしそうだから」

「……否定できねぇ」


 重苦しくなりかけた空気はその会話で霧散し、二人は何気ない話をしながらそれぞれの家へと帰っていった。

 そしてそれからさらに年月が経過して、とうとう卒業の日を迎えた。

 翌月から数えで十六歳となる年を迎える卒業生達は、それぞれの進路へ進む。

 家業を継ぐ者、どこかしらに弟子入りして職人を目指す者、さらに知識を学ぶため帝都の高等学校へ入る者、そしてエディオンのように探検者となる者。

 学生としての最後の一日を終えた彼らは、翌月になるまでの間に自分の身分証を成人用へ変更するため役場を訪れる。

 この時期に役場の受付が卒業生で埋まるのは、どこの町でも風物詩となっている。

 その中にいるエディオン、フィリア、ウリランは席に座って手続きの順番待ちをしている。


「思ったよりも混んでるな。もうちょっと時間をズラすべきだったか?」


 成人となったエディオンの背丈は平均より少し高い程度。

 加えて竜人族特有の鱗の影響で、腕も脚もさほど太くはない。

 それにも関わらず、周囲を隔絶するほどの圧倒的なパワーとスピードは、この数年の間にさらに磨かれている。

 日々やっているルーディアンとの修行も、世の普通をあざ笑うようなものになっていき、ごく最近は空中を駆け回りながら組み手をしていたという話もある。


「いや~。今の時期は、ちょっと時間ズラすぐらいじゃ変わらないよぉ」


 周囲に比べると若干背丈は低いウリランだが、月日は彼女の胸をさらに肥大させた。

 元々そういう特徴のある牛人族ではあるが、それでもデカイと周囲から好奇や嫉妬の目を向けられている。

 魔法の腕前も鍛え上げ、火と土と風の魔法を使いこなす魔法使いとなった。


「混んで待つのが嫌だからって、早朝から役所の前で待っている人もいたんだって」


 動きやすさを優先したショートパンツ姿のフィリアは、引き締まった脚線美を存分に披露している。

 ただ速いだけでなく、小回りも利く俊敏性を併せ持つ脚力で相手を引っ掻き回し、両手の短剣で切り裂くのがフィリアの戦闘スタイル。

 その脚から繰り出す蹴り技も強烈で、武器を失った場合は蹴りを中心とした格闘技も使う。

 相変わらず恋愛事や下ネタには弱いのに加え、ここ一年は若干だがエディオンよりも背が高くなってしまったためか、後輩達からお姉様と呼ばれるという悩みもできていた。


「エディオンさん、フィリアさん、ウリランさん。受付までお願いします!」


 忙しそうな窓口の女性職員に呼ばれ、三人は受付まで向かう。


「こちらが成人用の身分証となります。皆さんは探検者になると聞きましたので、こちらを持って探検者ギルドへ行って登録してくださいね」


 早口に説明した職員は手早く三人にそれぞれの身分証を渡すと、ご健闘お祈りしますとだけ告げて次のお客を呼んだ。

 その対応にちょっと不満はあったが、忙しいから仕方ないかと三人は役場を後にする。

 次は探検者ギルドへ、と言いたいところだが、そうはいかない。

 既にルーディアンから許可を得ているエディオンはともかく、フィリアとウリランが探検者になるためには、親から提示された条件を満たさなければならない。

 成人までしっかり修行を積み、実力の証明として魔物を二人で狩る。それができなければ、探検者にはなれず家業を手伝う。

 今後の帰路に立たされた二人は、翌日に修行をつけてくれた親の目の前で魔物と戦う。


「私達、やれるよねぇ?」

「やれるよね、じゃなくて、やらなきゃならないでしょ。でなきゃ、ディオと……一緒にいられない、じゃない……」


 後半に行くに連れて声は小さくなっていくが、エディオンとウリランの耳にはバッチリ聞こえていた。

 伊達に十五年以上付き合いのある幼馴染ではない。


「そうだね。明日は頑張ろう! お~」


 本人なりに声を上げて拳を突き上げたが、口調が緩いせいかイマイチ勢いに欠ける。

 なんともウリランらしい締まらない締め方に、もう緊張しかけていたフィリアの肩の力が抜ける。

 平常運転な幼馴染の言動が少し頼りになりそうな、そうでないような気がして、こんな時から緊張している自分が少し情けなく思えた。


「よし! 明日はやるわよ!」


 両の掌で顔を挟むように軽く叩き、自身に気合いを入れる。

 その姿を見て、入れ込み過ぎないかとエディオンはちょっとだけ心配になる。

 何か一声かけようかと思ったが、余計な一言になるかもと迷った挙句、結局何も言えずにその日は別れることとなった。


 翌日、フィリアとウリランはそれぞれの親を伴い、魔物との戦いに赴く。

 この日に備えて用意しておいたレザー系の防具やマントを身にまとい、普段から使っている武器を手に、魔物の領域の入り口へ向かう。

 万が一に備えてエディオンもそれにくっ付いていき、領域の入り口で身分証を提示する。

 対応した軍人は確認した後、この先でどんな目に遭おうと自己責任だという用紙にサインをさせた。


「はい、確かに。では、ご武運を」


 敬礼をした軍人の脇を通り抜け、魔物の住処となっている森に立ち入った。

 これまでに狩りをしていた森とは違う空気が立ち込めている、空は晴れているはずなのに薄暗い森。

 緊張をほぐそうと、さっきからフィリアとウリランは何度も深呼吸を繰り返している。


「じゃ、じゃあ魔物探すねぇ。風よ集え そよ風の調べを我が下へ ウィンドサーチー」


 いつもより硬めの口調のウリランが魔法を唱え、周囲の情報を集める。

 すると、思ったよりもあっさりと魔物は見つかった。


「いたっ」


 数年前にブラッドベアを見つけた時と同じく、黒くて恐ろしい気配。

 その気配を感じ、脳裏に当時の怖がった記憶が蘇る。

 しかし、それも一瞬だけのこと。

 頭を振って恐怖を振り払い、杖をしっかりと握る。


(あの時とは、ちがうもん)


 震えて逃げることしかできなかった数年前から、ずっと修行をして獣相手に実戦も積んできた。

 魔物と獣じゃ格が違うのは分かっているが、少なからず自信には繋がっている。

 それがウリランの震えを止め、立ち向かう支えになっていた。


「来るよぉ。何か分からないけど、凄い勢いでこっちに来るよぉ」

「分かったわ」


 二本の短剣を抜いて前衛に立ち、魔物の襲撃に備えるフィリアも、これまでの修行を思い出して冷静さを保つ。


(大丈夫。アタシは、あの時のアタシじゃない)


 心の中で大丈夫だと言い聞かせながら、過去の自分とは違うんだと、短剣をよりしっかりと握る。


「フィリア、駄目そうだったらすぐにフォローに入るからな」

「そうなったら、分かっているな」


 ウリランの親の問いかけに二人は無言で頷く。

 こんな浅い場所に出てくる魔物は、大抵が弱い。

 そんな魔物すら二人がかりで倒せないのであれば、探検者にはなれない。

 冷静さは保っているように見えても、初めての魔物との戦闘で二人の表情には緊張が見える。

 だが、見守るエディオンは魔物の気配を察知し、安心した。


(前に遭遇したブラッドベアよりも、ずっと弱いな)


 察知した魔物の気配は、ブラッドベアよりも小さく弱い。

 これなら大丈夫だろうと、一応の警戒はしながら二人の戦いを見守る事にした。


「来るよぉ!」


 ウリランの叫びから僅かに遅れて、森の奥の方から猪ほどの大きさのネズミが現れて突進してくる。


「ビッグラットか」

「まあ、あのくらいなら大丈夫だろう」


 魔物を見たフィリアの親が魔物の種族を口にする。

 二人の親に慌てた様子を見せない辺り、大した魔物ではないことが窺える。


「いくよ、ウリちゃん!」

「任せてぇ。土よ集え 大地を穿って」


 今までの狩りで練習した連携から、詠唱を聞いてどんな魔法を使うのか分かったウリランはしっかりと腰を落として構える。


「削り取れ アースダウナ~!」


 詠唱により魔法が発動し、ビッグラットの足元にある地面が削り取られたように失われ、落とし穴のような窪みを作った。

 突如足場を失ったビッグラットは空中でせわしなく足を動かすが、それで前進することも宙に受けることもなく、前進の勢いを失って窪みの中へ落ちる。

 それと同時にフィリアが駆け出す。


「ギキィッ!?」


 急に足場を失って窪みに落ちたビッグラットは、混乱して窪みの中で辺りをキョロキョロ見渡す。

 そこへ、唯一の脱出口である上からフィリアが飛び掛ってきて、短剣を二本とも首の後ろに突きたてた。


「ギッ」


 突き刺さった短剣により脊髄を損傷したのか、微かに声を上げて崩れ落ちる。

 そのまま動かなくなってしまうが、まだ息はある。

 短剣を抜いたフィリアは、刃を首に当てて一閃し、トドメを刺す。

 虫の息さえもしなくなったビッグラットとの戦いは、こうして呆気なく終わった。


「ふぅ……」

「はぁ~。できたぁ……」


 初めての魔物との戦闘を終えた二人は緊張から解放され、体から力が抜ける。

 一方で二人の親は驚いていた。

 危険と隣り合わせな探検者になる事に反対したいのと、娘の夢を応援したい間で揺れながらも、魔物を倒せるくらいには鍛えてきた自覚はある。

 しかし、ビッグラット相手ならば問題無いだろうとは思っていたものの、ここまであっさり倒すとは思ってもみなかった。


「あの子達……いつの間に、こんな……」


 思わず尋ねるフィリアの親に、後ろにいたエディオンが告げる。


「それだけ真剣だったんですよ、あの二人は。狩りでの連携練習なんかも、アレコレ研究して俺にも意見を求めたくらいですから」


 個々の能力については、修行をつけていたから知っていた。

 だが、普段は仕事があるため、連携を見るのはこれが初めてだった。


「しかし、どうしてそこまで?」

「あの二人は俺に付いて行きたい。でも、俺との実力に決定的な開きがある。それを埋めるため、連携の練習と研究をしていたんですよ。おじさん達が見ていないところでね」


 説明を聞きながら、手を取り合って魔物を倒した事を喜ぶ娘達を見る。

 知っているつもりで知らない間に成長していた姿が、羨ましくあり少し寂しい。

 そしてそこまでやっていた娘達の覚悟と、今回の結果は認めざるを得なかった。


「二人とも」


 喜んでいる最中に声を掛けられ、何を言われるのかとそれぞれの親の顔色を窺う。


「約束だ」

「探検者になっていいぞ」


 探検者になる事を認められ、二人は笑顔になる。


「やったねぇ!」

「うん、良かった……」


 喜び合う娘を複雑な思いで見つつ、二人の親はエディオンにも声をかける。

 娘達を頼む、自分が大丈夫だからと無理をさせるんじゃない、と。


「分かっていますよ。俺にとっても大事な幼馴染で、これからは旅の仲間でもありますから」


 こうしてフィリアとウリランの試験は終わった。

 心配されていた昔ブラッドベアに遭遇した記憶による、心的問題も見受けられず、実力も申し分無い。

 修行をつけてもらった親から太鼓判を押された二人と共に、エディオンはその足で探検者ギルドへ向かう。

 扉を開けると、中にいた全員の視線が三人に集中する。

 見慣れないから品定めをしようとしていた探検者達だったが、エディオンの姿を見てざわめきだす。


「おい、あいつって確か」

「ああ。ルーディアンさんのとこのガキだ。また何か狩ってきたのか?」

「違うだろ。確かあいつ、今年で成人になるはずだったから、登録に来たんだろう」

「とうとうあいつもこっち側かよ。勘弁してくれよ、ルーディアンさんだけでも、結構荒稼ぎされてるってのに」

「ねえねえ。いっそうちのクランに誘ってみない?」


 それぞれの思惑を小声で話し合いながら、受付へと向かうエディオン達を観察する。

 中にはフィリアの脚やウリランの胸元へ目を向けている不届き者もおり、そういった輩は鼻の下を伸ばしているのですぐに分かった。

 様々な感情や下心の込められた視線に、居心地が悪く感じたフィリアとウリランは手を握り合い、周囲からの視線に耐える。

 一方のエディオンは平然とギルド内を歩き、受付へ向かう。


「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょうか?」

「俺達の探検者登録をお願いします」


 窓口で対応してくれた男性職員に身分証明証を提出する。

 続けてフィリアとウリランも提出すると、男性職員は三人の身分証明証を受け取って手続きを始めた。

 手続きそのものは簡単らしくすぐに終わり、身分証明証を返してもらう。

 ついさっきまで空欄だった職業欄には探検者と記載され、エディオン達が探検者の職に就いた事を証明している。


「ルーディアン様に聞いているかもしれませんが、探検者の文字の隣にある数字は探検者としてのランクになります。皆さんはなりたてですから、最低のランク一です」


 このランクが上になればなるほど、より高度な仕事を受けられたり、相手側から指名されたりする。

 最大ランクは十で、ここまで達している者は相当な額を稼ぎ出してきた。

 なお、そのランクに入っているルーディアンは、通算収入額の金額記録を今も更新し続けている。


「では皆さん、今後の活躍を期待しています」


 如何にもマニュアル通りな挨拶をした職員に礼を言い、三人はギルドを後にする。


「これで俺達も探検者だな」

「そうね。それで? いつから旅に出るの?」

「できれば明日にでも」

「そう言うと思ってたよぉ。私はもう準備してあるよ~」

「アタシもよ。すぐにでも出発できるわ」


 さすがは幼馴染だとエディオンは思った。

 しかし、さすがにこれからすぐ、とまでは考えていない。

 できるだけ早くとは思っても、旅立つ前に二人に家族との時間をとも思い、翌日を提案した。


「じゃあ明日の朝、旅支度を整えて町の東門の前に集合だ」


 集合場所を決めて解散したエディオンは家に戻り、旅の支度の確認をする。

 魔法の袋の中に入れておいた荷物を取り出し、足りない物がないかを確かめていく。


「おう。もう行くのか」


 今日は魔物狩りサボるぜと言って、家で寝ていたルーディアンが物音で起きてきた。


「いや、明日の朝だ」

「そうか。ところで、本気で竜の聖域を目指すのか?」

「そのつもりだ」

「なら、一つだけ教えておくことがある」


 改まってなんだろうと思いつつ、疑問も浮かぶ。

 以前に竜の聖域へ行った事があるかを聞いた時、面倒になって途中でやめたと言っていたはず。

 道中の注意点でも言うつもりかと思っていると、予想外の事を言われた。


「竜の聖域の主。古代竜王ぐらい倒さねぇと、俺に追いつくことすらできねぇぜ」


 ニヤリとして告げられた内容に、言葉を失って何も返せない。

 この父親に勝てるようになるには、竜の聖域で修行するしかないと思っていた。

 ところが実際は、そこの主を倒す事すらスタート地点だった。


「戦った……のか?」

「まあな。強かったぜ、あいつも」


 ようやく口にした問いかけに、暴走したエンデュミウォンほどじゃなかったけどな、と笑って答える。


「で、でも! 親父、前に竜の聖域に行くのは途中で面倒になったって」

「ああ、ありゃあ半分嘘だ」

「おいっ!」


 またかよと思いつつ、立ち上がりながら叫ぶ。


「落ち着け、半分つったろ。行くのが面倒になったのは本当だ、でもその後に行ったんだよ」


 ルーディアンの説明によると、件のエンデュミウォンを倒した後に謝罪と説明に来た、当時の古代竜王がルーディアンにもお詫びがしたいと言った。

 そこで求めたのは、古代竜王との戦い。

 暴走したエンデュミウォンを倒したその腕前に興味があった古代竜王は、同行した古代竜達を黙らせてそれを承諾した。

 その時に戦った場が、竜の聖域。

 古代竜の背に乗せられてそこへ連れて行かれ、古代竜王と戦ったルーディアンは見事に勝利した。

 これには見守っていた古代竜達は驚き、送ってもらった時に結果を聞いた皇帝も驚きのあまりひっくり返るほどだったという。


「つまり、自力じゃ行ってねぇんだよ。連れて行ってもらっただけだからな」

「なるほど。だから、半分嘘か……」


 この件については納得したが、もう一つ気になる事がある。


「それでさ、なんでその事は誰も知らないんだよ。親父の武勇伝を綴った本にも書いてないし」


 公的な記録にあるのは、暴走した古代竜エンデュミウォンを倒したという事だけ。

 古代竜王に勝利したという記録は、一切残されていない。


「皇帝とかがよ、さすがに古代竜王に勝利はシャレにならないからって、記録に残さなかったし言いふらすなって緘口令まで敷きやがったんだ」


 竜の聖域の主を倒したとなると、その騒ぎはエンデュミウォン討伐とは比較にならない。

 特に古代竜王を神の化身として崇める宗教や地域は黙っていない。

 そういった混乱を避けたい皇帝と上層部により、この件に関しては徹底的に口外を避けるよう通達が行われた。

 そのため、記録にも残らない幻の栄誉となった。


「まあ、その事は置いといて。今でもあいつが古代竜王を名乗ってるかは知らねぇが、せめてそれぐらいはやらねぇと、俺には届かないぜ」


 どこか楽しそうに言っているが、当時の戦いの楽しさを思い出したルーディアンの背後には、洩れた魔力が陽炎のように揺らめいている。


「あいつが、俺とやり合うためのステージへの扉だ」


 一言一言を口にするたびに魔力が室内に満ちていき、室内の空気が締め付けてくるような圧迫感を感じる。


「俺を越えたいなら、テメェの力で辿り着いて、奴をぶっ飛ばせ! そしたら俺と戦おうぜ、エディオン」


 名前を呼ばれただけ。

 ただそれだけなのに、尋常じゃない威圧感がエディオンを襲う。

 普通なら気を失ってもおかしくないその威圧感。

 それにエディオンは耐えるどころか、笑っていた。


「上等だ! やってやるさ! 待ってろよ、親父!」

「いいぜ。俺がジジィになって弱くなる前に、辿り着けよ」


 この瞬間から、二人の間に新たな関係ができた。

 親子、師弟、そしてライバル。

 実力の差はまだ遠く離れているが、いずれは肩を並べて戦う相手として。


「楽しみにしてるぜ。それと、今日は息子で弟子の門出だ。アイアンバッファローでも食うか?」

「マジで!? いいのかよ!」

「構わねぇさ。それに、食いたくなったら自分で狩ってくらぁ」

「なら、遠慮なく食うぜ」


 先ほどまでの空気とは一変し、親子の団欒の時間を過ごす。

 聞いていた以上に美味い肉に喰らいつき、ルーディアンはとっておきの酒まで飲みだす。

 出発に備えて早めに寝ると部屋へ戻るエディオンを見ながら、拾った日から今日までの年月を振り返る。

 子育て、修行、時には本気の口喧嘩をしたり、貴重な肉の奪い合いなんかもしたりした。


「ったく、いつの間にかデカくなりやがって……」


 そう呟いて最後の一杯を飲み干し、ルーディアンも自信の部屋へと戻って眠る事にした。


 翌朝の東門前。

 約束通りにエディオン達三人が集まり、周囲には親だったり元同級生の友人だったりが見送りに来ている。

 特にウリラン親衛隊は悲しみに涙を流しながら、旅立ちを祝っていて周囲から距離を開けられていた。


「じゃ、行ってくるな」

「おう。死ぬなよ。そしたら俺があの世に行くまで勝負できねぇからな」

「言ってろ。親父こそ、調子乗って酒飲み過ぎて死ぬんじゃねぇぞ」

「はっ! あんなもん水みたいなもんだ!」


 軽い口喧嘩を交わした後は、お互いに笑みを浮かべ拳をくっ付ける。


「じゃあな」

「ああ」


 最後にそれだけを言い、三人は旅へと出発した。

 見送りに手を振り、街道を道なりに歩いていく。


「今ならまだ引き返せるぞ」

「ここにきて何を言ってるのよ」

「私達はぁ、ディオ君と一緒にいたいんだ~」


 引き返す気の無い仲間にエディオンは、それ以上何も言わなかった。

 大きすぎる目標を持った少年と、その少年に付いて行きたいという若干不純な動機の少女達の旅は、今日この日から始まった。


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