File.6 研究と謀
アーサー、詩恋の二人が六番船で戦闘した翌日。
協会から伝えられた情報によって、船団専属解読師達が円卓に集まっていた。
「おい、どういうことだ……」
アーサーが代表して、この場にいる全員の心境を代弁する。円卓の席は三番を除いて全員揃っている。皆一様にその顔は明るくはない。なにしろ伝えられた情報は、
「あのマーティソンが死んだって。誰が持ってきたんだ、それを」
「私ですわ」
アーサーのすぐ隣、一番の席に座っていたアリアがそう答える。数人の顔になぜ?という表情が浮かぶ。
「なぜ私がその情報を持ってきたのかといいますと……船属解読師の件について返答がまったくなかったため、昨日私が直接伺うことになったのです」
アリアは目を閉じて沈鬱な顔になる。アリアが見たマーティソンの研究所は見るも無惨な有り様であったのだ。
「酷い様でしたわ……」
そうして彼女は、昨日のことに関して静かに話し始めた。
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「これは、一体……」
アリアが研究所の中へ入って最初に呟いたのはその言葉であった。壁一面に張り付く血痕。微かに漂う鉄と硝煙、そして鼻につくキツい臭い。アリアは知っている。これは死の臭いだ。
「アリア様、これは」
「皆さん静かに。まだ何かが潜んでいる可能性があります……α班の皆様は二人一組で中を捜索してください。生存者がいれば報告と救助を」
アリアと一緒についてきた数人の警備隊――α班は、統率のとれた動きで一階、二階のそれぞれの部屋を調べ出す。アリアも慎重に歩き出し、所長室――マーティソンの部屋へ向かった。
「酷い。これではDr.マーティソンも……」
マーティソンの部屋も研究所内と同様。幾分綺麗ではあったが、散乱するIDカードとカーペットにできた染みが酷さを物語っていた。あらぬ場所にあったテーブルや、横倒しになった本棚はもしやバリケードの代わりだったのだろうか。アリアは無言で通信機を立ち上げる。
「α班、生存者はいましたか」
『生存者どころか、元生存者も見えませんね……あるのはおびただしい数の血痕のみです』
通信機の向こうからは「悪い夢か」なんて声も聞こえる。彼らの言うとおり血痕はあるのに、その元である死体が一つも見つからないのだ。まさか食べたのではあるまいな。アリアは「もし、生存者を見つけたら報告と救助を」と言い残し通信機を切る。
「……?」
無言で部屋を見回す。すると、倒れた机の傍に何かノートらしきものが落ちている。駆け寄り、拾い上げるとそこには『研究日誌』と書かれていた。
「Dr.マーティソンの……やはり、彼はここにいたのね」
僅かに目を伏せ、中を開く。中は至って普通の研究の記録、それと僅かに日常のことが書かれている日誌であった。だが、後半は血に染まって読めなくなってしまっている。そしてその読めないページの前、つまり最後の読めるページに書きなぐられたコードのようなものが。
「PASS……パスワード?」
八文字の数列と謎のアルファベット。何かのIDとパスワードだろうか。この部屋にパソコンのような電子機器は存在しない。
「ここに書いてある、ということはきっと彼が託したもの……なのでしょう」
そこで通信機にα班からの連絡が入った。
『こちらα班。アリア様、地下の大研究室で生存者を見つけました。ですが……撃つな!様子を見ろ!』
「どうしました?」
『話の途中に申し訳ありません。少し様子がおかしくてですね……できれば急いでこちらに来てもらえると』
「わかりました。急行します」
日誌を抱えて、アリアは硬い廊下を駆け抜けていった。
地下にある研究室。研究者ではないアリアには何に使うのかわからない機械がそこかしこに存在している。その中心でα班が何かに対して銃――一般的なサブマシンガンを構えていた。先程の会話にでていた生存者だろうか。しかしなぜこんなにも警戒しているのか。
「お待たせしましたわ」
「アリア様。あちらが先程話した生存者です……全員、銃を下ろせ!」
隊長に連れられてα班の囲む中心へと進む。そこにいたのは少女であった。15、16といったところの大人しそうな印象の少女。座り込んだ格好で肩まで伸びた栗色の髪、虚ろな瞳はまるでペリドットのように綺麗な緑色であった。
「……ここの関係者かしら。しかし、どうしてこんなに警戒を?」
「いえ、それがですね。私達が彼女を発見した時、手に刃物を持った状態で立ち尽くしていたんです。状況的に犯人だろうか、ってことになって警戒していたんですが……私達が見てる前でいきなりその刃物がフッと消えてしまいまして。そしてその場にへたりこんだものですから、こちらとしてもどうすればいいのか」
なるほど、救助すべき生存者か確保すべき犯人かで迷っていたのか。アリアは彼女を見る。研究者にはちょっと感じられない。ここにいた誰かの家族なのか。それに消えた刃物。おそらく魔力で構成された例の凶器と同じもの。それをなぜ彼女が持っていたのか。
「とりあえず、私が話をしてみます。皆様はこの部屋に記録用のカメラ、あるいはパソコンのようなものがないか探してください」
「わかりました。くれぐれも気を付けて……おい、聞こえたか。さっきと同じ組で探せ!」
α班がそれぞれに散っていく。アリアは少女の前にしゃがみこんだ。改めて近くで見ると、彼女はかなり綺麗な顔をしていた。
「名前は言えるかしら」
「……誰、ですか」
反応が返ってきた。弱々しいが死にかけというわけでもないらしい。極度の疲労だろうか。まるで解読師が全力で戦闘した後のような疲労の仕方である。
「私はアリア・ルーメンハート。一番船で船属解読師をしているわ」
「解読師……?あぁ、なら……もう大丈夫か」
ホッと安心したかのように強張っていた肩が下りる。と同時に彼女の体がゆっくりと倒れていった。
「っ!」
慌ててその体を受け止めるアリア。腕の中の彼女は静かな寝息をたてていた。緊張の糸が途切れたのか。話を聞きたかったが、まずは彼女に休息が必要だとアリアは判断した。
「アリア様。大丈夫ですか?」
「ええ。眠ってしまったみたい。この子の回復を待って事情を聞くことにしましょう。そちらは何かありましたか?」
「まあ、一応。機器はかなり壊れていましたが……記録用と思われるビデオカメラが一台。ですが破損しており今は再生できないようで。監視カメラの映像ですが現在コピーをとっています」
「隊長!こちらに形を保ったパソコンがありました」
奥の方からα班の隊員の声がする。少女を近くの隊員に預け、二人で向かってみると確かにモニターにヒビが入っているがまだ動くものが一台。
「パス……?ロックがかかってるのか。これも解析に回しますか?」
「ちょっと貸してください」
アリアは日誌の最後にあったIDとパスを打ち込んでみる。すると電子音と共にデスクトップが表示される。
「おぉ、流石です!」
「彼の置き土産のお陰です。さて中は……かなりの量のテキストファイルでしょうか」
そのうちの一枚を開いてみる。何かの構造分析らしき図と、たくさんの文字列。唯一読み取れたのは題名らしき文。
「魔本の完全な……破壊?」
「なんですかね、これは」
「私にも詳しくは……これもコピーをとって解析に回してください。それが終わり次第、ここから撤退します」
「了解しました」
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「以上が私の経験したことでしたわ」
「その少女はどうしたんです?」
詩恋はまずそれを問いかけた。アリアは微笑みながら、
「今は協会附属の医療施設にいます。ヴァジュラがついているので何かあればすぐ対処できますわ」
なるほど。ヴァジュラがいなかったのはそういうことだったのか。続いてアーサーが問いかける。
「それで?解析の方はどうなっている」
「そちらは難航、というほどではないのですが進行は遅々としています。なにせ関係者が軒並み生存していなかったのですから。少なくともあと3日……早くて2日でしょうか」
「そうか」
アーサーはそれっきり黙り込む。何かを考えているようだ。そして今度は珍しい人物が発言した。
「確保された少女の身元は?調べれば出そうなものですが」
「……一応調べているのですが、該当するものが今は出てきていませんわ。せめて船団と名前さえわかれば絞り込みも上手くいくのですが」
発言したのは栞。顎に手を当てて何かを考えているようであった。相変わらずその仮面のしたの顔はわからない。
「まずは生存者である彼女が起きるのを待ちましょう。かなり衰弱していたので今日中に起きてくれるかどうか」
アリアがため息をつく。
その後、簡単な情報交換を済まし今日は解散となった。全員が席を立った中、栞だけは席に座ったまま考え込んでいるのか、額に手を当てて難しい顔をしている。そして周りに誰もいないことを確認すると、その顔に着けていた仮面を静かに外した。
「魔本の破壊……なぜあの方の研究を博士が?まさかあの方が流したわけではあるまいな。何はともあれ、私も静観している訳にもいかぬな。前回は私が出るまでもなかった。が、ここまで場を荒らされてはあの方にもこの先を予想できまい」
独り言を呟いた、ように見えてその言葉は確かに誰かに向けて放たれていた。その誰かに問いかけるかのように、栞は天井に向けて話す。
「構わないな、師よ」
『我は構わんよ。しかし、貴様のその口調の崩れは構わんのか?』
「『仮面』を外してる間くらいは許してくれないか。ただでさえ、『剣王』やら『魔王』の只中にいるのだ。あの圧迫感はいつになっても慣れぬのだから……」
『ククッ、いつにもまして達者よなぁ。さてはあれか?『妖精』やら『神殺し』と話せたのがそんなに楽しかったか?』
「……そろそろ失せよ。誰かに見られたら影とはいえ、面倒であろう」
『ククッ。貴様は好きにするといい。こちらは把握した』
影のように何かが消える気配がした。それと同時に円卓の部屋に誰かが入ってくる。軽い足取り、慣れた靴音を聞いて体に込めていた力を抜く。
「あれー?栞ちゃん、何してるの……ていうか、マスク外してるなんて珍しいね」
「ちょっと目薬をさしてたの。ハウルはどうしたの?」
やってきたのはハウル・スコッティ。見上げるようにこちらを見る彼女の顔には、栞の嘘を疑う色の欠片もない。
「いやー、なんでかハーちゃんがいなくてさ。ここに来てるかなって」
「また?わかった、私も手伝うよ。……そうだ、詩恋さんが言ってたんだけど」
栞は仮面を着けなおし、ハウルと連れ立って歩き出す。部屋から出るその瞬間、栞のアメジストのような紫瞳が鋭くなったことに気づく者はいなかった。
かなーり長くなりました。ですが、一つの解と一つの謎を提示するためのやむを得ない処置ということで何卒ご勘弁を。
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次の更新は1/31を予定しています。
※1/20 誤字の訂正をしました




