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ソラ船の図書館  作者: 黒花 ロカ
拝火魔人戦線 アヴェスター
13/33

終幕:神さえ殺す

「お姉ちゃん、何してるの?」


 幼い僕は姉に頼ってばかりだった。


「んー?なーに、まだ寝てなかったの」


 姉の手が僕の頭を撫でる。寝てないも何も、隣の部屋でそんなにピカピカされたら寝ることなんてできやしない。そう言うと姉は「あちゃー」的な顔で僕に謝る。


「ごめんねー……でもこれだけやっておかなきゃいけなくてね」


 姉の手元にはロケット型のペンダントのようなものがあった。良く見ると中に写真が入ってる。


「写真…?」

「うん。その写真を入れたこのペンダントに祈りを捧げてたの」

「祈り……」


 姉はペンダントを握って、何かを念じるように眼を閉じる。するとペンダントが淡い光を放ち始める。


「うわぁ……!」


 幼い瞳を見開き、キラキラした目で僕はそれを見つめた。その様子を姉は微笑みながら見ていた。


「これはね、詩恋。いつかの貴方へのお守りよ」


 姉が少し不思議なことを言った。僕は意味がわからず、首を傾げてた。


「大丈夫、貴方の事は絶対に守るわ……たとえ……」


 姉の顔に陰がさした。その表情は見えなかったけど、姉はすぐに笑顔になった。けれど、どこか哀しそうな笑顔だったことを覚えている。


「寝よっか」


 姉はそう言って僕の手を引き、寝室へ連れていってくれた。


 姉がいなくなる、三日前の話だった。




「せやぁ!」


 頭部を覆う巨大な腕を、加速を乗せた蹴りで蹴りつける。僅かにアジ・ダハーカの体が揺れるが、倒れるまではいかない。アジ・ダハーカは拳を突き出し詩恋へ殴りかかった。


「ほっ」


 瞬時に展開した光道(レール)が腕の周りを回りながら行くルートに沿って詩恋の体を、腕によるガードが外れた頭部へ連れていく。


『クガァァウ!?』


 右の副頭を膝で強打する。副頭は悶えるように左右へ揺れた。


『オノレ、チョコマカトォ……!』


 中央頭の瞳が怪しく輝く。するとアーサーの時と同じようにその体が別の場所へ飛ばされる。しかも今回は周囲に針型の魔弾付きである。


「発、光!」


 だが詩恋は素早く状況を確認し、その体から光を迸らせた。魔力で生み出された光はその圧倒的な光量を以て、魔弾を飲み込んだ。「浄化」の特性を持つ光波は飲み込んだ魔弾を消滅させた。


「発光って……もっといい名前をつけたらいいと思いますの」

「……」


 脱力したような声で呟くアリアに、壁際で倒れてるアーサーも同意する。確かに己の心象を投影し、イメージによって進化する「魂装《ソウルドギア》」において名付けとはそのイメージ、光景を固定する儀式でもある。


「別にいいじゃないですか、今そんなこと言わなくても!それとこれは仮名ですから。後でちゃんとつけ直します、よっ」


 追撃をかわし、地面へ降り立つ。額を伝う汗を拭い呼吸を整える。

 実はこの技、詩恋の使う技の中でも消費する魔力が多い部類になる。魔力とは精神力・体力と直結しており、一定量を越えて魔力を放出すれば「魂装《ソウルドギア》」の維持もできず、最悪命に関わる。


「……ふぅ」


 体の奥から感じる疲労感を押し込めて、アジ・ダハーカを正面から見据える。


『……』


 アジ・ダハーカは己の失態を認めていた。この場で最も警戒すべきは狂犬の如き剣士だけであると思っていた。あの鎖使いも忌々しきこの女拳闘士も、嫌悪を感じさえすれ脅威とは思っていなかった。いや、むしろ嫌悪に押し潰され脅威と感じることを止めていたに過ぎないのかもしれなかった。


『……』


 アジ・ダハーカは感じていた。この女と自分は最も相性が悪いと。昔の怨敵を思い起こすこともそうだが、相手が魔力を消滅させる「対抗魔法師《マジックキラー》」に対し、こちらは「千の魔法使い(サウザンドウィザード)」。能力的な相性もこちらの劣勢に拍車をかけている。


『……』


 アジ・ダハーカは策を弄することにした。まずは手負いの剣士を完全に潰すべきか。そして相手の動揺を誘い、そこを襲うことにするか。もしくは巨体を囮に人間態で裏をかいてみせるか。アジ・ダハーカは座り込む剣士を見る。

 その一瞬、詩恋から意識を外した。外してしまった。その間二秒。強大な者だからこそ生まれる慢心のようなもの。警戒はしていても、やはり心のどこかで甘く見ていた。



 詩恋の『月脚《アルテミス》』は月光の化身。その光は魔を破り、浄化する。装着者は光と化し、その一撃は魔であれば何者も粉砕せんとする。

 『月脚《アルテミス》』を装着時の最高速度は光速に至る。しかし、詩恋の質量でそんなスピードを出せば恐らくその身が耐えられない。いや、耐えられるかもしれないが負担が凄まじいだろう。故に詩恋は通常時はもっと出力を落として運用している。しかし落としてなおそのスピード、音速(・・)である。

 アジ・ダハーカとの距離、約百メートルほど。相手の意識がそれた時間二秒。加速体勢を整える時間一秒未満。残り時間一秒と少し。


「余裕だよね、『月脚《アルテミス》』。……加速(セット)、発射(スタート)」


 音速とは秒速約三百四十メートル。この距離では一秒もいらない。空気を割いた音を残し、アジ・ダハーカの頬を衝撃が襲った。


「“光”龍尾!」


 側頭部を襲う回し蹴りに浄化の光が付加されることで、アジ・ダハーカの硬皮をものともせずその衝撃・威力を直に伝える。


『……ッッッゥ!!』


 アジ・ダハーカの巨体がついに地面へと沈む―



『イヤ、マダダァ!』



 ことはなかった。その足で地面を踏みしめ、凶悪な瞳で詩恋を見据える。


『ワタシハ業魔ノ眷属!コノ程度デハ、止マラヌ……止マレンノダ!!』


 対する詩恋はそのしぶとさに舌を巻いていた。頭へあれほどの衝撃を受ければ、既に事切れていても不思議ではない。そのように打撃をいれたはずだった。だが、現実はこうして目の前に立っている。


(……ふぅ)


 心のざわめきを押さえつける。守るべきものがある。ここで理性をなくすわけにはいかない。だから、


「見事、アジ・ダハーカ。……私も見せよう。終の一撃を」


 詩恋は、自分の切り札を切ることにした。それは戦いについては教えてくれなかった姉が唯一、詩恋へ託した技。詩恋と同じ『月弓《アルテミス》』を持つ姉が必殺と胸を張って言う技。


 カシャン


 左足を覆っていた『月脚《アルテミス》』が外れる。代わりに右足の装甲が厚く、その力を増していく。


「……」


 この技はイメージが最も大事である。イメージするのは白。何もないただの白い世界。何にも染まらない純なる白ではなく、あらゆるものを塗り潰す怒濤の白。


「……」


 ジャリ


 左足を前に、右足を後ろに。まるで居合の達人が鞘へ刀をおさめるように。


『……ココデ消エヨ、光ノ使徒!』


 怒りに振るう腕は、大気を薙ぎ虚空に無数の魔法を生み出す。それら全てを詩恋へ向けて、


『撃テ』


 射―



「世を裂き、理を崩し、神を討つ」



 祝詞の後に宙へ体を踊らせる。放つのはこれまでと同じ横薙ぎの蹴り。だが、それは現か幻か。足の周りが歪み、まるで大気が軋みを上げているような音が聞こえる。



 机の上に置かれた紙を裏返すような。そんな感覚を皆味わった。



 無論、アジ・ダハーカも。彼は咄嗟にその頭部をクロスした両腕で守った。



「これが私の極技、 神戟(しんげき) 」



グゴッッッッッゥ


 無音、静寂の後に吹き荒れた静かな衝撃。空中の魔法は全てかき消され、視線の先に立つアジ・ダハーカは両腕を失っていた。


『グゥゥゥ…………!!』


 体から白煙を立ち上らせ、その巨体がついに膝をつく。これが『月脚《アルテミス》』の持つ浄化の極致、浄滅(・・)。相対した者の存在抹消、さらに存在世界の消去である。黒い線を白で塗り潰すように、相手の周囲まるごと浄化の魔力で上書きする。それが詩恋の「神戟」。対魔専用の必殺技であった。


「……うっ!」


 無論、そのような絶技を代償なしに放てるものではない。詩恋の体の魔力は既に底をつきかていた。視界が霞み、足元がおぼつかなくなる。特に「神戟」を放った右足は『月脚《アルテミス》』も壊れ、裂傷がいくつもある。「神戟」を放つ際に光速へと至った際の負荷によるものだ。


『オノレ、オノレオノレオノレ!マタシテモワタシノ邪魔ヲスルカ!』


 怒り心頭のアジ・ダハーカは無くなった両腕の代わりに頭部から魔法を吐き出そうとする。詩恋は残る力を使って、左足を地面に叩きつけた。


 カッッ!


 地面が発光し、空間を白く染める。そこには浄化の力はなかった。


『コノヨウナ目眩マシデ……!』


 そう。この行為はただの目眩まし。詩恋は自分の魂装ではアジ・ダハーカを構成する核、魔核を打ち壊せはしないと判断した。故に「神戟」もこの閃光も、すべて


「お疲れ様、アジ・ダハーカ。僕と踊ってくれて」


 満身創痍の体で、しかしアジ・ダハーカへ詩恋は笑って見せる。アジ・ダハーカはそこでようやく気づいた。詩恋の背後で練られていた膨大な魔力、殺気を。


「僕は囮。あとは……本物の神殺しに任せますよ、アリアさん」

「承知いたしました。既に狙いは定まっております」


 神を縛る鎖が幾重にも巻き付き、やがて一本の槍と化す。アジ・ダハーカと同等の大きさを持つ巨槍。その名を、


「『神枷《グレイプニル》』集合形態、グングニル」


 アリアが腕を下に下ろした。


「射出」


 ボッ


 凄まじい速度で撃ち出されたグングニルはまっすぐにアジ・ダハーカめがけて突っ込んでいく。アジ・ダハーカは咄嗟にも関わらず、十、五十、百と防壁を生み出す。だが、


『止マラン、ダト!?』


 生み出されるスピードよりもそれを砕き、突き進む方が速い。アリアはクスリと笑う。そう、彼女は言っていた。魔術抵抗が異常に高い、と。


『グゥゥ!』


 ついに防壁をすべて突破したグングニルは、次の防壁を準備していたアジ・ダハーカへと突き刺さった。


 グシャッ、グッッ


 しかしそこで止まりはしない。


『グッ、ガハッ……』


 苦悶の声をあげるアジ・ダハーカに構わずグングニルは魔核、つまり心臓を目指し体内へ抉りこむ。そして、


 ブシャァァァァァァァァァ


 背中まで貫通し、傷口から大量の鮮血が噴き出す。


『ワ、タシハ……マタシテモ……申シ訳アリマセン……我ガ主……次コソハ、上手くやってみせますので』


 蛇の頭部が人の時のものへと変わり、


 ドオオオオォォォン


 巨体が一気に爆散した。体内に残っていた魔力が炎となり、辺りを火の海にする。



 千魔王はついにその身を散らし、詩恋達は勝利した。いくつかの疑問を残して。


一章、ついにおしまいです!二章ではもっと根本的なところ、解読師とは何か?解読師達の目的は?みたいなところを語れたらいいなと思います。

もちろん、欠番となっている解読師もやってきます。お楽しみに!

それではエピローグで。


次の投稿は11/1を予定しています。


※10/18 誤字の訂正をしました。

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