だって、本当なんて伝えられない
次は…次こそはギャグを…。
風呂を出て、彼が用意してくれたのであろうパステルカラーのパジャマに着替える。
少女達がリビングに戻ると、そこにはテーブルに様々な料理を並べ終えた青年の姿。
彼は自分達を一瞥して。
「 案外早かったな。まぁ食べろよ。冷めるぞ。 」
青年がヒョイっと人差し指を回すと、途端に水を含んでいた髪が乾く。
「 魔術…。この料理も、魔術で作ったんですか? 」
席について、蒼の少女が青年に問う。
彼は並んで座る少女達の前の席について。
「 いや?やっぱり料理は手で作った方が美味しいからな。 」
そう言うと、ご飯を食べ始めた。その様子に慌てて少女達も料理を口に運ぶ。
黙々と。
淡々と。
料理は美味しかった。
それはもう、文句のつけようもなく。
それでも途中から、味がしなくなった。
喉を通るご飯が苦しくて。
「 泣きたい時は泣けよ。ここに止める奴は誰もいない。 」
前から聞こえた声に、初めて自分が泣いているのだと気付かされた。
大粒の涙を流しながらご飯を食べる三人の少女達を、青年はただ黙って見つめる。
満足に食べさせてもらえなかったであろう三人の幼い少女達。
そんな生活は終わったのだと。
響くのは食器が当たる音。それは彼女達が皿の中にあった料理を食べ終えるまで鳴り続いた。
「 んじゃ、まずは自己紹介からいこうか。 」
空になった皿を満足げに下げて、再び席についた彼が言う。
「これから一緒に暮らすんだ。名前を知っておかないとな。 」
名前ーーその言葉に、首をかしげる。
「 え!?一緒に暮らすの⁉︎ 」
「それはそれは…これからよろしくお願いします。 」
「 名前って何ですか? 」
桃色の少女が叫んで、紫の少女が悪戯げに頭を下げて、蒼の少女が尋ねた。
「 あー。一緒に暮らす云々のことはこの国の女王に言え。俺も被害者だっつーの。名前っていうのは、生まれた時に親に貰う…個人を表す固定名称?みたいなもんだ。 無くてもいいが…まぁあった方が便利だな。 」
肩をすくめていう彼に
「 ……私達に、名前なんてないわよ。 」
桃色の少女が目を伏せる。
名前が無くても、話す相手はお互いしかいなかったから。
狭い牢で、お互いの呼び名なんていらなかったから。
その存在すら、誰も教えてくれなかったから。
「 ………ください。 」
「 ん? 」
「 私達に、名前をください。 」
絞り出したような、いつもは口数が少ない蒼の少女の懇願。
初めて目にしたそれに、桃色の少女と紫の少女が目を見開く。
「 俺でいいのか? 」
「 はい。 」
「 お前らは? 」
紅の瞳が、桃色と紫を射抜く。
「 私にも頂戴。普通に生きてたら貰えないものが、どうして私達には無いの?不公平だわ。 」
視線を平然と見返して、桃色の少女が不満げに言う。
「 では私も。何事にも、私達は一蓮托生ですからね。 」
クスッと笑う紫の少女。
三人をその紅に写して、青年が口を開く。
「 んじゃ遠慮なく…。まずはお前。 」
青年の視線が、言い出した蒼の少女に向けられる。
「 お前は今日からノアだ。」
「……ノア。ありがとうございます! 」
はにかんだ笑顔を浮かべ、何度も名前を口ずさむ蒼の少女ーーノア。それを目の端に捉えて、今度は紫の少女に。
「 お前は…ルティル。 」
「 ルティル…いい名前を、ありがとうございます。 」
紫の少女ーールティル。静かな態度はそのままに、だが青年からもらった名を呟く声は、確かに弾んでいる。
「 んで、お前。 」
そして最後に、傍目からでもわかるほど緊張している桃色の少女に目を向ける。
「 お前は…そうだな…リフィリアだ。 」
「リフィリア…ま、まぁいい名前なんじゃない? 」
「 …お前って結構素直じゃ無いよな。 」
「 なっ!」
「まぁいいけどよ。 」
その百面相がおかしくて、青年は我慢できずにクスクスと笑う。
「 じ、じゃぁ今度はあなたの番よ!あなたの名前を教えて頂戴! 」
顔を赤らめて、桃色の少女ーーリフィリアが問う。
それに青年は、笑みを止めて
「 ーー俺は女王の懐刀。ククロック王国執行人の『アリス』だ。よろしくな? 」
青年ーー『アリス』…否。ハンスは、椅子の背にもたれて、まるで息をするように、最初の嘘を吐いたのだった。