残酷な世界で、それでも。
ギャグ……になる……はず…。
「 子供を拾いました。どうしたらいいでしょうか。 」
「 聞きたいことは山ほどあるけれど、帰ってきたらまず変幻をときなさい。ハンス。 」
「子供抱えてるんですけど。」
「 そこのソファーに寝かせればいいわ。 」
「 ……はい。 」
言われた通り、眠っている少女達を横たわらせて術を解く。
一瞬青年の体が、緑色の光に包まれる。
その輝きが去った後、そこにいたのは青年ではなかった。
大きな深紅の瞳と、六歳の子供特有の幼い身体。そして艶やかな赤髪は闇の花のような黒髪に。
ソフアーで座っている少女達と同じ年齢の少年。
「 ………えーっと、どうして拾ったのか、聞いてもいいかしら? 」
ーー神秘の力が根付くこの世界で、魔導大帝国と称される王国、ククロック。
そこに君臨するのは、穏やかな、優しい女王。だが真紅に染まるその髪が、彼女がただ優しいだけではないと主張する。
強く、優しく、気品に溢れた女王陛下。
そう民に慕われる彼女は、先程自身の執務室に入ってきた青年ーー否。少年と、ソファーに寝かせられた三人のの少女達に目を向けた。
質問を質問で返された少年は、少し不満そうにして答える。
「 今日の任務、子どもを人身売買している村を焼灼するーーだったんすけど…。 」
「 そうね。そう命令したわ。 」
村全体で行なっていた、憎むべき商売。
それを知った自分は、目の前の少年に焼くよう命じた。
「 でもあの村がしていたことは、それだけじゃなかったんです。」
「 ーーどういうこと? 」
問うと、手の中にある少女達に瞳を落として。
「こいつらは監禁されていました。恐らく長期にわたって。それもただ、髪の色が白いからというだけで。」
冷静で、それでいて諦めを含んだ声に、ハッと目を見開き、再び少女達に目を向ける。
ーー恐ろしいほどの、純白。
神秘が根付くこの世界で、最弱を表すその白髪は、それだけで蔑みの対象になる。
女王はその事を誰よりもよく知っているだろう目の前の少年に、視線を戻した。
「 ……見捨てられなかったんです。 」
その一言だけで、分かってしまう。
なぜなら彼も、この残酷な世界の被害者だから。
彼の髪色は黒。
自分の真紅の髪よりもーーどの魔術師達よりも強く、孤高の存在として知られる最強の髪色。
もはや化け物と同意のそれ。
それ故に、白髪の少女達のように蔑まれることは無いけれど。
畏怖され、崇められ、恐怖され、煽てられ。
その強さ故に、たくさんの人に狙われて。
その強さ故に、縋れるものは誰もいなくて。
自分が彼を見つけた時、その瞳には、もう何も映っていなかった。
一年かけてやっと、彼の信用を得て、笑顔や悪態を見れるようになったのだけれど。
「 そう…。 」
「 ーーというわけで、こいつらをよろしくお願いします。 」
そう言った少年を見て、頭の中で一つのアイデアが浮かぶ。
白と黒。
相対する色。
決して交わることのない二つ。
だからこそ、混ぜてみてもいいかもしれない。
女王はゆるりと、慈愛に満ちた笑みを作って。
「 貴方が、面倒を見なさい。 」
「 ………は? 」
言われた言葉に、少年はぽかんと女王を見る。
「 それが良いわ。貴方が拾ってきたんですもの。 」
「 いや、あの…。 」
「 あら、何か不満なの? 」
「 不満っつーか俺こいつらと同い年…。 」
「 大丈夫。生活金諸々は国が負担しますから。 」
「 それ職権乱用…。 」
「 いいわね? 」
何も言わせない。それこそ肩書きに恥じぬ微笑み。
「 ……御意。 」
「 それで、俺はどっちの俺としてこいつらを育てればいいんですか? 」
「 どちらでもいいわ。ハンスとしても、アリスとしても、ね。 」
女王の言葉に、くつりと少年ーーハンスは笑う。
「 冗談ですよ。この世界にハンスなんて、もういないじゃないですか。 」
自嘲も何もかたどらない。
ただ模範的な笑顔を見せたハンスに言葉が詰まる。
それを一瞥して、もう一度自身に魔術をかける。本来の自分よりも広い腕に少女達を抱き上げて
「 それでは、執行人アリスとして、こいつらの面倒を見ます。ーーあぁ、任務は通常通り入れてくれて構いませんから。 」
勝手に休むと、あいつが怒りそうですしね。
と、今は長期任務に出ていない相棒を思い出す。
「 分かったわ。ーーねぇハンス。 」
礼をして部屋を出て行こうとする彼を引き止める。
「 貴方、その子達に自分の正体を明かさないつもりなの? 」
「 ーー明かさないほうがいいでしょう。俺の身体は、いつ壊れるかわからないんですから。 」
それは確実に起きる未来。
彼の体には、魔術ですら太刀打ちできない病魔が深く根を張り巣作っている。
「 なら、やっぱり任務の事は気にしないでーー 。」
「 いいんだよ。 」
女王の言葉を遮って、ハンスは敬語を剥ぎ取り笑う。
それは女王が二年かけて見れた、彼の本当の笑顔。でもーー。
「 それがあんたが俺にくれた、たった一つの存在意義なんだから。 」
続いた言葉は残酷で。
黙り込んだ彼女に、今度こそ頭を下げて、ハンスは執務室を後にした。
静まりかえった執務室で、女王は顔を歪める。
二年前。彼は親に捨てられていた。
ボロボロで、一体どれくらい酷い仕打ちを受けたのだろうと思うほど空っぽな瞳は、そのままだと死んでしまいそうで。
だから与えた。生きる理由を。
愛を失ったばかりの彼に、愛を与えても拒絶するから。
彼が納得する存在理由。それが女王の懐刀兼執行人『アリス』という地位だった。
あの時の自分には、それしか彼に出来ることができなくて。
だから託した。
彼と同い年の、同じ仕打ちを受けた三人の少女。
彼が生きられるのは、後少ししかないから。
それまでに、彼が生きれる理由を。
懐刀、執行人。そんなんじゃなくて。
陽の光を浴びて、本当の姿ーーハンスとして、どうか。
青銀の月が外をほのかに照らす中、女王の祈りが、人知れず消えていった。