心が読める少女の強さはそんなものじゃなくて
寝ころんで、広がる青空を見上げる。夏に近づく気候は、暖かい光と涼やかな風を運び、昼寝にはもってこいだ。だから
「 お前も昼寝に来たのか?エナ。」
そう言って、忍足のままこちらへ向かおうとしたクラスメイトの少女に声をかける。
エナは「 あーん。もう少しだったのにぃ。」と地団駄を踏んだ。伸ばしていた手からおそらくなんらかの方法で自分を驚かそうとしていたのだと予想をつける。
「 寝込みを襲うつもりだったのか。随分とお転婆だな。 」
「 分かってたなら、寝たふりを続けてくれればよかったのに。 」
その言葉とは裏腹に、対して悔しそうな顔をせず彼女はハンスの隣に座り込む。
向日葵のような、快活な笑顔で青空を見上げるエナは、今が楽しくて仕方ないとその水色の瞳をキラキラ輝かせていた。無邪気なそれが、養い子に被って見えて。だからハンスは、それが崩れないようふっと薄く笑って言う。
「 こんなところでサボっていいのか?フランジールのお嬢様。 」
ハッと空を見上げていたエナがハンスの方を向く。しかしすぐ、その言葉に咎めはないと解り、へへっと頰をかいた。
エナ・フランジール。
ハンスは頭の中で、自分が護衛しなければならない子供達のリストの中に、彼女がいたことを思い出す。
フランジール家といえば、割と大きな貴族の一族だ。代々受け継がれてきた、若草に似たライトグリーンの髪はエナにおいても例外ではなく、太陽の光を浴びて柔らかく輝いている。
「 んー。実はね、アリスくんに用があるの。 」
「 俺に? 」
まぁ、サボりには変わらないんだけどね。とエナは笑う。
それに聞き返すと、こてんと首を傾げて彼女は思い切りの良さでもって切りだした。
「 うん。どうしてアリスくんの心は読めないのかなーって。 」
きらきらと、水色の瞳がハンスを映す。
エナは身を乗り出して、寝転んでるハンスの顔の両横に手をついた。彼女の長い若草髪が、ハンスの頭を囲い檻を作る。柔らかい薔薇の香りが広がるその檻で、ハンスは動じることなく澄んだ紅色の瞳を返す。
「 心が読めるのか。 」
「 うん。自分で制御できないから、いろんな人の心がわかっちゃうんだけど。君のはなんでか読めないんだよね。 」
「 …別に、俺だけじゃないだろ。 」
言外に珍しくない。そういう奴もいると。
そう告げるハンスににっこりとエナは笑みを深める。
「 そうだね。心が読めないのはリフィリアちゃんにノアちゃんとルティルちゃん。 三人ともあなたと深い間柄でしょ? だからあなたが何かしてるんじゃないかと思って。 」
嘘を許さないキラリと光る瞳に、ハンスは心のうちで彼女の認識を改める。向日葵のような少女だが、それだけではないと。
「 別に俺は、心を簡単に読ませない術を教えてやっただけだけどな。 」
クレアからもらったリストには、エナの特殊能力ーーギフトの詳細も書かれていた。彼女がどんな人物かわからないため教えておいたのだが、杞憂だったかもしれない。
「 どうやってやったの?どんな魔法? 」
「 普通の護心呪文だ。低学年が習うようなな。 」
今自分が低学年なのを棚に上げて、ハンスは答える。だがその問いを、エナは嘘だと呟いた。
「 だって、そんな呪文はとうの昔に試しているわ。それでも、私には両親や周りの大人たちの心が聞こえてた。 」
詰問するような声色に、だがハンスはゆるりと笑う。
「 それは、そいつらの心が弱かったからさ。 」
「 心の強さの問題なの? 」
「 そうだ。お前のギフトが外から吸収する力なら、内側の鍵を頑丈にすればいいだけの話。それが出来ないのは、そいつらの心が未熟なせいだろうよ。 」
言い切ったハンスに、余裕を取り戻したエナが悪戯げに目を細める。
「 それがたとえ、フランジール家の総統でも? 」
だからハンスも、悪戯に笑って返した。
「 あぁ。それがたとえ、フランジール家の総統でもな。 」
途端、エナは吹き出し、身体を起こして笑い出す。
可笑しくて仕方ないとくの字に曲がり笑うエナに、ハンスも上体を起こしてくくっと笑った。
その笑い声達を、校舎に響き渡るチャイムが打ち消す。
エナは立ち上がり、んーと伸びをした。
「 よっし。そろそろ行くね。ありがとう!」
「 おう。 …そういえば、あのお前にひっついてる従者はどうした。 」
いつも彼女の後ろに控えている、表情が動かない金色の髪を後ろに結わいた少年。
それを思い出したように問いかけるハンスに、エナは初めて、少し怒ったように反論した。
「 ちーがーいーまーす!!カーラは私の従者じゃなくて、友達!!親友なの!! 今日は休み! 」
「 そうか。悪かったな。 」
「 うん!分かればよろしい! 」
ぷくっと膨れた頰を戻して、笑うとエナは扉の前に立つ。
それから前にでかかった足を戻して、くるっとハンスに向き合った。
何か言いたそうな顔に、立ち上がって裾をはたいていたハンスは首を傾げた。
「 ていうか、驚かないんだ。私のギフト。 」
そうエナは拍子抜けしたように言う。
「 今更だな。 」
「 うん。今更。でもなんでかなって。そういう術を教えたってことは、あなたは私の力を知ってたんでしょ?だけど、貴方から怯えや警戒は感じなかった。 」
強い力をーー赤髪を持っているからだけじゃない。だって、自分より強い魔法使いが、自分を畏怖の目で見ていたことを知っている。
「 別に、ギフト持ちなんて珍しくないだろ。 」
「 でも、私はその中でも異例の精神系よ? 」
なおも言い募るエナに、ハンスはだからかと納得した。だからあの時。自分に覆いかぶさってきた時。横に立つ腕は小刻みに震えていたのだと。
心の中がわかる少女。彼女が周りからどんな扱いを受けているのか、想像するに難しくない。拒絶や畏怖されるということが、澄んだ水色の瞳に陰を落とす。
それでもあんな、まるで向日葵のような雰囲気を出せるのは、彼女の強さの賜物なのだろうけど。
「 それでもお前は、その力を悪用したりしないだろ。だったら、怯える必要なんてない。 」
生憎、自分の心は自分で守れるんでなとハンスは言う。
「 それに…。 」
「 それに? 」
「 …お前なら、あいつらの友達になってくれるんじゃねぇかなって。 」
ボソボソと付け加えたそれは、先程までの余裕綽々な彼からは想像できたないほど弱々しくて。
エナは目を丸くして、だが次第に微笑んだ。
目の前の彼は、本当に三人のことを大切に思っている。入学当初から感じたその愛は、とどまることを知らないみたいだ。
力がなくても、その愛は目に見えるようにわかる。だからエナは、先生を気取ってふふっと笑った。
「 違うよアリスくん。友達はお願いされてなるもんじゃなくて、自然となるものなんだから。 」
それに、今度はハンスが目を丸くする。
しかしやがて「 違いないな。 」と苦笑した。




