苦労人第一号登場です
「毎度毎度…授業中に寝るなぁぁあ!!! 」
ハンス達が入学してから半月。教室に響き渡る怒号に、生徒たちがまただよと机に突っ伏している少年に目を向ける。
コツンと飛んできたチョークを頭に受けた少年、ハンスはふわぁと大きく伸びをして、また机を枕がわりにし始めた。
いまにも刃が飛んできそうなほどの睨みと、心配げな三対の瞳は無視である。
いっそ清清しい姿に、教師は諦めたように肩をすくめ、再度黒板へと向かう。
その哀愁漂う姿を生徒たちは同情の思いでもって見つめていた。
他の教師はすでに、ハンスの居眠りを黙認している。何度起こしても眠りだす彼のことは、真面目に向き合ったら損だと認識されたらしい。
この魔法暦学の教師、フィルだけは、未だに諦めていないようだが。
授業が再開される中、クレアは眠り続けるハンスと、それを心配そうに見つめるリフィリアたちを視中に収める。
( まぁ、例のごとく任務のせいで寝不足だよな )
おそらく睡眠時間は二時間とちょっと。
どれだけ自分や女王が休めと言っても変わらないペースで任務を受けていくハンスに、クレアは自然とため息をついた。
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「 アリスー行くよー 」
気持ちよく眠っている彼を起こすのは忍びないが、次の授業は移動のため教材を片手にリフィリア達はハンスを急かした。
「 おー 」と伸びをして席を立ったハンスが、眠い目をこすってドアの前で待つ四人の元へ歩く。
生徒が賑わう長い廊下を歩くリフィリア達の後ろを歩いていると、耳に飛び込んでくるバサッと何か落ちた音。そして「 やっべ… 」という聞き覚えのある声。
「 ……。 」
振り向き、誰もいないそこを睨みつける。
立ち止まったハンスにリフィリア達は首を傾げた。唯一物知りげなクレアに視線をよこし
「 先に行っててくれ。 」
「 りょーかい。」
「 え?アリス授業は? 」
「 あー…サボる。 」
「 えぇ!? 」
「 ほどほどにね。 」
「余計なお世話だ。 」
そう悪態を吐くハンスにどこ吹く風で、クレアは未だ不思議そうな顔をしているリフィリア達と一緒に教室の方へと歩いて行った。
「 ……さて。 」
四人の姿が見えないことを確認して、ハンスは来た道を戻り始める。角を曲がって、そこで小さく隠れている教師に一言。
「 そういやお前、表は教師だったなぁ。 」
にやりと、笑い見上げた先には、薄黄色の髪の美青年。冷や汗をだらだらと流し信じられないものを見るように薄桃色の瞳を丸くした彼は、震える声でハンスに問う。
「 なんっっでここにアリスさんがいるんですか???? 」
「 久し振りだな?アグ。いや…アグリア先生? 」
ふっと微笑むハンスに、教師兼暗部であるアグリアは背筋を震わせ「 やめてください! 」と声を出す。
それと同時に鳴り響く、授業開始の合図。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った廊下では、生徒に気圧される教師という図が完成していた。
「 それで、そんなに分かりやすいか。俺の変装は。 」
やはり髪色を変えただけでは駄目だったかと零すハンスに、アグリアは違いますよと首を振った。
「 そもそもアリスさんの顔を知っている人の方が少ないじゃないですか。この学園は俺以外には裏の人間はいませんし、心配ないと思いますよ? 」
女王の懐刀であるアリスの情報は限りなく少ない。
国外に出回っている事実は黒髪であることしかないし、ククロックの暗部であっても、関わらない限り顔を知ることはない。
表の人間達は「アリス」という名前は知っているだろうが、それだけだ。黒髪ということすら知らないだろう。
ふむ…杞憂だったかと思案するハンスの横で、そもそも隠す気なんてないでしょとアグリアは思う。
何故なら、本気で変装するなら「アリス」なんて名前は使わないわけで…。
そこまで考えて、はた、とアグリアは気づく。
「 まさか、アリスさんと同じクラスのクレアって…。 」
「 あぁ。あいつだ。 」
あっさりと返答するハンスに、とうとうアグリアが膝から崩れ落ちた。
小声で器用に悲鳴をあげる。
「 ぁぁぁこの二人がいて良かった試しがないんですよぉぉお!!! 」
「 おうおう。ずいぶんな言い草だな。喧嘩なら買うぞ? 」
「 お願いですから!校舎全壊とかやめてくださいね!?半壊も駄目ですよ!?何事も穏便にお願いしますね!!? 」
暗部処理班として、彼らの任務の後始末をすることも少なくない…というか、目の前の最強の人に気に入られてからそればっかなアグリアは、万感の思いでもって懇願する。
それを「 あーはいはい。 」と適当にあしらい、そういえばと最近何かとうるさい教師の名を口にした。
「 フィル先生…だっけか。あれ、いつもあんなんなのか? 」
「 ?あんなんってなんですか? 」
「 根気強く問題児に向き合う。 」
「 あー。いい先生ですよね。フィル先生は俺の二年先輩で、そういうところ尊敬してるんです。 」
まぁ、アリスさんからしてみたら鬱陶しいですかね?と苦笑するアグリアに、まるで俺が問題児だって決めつけてるみたいじゃねーかと返す。
「 いや、だって真面目に授業受けてるアリスさんとか…ぶっちゃけ軽くホラーですよ…ッデ!!! 」
「 ……まぁ、教師としては及第点だな。 」
ぶるっと震えるふりをするアグリアの足を踏みつけた後、ハンスはぼそりと呟いた。
それに痛みで涙ぐむアグリアが足を抱えながら首を傾げる。
「 ていうか俺、まだ質問に答えてもらってないんですけど。 」
「 あ?…あー。 」
問いとは、どうしてここにいるのか、だったか。
「 どうして子供の姿に変幻してまで、ここにいるんですか? 」
まさかこの十歳の姿が、本当の姿だとは思ってもいないだろう後輩に苦笑する。
そしてアグリアを背に歩き出す。向かう先は立ち入り禁止の屋上。
それを止めるべき教師は、すでに達観したような顔でこちらを見ている。
肩越しに振り返ってその問いに答えた。
「 まず第一に今年入ってきた貴族達の護衛。あとは…。 」
妖しく笑うハンスに、アグリアの頭の中で彼らに苦労させられて鍛えられた第六感が警報を鳴らしている。
「 学園調査。及び独断と偏見による教育員の評価採点だ。 」




