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六年越しの勘違いを訂正するとしよう

「 なんだ?さっきから視線がうるさいんだが。 」


入学式を終えて、帰路についていたハンスは、何か言いたげに、しかしそれを音にせず口の開け閉めを繰り返すリフィリア達に振り向いた。

うんざりしたように首を傾げたハンスに、しどろもどろに慌て始める。

やがて意を決したような深刻な顔色で、リフィリアが切り出した。


「 リリーシャに言ってたことって、ほんと? 」


同情ではないのかと、そうあけすけに聞けないのは怖いからだ。

だから言葉を濁して、縋るようにハンスを見る。


六年だ。ハンスがリフィリア達を拾って、六年が経った。

リフィリア達はハンスが、とても強くて、とても優しい人だと知っている。

自分達を育てる理由が、女王からの命令だからではないと、リフィリア達は分かっている。

彼が本当に嫌なら、最高権力者の命だとしても、意味をなさないだろうから。

だからそう、同情心でも構わなかった。

深紅の髪を持つ彼にとって、最弱の自分達は庇護する対象なのだと。

彼がリリーシャに殺意塗れの言葉を放つまで、彼が自分達を育てているのは同情や、そういう類のものだと思ってきたから。

だからあの時、心底驚愕した。

なら何故、彼は自分達と共に居るんだろうと。


ゆらゆらと瞳を揺らしながら、見つめてくるリフィリア達に、ハンスは何かを察したようだった。

俯き、長く長く溜息を吐く。

この六年、彼女達は大きな勘違いをしていたらしい。

その勘違いの原因の一端には、自分のそっけなく乱暴な態度もあるのだろうと、ハンスは心の中で自分を齧る。

再び顔を上げたハンスに、リフィリア達は息を飲んだ。

その深紅の瞳には、時たま現れる慈愛の色が浮かんでいたから。

ハンスが緩く笑い、養い子に勘違いの終止符を突きつけようと口を開く。


「 もし、お前らに同情してるなら、俺はお前らを育てたりなんかしない。 」


難しい立場の自分より、普通の、白髪に偏見がない家に養子として出した方が、リフィリア達にとって良い生活ができるに決まってる。

彼女達の幸せを思うなら、未来の道を思うなら、その方が断然に良いのだ。


それでもそうしなかったのは、


「 そうしなかったのは、俺がお前らと一緒に居たかったからだ。 」


その言葉に、リフィリア達は溢れそうなほど目を丸くする。

ハンスは照れたようでも無く淡々と、やはり緩く笑いながら言葉を紡ぐ。

それは見たことがない。自身のことを語ろうとする姿だった。


朝、起こしにくるその声が心地よくなったこと。

一緒に食べるご飯が、一人よりずっと美味しかったこと。

ひたむきに強くなろうとするその姿が、眩しすぎて目が焼かれそうになったこと。

不幸なんてまるでなかったかのように笑う強さに、心が打ち震えたこと。

三人を幸せにしようと思ったこと。

他ならない自分が、三人を幸せにしようと思ったこと。


リフィリア達といるのが、終わりが来るのが怖くなるくらい、楽しいこと。


「 だからまぁ、俺がお前らといる理由は、同情とかそんな綺麗なもんじゃねぇ。勝手な勘違いすんな。 」


ふんっと、さっきの微笑みはどこへやら、拗ねたようにそっぽを向いて、ハンスは家への道を歩き出した。

その背を、ポロポロと大粒の涙を流してリフィリア達は見つめる。

ひっく、としゃっくりをあげ静かに泣く三人は、それが悲しさからではないと理解していた。

それでも、初めての感覚に思考が追いつかない。


「 な、んで。嬉しいのに…涙が止まらないっ… 」


溢れだす雫を手で拭いながら、ノアが言う。

あの時、ハンスの手料理を食べた時に涙した、安堵感とは違う。

初めて流す涙の種類に、リフィリア達は戸惑った。


だって、同情だと思っていた。

それはとても悲しいけれど、それでも彼が自分達を手元に置いてくれるのなら、それは贅沢な悩みなのだと、自分を罰して止まなかった。

でもそれは、他ならないハンス自身によって覆された。


一緒に居たいから、いるのだと。


告げられたそれは、養い親が普段見せない大量の愛は、リフィリア達の心を癒し、涙となって溢れていく。


次から流れる涙を乱暴に拭い、リフィリア達は小走りでハンスの後を追う。

そして腕に、ぎゅーっと抱きつく。

声にならない喜びを、その全てで伝えるように。

少年の姿になっているその腕は、いつもよりも華奢で細い。

ハンスは驚いたように目をぱちくりとさせたが、やがて二度目のため息を吐いた。しかしてそれは呆れでは無く、優しい吐息。


「 おら、勘違いシスターズ。帰るぞ。 」


「 うん! 」


綺麗にハモる三人の声に笑いながら、ハンスはひっそり、心の中で懺悔した。

その相手は夢で見るあの少女に対してでもあったし、抱きついてくるリフィリア達に対してでもあった。


近い将来、自分がいなくなるのは確実なのに、三人のことを思うなら、離れた方がいいに決まっているのに。

自分では決して、この可愛い養い子達を幸せにしてやることなんてできないと知っていてなお、彼女達と一緒に居たいと喚く自分を。


化け物だと自覚していてなお、綺麗で優しい彼女達の側にいたいと叫ぶ浅はかな心を。


その思いを、夢で会う少女が嘲笑してるのがわかる。

丘を越えて彼方へ。

耳にこびりつくその歌を、ハンスは必死に聞き流した。


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