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一日三食は基本中の基本です

この家には地下室がある。

山のごとく積まれた分厚い本や、魔法陣や絵が書いてある羊皮紙が散乱するそこは、地下室といっても古びたものではなく、ハンスが趣味などに使っている研究室みたいなものだ。


ほのかに光るランプを唯一の灯として、それぞれ違う色の液体が入った四本の試験管を手に思考するハンスを眺めて、九歳になったリフィリアは肩をすくめた。


( こうなると、こもりっぱなしになるのよねぇ… )


現に後ろで立っている自分にも気づかない。

否。気づいていないわけではないのだろう。反応しないだけで。


( それはそれでむかつく… )


むむむとハンスを睨みつける。

その手には白いお皿に取り付けられたサンドイッチが三つ。

それは研究に没頭すると食事すら取らなくなる養い親のために、リフィリアが作ってきたものだった。

それを見て、「 よしっ。 」とどこへ向けるもわからない鼓舞をかけると


「 アリス!いい加減ご飯は食べなさい!一日三食は人間の基本よ!! 」


と恒例になりつつある言葉を叫んだのだった。

ぷんすこっと怒ってるリフィリアに、やっとアリスが振り向く。

そしてその紅い瞳をぱちくりして一言。


「 あぁ。もう一週間経ったのか。 」


「 そうね。あなたがこもりっぱなしになってもう一週間と二日たったわ。」


「 ……もう少し延長しても? 」


「 だめに決まってんでしょ? 」


にっこりと笑うリフィリアに、ふむっと机の上を見る。


「 まぁ、あらかた終わったしいっか。空中爆発の結果は得られたしな。 」


「 ……それで?このサンドイッチは食べてもらえるのかしら? 」


「 あぁ。ありがとな。 」


聞こえた不穏な言葉を無視して、サンドイッチをずいっと差し出す。

それに礼を言ってひとつ受け取るハンス。


「 まったく、お風呂に入ってるのが救いよね。 」


「 俺綺麗好きだから。 」


「 部屋の中を片付けたら、その言葉を聞き入れてあげてもいいけど? 」


「 はいはい。 」


一緒に住むに連れてだんだんと容赦がなくなってきた養い子に、軽く受け流しながら育て方間違えたっけなぁとぼやく。

しかしこのやり取りは結構気に入っているので、あながち間違っているとも言えないだろう。


サンドイッチを机に置いたリフィリアを見ながら、そういえばとハンスは口にする。


「 そういや俺、明日から二日任務で家あけっから。 」


「 アリスがククロックから出るなんて珍しいわね。 」


「 警備が手薄になるから、あまり入れてないんだけどな。今回は別だ。なにせあの解部の鬼才、ヘンゼルから直々の案件だからな。 」


それなりに無視できない事柄。だからこそ、任務達成率百パーセントの自分が選ばれたのだと。

しかし、リフィリアの関心は別のところにあるようで。


「 ……ねぇ、その任務ってランクはいくつ? 」


「 ?SSだな。」


SSランクーー難易度の中で最も困難な値を示すそれを、どうかしたかと言わんばかりに答えるハンス。

だが対するリフィリアから感じるのは明らかな怒気。

はて、何か怒らせるようなことでも言っただろうか。

わなわなと肩を怒らせるリフィリアに、それをハンスが問うよりも早く


「 そんな危険な任務を前に、一週間絶食と徹夜してんじゃないわよぉぉぉぉ!! 」


リフィリアのもっともな叫びが家中に響き渡ったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それが、二日前の出来事である。

指定された雪国で、ハンスは一人眼下にある施設を見下ろしていた。


( コートで来て良かったな…。 )


マフラーから漏れ出る白い息に思う。

先程まで降っていた雪はやみ、澄み渡った青空が上に広がっていた。


世界問題となっているテロ組織が作った、国一つをクレーターにできるほどの魔導兵器。

彼らがそれを携えて狙う次の標的が、ククロックである故に、女王はこの二つの残滅をハンスに命じた。


情報収集と、その証拠の提示。

それを行い上に提出したのがついさっき。

指示が降るまでテロ組織のアジトである施設を見張っていようと、葉の落ちた木に腰掛ける。


ハンスが携帯食料である麦パンを取り出して食べていると、ブゥンと半透明に透けた、本国からの通信ボードが目の前に現れた。


『 こちらククロック解部室長、ヘンゼル。応答を。 』


聞こえてきたのは、若い男の声。

その先にいるのは、自身をこの任務に指名した張本人。


「 こちら執行人アリス。ーーなるほど、通りで早いわけだ。 」


ーー普通、他国の土地を任務地にするには、それ相応の手続きがいる。

一般的には、情報収集してから証拠を提示。そしてその国のトップに掛け合うのに早くて一週間は必要になる。

加えてこの国、サルザーナは、北端を担うだけあってそこら辺の話は厳重だ。

それをたった数分で可能にしたのはひとえに、鬼才ヘンゼルの知略のお陰だろう。


「 んで、指示は? 」


『 任務通り、残滅を。周囲一帯に一般住民がいないことは確認しました。 』


「 了解。 」


短く返すと、ピッという音とともにボードが消える。


「 さーて。働くか。 」


うーんと伸びをして、ハンスは腰掛けていた木を蹴った。


「 貴様!何者だ!! 」


とんっと施設の入り口に着地すると、早速見張りの男達が声を張り上げこちらに向かってきた。

しかしてハンスが己を名乗る前に、男達はその正体に気づく。

それは白銀の世界であってなお映える黒髪のため。


「 ーーまさか!!? 」


「 そのまさかだ。 」


「 ーーがっ!! 」


ハンスがそう答えると瞬時、一人の男の首が飛ぶ。

周りにいた男達ーー否。魔術師達は凍りつき、だが一人、また一人と攻撃魔術を展開していく。


「 なぜ作戦がバレた!!! 」


「 そんなこと今はどうでもいい!相手は死神(アリス)だ!!最大火力でぶっとばせ!! 」


その声に呼応するように、放たれるのは炎や岩など殺意の高いものばかり。

だが、放たれたものは一様にして、ハンスの間近で消え失せる。


「 なんっ!! 」


「 ーー黒の世界かっっ!! 」


「 ご明察。んじゃあ、次はこっちからいくぜ。 」


ーー黒の世界。ハンスの意思で展開されるそれは、黒髪が最強たる所以。彼の前では、全ての神秘がちりとなる。


「 ーー圧。 」


攻撃の宣言に身構えた魔術師達に告げられたのは、そんな短い一言だった。

しかしてその瞬間、魔術師達の体に骨が軋むような重力がのしかかり、地に伏せる。


「 かはっ……。 」


漏れるのはそう、声にならない吐息である。

他の者達も同様か。自身を地にのめり込ませた黒髪の男を、怨嗟の瞳で睨みつけている。


ハンスがそれを無視して施設の中へ入ろうとした、その時だった。


ーー施設が音を立てて崩れ、中から巨大な砲台が現れたのは。


「 ふははは!!残念だったな死神。我々の勝利だ!! 」


声高らかに叫ぶ。

中から現れたものが、たとえ黒の世界を持っていたとしても防げまいと、そう確信するが故に。

そう、出てきたのは、件の魔導兵器ゲノバーム。


「 貴様の世界にも限界はあるだろう!これはそれを打ち破るものだ!!! 」


勝ち誇った言葉はとともに、キュイイイと砲台の口に光が集まる。

標的はハンスただ一人。

ただ一人だが、砲台を使うにふさわしい相手。


「 撃てぇぇぇえ!!! 」


刹那。白く輝く炎の光が、至近距離からハンスに放たれた。

眩く光る神秘の炎は、周囲にいた魔術師達も巻き込んでいく。


「 ……やったか!? 」


その言葉に答えたのは、声ではなかった。焼け野原になったそこに。

確かに炎に飲み込まれた男が、そこに立っていた故に。

返答など、それで十分だったのだ。


「 化け物か…貴様…。 」


震える声でつぶやく。

それにふっと笑って、ハンスは宙に浮かんだ。

それはさながら、愚者に罰を下す死神のよう。

その姿を、魔術師達は見上げることしかできない。


そして、ハンスは口を開く。静まり返るそこに響くのは、真詠唱。


「 紅く紅く燃ゆる火よ。薪をくべ。業を煮やして稼働せよ。 」


ハンスの言葉と共に、彼の背後に沢山の魔法陣が展開される。

それはゼンマイが掛け合う如く、空全体に敷き詰められていく。


「 な、んだと…?ゲノバームよりも倍…しかも炎?いや…化学法則…まさか、重工もか…!? 」


「 そんな…ありえない 。一気に三つの術式を乗法するなんて……。 」


呆然と、そんな否定の言葉を魔術師達は呟いた。

しかしてそう、魔術師達は遅くに気づく。

自分達は、何かとんでもない思い違いをしていたのではないか?と。

黒髪に弱点などなく。

黒髪に限界などなく。

黒髪は、人の皮を被った、正真正銘の化け物なのではないか?と。


防御展開すらもできないほど脱力した彼らに答えるように、続くのは最後の詠唱。深淵を湛えた真紅の瞳が、冷徹な視線を投げてよこす。


「 焔展開。第十三番砲台連続爆撃ハイハールリベーシブル。 」


詠唱の終わりと共に、降り注ぐのは爆撃の嵐。地面に打ち付けられた炎弾が、着火しあたりを火の海へと変えていく。

悲鳴などかき消すほどの爆音が響き渡り、爆煙の中で四肢が飛び交う。

建物も人も同等に、塵も残らずに焼けていく。


「 我が国に仇なす者、女王に仇なす者よ。総じて、見に余る行為だったと知れ。 」


ーー執行人が一人、アリスが残滅を遂行する。


そんな中で、魔術師達が聞いたのはそう、無機質で冷徹な死神の一声だった。

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