病院
小さい頃、某猫型ロボットの信者だった僕は、某猫型ロボットが押入れで寝る事を知り、真似した。
真似といっても実際に押入れで寝るのではなく、ただ単に押入れに入ってじっとするだけ。
「どこでもスライド式door」と呟きながら、和風なテイストのスライド式ドアを開ければ、現世(部屋)とはまた違った異世界(押入れの中)に、簡単に入る事ができるのが楽しかった。
普通の遊びではない、ちょっとした背徳感のある遊び。
そんな考えがあったからか、明かりのない押入れの中でも、不思議と恐怖はなかった。
後日、イタズラが過ぎて親から押入れに閉じ込められた時、異世界(押入れの中)は牙を剥き始めた。
恐怖だった。あんなに優しかった押入れの中の暗闇が、どうしようもなく怖いのだ。
遊んでいた時に感じた背徳感や、未知のものを開拓していくワクワク感など、一ミリもなかった。
ただ単に、『いつ出られるのかわからない暗く狭い場所』に嫌悪感を抱き、そんな所で毎日眠っている某猫型ロボットの神経を疑った。
しかし、それは仕方のない事なのだ。
『罰』として、強制的に押入れに閉じ込められていたのだから。
自分から閉じこもるのと、他人から閉じ込められるのでは全く意味合いが異なる。
つまり、自分の意思に反して、出口の閉ざされた未知の空間に放り込まれると、人は恐怖を抱くのだ。
話を戻そう。
ーーガチャガチャガチャガチャ
開かない。ドアノブをいくら回そうとも、病院のドアは開かなかった。
閉じ込められた? 何故? 僕は何か悪い事をしたのだろうか。
思いつく悪い事と言えば、この病院の事をひたすらディスり倒していた気がしないでもない。
いや、あれやこれやと難癖を付けては、散々ディスり散らかしていたじゃないか。
もう四方八方、目に映るもの全てをディスり狂ってしまいました。
すいません。反省してます。
しかし、それは愛情の裏返しというもので、今風に言えばツンデレのようなものだ。なのに、少しこれはやりすぎではないだろうか。
待てよ。確かに病院の事もディスってしまったが、遠い昔の記憶をたどってみると、決してディスってはいけないモノをディスってしまった気がする。
青い、猫型の......
もしかすると、その『ディスってはいけないモノ』の呪いではないだろうか。
間違いない。全くもってそれしか考えられない。
そう考えると、もう僕の頭の中は『罰』と言う文字で一杯になり、気が狂いそうになった。
ドンドンドンドン
必死になって病院のドアを叩きながら、声を張り上げる。
「ごめんなさい。許してください。ディスってる訳じゃなかったんです。愛情の裏返しなんです。大好きなんです。猫型ロボット」
ドンドンドンドン
「開けてください。本当にすいません。押入れで寝るって、めちゃくちゃオシャレだと思います。個性的......そう、個性ですよね。百人いれば百通りの考え方があるように、睡眠を取る方法も人それぞれですよ。気にしないでください」
ドンドンドンドン
「あ、人じゃなかった。猫それぞれです。百猫いれば百通りの睡眠方法があるってもんですよ。だからお願いします。開けてください。開けてえええ」
必死の懺悔も虚しく、鍵は開く気配すらなかった。
意気消沈した僕は病院のドアに顔をなすりつけ、涙を流しながらブツブツと「ごめんなさい」を繰り返した。すると、
「何をしているんです?」
後ろの方から、無機質な高い声が聞こえた。
恐る恐る声のした方を振り向くと、そこには、メイド姿の人形のような女が立っていた。