洋館
ぎいっ、と言う病院の入り口らしからぬ音を上げながら、その重いドアは開いた。
僕は両手でドアを支えながら、病院内へと入る。
ーーーー誰もいない。
患者、医者、看護師、犬、猫、鳥、虫に至るまで、生命感を感じさせるものは誰一人としていなかった。
その代わり、しばしその美しい光景に見とれる。
中世の洋館をタイムスリップさせたような二階建ての造りになっていて、貴族がいつ出てきてもおかしくないデザインだと思った。
大きなエントランスがそのまま待合室になっており、玄関から続く一本道にだけ赤い絨毯が敷いてある。
病院に赤い絨毯なんて、と思ったが、入り口の看板を思い出すとなんとなくゲームに出てくる教会に似ているような気もしなくもない。
と言うか、敷かれた絨毯の両サイドには木でできた椅子が列を組んで並べられていたため、まんま街の教会にでも来たような気分になった。
二階の窓は色彩の豊かなステンドグラスになっており、差し込む光が色を帯びて地面に絵を描いている。
どこか日本ではない別の世界に来たような、不思議な感覚が僕を包み込んだ。
と、ここである違和感が芽生える。
玄関から伸びる絨毯はそのまま壁沿いの受け付けカウンターまで続いていて、両サイドの壁にはそれぞれの部屋につながるドアがある。
日本の狭い居住区に無理矢理ねじ込んだような洋館だ。
この広いエントランスの事を考えると、両サイドのドアにつながる部屋で横幅はいっぱいいっぱいだろう。
そこまで奥行きもありそうではないし、どちらかというと二階建てと言う構造が、上手い具合にこのエセ洋館のスペース確保に貢献しているのだろう。
匠の力にあっぱれである。
しかし、ない。
間違いなく、なければならないものが、ないのだ。
そう、二階へと続く階段がないのである。
僕が想像していた洋館であれば、玄関を入った真正面に二階へと続く大きな階段がある。しかし、今目の前にあるのは、受け付けカウンターである。
何故だ。意味がわからない。
横幅から考えて、階段を作ることは可能だろうか?
いや、普通はそんなところに作らないだろう。
匠の設計ミスで、わざわざ辺鄙な場所に階段を設置したのだろうか?
ありえない。匠は僕の期待を裏切らないのだ。
だとすると、何故、ないのだ。
見渡す限り二階の両サイドにもドアがある。
しかし、二階に上がることができなければ、無駄な飾りにしかならない。
意味がわからない。
受け付けカウンター設置の際に、階段を取っ払ったとでも言うのか?
いや、そもそもここから見える二階の廊下にはお洒落な木造の柵が付いており、とてもじゃないが途中から切ったりつけたりしたようなシロモノではないと思う。
がちゃん。
背後から変な音が聞こえた。
いや、変な音と言うと語弊がある。誰もが聞いたことのある生活音、とでも例えた方がわかりやすいし的確だ。
オートロックの閉まる音、と言い直せば、まんまその通り。
つまり、自動的にドアのカギが閉まったのである。