ヲタキリスト
登場人物
蓮水練〈18〉ヒロインで アイドルグループのPQRのリーダー
文田須一歩〈18〉主 役のアイドルヲタク
貴志連次〈20〉ボーカル ユニットJVKのメンバー
百瀬アキラ(ももせ・あきら)〈17〉PQ Rのメンバー
華岡歌鈴〈16〉PQ Rのメンバー
有賀メイ(ありが・めい)〈15〉PQRの メンバー
常磐実摘〈54〉蓮水練 の母親
社長〈50〉シスターPQRや、ミスターJ VKの事務所の社長
マネージャー〈29〉PQRの事務所の社員
蓮水弾〈60〉練の父親
T「2011年3月・福島県いわき市」
○海岸線・砂浜
太平洋が見渡せる海岸線に、目が大き くて、容姿端麗な、蓮水練(はすみ・ れん)〈18〉が海を眺めている。
練は砂浜を歩きながら、一人で遊んで いる。
歩いている砂浜に、浅い波が打ち寄せ る。
練は、大海原に叫ぶ。
練「ヤッホー!!」
海は少し、声が響いてかえってくる。
T「いわき市のコンサート会場のロックキャ ッスル」
○ロックキャッスル
いわき市にある、巨大なコンサートホ ールのロックキャッスルには、アイド ルグループや、ボーカルユニットや、 ダンスユニットたちのショーを観に、 ファンたちが行列を作って、入場して いる。
コンサート会場の入場チケットを握り 締めたファンたちは、みんな笑顔だ。
○ロックキャッスル内の舞台裏
狭い舞台裏には、仕事道具や、小道具 などが、散らかっている。
練は、アイドルグループの一員として、 可愛い衣装に着替えて、自分たちのデ ビューの出番を、舞台袖で待っている。 表舞台には、五人組の男性ボーカルユ ニットの、ミスターJVKのメンバー たちが、『ライライラ』という曲を、 観客に披露している。
練は、アイドルグループのほかの三人 のメンバーと共に、舞台袖で談笑して いる。
練「今日は私たちのデビューを、全国で中継 するために、この会場にもテレビカメラが 入ってきているらしい。だから今日は、思 いっきりアピールするのよ」
PQRのメンバーの一人の、誰からで も好かれるような、可愛い顔をした、 華岡歌鈴〈1 6〉が、JVKを見ながらつぶやく。
華岡「でもJVKの貴志連次 〈20〉さんって、いつ見てもかっこいい よね」
それにPQRでひときわ背が低い、童 顔の有賀メイ(ありが・めい)〈1 5〉が、体をくねらせながら同調しま す。
有賀「うんうん、かっこいいのだ♥」
PQRでひときわ女らしい、ショート カットの美人の百瀬アキラ(ももせ・ あきら)〈17〉が、告白します。
百瀬「わたしさ、実は最近、貴志連次さんに 告白したんだ。でも彼女がいるからって、 フラれたんだ。前にもそんな噂あったじゃ ない、今誰と付き合っているのだろう?」
それを無言で聞く、シスターPQRの リーダーの蓮水練。
練「。」
○舞台上
JVKの『ライライラ』が終わった。 それと同時に、観客から割れんばかり の拍手が鳴り響く。
舞台に司会者が出てきて、シスターP QRを紹介します。
司会者「さぁ3969(さんきゅうろっく) 主催の、次のプログラムは、皆さんがお待 ちかねの、新らしく誕生した女性アイドル グループの、全国デビューショーです。み なさんご存知の、地元のアイドルの女の子 で構成されたグループの、ミスMIDAS (ミス・ミダス)から選抜された女子で構 成されています。リーダーの蓮水練さん、 百瀬アキラさん、華岡歌鈴さん、有賀メイ さん、が参加メンバーです。今日は東京か ら、PQRの期待の高さを反映してか、数 台のカメラやスタッフたちが、取材しにや ってきています。今日は全国の歌番組でも、 生中継されるようです。では早速歌ってい ただきましょう。シスターPQRで、全国 デビュー曲は『ファーストハニー』です、 どうぞ!」
練たちが、舞台袖からスポットライト を浴びて、舞台に登場します。
その登場に、観客たちの歓声が沸く。
PQRのトレードマークの、青いバラ が、照明に当てられて浮かび上がる。
その様子を、全国中継のカメラも捉え る。
PQRのメンバーは、自分の立ち位置 につく。
メンバーはみんな、緊張した面持ち。
舞台の音響システムから、『ファース トハニー』のイントロが流れてくる。
その曲に合わせて、PQRが踊りだす。 そしてデビュー曲の、ファーストハニ ーを歌いだして、彼女たちは東北を、 いや全国を代表したアイドルとして、 華々しくデビューする。
観客の熱狂は、最高潮に達する。
T「貴志連次の、いわき市にある自宅の高級 マンション」
○マンションの一室(夜)
連次が住んでいるマンションの窓から、 外に光が漏れている。
その外には、連次の部屋の明かりを見 る、怪しい男が一人うろちょろしてい る。
○連次のマンションの自宅(夜)
部屋には、貴志連次と、蓮水練が二人 いる。
貴志連次は面長のシュッとした顔をし ていて、身長が高く、髪型を決めてい る男前だ。
連次はココアを飲みながら、練と仲良 く話している。
連次「なぁ練。俺たちが付き合い始めてから、 3ヶ月くらいになるな」
練はお茶をくみながら、
練「そうね、クリスマスから付き合い始めた から、そのくらいになるね」
連次はまだ寒い時期なので、熱いココ アを入れたマグカップを、両手で温め るように握りしめながら話す。
連次「俺たちはアイドルどうしなのだから、 俺たちの仲を、誰にも絶対言ってないだろ うな?」
それに練は、連次がいるリビングに移 動しながら、丁寧に答えます。
練「えぇ、言ってないわ。母さんにも言って ない。多分誰にもバレていない」
連次は話を変えます。
連次「ところで練、君のグループのPQRと いう名前は、どんな意味だったっけ?」
練はこの質問に、茶碗を持って、一度 お茶をすすったあとに答えます。
練「Pは、プリンセス。Qは、クイーン。R は、美人という意味も持っている、バラの 花のローズよ」
連次は、なぞなぞが解けたかのように、連次「へぇ~。俺たちJVKは、ジャングル ヴァイキングの頭文字を取って、ミスター JVK。そしてミスMIDASの、ミダス は、モデルと、アイドルと、ダンサーと、 アクトレスと、シンガーの頭文字を並べて、 ミダスだったよな。事務所が同じだから、 名前のつけ方も同じだな」
練は、お日様のような笑顔で言います。練「そうね」
連次のマンションは、夜なのにまだ明 かりは消えません。
マンションの外には、カメラを持って いる怪しい男が一人います。
T「翌日・いわき市立大病院」
○大病院
体に不調を抱えている患者たちが、せ わしなく病院に出入りする。
練は、母親が入院している、大きな病 院に入ります。
そして母親の無菌室の病室の入口に、 ノックをして入る。
無菌室は外の窓がなく、コンクリート で覆われた空間で、病室はカーテンで 仕切られています。
病室から、母親の返事がある。
その無菌室には、練の母親の、常磐実 摘〈54〉がベッ ドで横になっている。
常磐実摘は、髪にパーマをかけていて、 若作りした、身長が160cmの、美 人のお母さんです。
練は早速、実摘の看病をする。
練「母さん、どこか痛いところない?」
実摘は、ベッドから起き上がりながら 言う。
実摘「いつも悪いわね、ところで、アイ ドルのお仕事の方は、うまくやれている の?」
練は、買ってきた果物たちを剥きなが ら、答える。
練「大丈夫よ。この前デビューしたばかりだ けれど、順調にやっているわ」
実摘は、畳み掛けるようにして聞く。
実摘「もうあなたは年頃の女なんだから、誰 か貰ってくれるような、男の人はいないの かい? アイドルは恋愛禁止だからって、 適齢期に、女の幸せを叶えてくれる男性と の出会いを逃したら、男にちやほやされる、 アイドルをやっている意味はないからね」
練は一瞬、フルーツの皮剥きの手を止 めるが、再び剥きだして答える。
練「心配しなくても大丈夫よ。それに誰とも 付き合っていないわ。そんなことより、自 分の体はどうなの? 麻疹は治 ってる? 実家の南相馬市の病院よりも、 いわき市の大きな病院の方が良いと思った から、ここに連れてきたのだからね」
実摘はまた、男関係のことを聞き出し ます。
実摘「お母さんは、あなたが芸能活動をする ときは、私の姓の常磐じゃなく、父親の姓 の、旧姓の蓮水が良いって、言い出したか ら、お母さんはどうしたもんかなって思っ たのよ。あなたがまだ幼い頃に、私たち夫 婦は別れたもんだから、あなたは父親のこ とをあまり覚えていないと思うけれど、あ んたの父親はね、私があなたを芸能人に育 てていたことに対して、猛反対してたのよ。 それが直接の原因ではないけれど、いろん なことの積み重ねで、私たちは離婚した。 だからあなたは、損をするような相手を選 ぶんじゃないのよ。先天的な顔の良さとか、 運動神経で男を選ぶのではなく、気が合う とか、一緒にいて落ち着くような男性と結 婚しなさい。母さんが言えるのはこれくら いよ」
練は優しい表情になって、言い聞かせ ます。
練「わかってるって」
○レッスン場
板張りの大部屋で、全面ガラス張りの 教室に、振り付けの先生と、受講生の PQRのメンバーがいる。
PQRのメンバーの四人は、レッスン 場で歌とダンスのレッスンを、先生か ら教わっている。
先生は、厳しく要求している。
先生「はい、このターンの振り付けは、手が ここ!」
先生の動きを真似て、メンバーはダン スを覚えている。
百瀬「この新曲の振り付けって、結構覚える のが難しいのよね」
有賀「私はダンスよりも、お歌の方が得意な のだ」
華岡「ねぇ、リーダーの蓮水さん。一番歳上 なのだから、一番最初に覚えて、私たちに レクチャーしてくれない?」
練「わかってるわよ!」
そのレッスン場に、いきなりPQRの 事務所の、こわおもての社長が入って くる。
社長はヒゲをはやしていて、身長は高 くないが威圧感があり、綺麗なスーツ を着ている。
その社長のそばには、怒った顔をした、 年配のメガネをかけた男の副社長と、 PQRのマネージャーで、仕事が出来 そうな、今時の髪型をした、スラッと した体型の若い男がいて、脇を固めて いる。
その男たちの殺伐とした空気を感じて、 レッスン場にいたみんなの足が凍る。PQR「社長! おはようございます!」
社長は、ハイハイハイと手を鳴らして、 怒鳴るように言う。
社長「ハイハイ、レッスン中止!!」
この社長が醸し出す、強烈な剣幕に、 一同は怯えて凝縮する。
そして練たちは、事務所の社長の顔を 凝視する。
社長「ちょっと良いか? 蓮水くん。話があ るので、ちょっとこちらに」
ご指名を受けた練は、萎縮して声が上 ずりながら、
練「は、はい」
事務所の社長は、レッスン場から練を 連れ出して、個室に向かいます。
そのあいだ練は、社長たちが作ったこ の状況に、何を言われるのかという、 恐怖心を覚えています。
○個室
レッスン場よりは狭く、机と椅子が一 対ある個室で、怖い顔をした社長一人 と、練が向かい合って椅子に座る。
社長「練くん、君も知っているとおり、私は 昔、音楽界で、3969というバンド名で、 活躍していたんだ。その頃はモテてね。一 晩に3人の女性と遊んでいた時もあったよ。 まぁその頃の人脈もあって、今の芸能事務 所を運営しているわけさ。だから事務所の 名前が、昔のバンド名っていうわけさ。君 もわかるだろ? 君は大事なうちのタレン トだ。大事だからこそ、うかつにはクビは 切れないのさ」
社長が、本題を切り出す。
社長「練くん。実はな、芸能雑誌の芸能記者 という、いわゆるパパラッチが、君と男が、 男の自宅に一緒にいる現場の写真を撮った んだ。そしてこれは芸能界の事前報告と言 って、雑誌出版社が、次の週刊誌に載せた いと言ってきたのだ」
息を呑む練。
社長は眉間にしわを寄せながら、プリ ントアウトした遠目からの現場の写真 を、練に見せる。
怯える表情をしながら、練は写真を確 認する。
社長は練を、睨みつけながら聞く。
社長「練くん。この写真に見覚えがあるか な?」
練は動揺して、体をプルプルと震わせ る。
社長「もちろん君も知っての通り、うちのア イドルは恋愛禁止だ。なぜならアイドルの 恋愛が発覚してしまうと、ファンががっか りして、しまいには所属している会社の収 益が下がってしまうからだ。だからその情 事がバレた者には、それなりの処分が下る。 蓮水くん。君はこの写真の男性と付き合っ ているのかい?」
練は一言も言い訳を言えないまま、認 める。
練「はい。」
社長は、畳み掛けるように聞く。
社長「この写真のマンションは、うちの貴志 連次が住んでいるマンションと同じだ。そ してこの男性の顔も、貴志連次にとてもよ く似ている。もう一度聞く、君は、うちの 貴志連次と付き合っているのかい?」
練は目に涙を溜めながら、嘘をつけな い状況に陥り、震える声で答えます。
練「はい付き合っています」
その答えを聞いた社長は、すぐさま席 を立って、個室から出て行きました。
練は頭が真っ白になりながら、呆然と して椅子に座っている。
個室のドアが、開けた反動で戻ろうと している光景。
T「蓮水練の一戸建ての自宅」
○練の自宅(夜)
練は自宅に帰っている。
練の家は、女の子らしい色と、小物で 飾られている。
練の自宅は、夜の暗闇に、照明の明か りが際立って光っている。
練の一軒家の自宅の外にも、怪しい男 がうろちょろしている。
今日は怪しい男は二人いる。
その二人が鉢合わせする。
男「何だ君は?」
男「お前こそ何してるんだ?」
○練の自宅・台所(夜)
練がいる台所の部屋には、明かりがつ いている。
台の上には、スーパーで買ってきた食 材を入れたビニール袋ごと、置きっ放 しになっている
何も手につかない練は、台所ですすり 泣いている。
椅子の上に座って、台の上にのめり込 んでいる。
練「ぐすっ、もうアイドルは終わりなのかな ぁ? この前デビューしたばかりだという のに、今まで応援してくれたお母さんや、 ほかのメンバーに申し訳ない」
そんな練の携帯電話に、着信が入る。
携帯『プルプルプルッ・プルプルプルッ 』
練は、音と振動で気づく。
練はその電話に出る。
練「もしもし、常磐です、(しばらくし て)あ、はい、マネージャーさんですね。 はい、私の処分が決まったのですね? え っ、はい、MIDASへの降格と、PQR の活動停止ですか!? あ~、はい、わか りました。本当に申し訳ありませんで した、はい、二度とこのようなことはしま せん。ゆるしてください、申し訳ありませ んでしたはい、」
電話を切る練。
ただ大きなため息だけが聞こえる。
そしてまた、台所の机にのめり込んで、 すすり泣く練。
そのまま夜は更けていく。
T「翌朝」
○巷の書店やコンビニの店頭(朝)
練と、男性との熱愛がスクープされた、 週刊誌が販売される。
その雑誌を、人々は興味深く購入する。 そして人々は、その話題をしながら通 勤通学する。
その雑誌の一面ではないが、人気急上 昇中の、デビューしたての全国区アイ ドルの、熱愛スクープということで、 世間では話題になっている。
テレビのワイドショーでも、そのスク ープをした雑誌の特集で、全国的に報 道されている。
見出しには、練の顔がアップされて、 相手の男性には、濃ゆい目隠しがなさ れている。
ニュースの見出しには、『初スキャン ダル』という文字が浮かんでいる。
その雑誌を手にしながら、その話題で 談笑する街の人たち。
「この娘、前から怪しいと思っていたのよ」
「やっぱりアイドルも人の子よね」
「可愛い顔して、やることはやっているのね」
○巷
練が住んでいるいわき市の街でも、練 のスキャンダルが話題になっている。 そんな噂をする街中を、練はサングラ スをかけて、変装しながら歩く。
○練の自宅
練は変装しながら、自宅に着く。
鍵を使って、玄関のドアを開けて家に 入る。
そして確実にドアに鍵をかけた。
練は、急いでマスクや、ニット帽や、 サングラスを外す。
○自宅の玄関
練は上を向いて、一息大きなため息を する。
練「ふぅ~」
練は肉体的よりも、精神的な疲れの方 が大きい。
練は外出道具を丁寧にしまって、リビ ングに行って休憩します。
○自宅のリビング
練は、だら~んとソファーに横になる。 練は一瞬、リラックスする。
そしてすぐ不安げな表情。
練は思う。
練「いっそのこと、連次さんが私のことを責 任とって、お嫁にもらってくれないか な?」
そこで練は、恋人の連次に電話をかけ る。
応答を待つ練。
そして一瞬つながる。
練「もしもし連次さんん? 私不安なの (ピーー)(留守番電話サービスにおつな ぎします。ピーー)あっ、留守電か、(ピ ーー)連次さん。私、練です。今日はお願 いだから、うちに来て。私とても不安なの。 だからお願い、今日は何時になっても良い から、私を助けに、うちに来て、お願いね (ピーー)」
T「事務所に呼ばれきた貴志連次」
○事務所
事務所が入居しているビルの一室には、 会社の名前の、3969という看板が 飾られている。
事務所の廊下には、新人アイドルのポ スターなどが貼られている。
連次は事務所で、唖然とした表情をし ている。
連次は、練からの電話に出れないくら い驚愕している。
連次が握っている携帯電話からは、練 の留守番メッセージが漏れてきている。 しかしそのメッセージに応えきれない くらい、驚いている。
練の声が虚しく響く。
連次の前で、事務所の社長が宣告する。 連次は思わず口に出す。
連次「く、クビですか!?」
連次は呆然とした表情をしている。
そして連次は、釈明する。
連次「で、もまだその写真の男性が、僕だと バレていないんじゃないですか! それに 前科があるからといって、世間にバレたの はたった一回じゃないですか!?」
しかし社長は、首を横に振る。
連次は、握っていた自分の携帯電話を こぼれ落とす。
連次は近くにあった椅子に、ヘタれこ む。
その連次に、社長は軽く肩を叩く。
そして社長は去っていく。
連次は口からこぼれる。
連次「お、終わった。」
T「その日の夕方の練の自宅」
○練の自宅のリビング(夕)
練は不安げな表情をしながら、かかっ てきた携帯の電話に出る。
練「もしもし、貴志さ……あ、はい、マネー ジャーさんですね。はい、(しばらくして) あ~、PQRは無期限の活動停止により、 当分のレッスンは中止ですかはい。わ かりました、はい、えっ!? 連次さんは 事務所から解雇? それ本当ですか!? そ、んな、人を愛することが、そんな にいけないことですか? あ、はい、すみ ません。わかりました、失礼します、」
電話を切って、ふさぎこんで落ち込む 練。
そして練は、助けを求めるように、母 親に電話をかける。
体はだら~んとしながら、指先だけで 携帯の番号を入力する。
そして一瞬、電話がつながる。
練「もしもし母さん? 私、練。母さん聞い て、私不安なの(ピーー)(留守番電 話サービスにおつなぎします)あっ、も う! 何でみんな電話に出ないの。じゃも ういいっ」
携帯電話を勢いよく切る練。
ソファーに倒れこむ練。
練は、ふと外を見る。
すると家の外には、怪しそうな男が一 人いる。
練「またパパラッチね、もう最近多いのだか ら!!」
練は部屋のカーテンを、勢いよく閉め る。
練はソファーに倒れこむように座って、 ふとつぶやく。
練「連次さんがクビなら、もう連次さんの素 敵なお嫁さんになれないじゃない」
練は気分を晴らすように、テレビをつ けてみる。
しかしそこには、練の熱愛報道が流れ ている。
テレビを消す練。
練「ん、もう!! 誰か助けて」
○練の寝室(夜)
練の寝室は、ピンク調でまとめられて いる。
練は部屋の電気を消して、タッチライ トの光で、幼い頃に別れた父親の写真 を見つめる。
そのときに練は、とても優しい表情に なります。
練「この写真を見ていると、お父さんの優し さを思い出して、すぐに眠れるのだけど、 今日は眠れないわ。父さん、どうして二人 は結婚までしたのに、お母さんと、別れち ゃったの?」
すると玄関で、物音が聞こえる。
するとチャイムが鳴ったので、すぐに 連次が来たのだとわかる。
少女のように、急いで玄関まで走る練。 玄関についた頃に、パパラッチがいた ことを思い出し、一応警戒しながら聞 いてみる。
練「どちら様ですか?」
すぐに返事がある。
連次「、俺だよ、俺。貴志です。」
練はその返事を聞くと、素早く玄関の ドアのロックを外して、連次を迎え入 れる。
連次を家に入れるあいだ、周囲に気づ かれまいと、周りを見渡し警戒する練。 そして玄関の扉を閉める。
○練の自宅のリビング(夜)
練は、少し挙動不審なさまが見られる 連次を、落ち着かせるようにリビング に呼ぶ。
連次は持ってきた荷物を下ろすが、外 の様子を確認しながら、警戒している。 しかし練は、そんな連次にまともな声 をかけれずにいる。
連次「さっき外に、怪しいパパラッチが一人 いた。俺たちもうだめだー」
練はそのことには、無言でいます。
練「。」
連次は慌てながら、告白します。
連次「お、俺今日、事務所をクビになった。 だから練にも処分があるはずだ。な、何か 言われなかったか?」
すぐさま練は教える。
練「私は、ミス・ミダスへの降格と、PQR の活動停止によるレッスンの停止よ。事実 上の謹慎ね。ほんとこの歳で、今までやっ てきたアイドルを辞めさせられたら、私た ちどうやって生きていったら良いの?」
それに連次はすぐさま反応する。
連次「そ、うだよな? お前のそんな気持ち だよな?」
○練の自宅の寝室(夜)
寝室のダブルベッドの上に、練と連次 が寝ている。
部屋に明かりはついていない。
練はすやすやと寝ている。
その隣で、急に目を開ける連次。
連次は急に起きだし、何やら寝室で、 こそこそと持ち出してきたものを用意 する。
その様子に気づかない練。
練は寝言を言っている。
練「お父さん。」
連次は、ベッドで寝言を言っている練 を睨みながら、
連次「こんな状況で、よくすやすやと女は眠 れるよな」
連次は密かに、準備してきたことを実 行する。
○練の自宅の外(夜)
練の自宅の外にいた一人の男が、そわ そわと心配しながら焦っている。
その男はメガネをかけていて、髪型は センターで分けているが、帽子を深々 とかぶっていて、ジーパンの上にチェ ックのシャツを着た、リュックを背負 ったオタク姿の、文田須一歩(ふみだ す・いっぽ)〈18〉です。
一歩「あの車に乗ってきた男は怪しいな。練 さん大丈夫かな? 練さん心配だな? 練 さんの家に入ってきた男は、目が血走って いたな。あの子が大変なことになっていな いかな?」
一歩は落ち着かず、練の自宅の外にと どまっています。
周りは、夜なので通行人が少ない。
そうしている一歩は、練の自宅の異変 に気づく。
一歩「あっ!? 煙が立ってる! か、火事 だー。みんな火事だ!!」
一歩は周りに火事が起きたことを伝え て、躊躇することなく、練の自宅に住 居侵入します。
一歩「僕が救わなきゃ! 練さんを助けなき ゃ」
一歩は、煙が発生している場所に、向 かって急ぎます。
すると自宅の警備システムの、強烈な サイレンが鳴り響く。
サイレン『ビーコン! ビーコン! ビーコ ン! ビーコン!』
○練の自宅の寝室(夜)
そのサイレンの音に、練はかすかなが ら意識を取り戻す。
練「な、何、この音、」
練は夢の中から、無理やり体を動かそ うとする。
練「か、体が動かない、連次さん、この音 は何!?」
練は隣にいるはずの、連次を確認する。 すると連次はぐっすりというか、ぐっ たりとしています。
練「連次さん、体が動かない、意識がかす れる」
練は、今出せる力を全力で使って、隣 で寝ている連次を、揺すって起こす。練「れ、連次さん、何か変、連次さん起き て」
練は、震える手で連次を起こす。
連次「ん~、ぁ、まだ生きている。 練、俺たち今日、一緒に死のう。後世でも 俺たちは出会って、今度は、け、結婚しよ うな」
練は理解ができない表情をします。
練「、何を言ってるの?」
練は周りを見渡すと、できる限り密閉 された寝室の隅に、鉢があります。
寝室の部屋からは、少しだけ煙が漏れ ている。
その鉢の中で、練炭がたかれているこ とがわかる。
練はこの状況を認識する。
練は、無理心中から逃れようとするが、 体が思うように動かない。
練「ぅんぅ~、わ、私このまま死ぬのか な? 短い人生だわ、い、意識が遠のく、 こんな時に私を助けてくれるような、救世 主さまが現れてくれたら」
練は涙を流す。
その時、密閉された寝室に一人の男が 入ってきます。
その男は、寝室の扉を全部開けて、煙 を逃がし、練炭が入っている鉢を外に 持っていきます。
練は、その姿を認識する。
練「あぁ、救世主さま」
その男とは、一歩です。
一歩は、ベッドに横たわる練に声をか ける。
一歩「練さん、練さん、大丈夫ですか?」
練はこの問いかけに、しっかりと応じ る。
練「ぁはぁ、わ、私は大丈夫です」
一歩は、練の無事を確認すると、とな りの連次の無事も確認する。
連次「ぁあ、な、何で俺はまだ生きているの だ? せめて死ぬ時くらいは、かっこ よく死なせてくれ」
貴志連次は、自暴自棄になる。
一歩は、二人に言います。
一歩「二人の間に何があったか知りませんが、 練さんには、生きていてもらわなくちゃい けないのです。練さんがいることで、僕た ちファンが支えられているのです。だから、 自分の命は大事にしましょう!」
その時に、練の自宅に、警備会社の車 が到着した音が聞こえます。
その音と、サイレンの音で、近所の人 たちが集まり始める。
一歩は、外の状況を確認する。
一歩「それでは私は、このへんで帰ります。 それでは」
練は、一歩に聞きます。
練「あ、あなたのお名前は?」
一歩は、その質問に意味深な表情をし て、外で出待ちしていたことがバレま いと、口を濁しながら答えます。
一歩「な、名前ですか!?(焦りながら)え ~っと、僕は、ただのあなたの、ヲタクの ようなファンです。そ、それでは」
そう言って、一歩は足早に帰っていき ます。
ちょうどそこに、警備員が家に入って くる。
警備員は制服に身を包み、深刻な表情 で駆けつけた。
警備員「常磐さん! 何か異常がありました か?」
練は、この出来事を頭で整理すること ができずに、ボケーとしている。
練はとりあえず、駆けつけてくれた警 備員に取り繕う。
練「(少し考えて)あ、そ、そうですね~、 今日は彼が家にたまたま来た時に、機械が 反応したみたいです。お騒がせしてすみま せん」
警備員「あ、そうですか。彼氏さんがき ただけでしたか。無事で何よりです。あっ、 でも、この匂いはなんですか?」
この質問に、練はごまかすように言い ます。
練「こ、これはその~、まだ3月は寒いので、 部屋で石油式ヒーターをたいていただけで すすみません、」
警備員「そういうことですか。しかし密閉さ れた部屋でたくと、一酸化炭素中毒になり かねません。それに火事にもつながります ので、お気を付けください。それでは我々 は戻りますので!」
その場は、何もなかったかのように静 まります。
となりの連次は、塞ぎ込むように、う なだれています。
これで連次の無理心中は終わる。
そのあと、通行人の通報で、数台の消 防車がサイレンを鳴らして、練の自宅 に駆けつける。
その場は、ご近所さんや、野次馬でご った返し、騒動化する。
T「翌日」
○マスメディアの報道
テレビ局で、昨晩の練の自宅のボヤ騒 ぎ騒動が、報道されている。
練の度重なる不祥事が、マスコミの格 好の餌食になっている。
ビデオ映像の中には、昨晩、練を助け た、一歩の姿が捉えられていた。
その映像や写真によって、一歩が練の 噂の彼氏のように報道されている。
テレビ報道では、芸能記者がボヤ騒ぎ を特集している。
芸能記者「こんにちは。昨晩、タレントの蓮 水練さん宅で、ひと悶着あったようです。 タレントの蓮水さんは、アイドルは恋愛禁 止という掟を破って、最近熱愛報道があっ たばかりですが、自宅謹慎中に騒動が勃発 いたしました。昨晩どうやら交際相手との 関係がこじれて、駆け落ち寸前にまで発展 したそうです。その結果、蓮水さん宅で火 事が起こり、消防車が何台も駆けつける事 態になりました。そして昨日の夜に起きた、 蓮水練さんの自宅のボヤ騒ぎに、新展開で す。我々のカメラは、同棲中であろう噂の 彼氏が、ボヤ騒動の時に、蓮水さんの自宅 から、出て行くところを捉えました。自宅 で、若い男女に、一体何があったのでしょ うか? その後数人の事務所スタッフが、 蓮水さんの自宅に入って、そこから出て行 きましたが、今回のこの騒ぎについては、 蓮水さんの事務所は、すべてを把握してい ないということです」
T「いわき市立大病院」
○いわき市立大病院
練は、病院の待合室で自分の順番を待 っている。
ほかにも病人や、患者が、椅子に座っ て待機している。
そして名前を呼ばれる。
受付嬢「常磐さまー」
練は診察室に入って、先生の診断を受 けている。
医者の先生は、頭がハゲていて、聴診 器を首に巻いた、白髪姿の、年配の医 師です。
医者は、患者を安心させる笑顔で言う。医者「はい、何も心配ありません。常磐さん、 少し安静にしていたら、元に戻る状態です。 煙を吸ったことによる後遺症は、確認され ません。ほかにも異常がないので、大丈夫 でしょう」
練「ありがとうございます」
診察室から出る練。
少し浮かない表情。
その足で、病院の会計に向かう。
会計員「常磐さま、今回は保険が適用されま すので、1520円の会計になります」
会計を済ますと、この病院にいる母親 のもとに向かう。
その途中に、練は一言つぶやく。
練「本名で呼ばれると、ドキッとするのよね 」
練は、母親が入院している、無菌室の 病室のドアをノックする。
ノック『トントントン!』
○実摘の病室
実摘は病室で、練が載っている週刊誌 や、テレビを見ながら、熱愛報道をチ ェックしている。
実摘「ふうぅん、この子が練の今の彼氏なの ね。あら、ずいぶん大きくなったわね」
実摘は、ノックの音で練がきたことが わかったので、練が出ている芸能雑誌 を隠して、練を特集しているテレビを 消す。
そして何事もなかったかのように、返 事をする。
実摘「は~い」
すると練が、浮かない表情をしながら、 カーテンで仕切られた病室に入ってく る。
練「私です。練です」
実摘は、太陽のような表情で練を迎え 入れる。
練は持ってきた果物を机の上に置く。
練「母さん、病気の方は大丈夫?」
実摘はそれに、ニコリと笑って答える。 そして実摘は、練に伝える。
実摘「あっ、そうそう練ちゃん聞いて、麻疹 の症状が治まってきたから、私のお父さん の、練ちゃんのおじいちゃんの、3月11 日の命日に、自宅の南相馬に帰れることに なったの。先生から外出許可が出たから、 あんたもいろいろあるようだから、一緒に 実家に帰らない?」
練は、自分の状況を知っていたことに、 ハッとした表情になります。
練「母さん、私の今の騒動を知っている の?」
これに実摘は即答します。
実摘「あったりまえじゃない! あなたは私 の娘なんだからよ。あっ、そうそう、南相 馬に帰る日は、私の携帯にだけ連絡してね。 外の喫茶店かどっかで、待ち合わせしまし ょ」
T「20011年の3月11日」
○南相馬の練の実家に移動中のタクシーの中(朝)
練と、マスクをした実摘は、タクシー で、いわき市から北の、南相馬市の実 家の小高区に移動している。
タクシーから見渡せる外景は、穏やか なものだ。
太平洋の沿岸の道路を通っているあい だ、海岸線から綺麗な海が見れる。
その途中には、巨大な福島第一・第二 原子力発電所が見える。
空は晴れていて、海から流れる風が冷 たくて強い。
タクシーは道路を、スイスイと進む。
通り過ぎてゆく車の人や、街の住民は、 何事もないように自分の生活をしてい る。
道路沿いの店は、活気が溢れて、生活 感がある。
練と、実摘を乗せたタクシーは、南相 馬市の小高区にある練の実家に到着す る。
T「南相馬市小高区」
○南相馬市の小高区の実家
練は、タクシーの運転手に代金を支払 う。
そして運転手に、お礼を言う。
二人はタクシーを降りて、練の実家に たどり着く。
こじんまりとした、生活感がある、古 びた一軒家の建物です。
練と、実摘は、実家の玄関の鍵を開け て、家の中に入る。
実摘「あ~やっと着いた。我が家に帰ってき たぞ。母さんも一人暮らしだけど、練ちゃ んも一人暮らしだから、ほんと久しぶりよ ね」
練「うん。ただいま」
実摘は早速、台所で食事の準備をしよ うとします。
しかし病気療養中ということで、練が かって出る。
練「母さんは座ってて、病気がぶり返したら いけないから、私がやるわ」
実摘はその応じに、優しい表情になる。実摘「ありがと。あ、そう、常磐家のお墓に は、昼頃に行く予定だからね」
○練の実家の台所
実家の台所は、家を空けていたことも あり、調理道具がしまわれている。
その調理道具を取り出して、練は昼食 の支度をする。
実摘は居間で、ゆったりとしている。
居間は畳敷きで、年月を感じさせる。
暇なので、実摘は練に聞いてみる。
実摘「練ちゃんの今の彼氏って、どんな 人?」
支度をしている練の手が止まる。
練「う~ん、頼もしかった人。包容力があっ て、男らしい人。でももう別れようと思 う」
そう答えると、練は再び包丁を動かす。 しかしそれを聞いて、実摘は驚きます。実摘「あんたついこの前まで、『誰とも付き 合ってない』って言ってたばかりなのに、 それがもう、別れるところまで進んでいる のかい? 随分、展開が早いわね」
T「常磐家の墓地」
○南相馬市の小高区の常磐家の高台の墓地
墓地には、故人が眠っている墓石が立 ち並ぶ。
お参りにきている人は少ない。
練と、実摘は、常磐家のお墓の掃除を します。
墓石を水で洗って、買ってきた花をた むけて、お祈りをします。
お祈りを捧げているあいだ、練は死ん だおじいちゃんのことを聞きます。
練「ねぇ、母さんのお父さんって、どんな人 だった?」
実摘は昔の良いことを懐かしく思い出 しながら、嬉しそうに答えます。
実摘「そうね、あなたはおじいちゃんのこと を覚えていないのね。私のお父さんは、大 きくて、頼りがいがあった」
練は素直な表情をする。
練「ふぅ~ん」
○高台にあるベンチ
高台からは、太平洋が見下ろせる。
沿岸にある家は、ここから見たら、と ても小さい建造物に見える。
練と、実摘は、母と娘で、ちょこんと ベンチに座って休んでいる。
そばに立っている木々が、直射日光を 遮ってくれている。
実摘は、核心的な話を切り出す。
実摘「ねぇ練ちゃん、私が練にアイドルを目 指させて、育てたけれど、辛いのだったら アイドルを辞めたら?」
その発言に、練は一瞬絶句する。
しかし練は、言葉を選ぶように慎重に 答える。
練「え!? ぅうん、でも事務所をクビにな らない限り、アイドルは続けようと思うの。 急に別の職を探せと言われても、学校はア イドル優先で、専門的な授業を受けていな いのだから」
実摘は軽くうなづいて、同調する。
実摘「そうねゴホゴホッ」
実摘は咳き込む。
その様子を見て、練は心配する。
練「母さん、まだ病気が治ってないのじゃな い!?」
その心配に、実摘はしっかりと答える。実摘「心配ないわよ、ただの麻疹なんだから 」
練「母さん、答えになってないわよ」
T「3月11日の14時46分」
○南相馬小高区の高台
練と、実摘は、ベンチから立って自宅 に戻ろうとしているその時です。
実摘「さぁ、そろそろ家に帰りましょう 」
地震『グラッツグラアァァァァア!!』
高台にいる練と、実摘は、巨大な振動 を感じる。
地面が激しく揺れ、コンクリートの間 に亀裂が入ります。
地震の揺れを経験している周りの人は、 叫び声をあげます。
地は揺れ、木々も折れ、虫たちも騒ぎ だす。
そうマグニチュード9の、東日本大震 災です。
練「じ、地震!? きゃぁ~!!」
実摘は親らしく、練に声をかけます。
実摘「ゴホッ、練ちゃん、私につかまりなさ い!」
周りにいた人も、みんな叫び声をあげ て、地面にうずまって伏せている。
練はまるで小さい子供のように、地面 に身を伏せて怖がります。
練「いやぁぁぁぁあ!!」
その地震の揺れのあいだ、実摘は練を 守ります。
実摘「練ちゃん、大丈夫よ。私につかまって なさい!!」
しだいに巨大地震が収まる。
練は母親の腕を強く掴んで、まだ怯え ている。
そんな娘に、母親は優しく声をかける。実摘「練ちゃんもう揺れは収まったわよ。で もこの揺れの大きさだと、ゴホッ、家は大 丈夫かしら?」
ようやく顔を上げる練。
練「ぁぁああ、怖かったわ。家が心配、ね ぇ母さん、直ぐに帰りましょう?」
実摘は、帰ろうとする練を制止する。
実摘「ダメ! 津波が来るわ! お父さんの 忠告で、家は沿岸には建てていないけれど、 今は、この高台にいたほうが安心だわ。お 父さんから、『地震のあとは高いところに 避難しなさい』と教えられていたの」
T「小高の高台の墓地」
○小高区の高台
練は、実摘の指示で、まだ高台に身を 寄せる。
しだいにこの高台に、住人たちが避難 しにやってくる。
高台には、地震の強さから避難してく る人が増えてくる。
そこの人たちは、ただ何事もないこと を祈っています。
住人「俺は、こんなひどい揺れを経験したの は初めてだ」
そこには、まだ幼い子供達の姿もある。 中には、地震で泣き出している子供も います。
練は自分の腕時計を見る。
すると地震から30分経った頃です。
高台に避難している人たちが、海のほ うで何かを見つける。
住人「あれを見てみろ、海のほうから黒い波 がやってきてるぞ! なんだ!! あれが つ、津波だ~!?」
高台に避難している人たちは、海を凝 視します。
津波という黒い波の悪魔は、不気味な 豪音と共に、海から港町を襲う。
警報音が虚しく響く。
しだいに水面が上がってきた。
忍び寄った津波は、まずあっさりと防 波堤を乗り越える。
津波警報と、津波の破壊に、聞いたこ ともない爆音がこだまする。
人々は成す術ないまま、津波に飲み込 まれる。
津波が、人間が創造したものを押し流 し始めた。
悲惨で無残な光景が広がる。
津波は建物や、木々をなぎ倒す。
恐ろしいほどの破壊力に、街は壊滅状 態になる。
津波は、どんどん海面を上げていって、 着実に高台にも忍び寄る。
認識したものは、みんな平常心を保て ない。
住人「ぎゃぁぁぁああ!!」
津波が街を襲うところを、ただ見つめ るしかない練。
練「、父さん助けて!」
津波はまだ物足りないように、暴れて いる。
黒い波が、街を飲み込んでも、まだ物 足りなそうに、上へ上へと駆け上がる。
練は恐怖から足がすくみ、高台から津 波を見届けることしかできない。
しばらくすると、津波は自然に引いて いく。
押し流されてきた流木や、構造物や、 がれきなどが、無残にも、そこらじゅ うに広がっている。
残されたのは、おぞましい地獄の光景 だ。
○練の実家(夕)
練と、実摘は、命からがら自宅に帰っ た。
自宅はあの大地震でも、倒壊していな い。
家に帰ってみると、中の家具などが倒 れている。
練と、実摘は、早速、家具などを整頓 している。
練は力を使ったので、カラカラな喉を 潤すように、水を飲もうと、水道の蛇 口をひねる。
しかしいくらひねっても、水は出てこ ない。
断水している。
明かりをつけようと、コードを下に引 っ張ってみても、電気はつかない。
リモコンでテレビをつけようとしても、 テレビは映らない。
練は命のありがたみを感じて、自然に 言葉をこぼす。
練「で、でも、あの大地震で、家が倒壊しな かっただけ良かったね?」
この発言に、実摘は泣きながら叱る。
実摘「れ、練ちゃん! 被災した人達は、あ んなに突然に、命まで奪われたのだから、 うちだけ助かったなんて言わないの!」
練は、終始浮かない表情。
練「ぅ、うん」
○練の自宅内(夜)
二人は、滅多に開かない扉の中から、 ポケットラジオを取り出す。
すっかり周りは暗くなり、暗闇の中で ラジオを作動させて、ラジオの情報を 聞きながら、2つ敷いた布団で、震え ながら寝る。
ラジオ『~えー、福島ラジオ放送です。大地 震と、大津波が襲った福島県ですが、第三 の震災と呼んでしまうのでしょうか? 福 島県の沿岸にある福島第一原子力発電所が、 津波による被災で、全ての電源が停止して、 核燃料が入っている、原子炉をコントロー ルすることができずに、非常事態宣言を発 動いたしました。ですので本日11日20 時50分に、周辺の住人に、避難指示が出 されています。福島原子力発電所から10 キロ圏内に、避難指示が出されました。避 難指示が出された地域は、南相馬市小高地 区。浪江町~』
ラジオは情報を流してくれているが、 練と実摘は、震災を経験して、精神的 に負担がかかっているので、苦しい表 情をしながら、もう眠りに入っている。
T「20011年の3月12日」
○練の実家
練は、隣で寝ている実摘の唸り声で、 目が覚める。
ラジオは止まっている。
時間は既に、9時を回っていた。
練は起きて、汗をかいて苦しみながら 寝ている、母親の実摘を看病している。練「母さん体は大丈夫? 昨日あんなことが あったから、影響されて、体が悪くなって、 病気がぶり返したのじゃない?」
実摘は咳き込みながら、応える。
実摘「だ、大丈夫よゴホッ」
練「大丈夫な人が、そんな咳を連続でしない わよ!」
実摘は観念した目になって、白状しま す。
実摘「昨日、病体で、あんなにお墓を、一所 懸命動いて、掃除したのが悪かったのかし ら。練ちゃん聞いてちょうだい。私の 外出許可が出たというのは、嘘なの」
練「エェッ!?」
実摘は続けます。
実摘「実は私のお父さんの命日に、どうして も家でお参りしたかったから、病院から抜 け出してきたの」
練は、きつめに問いただす。
練「なんでそんなことをしたの!?」
実摘は苦しい表情をしながら、本音を 漏らす。
実摘「練のおじいちゃんはね、練が産まれて きたことを、とても喜んで、優しくしてく れたわ。そんなおじいちゃんを、毎年ちゃ んと供養してあげたくて。だからあな たも、自殺なんかしちゃダメよ! ゴホ ッ」
練は事件のことを触れられて、何も言 うことができない。
練「(なぜそのことを)」
実摘は病体でありながら、力強く力説 する。
実摘「どうしようもなく淋しくなったときは、 彼氏よりも、親を頼りなさい。そしたらき っと、彼氏なんかよりも頼りがいがあって、 力になると思うわ」
練は悟られて、核心を突かれて、素直 にうなづく。
○練の実家の寝室
実摘は、素直に下に敷いた布団に寝て いる。
練は、食事の準備をしている。
母のように、優しい顔をしながら、大 事な人に料理を作っている。
その時。
T「2011年3月12日の15時36分」
○練の実家の台所
爆発音『バンッ!!』
大きな爆発音が聞こえる。
練はその音が耳に入って、料理の手を 止めるが、何も気にせずに、再び食事 の準備を開始する。
練「何かしらね? さっきの音」
しかし実摘は起きてきて、寝室から這 いながら出てくる。
それを見て、練は注意する。
練「母さん! 病気だから寝てないといけな いじゃない!」
しかし実摘は深刻な表情。
実摘「な、何だい今の音!? 嫌な予感がす るわ変な音だったわよね!?」
実摘はラジオをつけてみる。
二人はニュースを報じている局に合わ せて、ラジオを熱心に聞く。
ラジオ『~えー、本日15時36分に、福島 第一原子力発電所の、1号機が爆発しまし た! もう一度お伝えします。福島の原発 が爆発しました! 引き続き、周辺住人は 避難指示に基づいて、避難してください。 昨日から発動されている、避難指示の区域 は、南相馬市小高地区。そして浪江町~』
そのニュースを聞いた練と、実摘は、 あたふたして驚きます。
練「母さん、小高が避難区域になってる よ!?」
実摘「あの原発が爆発!? ゴホッ、この 地域も大変なことになったわね。どうりで お近所が静かだと思ったわ。おじさん大丈 夫かしら!?」
練は慌てながら言います。
練「母さん、私たちも安全なところに避難し ましょ! あっでもこんな状態の母さんを、 私一人で運べないわ」
実摘は苦しそうに、咳き込みながら座 っています。
練は、思わず願います。
練「こんな時に、また救世主さまさんみたい な人が、駆けつけてくれたら」
○練の実家(夕)
二人は、どこにも動くことができずに、 時間だけが過ぎ、周りがすっかり暗く なり始めた中、ラジオを真剣に聞いて いる。
練「私たちも、早く避難しなきゃいけないの に。あ、そうだこんな時には、救急車 を呼べば良いのだ」
練は自宅の電話機は停電で使えないの で、自分の携帯電話で119番を押す。携帯『トゥルルルルルルットゥルルルル ルルッ』
しかしいくら経っても、電話がつなが らない。
練「だめだ! 全然繋がらない! 母さん、 この近くに警察署や、消防署はあるっ け?」
実摘は顔をしかめながら言う。
実摘「ゴホッ、遠い」
練は、うろちょろ歩きながら焦ってい る。
そんな練に、実摘は思いついたように 聞く。
実摘「あなたのいわき市の事務所の人たちは、 助けに来てくれないのかい?」
その質問に、練は即答する。
練「ダメ! 道の途中に原発がある。それに 南は警戒区域になっていて、途中で通行止 めになっている!」
練は、最善の方法を考える。
練「私の自宅は、南側にあるいわき市にある。 でも原発も南にあるから、そちらには行け ない。小高は避難指示が出ているからって、 原発から反対の北に向かおうとしても、車 なんてないわ。それに免許も持っていない。 福島県を縦断している鉄道の常磐線だって、 あの地震と津波で、復旧していない。ねぇ 母さん、郡山のおじさんの家に、避難でき ないかしら?」
実摘は、苦しそうに咳き込みながら言 う。
実摘「おじさんとは電話がつながら ないの よ」
練は八方塞がりの、この手詰まりの状 況に、嫌気が立ちます。
練「もう! どうしたら良いの!?」
練は何もする手立てがないまま、時間 だけがすぎる。
練は、時間がこんなに長いと感じるこ とはなかった。
練「もう小高は、緊急特別避難区域に指定さ れているのに、原発から悪いものがいっぱ い出ているというのに、地震の余震がある というのに、日本の政治家たちは、一体何 をしているの!?」
○練の実家(夜)
もう日が落ちた時間です。
もう周りは真っ暗です。
しかし停電しているので、明かりをつ けることができない。
練と、実摘は、まだ寝るのには早いが、 非常食と、電灯を常備して、二人で布 団の中に入る。
まだ練たちは身動きができないまま。
練「あ~、私最近、ツイていないと感じる。 今日も不安な日だったわ。でも、私よりも 大変な目に遭っている人もいるんだ。今日 は福島の、いや日本の一大事。我々はこの 苦境を、乗り越えなきゃいけないわ。明日 には母さんと、南相馬から離れなくちゃ。 それまで私たちくー、くー~」
練は疲れにより、もう眠りに入った。
T「フラッシュバック」
○津波現場・フラッシュバック
練は、津波の恐怖を体感している。
津波は、車や、建物を簡単に飲み込む。 被災者は、叫び声を上げている。
人の命までも、簡単に飲み込んでしま う大津波。
練は被災した方を助けることもできず に、ただ口を開けて眺めているだけで す。
水の悪魔は、高台にいる人までも、あ ざ笑うように襲い掛かる。
大津波は、練に向かって押し寄せる。
練は、その恐怖を緊迫して感じる。
ついに津波は練を捉える。
津波は高台にいる人たちをも、飲み込 もうとする。
練は死を覚悟する。
練は、叫び声を上げる。
練「父さん助けてー!!」
T「現実に戻った練」
○練に実家の寝室(深夜)
練はひどく汗をかきながら叫び、悪夢 から目が覚める。
津波から襲われたフラッシュバックか ら、現実に戻ったことを認識する。
練「ぁはぁ、はぁ、夢で津波を思い出しちゃ った」
一歩「助けに来ましたよ」
現実に戻った練は、その声の方を振り 向くと、目の前に自宅で助けてもらっ た、救世主の一歩が立っている。
一歩「小高は避難指示区域だからといって、 玄関に鍵をかけないと、強盗が入りますよ。 自宅にいなかったから、心配になって実家 まで見にきて、玄関に鍵がかかっていなか ったから良かったです。勝手に入ってきた のは、申し訳ありませんが、まだ避難する ことができていないから、車で来た甲斐が ありました。」
練は唖然として、一歩に対してぼけっ としながら正体を聞く。
練「あ、あなたは救世主さま。でもあなたは 誰?」
一歩は、今度は堂々と自己紹介をする。一歩「僕の名前は、文田須一歩ですよ。小高は原発に近くて危険 ですから、私と一緒に車に乗って避難しま しょう。(一歩は腕時計で時間を確認する) まだ午前4時ですが、避難は急いだほうが 良い」
まだ事情を認識することができずに、 練はぽかーんとした顔をしている。
そして自宅の時計で、時間を確認する。 時計は4時を示していた。
練はとりあえず、一歩に言われた通り に避難の準備をする。
実摘はまだ寝ている。
一歩は、練と共に、避難に必要なもの を整理しながら、持っていく。
その物音に実摘は気づき、起きる。
実摘「んん、(一歩の顔を見る)やゃ、こ の方は、練の噂の恋人じゃないの!? あ ~あの子かい、ずいぶん大きくなったもん だね~、そういうことかい。彼氏が、練の ことを助けに来てくれたのね」
実摘は布団から起きて、避難の準備を する。
一歩は、それを手伝おうとする。
しかし練は、すぐさま一歩に忠告する。練「ダメ! 一歩さん! 母は麻疹にかかっ ているのです。私は幼い頃に麻疹にかかっ て免疫を持っているけれど、一歩さんはま だ免疫を持っているかどうか」
一歩は、練の忠告の途中で、怒鳴るよ うに伝える。
一歩「僕が麻疹にかかって死ぬことと、僕た ちが逃げ遅れて死ぬことと、どっちが大事 ですか!!」
この一歩の男らしい発言に、練は少し キュンとなって惚れる。
一歩「さぁ、準備は出来ましたね。レンタル で借りてきた車に乗ってください。行きま しょう!」
三人は、車に乗り込む。
○車内(早朝)
運転は一歩がしている。
その車に、練と、実摘が乗っている。
他人の車の、良い芳香剤が香る。
実摘はまだ眠たかったのか、車内でぐ っすりと寝ている。
一歩は、南相馬から、通行止めをかい くぐって、北へ北へと車を進ませてい る。
沿岸の道路なので、東日本大震災の、 津波の威力がひしひしとわかる。
沿岸を襲った津波による無残な被害の 光景は、以前の何もなかった頃の光景 とは歴然と違っている。
通り過ぎる車の数は少なく、通り過ぎ る時にいる、たった数人の人々の表情 は、暗く苦しがっている。
車外の景色は、来る前とは一変してい る。
練は車内で頭の中を整理して、また一 歩のことを、敬語で聞く。
練「で、もなんで、私たちとは関係がないあ なたが、まるでキリストのように、救世主 さまのように、私たちを助けてくれるので すか? そして何故、ストーカーのように、 私がいる場所がわかるのですか? それに 何故、原発が爆発して危険なのに、それを かえりみず、こんな田舎の小高までやって きてくれるのですか?」
一歩は、運転しながら答えます。
一歩「だから言ったじゃないですか、私はあ なたの、熱心なヲタクファンなのです。そ れにあなたは有名人ですよ。年頃の男だっ たら、誰でもあなたのことを助けたいと思 うでしょう。でも決して、私はストーカー ではありませんからあ、そうそう、も うすぐで、あなたの誕生日じゃないですか、 その日が来たら、僕もファンレターを贈っ ても良いですか?」
しかしその説明を聞いても、練は腑に 落ちない表情。
練は後部座席からミラーを見て、運転 席の一歩を確認する。
しかし遠い親戚や、以前に会った友人 や、熱心なファンの顔とは一致せず、 覚えがない。
練は後部座席で、一人つぶやく。
練「う~ん。そ、そうなのかもしれないけれ ど」
T「福島県の相馬市」
○相馬市の病院(早朝)
そういう会話をしているうちに、一歩 の車は、原発から20キロ圏外の、北 にある相馬市の大病院にたどり着く。
その病院には、被災者が施設の中に避 難しているのがわかる。
みんな着の身着のまま、壮絶な表情を して助けを待っている。
そこで車を止める一歩。
一歩「ここまで離れたら、放射能も襲ってこ ないだろう」
ここで練は、一歩にお礼を言う。
練「ここまでわざわざ、私たちをどうもあり がとうございました」
このお礼を聞くと、一歩は意外なこと を聞いてくる。
一歩「今の僕は、頼りがいがあるになれ ましたか?」
練は少しキョトンとしながら、応える。練「は、はい。男らしかったです」
練は男に惚れたような顔をして、少し 照れながら言う。
そして練は実摘を起こして、車から二 人は出る。
一歩は実摘に付き添って、病院内に移 動させる。
練は病院のスタッフらしい人に、受け 入れを要望する。
その返答を待っている。
その要望を施設側は受け入れてくれて、 練と実摘は、病院に避難することがで きる。
それを一歩に報告する練。
練「一歩さん、いま手続きができました。母 は療養中なので、特別、個室を確保しても らえることができました。母親を病室に送 りに行ってきますので、ちょっと待ってい てください。そのあいだ、少しロビーで待 ちます」
一歩は、太陽のような笑顔で送る。
○相馬市の病院内(朝)
大きな病院の玄関口のロビーには、周 辺から避難してきた被災者たちが集ま っています。
みんな今を生きるのに必死で、避難の 準備もしていない。
練と実摘は、避難のための道具を準備 して、持ち込んでいる。
避難者には、老人や、子供や、女性も 身を寄せている。
その場にいる人たちは、恐ろしい体験 をして、それを口に出さず、みんな悲 痛な表情をしている。
その中に、練と実摘は母と娘でいる。 その準備道具を見て、隣の女性が、練 たちに頼み事をしてくる。
お隣さん「たいへんすみませんが、そのナプ キンを、一枚貸してもらえないでしょう か?」
二人は快く応じる。
実摘「あら良いですよ。練ちゃん、一枚取り 出してあげなさい」
練は、ナプキンを渡す。
そして練は、実摘に言ってからその場 を離れる。
練「母さん、一歩さんも待っているので、私 は一歩さんのところに行ってきますね」
練はそう言うと、病院の外に出て、一 歩のところに行きます。
しかし一歩の車が止めてあったところ には、もう車がいない。
唖然とする練。
練「あれ、確かこの辺に!」
練は病院の周りを探す。
しかし一歩の姿が見えない。
練は残った体力で、すみずみまで一歩 探す。
しかし見当たらない。
練「一歩さ~ん!!」
練が叫んでも、誰も応答しない。
一通り探し終えて、練は車が止めてあ ったところに戻る。
すると重い石のしたに、メモの紙が置 かれています。
そのメモを、練は読む。
メモ「昔の約束通り、頼りがいがある大人の 男性になれて光栄です。これからも、僕た ちファンのために、PQRに復帰して、頑 張ってください! それではさようなら~ 一歩より~」
このメモを読んで、練は励まされたが、 意味深な表情をします。
練「昔の約束通り? 一歩さん、このメモだ けで、何も言わずに帰ったのね、待っ ててくれって言ったのに」
仕方なく、病院に戻る練。
病院には、虚ろな顔をした被災者たち がたむろっている。
練も、伏し目がちにして帰ってきた。
実摘はそれに気づく。
実摘「一歩くんは、どこに行ったんだい?」
練は、不思議そうな顔をして応える。
練「それが、知らないあいだに帰ってた。ど こにもいないの。あの人は、私の強烈なヲ タクというか、ストーカーになったファン に、助けられたとしか、そう考えるしか、 説明がつかないの。だって私の誕生日まで、 知っていたし」
そんな練に、実摘が叱りながら教える。実摘「あんた、自分の彼氏に変なこと言うね。 一歩くんは、文田須さんちの一歩くんじゃ ないの! あなたの幼馴染で、小学校の時 の、元同級生じゃない。いわき市の自宅で 同棲してて、小高の実家にまで助けに来て くれた救世主のような人に、なんてこと言 うんだい、まったく! だから一歩くんが、 あなたのことを知ってて当然よ」
この真実に、驚愕する練。
練「ぇえぇ!? 一歩さんって、あの一歩く ん!?」
実摘「あんたすっかり、忘れていたわね。小 学校の一年生の時に、南相馬から、東京に 引っ越した、文田須さんちの一歩くんとは、 幼い頃によく一緒に遊んでいたわよね。そ んな二人が違う土地で出会って、結ばれる なんて、素敵な話じゃない! でもずいぶ ん、くっつくのが早いと思ったら、別れる のも、早かったわね。あなたが『誰とも付 き合っていない』と宣言してから、『別れ ようと思う』って言った日数を考えてみな さい。練ちゃん、どっちが別れを切り出し たか知らないけれど、仕事と同じで、パー トナーは、コロコロと変えるもんじゃない のよ!」
練は、一歩との子供の頃を思い返す。
T「練と、一歩の小学生時代」
(回想)○小学校の教室
南相馬の学校の教室には、30人の生 徒と、一人の教師がいます。
教室の黒板には、『一歩くんのお別れ 会』と書かれている。
みんなが注目している中、先生に呼ば れた一歩は、「はい!」という、高い 声を上げて立ち上がる。
子供の頃の一歩は、教室の壇上に上が って、教壇に立って、みんなの前で、 お別れの挨拶をします。
一歩「みなさんさようなら。僕は東京に引っ 越して、一所懸命頑張るので、みなさんも 元気で頑張ってください!」
クラスのみんなから、一歩にサヨナラ の言葉が贈られている。
練の挨拶の番になる。
練は勢いよく立ち上がって、お別れの 挨拶をする。
練「はい、常磐練から一歩くんへ! 一歩く ん、さようなら。私はお友達の、一歩くん がいなくなるとさみしいです。一緒に遊べ なくなるからです。いま私には父さんがい ません。頼りがいがある、父さんがいなく なってさみしいです。だから一歩くんも、 そんな父さんみたいな、頼りがいがある人 になってください。一歩くん、さようなら 」
小学生の練は、発表しているあいだ、 一筋の涙を流します。
練の本当の涙です。
一歩は、その様子に気づき、ハッとす る。
一歩は、その言葉を真剣に聞く。
練「東京に行っても、元気でいてくださ い!」
子供たちのお別れの言葉が終わる。
最後に先生が合図して、みんなは拍手 して、一歩を送り出す。
T「震災が落ち着いた頃・いわき市」
○練の事務所
練は、いわき市の事務所に入ります。
練は社長室のドアをノックもせずに、 ドカっと入り込む。
その気迫に、強面の社長は驚く。
社長室には、豪華な装飾品があり、立 派な本棚には、高級な本が並べられて いる。
そして練は、社長の前に詰め寄る。
この練が見せたこともない、異様な剣 幕に、社長はおののく。
社長の顔に詰め寄った練は、宣言する。
練「社長! 私をPQRに復帰させてくださ い! こんな私でも、被災して辛く、傷つ いた人たちに、勇気と希望が届けられるの なら、私の誕生日に復興リサイタルを組ん で、歌わせてください!」
社長の顔は、こわばって困惑したまま。
T「練の誕生日・いわき市の劇場の、ロック キャッスル」
○ロックキャッスル
巨大な施設に、事務所のプロモーショ ン用の紙が貼られている。
『シスターPQR・リバース(復興) 無料リサイタル』と書かれた看板が立 っている。
PQRのトレードマークの、青いバラ のマークが貼られている。
被災者や、PQRのファンが、ロック キャッスルに入場している。
客席は超満員です。
閉じられた緞帳が開い て、早く劇が始まらないかと、みんな 楽しみに、会話しながら待っている。
客席の誰もが、何が始まるのかと期待 して、ワクワクした顔をしている。
その中には、練の母親の、病気を克服 して元気で明るい、実摘の姿がある。
舞台の裏側で準備している、アイドル たちの登場を待っている。
その幕が開いたと思ったら、舞台袖か ら主役が現れる。
みんなが舞台に注目する。
スポットライトから出てきたのは、新 生シスターPQRだ。
この登場で、観客は歓声を上げる。
観客「ワァァッァアー!」
劇場にイントロが流れ始め、その舞台 の上で、メンバーは力の限り、デビュ ー曲の『ファーストハニー』を、歌っ て踊りきる。
そのステージに客はノリノリで、歓声 を上げながら、拍手喝采する。
T「復興リサイタル後の、PQRの楽屋」
○楽屋
楽屋は、広めの空間に、簡素な机と、 数台のパイプ椅子があり、机の上には 差し入れが置いてある。
楽屋には、スタッフ関係者が数人待機 していた。
PQRのメンバーたちは、ステージ後
にテンションが上がったまま、気持ち よく話している。
百瀬「ヨッシャー、やってやったぞ!」
有賀「最高のパフォーマンスを、発揮したと 思いますわ」
華岡「新生PQRを見に来てくれた人たちに、 『生きてて良かった、また来たい』と思わ せることができましたね。ね、蓮水さ ん?」
練「うん。間違いない」
その時です。
一人の男が、マネージャーの制止を振 り切り、PQRの楽屋の手前まで入っ てきます。
その騒動に、メンバーたちも気づく。
マネージャー「ダメです! いくら無料の復 興ライブとはいえ、関係者以外は、タレン トに会いに来てはいけません!」
男は声を荒げる。
男「だから私は、関係者ですって!」
一人の初老の男は、無理やり楽屋に入 ります。
その男は、ところどころ歯が抜けてい て、白髪交じりの、肌が浅黒く焼けた、 ホームレスに近い格好をしています。
その男が急に入ってきたもんだから、 メンバーは驚きます。
有賀「きゃっ! 誰!?」
PQRの三人は知らなくても、練には 見覚えがあります。
その男は、訴えます。
男「だから私は、蓮水練の父親です!!」
髪は薄くなったが、その自己紹介に、 練は確信します。
練「父さん」
蓮水弾〈60〉は、 自分の娘を見つけて、顔がほころびま す。
弾「お~練、久さしぶりだな」
弾は練を見つめ、練のほうから父親に 歩み寄ります。
練と、弾は、お互い抱きしめます。
練「父さん、本当に逢いたかったよ」
久しぶりに愛娘に逢えて、弾の表情は ゆるみます。
その様子を、メンバーは見届ける。
マネージャーは確認します。
マネージャー「練くん、この方は本当に君の ご両親なのかね?」
練は目に涙を溜めながら、即答します。練「もちろんですわ。私の大好きな、父さん ですもの」
○近くの空き地のベンチ
外はまだ寒くて、風が強い。
ベンチには、弾が一人座っている。
弾の白髪交じりの薄い髪がなびく。
練は、急いでホッと缶コーヒーを買っ て、ベンチで待っている弾に持ってい きます。
練「はい、父さん」
弾はお礼を言う。
弾「あんがとう」
練と弾は、親子らしくつつましく、ベ ンチに座っている。
そこで練は、前から聞きたかったこと を聞く。
練「ねぇ父さん、震災はどこで迎えたの?」
弾「仙台だ。父さんは工事現場で働いていて、 一人暮らししとる。仙台もかなり被災しと ったわ。俺はなんとか生き残ったが、急に お前のことが気になって、そんな時に練が 載っている雑誌を見つけて、まだアイドル として活躍しているお前の姿を、死ぬ前に 一目でも良いから見ておきたかったんだ。 無事か心配で確認するために、仙台からい わき市まで来たわけだ」
練は軽くうなづく。
弾「そんで、いわき市に来たらちょうど無料 の復興ライブをやっておったもんだから、 娘が無事に、舞台で頑張っているところを 見に来たわけだ。しかし練がまだ幼い頃に、 父さんが、練がアイドルになることを反対 して、すまんのぅ」
練はすべてを受け止めてくれるような 表情になって、気になること聞く。
練「でも私が子供の頃の顔と、今の顔は違う と思うのに、よく私が娘だとわかったよ ね」
弾は親の目になって答えます。
弾「当たり前だ。練は私の娘だからな。それ に芸名は、旧姓のままだったからな」
練は、最後に聞きます。
練「でも父さん、なんで母さんと別れた の?」
弾は空を見上げながら、渋い表情で振 り返ります。
弾「何でかのぅ? 父さんは女にモテて、人 より意地っ張りだから、母さんに合わせる ことができなかったからかのぅ? 自分の ペースを乱されるのが、たまらなかったん だ。だからいつも母さんが折れてくれた。 そんな私に、母さんはついに愛想つかした んだな。でも今なら、母さんと一緒にやれ る。時間が戻ってやり直せるならの、話だ がな。だから練、恋愛と結婚は違う。結婚 は家とおんなじで、一生モンだ。だから父 さんみたいな支えさせる人じゃなくて、一 生支えてくれるような人を、選びなさい。 父さんは一度、結婚で失敗したから言える。 父さんが言えるのはこのくらいだ」
練は大きくうなづく。
そして練は、最後に伝えます。
練「今日のライブにね、母さんも南相馬から 来ているよ。父さんがよかったら、逢いに 行ってあげれば?」
弾は、少し難しい表情をする。
弾「今更会わす顔がない。だから実摘の家に 連絡して、練の電話番号を聞けなかった。 だから直接、練の事務所に乗り込んで、練 の無事を確認しようと考えていた。しかし 今日は練と話せて、胸につっかえていたも のがなくなった。心が晴れやかだ。だから 今なら実摘のところに行って、謝ることが できるかのぅ? 練の親を、一人で努めて きたわけだからな。だから行ってみようか い。私が謝るだけで済むのなら」
そう言い残すと、弾は練と別れて、再 び実摘がいるロックキャッスルの劇場 に戻ります。
○楽屋
練は楽屋に戻る。
そこにはPQRのメンバーはいない。
もう帰宅したあとだ。
しかしマネージャーが、手紙を持ちな がら待っていた。
マネージャー「久しぶりの親子の再会は、ど うだった? ほかのメンバーはもう帰った よ。あっところで、練くんが楽屋を離れて いた頃に、練くんにもう一人の来客がきた んだ。なんかメガネをかけて、リュックを 背負ったヲタクっぽい男だったけど、この 手紙を置いていったよ。どうせ熱烈なファ ンのラブレターだろうな?」
練は、マネージャーから手紙を、普通 に受け取る。
マネージャー「でも珍しいな、練くんの芸名 じゃなくて、本名できてたぞ。差出人は、 文田須一歩ってさ」
差出人の名前を聞いた練は、急に驚い て、急いで手紙の封を切ります。
練は封筒から手紙を取り出したら、丁 寧に手紙を広げて読み始めます。
手紙『常磐練さんへ~』
N『お久し振りですね。相馬市の病院で別れ てから、日本もずいぶん変わりましたね。 福島はあれから、復興することができたら 良いですね。本当は練さんの南相馬の実家 に、手紙を送ろうと思っていましたが、練 さんの誕生日に、PQRが復興ライブを行 うことを知り、そこで手紙を渡そうと考え ていました。私はストーカーと思われたく ないので、手紙で告白します』
N『いつも練さんのことは、テレビで拝見し ております。初めて練さんをテレビで見つ けたときは、子供の頃からの夢だったアイ ドルになれたことを、自分のことのように、 とても嬉しく思いました。そこで幼馴染な がら、祝ってあげようと思い。練さんの変 わっていなかった実家に連絡を入れました。 しかし練さんは、実家にはいませんでした。 そこで私は幼馴染ということで、お母様か ら、いわき市の自宅の住所を教えてもらっ ていたのです。その後お母様に、私が練さ んの彼氏だと思われたときは、連絡を入れ てから、付き合うのが早すぎて、お母様も 随分展開が早いなと、思われたでしょうね。 それとお母様の麻疹の件ですが、子供の頃 にあなたに麻疹を伝染されて、私にも免疫 があったから大丈夫でしたよ』
N『私は練さんの自宅には行けましたが、今 頃私なんかが現れたとしても、迷惑かなと も思い、勇気がなくてチャイムを鳴らせな いまま、2日いました。その葛藤をしてい るあいだに、練さんの本当の彼氏さんが現 れて、練炭事件がありました。僕は勇気を 出して、練さんを助けることができました が、僕はその時、頼もしく映りましたか? しかしあういうタイプの男性よりも、僕 の方が、練さんを大切にすることができる 自信があります』
N『日本で東日本大震災が起こったときは、 心配でもう一度、いわき市の自宅に行って みました。今度は勇気を出して、チャイム を押しましたが、返事がないので、自宅謹 慎中ということもあり、実家の南相馬に帰 ったのが分かりました。そのあいだに原発 事故があって、小高は原発から近いので、 心配になって小高に向かいました。途中に 原発があったので、結構勇気がいったので すよ。そして小高で住んでいた家が、以前 と同じだったので、練さんたちを助けられ たのです。私が引っ越す前に、あの辺で一 緒に遊んでいましたね。私は、練さんから、 頼りがいがある人だと言われて、本当に嬉 しかったです』
N『私たちが子供の頃、練さんの苗字が、急 に常磐に変わった時は、子供ながら戸惑い ました。また練さんの苗字を、変えさせて もらえないでしょうか? あれからまた練 さんへの想いが強くなって、一歩踏み出し て、告白しないと、後で後悔してしまうか ら。あなたが消えてしまわないうちに、僕 が助けますから、一度で良いから、デート から始めてもらえないでしょうか? 僕は 影が薄いので、きっとバレません。しかし バレてしまえば、アイドルをクビになる。 だから僕が責任を取りますので、一度で良 いから、僕とデートしてください! お願 いします』
N『僕だけのアイドルになってください。良 かったら今週の日曜日に、観光地の会津若 松の、鶴ヶ城に来てください。そこで待っ てます。逢いましょう。文田須一歩より ~』
○楽屋
この手紙を読んだ練は、優しい表情に なって、一筋の涙をこぼします。
楽屋にはもう練しかいません。
T「日曜日の会津若松」
○鶴ヶ城
歴史ある城構えの麓で、観光客が天守 閣を見上げる。
そのデート場で一歩は、ありったけの オシャレをして、練を待っています。
その精悍な顔つきは、男らしく、頼も しい。
震災の影響を感じさせないように、た くさんの観光客が、災害にも負けず観 光に訪れている。
一歩は、彼女が来てくれるか確信が持 てずに、そわそわ周りを見渡している。
そこに一人の、オシャレをした女性が、 一歩の前に現れます。
それは練です。
一歩は驚き、練は幸せそうな顔をして います。
二人は夫婦のように、会津若松でデー トをして、楽しみました。 〈了〉