59 異変
階段を駆け上がっている内に、レイスもまた、異変に気が付いた。
「レピート、足、止めんなよ」
「…っはい」
体を震わせ、魔物へ変わる――残虐ともいえるその光景に、レピートは息を詰まらせた。何が起きているのか、何が、思考が悲鳴をあげそうになる。
それでも、今、レピートがしなくてはならないことは。
「セトを、止めないと…!」
飛び込むようにして、その部屋へ入った。
…
……
………
「……なによ、これ」
ツイッセが――呆然、としたように呟いた。
プレネスとシプロも、ただ、息を呑んで情景を見詰める。上階から降りてきた騎士が、魔物へ変わり、こちらに刃を向けている。
「……ツイッセ!いったい、どういうことだこれは!」
「あ――アタシだって、わからない!どうして……魔物に?!」
「戦っている……場合じゃなさそうね」
プレネスは階段を駆け上がった。シプロもそれに続く。後ろを省みると、ツイッセは唇を噛みしめたまま、動かなかった。
階段を昇った先で、どさり、と音がして首が飛ぶ。思わずプレネスが足を止めた先で、ロズが苦笑していた。
「ごめん」
「びっくりしたわよ……」
ティとロズ、四人は上へ続く階段を見上げた。
先の昇って行った、二人。
今頃セトの元へ辿り着いているだろうか。
「……行こう」
ティの言葉に、一行は頷いた。
…
……
………
部屋に入って、まず、目についたのは――座する五つのコアだった。
中央に赤いコア、それらを囲むように、四つのコアがある。
そして、セトは、コアでつくられた陣形の最奥で佇んでいた。
「……来たのね、レピート」
傍で控えるネオが、厳しい目つきで二人を見詰めている。ウルアが退屈そうに眼を細めていた。リースの姿はないが、恐らく、近くには居るのだろう。そして、セトの傍には大臣が控えていた。
ネオが持つ盾――ピクシーの長老の話によれば、宝具――は発光し、輝いていた。
セトを真っ直ぐにとらえたレピートが、息を吸い込む。
「コアの力で、世界を改変するなんて、やめましょう」
「準備は整いました。陣を書き終え、もう、誰にも止めることはできません。このまま≪世界神≫を卸します」
世界神。
この世を統べる、守護神ともいえる、神様。
その力で、この世界を新しいものとする。
地殻変動による被害は、尋常ではない筈だ。だが、セトが見詰めるのは、その先の国民の未来。
レピートは強く言い放った。
「私が、絶対、絶対にとめます!!!」
ふ、とセトの瞳に影が落ちる。
「……どうして、分かって貰えないのでしょう」
その、言葉を合図にしたかのように。
コアを中心に、光が瞬いた――強く、五色の色が、光を放ち。
「………え?」
セトと、レピートの声が、重なった。
赤い光は、レイスからも滲み出ていた。
「…な……んだ、これは……」
レイスは目を見開いて、自らを見詰める。中心、赤色のコアもまた、同じ光を発していた。
近づくな、と、レピートを目で制し、眉を寄せる。
「共鳴……?俺が、コアと共鳴している……?なんで」
なんで。
――大臣が、嗤った。
その目を見た瞬間、笑みを、見た瞬間、レイスはゾクリ、と背筋が冷えて息を呑む。脳が警鐘を鳴らしている。
何だ。
まずい。
・・・・
良くない。
「――おかしい、これ、陣が組み代わっている…!!」
セトが叫んだ。
陣――いや、レピートにはちっともわからない、が。セトが咄嗟に陣に手を伸ばしたそのとき、大臣が動いた。間一髪でウルアが大鎌を振るい、大臣を切り裂く。
その手には、小さい刀が握られていた。
「…なにしてんのぉ」
「陣を書き換えたのは、お前か!」
セトが怒鳴ると、大臣は声にだして、嗤った。
哄笑が、響き渡る。
「――待っていた!ここに、マナが満ちる、この瞬間を!!!そして……鎖となる者が現れる、このタイミングを!!ああ、400年、400年も掛かってしまった!!!!」
「………まて………」
レイスは、小さく、呟く。
ピシリ、と、音を立てて――中心の赤いコアに罅が入った。ソレは徐々に広がっていく。そして、光もまた、更に強くなっていく。
マナの気配が濃密なものへ変わっていく。
「ようやく………ようやく、あのお方を、この世に目覚めさせることができる……!!!」
一人の少女が、眠っていた。
脳裏で瞬いた光景は一瞬だ。
レイスは咄嗟に、叫んだ。
「―――ふざけるな!」
引き絞ったように飛び出した声が掠れる。大臣が――否、異形のものが、レイスを向く。
その目を、知っている。
人ではない、魔物の目。
「今、ここに、目覚めの時を」
コアが、音を立ててはじけ飛んだ。瞬間、パキリ、と、耳障りな音を立てて、レイスを包んでいた光もまた、罅割れる。足元がグラついた。
そして――
ソレは、起きた。
生じた歪みが、徐々に、広くなっていく。薄暗い底のようなものが視界に映った。
どす黒いナニカが零れ落ちては、積もっていく――ヒタリ、と。
足をつける、それは、最初こそ白い肌だったものの、装飾がつき、足から、胴体、腕、そして――頭が。
歪みから現れた、ソレは、ゆっくりと瞳を開いた。
ガラス玉のような瞳が、瞬きをする。
「……………、…………ああ、よく、眠った」
そうして、ソレは、呟いた。