55 牢獄
「あ、プレネスそれとって」
「どれよ……あ、これ?」
「ありがとうー」
いやいや、と、ティはおにぎりを手に持ちながら、呑気に言葉を交わす二人を見た。
冷たい牢獄。薄暗い部屋。支給された食事は、存外悪いものではない。
「落ち着きすぎじゃなイ?!ぼくら、ここに投獄されたんだヨ…!」
「あら、でもどうにもこうにもできないし、どうすることもできないじゃない?」
いっそ、穏やかといっていい笑みを浮かべたプレネスが返事をした。ティは項垂れる。投獄――桜の下で、王国騎士団を引き入れたネオに捕まって、気がつけば、牢獄の中に三人、入ってた。ただ、牢獄といっても周囲に人がいる。幾つかの柵に分かれた中、囚人たちは思い思いの様子だ。
ここに投獄されている人々は、恐らく、何らかの事情で≪処分≫ができていない者達なのだろう。ティたちがここに入っているのも、利用価値がまだあると認識されているからだ。逃げたメンバー、彼等は無事だろうか。
「ご飯も美味しい」
「それはまぁ……っていっても、時間がないヨ。外部からの救けを求めるより、もう、ここからアクションを起こさなきゃ」
膨れ上がった膨大なマナの感覚を感じたのは、つい数時間前だ。時間はほとんどない。
指についた米粒を、舌でなめとってからおしぼりでふき取る。武器は全て取り上げられてしまった。ここでは、マナでの術詠唱も妨害されるらしい。食事の為に外していた革手袋を付け直したロズが、くせっけの強い髪の毛を掻き上げた。
「確かに、そろそろ動こう」
「…何か、方法が?」
ロズは監視役が近くに居ないのを確認してから、そ、と牢獄の隣を叩いた。コツン、と音がする。ティは、ふと僅かながら、穴が開いていることに気が付いた。恐らく、かつての囚人の誰かが空けたものだろう。どちらにせよ、横に開いたとしても、どうにもできないのだ。
柵が開かないのだから。
「こんにちは。僕、ロズって言います。お話を少し窺ってもいいですか?」
奥に、一人。椅子に座り、じっとしている男が居た。
顔に大きな切り傷がついている。体は筋肉が元からついていた証であるかのように、がっしりとしているが、恐らく数年はココにいるのだろう。屈強な体、とは言い難いものだ。歳は60代程度か、男性はロズを見て口を開いた。
「ほぅ、年若い青年がこんなところに居るのは興味深かったが……私に、何か用か?」
「ええ、実は、貴方をご存じでして。僕、こう見えて…騎士団を目指しておりまして」
「こう見えて、って自分で言っちゃうノ」
「意外と、前言ったこと音に持つタイプなのね」
ぼそ、とティとプレネスが言い合うと、ロズが視線を向けてきた。おお怖い。ロズは男に語り掛ける。
「二年前、現在の王女が即位して…王国は変わりました。吸血鬼狩り、防衛措置、そして、王国の騎士団。……貴方は、かつての王国の騎士団長、ですよね」
先代。
いいや、シプロが座に居たことも考えれば、先先代、といったところか。
だが、この牢獄で、どうして気付いたのか。ロズが悪戯っぽく笑った。
「初めて王都に来た時。合成獣…キメラの存在を気にして、ここら辺へ風を送ったことがあったろ。そこの囚人で気になっててね。といっても…この位置に投獄されたのは、偶然にしては出来過ぎていたけれど」
「…いかにも、私が元・騎士団長――エンだ」
男――エンは居住まいを正して、三人に向きなおった。
「貴方がここにどうしているのか……それを聴くには、生憎時間がない。脱出方法はありませんか。かつて、騎士団に所属し、王国の片翼とも言われた貴方なら、知っている筈です」
ロズの言葉に、エンはゆっくりと息を吐く。
知らないのではないか、と、ティは思った。知っていれば脱出するはずだろう。術も発動できない場所だ。方法なんて。それでも、何か、万が一を願って、ロズは口にしているのだ。
そして、恐らく、その縋りは当たりだろう。
「ここを出て、何をするつもりだ?」
「王国の、セト王女の計画を潰す」
言い切ったプレネスに、エンは片眉をつりあげた。
ただ、小さく、「そうか」、と呟いた。
しばし沈黙が続いた。
ややあって、エンは手招きをする。
「お前、名は何と言ったか」
「ロズ、です」
「――随分と不吉な色を宿しているぞ」
えっ、とロズが表情を引きつらせた。
エンの目が、ロズの瞳を見詰める。
「生き急がないことだ、若人。焦る必要などない、自ら首を絞めることとなる。そうして……道を誤ってしまった人間を、知っている」
「……シプロのこと?」
思わず、といったようにプレネスが口にすると、やや驚いたような表情をしてから、ふっと笑みを浮かべた。
まるで、孫を思いやるような優しい表情だ。
「いいや……もう一人。私と…そしてシプロを追ってやまなかった、もう一人のバカな弟子だ。――これを使え、恐らく…武器防具は一つ上の階に在る筈だ。保管場所が変わっていなければ、だが…」
「か、鍵…!!」
ティが目を見開く。
鍵を握りしめながら、ロズは心の内で、伝えられた言葉を反復した。




