54 正体
「――宝具、をご存じですかな?」
「…ほうぐ」
族長は前を歩きながら、呟いた。
「かつて、世界が創られた際、神が我々に与えた三つのもの。弓、盾、そして…剣。このうち、弓は既に失われておる」
「………」
「剣もまた、400年前、紛失した」
魔王討伐の際。
そもそも、かの聖剣――勇者が引き抜いたとされる剣は、結局のところ、どういう理由で扱えるものを選ぶのか、分かっていない。ただ、誰もが彼女を勇者と呼んだ。それだけは事実なのだ。
「盾……あの結界を構成している中心が、盾じゃ」
「あんたは、俺に何を言いたいんだ」
族長は立ち止まる。
そこには、一つの墓があった。
名が刻まれている。
「……お主に質問をする。代わりに、お主の質問を答えよう」
レイスは――ふらりと墓に近づいた。
ただ、冷ややかな瞳で墓を見下ろしている。ガラスのように全てを反射するような瞳で、その墓を、無感動に見詰めている。
「訊かせてくれ―――
・・・・・・・・・
魔王は、死んだのか」
墓に刻まれた名は、勇者と共に旅をした一人のピクシーの少女のものだった。
それは、族長の娘のものでもあった。
花が風に揺れている。急ぎ足で歩いているピクシー達とは離れた場所では、あまりにも静かだった。
レイスがややあって、厳かに言った。
・・
「さぁ」
そんなもの。
「何で、俺が知っていると思うんだ」
墓から目を逸らしたレイスが、答えた。その返答をきいて、たっぷり十秒ほど間を空けた後、長く、長く族長は息を吐く。
「お主の聞きたいことを答えよう」
「ティについて聞きたい」
墓から完全に背を向けたレイスが、真っ直ぐに族長を見詰めた。先程の無情な目ではない、明確な意思が瞬時に宿っている。
ティ、と、族長は口の中を転がす。
「…ああ、あの、こどもか…」
「初めて会った時、あいつはカプセルの中で眠っていた。コアを手にして、な。そもそも――コアを気が付いたら入手していた、とは聞くが、ガーディアンの件がある。まさか、あいつが…人一倍繊細に遺産を好むあいつが、コアを簡単に手にできるわけがない」
記憶喪失だから、というのもあるだろうが、如何せん、ティには謎が多すぎた。
この里に初めて来たとき、ピクシーの住民たちは、ティを通して≪ナニカ≫を見ていた。
「あの子は、ガーディアンそのものじゃよ」
族長は告げる。
レイスは僅かに目を瞠った。
「かつて、コアが王に渡った時。我々と吸血鬼は、それぞれコアを一つずつ譲り受けた。吸血鬼はコアを桜の木の下へ、奴らの手に負えなかったのだろう。人間とは違い、マナに異常に聡い生き物じゃからな。人間が作りだしたガーディアンに守らせた」
それが、あの桜の木の下。
恐らくだが、コアの影響を受けた為に、桜は異常発達してしまっているのだろう。永遠に咲く桜は、マナの影響を強く受けている。
「我々は、人間の兵器を拒んだ。よって、我々は――ガーディアンを産み出すことにしたのじゃよ」
「産み……?」
「何度か代は変わっておるがな、あの子は確かに、ピクシーの里で産まれた――才ある子。同時に、ガーディアンと成る為に、様々な処置がされておる」
「……人格改変か」
ほぼ、吐き捨てる様に言ってしまった。
ガーディアンに意思はない。どこの場を守る彼等も、ただ、コアを守るためだけの騎士である。人間の兵器を拒んだといえど、そこは避けようがないのだろう。
人格を壊され、かき混ぜられた。
でも、とレイスは眉を寄せる。
「…あいつ、二十年前の大戦を知っていたぞ」
「そうじゃ、我々は……二十年前、あの子を大戦に引き出したんじゃよ」
族長は言う。
それこそが、自分達ピクシーの罪である、と。




