52 最後にみたのは
―拝啓、私たちの大好きな貴方へ
その手紙は、そんな前置きから始まっていた。
―目が覚めて、随分と驚いたと思う。こうして、手紙を残す私たちをどうか許して欲しい。
貴方と出会ったのは偶然だったわね。今でもよく覚えているわ。それから、沢山の場所を周った。火を吹く火山、ピクシーの里、吸血鬼の主の城、大きな桜の木。あげてみればキリがないけれど、旅をした。大変で、辛かったこともあったけれど、それ以上に楽しかった。貴方もそうだったら嬉しいな。
さて、私が手紙を書いたのは、貴方に伝えたいことがあったから。
私たちは今から、死地へ赴くようなものよ。そこに、私たちの我儘だわ、貴方を巻き込みたくなかったの。貴方は強い、才能がある。でも、だからこそ苦難の道を歩いてしまった貴方は、私たちと共に苦しみを受ける必要はない。貴方には、幸せになってほしいの。
生きていて欲しいの。
どうか、忘れないで。貴方は一人じゃない。
どうか、忘れないで。
私たちは貴方を愛していた。
―敬具、マインと、その他仲間より
綴られた文字の羅列を、ゆっくりと、指でなぞる。何度も何度も読み返してしまった名残だ。皺くちゃになった紙を、また、握りしめた。
雨音が、聞こえる。
小屋の中には、少年が一人、他は誰もいない。
かつて、勇者一行は世界を救った。
幼い少年が一人、謁見の間に現れ、コアを手に告げた。
【魔王は、死んだ】
400年も昔の事だ。
幾つかの偽りを抱えながら、今も尚、童話のごとく、語り継がれる物語。
誰も知らない。
その日、一人の少年が壊れて死んだ。
…
……
………
ざぁ、と耳元を風が撫でる。コアを手にして、姫王を守る四核、≪グルート≫のネオは息を吐いた。
鬱陶しいように、言い紡ぐ。
「全く、手間をかけさせる……おい」
合図を出すと、茂みから甲冑の音がいくつも響く。囲まれているのだと認識するのには、そう時間はいらなかった。
まずいネ、と小さくティが舌を打つ。
「さっきの戦闘でマナが空っポ」
「…休憩ぐらいさせなさいよね」
同じように、プレネスが呟く。先程の戦闘が、やはり心身共に影響を及ぼしていた。
「抵抗はするな」
「………、かげん、に」
ネオの足元で、おもぐるしく、声が響いた。
瞬間、風のマナがネオに襲い掛かる。
「効かないぞ、俺の盾には…!」
「だから?」
髪を乱しながら、ロズは低姿勢のまま唇の端で笑みを浮かべると、手放したレイピアを手中に戻した。一瞬だけ、プレネスと目が合う。プレネスは「…仕方ないわね」、と、小さく呟いた。
「ティ、残ってくれる?」
「おや、ぼくをご指名?いいヨ、構わない」
「プレネス…?」
訝しげな声を出すレピートのスカーフを、レイスが引く。シプロも困惑気に眉を寄せていたが、ティにそれとなく背中を押され、レピートに押し付けられた。
プレネスが微笑む。
「ちょっと別行動ね。大丈夫よ、死んだりしないわ」
「……?!何いって、何するんです?!」
魔法陣が浮かび上がる。光と共に、レイス、シプロ、レピートを包み込む。ティがラックをレピートに投げつけた。強まる光に、ネオが光の弓矢を発動させ――瞬間、ロズが切り払う。
「――チッ、邪魔だぞ!」
「何だよ、踊れよ!」
いつもの誘い文句を口にして、ロズは瞳に戦意を宿す。少しの攻防の間に、プレネスの術は完成していた。
転移術。
――全員分を移動させるほどの力は残っていない。だとするのなら、誰を脱出させるのが適任か。
光の向こうで、プレネスが手を振り、ティが安心させるように笑い――紐を纏わせる。レピートが最後に見えたのは、そんな防戦一方の疲弊した三人に迫りくる、騎士団の軍勢だった。