50 VSガーディアン
確かに、地下は遺跡となっていた。壁には古代文字だろうか――レピートからしてみれば、ただの模様にしかみえない文字の羅列が並んでいる。道は一本で、歩いていくうちにティに追いついた。
「これは……古代文字……ふむふむ……全く読めないけれド!いやぁなんて書いてあるんだろウ?!」
「…テンションたか……しかも読めないのかよ…」
「ティ殿は愉快な方だ」
ふふ、と笑うシプロにロズは若干うんざりしたような目を向けた。シプロの言葉に悪気はないのだろうが、如何せん、天然気が強い。レピートは文字の一句をなぞった。
「師匠読めます?」
「えー………」
面倒くさそうな様子で軽く屈んで、レピートの文字を見詰める。
しばし何事か口の中でもごついたあと、ぽつりと言った。
「…≪復讐≫」
「うわっ早速物騒ですね」
「≪あなたをゆるさない≫」
「え」
「≪地獄におちなさい≫」
「なんなんですここ?!」
思わずレピートが叫ぶと、レイスが軽く笑みを浮かべた。それで、気付く。
からかっているのだ。
「師匠!!!」
「おっと、ティどっか行くぞ」
「ええ…?!あ、待ってください、ティ!!」
スタスタ、とティが進んでしまうのを見て、慌ててレピートは背中を追う。服をはたいて立ち上がったレイスを見、プレネスは肩を竦めた。
「あんまりからかってあげるのやめなさいよ…」
「≪あなたを信じている、いつまでも大輪で在れ≫」
レイスは文字をなぞった。
古代語は散りばめられているし、これが目についたのはたまたまだろう。それでも、レピートが図らずとも差した文字は美しい。
行くわよ、とプレネスに声を掛けられたレイスは、遠ざかりつつある背中に足を向けた。
ようやくティが勢いを止めたのは、最深部だった。
やはり古代文字が散りばめられている。ロズが眉を寄せて汗を拭う。
「凄い、密度が高いマナを感じるよ……」
レピートにはさっぱり分からないが、それぞれ感じているようで、警戒心が瞳に映っている。感じ取れないレピートにとって、目の前の台座に掲げられているコアに目がいった。
「あれが、桃色……コアですね」
「割と安易に置かれているネ……どれ……」
呟きながら、ティが足を一歩踏み出した。
そのときだった。
宙に陣が浮かぶ。魔法陣、と思う間もなく、光がティに降り注いだ。げ、と顔を顰めるティが防御姿勢を取る前に、プレネスの結界術が発動する。
辛うじて間に合ったソレは光を振り払うが、陣は消えず、むしろ歪みを発しながら――やがて形を作っていく。最初に生まれたのは腕だった。二本、否、四本の腕が浮かび、それから頭と、胴体、足―――生み出された、存在。
「まさか、ガーディアンか……!?」
「っぽい、な……くるぞ」
シプロが剣を振り払う。腕には四つの刀が握られていた。一気に間合いを詰めると、振り下ろされた二対の刀を弾き返す。大剣、とも呼べる太刀を払う――残りの二対を、それぞれロズとティが対応する。
「動きは単調だけど、ものすっごい重い……!シプロ一人で」
「問題ない!それより、ガーディアンはどうすればいいのだ?!古代の産物だろう、壊してとめるというのも…!」
ロズに叫び返すシプロの言葉を聞いて、ティがくわりと目を見開く。
それから慌てたように術の詠唱を止めて後ろへ跳んだ。
「だ、ダメダメ!!産物を壊すなんテ、絶対ダメだ!!!」
「えええ…っじゃ、じゃあどうすれば…?!」
続けようとしたレピートも、悲鳴のようなティの言葉に躊躇う。その躊躇いを逃さずに、刃が走った。間一髪のところでプレネスの炎系の術が爆発する。
「動きを封じれば……でも、バインド系の術は効かなそう、なんだけど?!」
炎が薄れ、消えていく――術を吸収する魔物の類に似ている。術の影響をほとんど受けないのだろう。そこで、ティがレピートを見た。
「ラックの展開術で、ぼくとレピートを繋げよウ。レピート、うまく動いてくれル?」
「ふぇ?うご……はい!動くのは、得意です!!」
後半部分を聞き取りながら、レピートは自慢げに頷いた。その様子をからりと笑ってから、ティはラックを見る。
「いくみよ!」
ラックの展開術が発動した。グン、と上昇するような高ぶりに、むせ返りそうな程のマナの圧力が加わる感触。ふ、とレピートは自身の身が酷く軽く――羽を持っているかのように――軽く感じた。
跳べそうだ。
「――天昇水!」
短剣で一対の刀を切り落とす。威力は先ほどと桁違いのもの、刀身が折れ、少し離れた場所に突き刺さった。この調子で、と見上げ、ガーディアンを睨み付ける。
一方のティは紐を振りほどき、ゆっくりと声を響かせた。
「―――……、………――」
澄み渡る歌が遺跡の中、響き渡る。聞いていて心地がよくなるような歌だった。レイスがやや小首を傾げながら呟く。
「…前に聞いた歌とは違う……二番、か?」
「――歌が、聞こえるんだ」
ぷつり、と息を吐きながら、ティがぼやく。どこか遠いところを見て、静かに。
「――眠りへ誘え、旋律の日」
ガーディアンの動きが、止まった。
「――刀を折れ!」
シプロが叫びと同時に、一本を手折る。音を立てて割れたそれを見ながら、引きつった表情でロズはレイピアを構えた。
「いやいや…そんな簡単に折れるもんなの………」
逆手に抱いた独特な構えで、ロズは風のマナを埋め――解き放つ。踊るかのように――されど、一瞬で。
「――流、二つ星」
「最後ぉ!!」
レピートが短剣を突きつけたと同時に、刀が全て手折られた。その隙にプレネスはコアに手を伸ばす。白い指先がコアを掬い取るようにして奪取すると、すぐさま後方へ跳んだ。
ぐぐ、と、ガーディアンが動き始める。
「急いデ!歌の効果が途切れル…!」
「ああもう、マナが多いわよこれ!!重い……っ!!」
悪態をつくプレネスに、レイスは皆に倣い駆け出しながら手を差しだした。
寄越せ、という意味だろう。
プレネスは眉を寄せ、――息を吐いて、コアを渡す。
「本当に、何ともないわけ?」
「あったら、言っている」
轟音を起こす中、一行は地上を目指して走り出した。