46 母親
屋敷を出て、外へ向かう。聞き出した桜の居場所は分からないが、それ以上の情報を聞き出せそうになかった。ならば、外で待っているであろう二人の知識を頼るべきだ。彼等も旅をしてきた二人であるし、何か知っているかもしれない。桜の木の下、あまりにも範囲が広い内容ではあるが、とレピートは顔を曇らせる。
らしくなく、考えていたからだろう、前から女性が歩いてくるのに気付かなかった。
「わっ、すみません!」
「!ごめんなさい、私も気づかなくて……大丈夫?怪我はない?」
ピクシーの女性が眉を下げ、レピートを慌てて気遣うように膝を曲げる。薄らと化粧がされた端正な顔立ち、若草色の瞳と目が合う。背中を流れる長い薄金が視界の隅で揺れた。
「怪我はないです!私こそ、ぼーっとしてしまって」
「いいの、私もぼーっとしてしまって…ごめんなさいね」
怪我がないことを告げると、ほっとしたように女性は歩き去っていく。綺麗な人だったなぁと思っていると、街人が囁く声が耳に入った。
「≪産み手≫が出歩いているぞ。族長にでも呼ばれたのか?」
「珍しいな……≪産み手≫、ガーディアンの子を産んでから長い事部屋に引き籠っていただろうに」
(産み手……?ガーディアン……?)
女性の背中を見る。
緑の瞳、薄い金の髪。
――ここ、帰りたくないな、って。
この森を入る前、蘇った声を思い出して、あ、とレピートは女性を呼び止めていた。やや後方を歩いていたシプロが「レピート!?」と訝しげな声をあげる。
女性の背中に飛びつくように近づいて、正面に回った。
「あ、の!もしかして、貴方…」
「レピート、何してんだ……行くぞ」
「ふぇっ」
更に後方。レイスがレピートの言葉を遮り、腕を引く。困惑気な女性を他所に、レピートを掴んだまま、レイスは二人の元へ戻った。どうして、と尋ねるような目を向ければ、レイスは小声で囁く。
「ロズの母親とは限らない。…それに、あいつは、もしかしたらこれを知ってて入らなかったかもしれない」
「え、でも…家族、ですよね…?」
「あいつは、孤児だろう」
そこでようやく、レピートも気づいた。レイスの言わんとしていること。ロズは、一人ぼっちで生きていた。
それが一体、何を意味しているのか。
女性は族長の屋敷へ歩き去る。その背中に、入口でロズに何も言えなかったように、再度声を掛けることもできないまま見送ることしかできなかった。
里を出て暫く歩いた先、暇を持て余したようにトランプをする二人の姿があった。
トランプ。
「魔術でつくってるー!!!」
「あ、おかえり」
思わずレピートが叫ぶと、プレネスはロズの手からトランプを引き抜く。そこで顔を顰めた。ババが当たったらしい。
魔術で丁寧に創られたトランプに感心したように、シプロは「良く出来ているな…」とぼやいた。その表情は至極真面目である。戻ってきたことにより、プレネスは術を消して、ロズは服を叩きながら立ち上がった。
「何か収穫はあった?」
ロズとプレネスに、族長との会話を伝える。うんうんと頷いていたプレネスが「桜…」と首を傾げた。
「知っています?」
「……吸血鬼のもの……確か、雲の上へ行く時に、上からでも分かるほどの巨木があったのは覚えているわ。それかもしれない。場所は……正確な位置はわからないけれど、ここから歩けばそれなりの距離があると思うけれど」
「…行ってみる価値はありそうだな」
レイスが同意する中、ロズに告げなかった女性の存在を考える。言った方がいいのか、それとも。先程のレイスの言葉を思い出して、悩む。そんなレピートに、ロズが眉を下げた。
「どうかした、レピート?」
(――ああ、でも、凄く…そっくり、です)
「……何でも、ないです」
嘘は苦手だ。
難しいことは、考えたくはない。
それでも、伝えてはいけないことも、伝えて、分かってもらえないことがあることも、レピートは知ったから。
里を離れ、歩き出す中で、もう一つの違和感を思い出した。咄嗟に後方を見るが、森の奥に消えた里の存在は認識できない。
そうだ。
ガーディアン。
ティと出会った遺跡。あそこに、コアがあった確信はない。眠りについていたティがずっと持っていたコア。
(……あそこには、ガーディアンは居ませんでした……)
ティがコアをどこかで得たのか。
それ以上の疑問を、レピートは考え込むことはできなかった。