43 灯る光は希望と成りて
下水道――もとい、脱出隠し経路だという道に入る。ぽつりと等間隔で光はあり、足元はさほど暗くはない。
喧騒から十分離れてから、ようやくシプロは立ち止まって振り向いた。
「シプロさん…」
「…久しぶりだな、私の事を覚えていてくれて…嬉しい。二人が王都に居ることには驚いたけれど」
仄かな笑みさえ浮かばせて、シプロは優しく囁いた。誰だという目でこちらを見てくる三人に、レイスはしばし考え込んでから呟いた。
「…そういえば、誰、って言われても答えようがねぇな」
「ふむ。私も、君たちのことは良く知らないからな」
「…知らないのに助けたの?危険を冒してまデ?」
シプロは真っ直ぐにティを見てから、レピートとレイスに向きなおる。
ただ、一言。
「約束したからな」
――かつて、交わした小さな約束。
だから、また会いましょう!
私たちは友達です!
「………やく、そく………」
改めて、そう前置きをしてからシプロは微笑んだ。
「私はシプロ。…貴方達と同じく、国の在り方に疑問を抱く者だ」
「国王女、セトの政権について、ね」
プレネスの声にシプロは重々しく頷いた。ふ、と蒼い瞳に影を落として呟く。
「コアを器代わりにし、神を卸す………その為に、民を犠牲にする。賛同はできなかった」
「…シプロ……シプロ…?どこかで聞いたことがあるような………」
ロズが小首を傾げる一方で、レイスが息を吐いた。片手でレピートの背中を軽く押す。
「休めるところに行きたい。この道はどこに繋がっている?」
「王都の外まで」
「とりあえず外に出よっカ。レピート、それでいい?」
こくん、と無言で頷くレピートに、誰もが気に掛けながらも歩きはじめた。
…
……
………
暫く道を進んでいく内に、なかなかの広さがある水道に音をあげたのはロズだった。
「ちょっと休憩しない…?」
本音で言えば、誰もが薄暗く湿った空間から一刻も早く出たいという思いはあるだろう。それはロズも同じの筈だ。それでも、プレネスははたと気づいてロズに駆け寄る。
「…早く言いなさい」
怒ったように、窘めるようにプレネスは言いながら治癒術を詠唱する。先のウルアの剣劇だろう。レピートを庇って受けた一撃は相当重いものだったようで、薄暗い中でもはっきりと分かるほど、ロズの顔から血の気が引いていた。
「ロズ…私のせいですよね…」
「何でレピートが謝るの?僕が勝手にレピートを守っただけだ。気にしないで」
俯くレピートを撫でながら、ロズは困惑したように囁く。レピートの元気が戻らないのだ。調子が狂うのは、ロズだけじゃない。
治癒術を施し終え、一行は手近な場所で休息をとることにした。地図を見ながらティとプレネス、そしてロズが話し合っている中で、シプロはレピートに近づく。
「…どうして、シプロさんはあの場所に?」
「コア……初めて会った時に、リースが奪っていったものの正体を突き止めに、ね。…手がかりを探す前に貴方達の騒動が起きて、紛れて城内に侵入した。…セトと会って、何か嫌なことでも言われた?」
ふるふる、とレピートは首を振って否定する。
どちらも、正しいことを言っていたのだと思う。
それでも、彼女は受け入れ、考えてくれることさえしてくれなかった。
「……私、ヒトって話せば…分かり合えると思っていたんです………」
勘違いをしていたのだ。
それが、恥ずかしい、そして。
「…………悔しい………」
何もできなかった。友達と言って、彼女と接した時間は短いものだった。それでも、あの時彼女は笑っていたのだ。
壇上のセトは、笑っていなかった。
どこまでも冷たい瞳で、射抜くようにこちらを見下ろしていた。
「…私もね、随分と恥ずかしく、悔しい思いをしたものだよ」
「シプロさんも、ですか?」
「そう。積み重ねて、積み上げて……今の私が居る。私一人じゃ、どうにもできないかもしれない。セトの意思は固く、彼女を守る四人もまた強い。…それでもあきらめないのは何故だと思う?」
分からない。
シプロは強い眼差して口にした。
「これが、私の道だからだ。…例え何度手折られようと、何度挫かれようと。≪私≫で在れば私の道は続いていく。だからといって、レピートに同じ道を歩めと言っているわけじゃない。だって、貴方は幼い」
シプロの掌がレピートの頬に触れた。剣を握る手はマメができていて、一般の女性のそれよりも随分と固い。…だがとても、暖かい。
「一人じゃない。貴方は…一人じゃない。貴方の仲間が居る。貴方を守ろうとしてくれる人が居る。貴方の行く末を守りたいと思ってくれる人が居る。幸せなことだ。…レピート、貴方はここで諦めるのか?もう無理だと挫けるのか。そうではないだろう?」
シプロの言葉一つ一つが、レピートの胸に突き刺さる。複雑な糸が絡み合っていたのに、するりと解けていく。
一度、きいて貰えなかったぐらいで諦めていいのかと。
自分の心に問いかける。
既に―――賽は投げられた。
「諦めたくないです………だって、だって」
セトは。
「――――友達だから………!」
友達の≪悪い事≫を窘めるのは、友達のすることだ。
レピートの返答に、シプロは大きく頷いた。頬から離した掌を、レピートの前に、導くように差し出す。
「では、そのためには脱出を。…考えよう、あの子を助けるために、そして」
「はい、間違っていると………今度こそ、伝えるために!」
掌を握り返しながら、レピートは胸に走る灯を感じ取っていた。