39 王城を前に
国を守ること、民を守ること。その為には改変をしなくてはならないこと。
分かっている。
だからこそ。
そこに誰が立ちふさがろうと、道を譲るわけにはいかないのだ。
×
レピートがぱちりと目を開けると、既にそこにはレイスの姿がなかった。
「……んん?ししょー…?」
目を擦り、体を起こす。塞がれたカーテンから零れる光は朝日。まだ明朝とも呼べる時間で、他の皆は夢の中なのだろう。布団が四つしかないので、レイスはレイスの布団に入り込んだ。これはもう特権と言ってもいい。だからこそ、彼が出て行ったのにも気づかなくて愕然とする。そんなに熟睡していたのか。
誰も起こさないように、ぺたりとフローリングの床に足をつく。
彼を見つけたのは部屋を出て、階段を降りた先の酒場だった。宿屋と連動して酒場は昼夜とわず運営されている。それでも、明朝だからか人気も少なく、レイス以外の人も細々と酒を飲んでいるような者ばかりだった。
痛み、碌に手入れもされていない黒髪を見つけて、レピートは声を掛けようか迷う。
「…どうした、レピート」
だから、赤い瞳を向けられて、思わずびくりと肩を震わせてしまった。怒られるようなことはしていないつもりだが、反射的に体が動く。
そろそろと彼に近づく。
「早起きですね、ししょー」
「…もしかして起こしたか?」
「いえ、そんなことは。ただ、起きて、居なかったので…」
眉を寄せて囁けば、レイスは肘をついて、液体の入ったコップを見詰めた。中には水が入っている。
「……よく、眠れなかったんですか?」
ここは宿屋だ。魔物が襲ってくるような場所ではないから、野宿の危険を感じる必要がない。だからこそ、皆も熟睡しているのだろうが。
レイスは首を横に振った。
「元から、そんなに眠れない」
言い捨てて立ち上がり、コップを叩く。それから手に持つと、そのままレピートに寝室に戻るよう促した。少しだけ唇を尖らせたレピートに「戻る」と言えば、レピートはこくりと頷いて早足で――されど音を立てないよう――昇っていく。
さほど減っていなかった水が入っていたコップを軽く揺らしてみた。
蒸発しきったコップの中身は、水滴が少しだけ残っている、それだけだった。
…
……
………
街は活気ににぎわいながらも、昨日までの祭りが終わった影響か、賑わいも先日よりは収めているようだった。あちらこちらで見られる騎士の数は減っていない。恐らく、爆破事件での警戒を緩めていないからだろう。
「合成獣がいない?」
朝、出立の前にロズが告げた言葉に怪訝そうにティが呟き返した。
ロズは、昨日風で探りを当ててみたが合成獣の気配は何も探知できなかったという。
「好都合なことに、全ての場所に風が入れる隙間があったんだ。…でも、合成獣らしきものはいなかった。」
あの遺跡の記録が本当ならば、王都には未だ合成獣が――処分できず、あるはずだったのだが。
でも、とロズは次の句を紡げるのにたじろぎながら、声を潜めて呟いた。
「…奇妙なところがあったよ。地下室なんだけど。……人が閉じ込められていた。何人か……あれはなんだろう」
「罪人か…けど、変ね。城にでしょう?王の懐下に罪人を閉じ込めておくなんて………それほど、重要な人物か何かなのかしら…」
ううん、とプレネスは考え込む。
とにかく、と、場を変えるようにロズは手を鳴らした。
「合成獣のことは後回しだね。レピート、行くんだろ?」
「はい。…謁見は誰でも行える、ですよね?」
訊いた情報を元にすれば、謁見の時間帯は決まっている者の、旅人街人、どんな者でも受け入れてくれるという。
例え吸血鬼でも―――過激な吸血鬼殺しが居ても、王の膝元での暴挙は出ないだろうとプレネスたちは踏んでいた。
見極めるためにここにきた。
忘れないように、心に刻む。
「ラック、コアの反応があっても過激反応しないように」
「わかってるみ!」
「は~このぬいぐるみ、本当に分かってるのかな…」
「ぬいぐるみじゃないみ!!!!!」
茶番のように繰り広げられるロズとラックの言い合いに笑いながら、そびえ立つ城に一行は足を向けた。