36 吸血鬼の本能
時は少しばかり、遡る。
宿屋では、未だ酒豪プレネスによる飲みっぷりが行なわれ、傍らでラックがつぶれていた。
さすがに呆れて、レイスはプレネスから酒を取り上げる。
「ああーっ!まだ全然酔えてないのに!」
「………そういえば、吸血鬼のくせに血が飲めないからといって、大丈夫なのか」
吸血鬼特有の衝動があることは、レイスも知っている。プレネスは白く露出した足を組み、こてりと首を傾げた。
「吸血衝動の事?あれはね、正確には血による術を使うから必要になるの。加えて、血の中のマナも得るために。マナなら問題ないわ、コアが有り余り過ぎるほどあるから」
「血を操る、吸血鬼だけの術のことか」
それを、プレネスは使えない。いや、本来の吸血鬼であれば使うことは可能だ。だがそれには、自らの血を犠牲にする必要がある。補給すれば問題ない。しかし、プレネスは血を苦手としているから、補給手段がないのだ。それはいわゆる、自殺と同じである。
レイスはふぅん、と納得し、ベッドに寝転がった。欠伸をする様を見て、プレネスは立ち上がる。
「風に当たってくるわ。」
「隠蔽魔法かけろよ…」
「分かってるわよ」
音を立てて扉が閉まる。
レイスは目を眇め、うんざりしたように呟いた。
「…酒瓶片付けてけよ………」
時は夕刻になりだしつつある。
外に出て息をつく。
呑んでも、飲んでも呑んでも。
――本当は。
「……乾いているの」
コツリ、
ふいに、どうしてか人混みの中で聞こえた足音があった。
――コツリ。
踏みしめながら歩く音は、こちらに近づく。見つけた瞬間、肌がざわついた。
少女が歩いていた。
人を気にもせず、誰一人ぶつかることなく。潜り抜けるようにして、歩いていた。
夏の木々のごとく美しい緑の髪、短く肩の上で切りそろえられている。随分と身軽な格好で、背中を覆うマントと僅かな布きれで幼い体を包んでいるようだった。
ぱちり、と目が合った瞳は紅だった。
「………っ!!!」
本能が叫ぶ。
彼女は、吸血鬼だ。
「………わっ?君、うちが視えるの?もしかして、どーぞくさん?」
ぱちり、と少女は掌を鳴らした。明るい活発な声は、しかし周囲には届いていないらしい。…空間が切り離されているのか。でも、とプレネスは訝しく思う。
吸血鬼は、ここ数年の吸血鬼狩りでことごとく減らされている。そもそも、元々吸血鬼は天空―――空の上に居座っているのだ。プレネスのように、落とされない限りは。見た所、この少女…プレネスとは違い、随分と幼い。
まだ、若い。
「同族さんにあえてうれしーなぁ!うちと同じ、上から落とされちゃったの?って、追及はよくないもんね!じゃあばいばーい!」
「え、あの、えっ」
言うだけ言って、少女は手を振って離れようとする。
あ、と。
少女は立ち止まって、プレネスに笑いかけた。
「そうだ、街の中央、いせきはっくつぶつ?展覧会のとこはいかないほーがいいよぅ。おねぇさん、同族さんだからトクベツに教えてあげるね!」
何だったのかと思う間もなく、少女はそのまま、去って行ってしまった。
―――瞬間、轟音が辺りを支配した。




