31 生きている者
新しく広がる展開術の魔法陣。プレネスのマナを飲みこんで、白く輝きを放ちだす。
レピートは短剣を手に――飛んだ。
(―――どこを狙えば効率的!?)
例えば、以前の蜘蛛ならば頭上。脳に叩きこめば大抵の魔物を仕留めることはできる。胴体もない魔物だ、どこをどう、決定的な一撃を叩きこむか。
――迷っている暇もない!
「―――操り重ね、≪縛り糸≫」
ティが繰り出した紐が複雑に絡み合い、形も定まらない体を覆い尽くすように絡めとった。動きが止まり、同時に展開術の術式は完成される。
プレネスのマナ――すなわち、全てを浄化する力を持った光を纏った短剣が、狙いもあやふやなまま、だが確実に魔物に叩きこまれた。
「―――どう、ですッ!!」
苦しみ悶える魔物がぐらりと形を崩していく。やがて中心に何らかの塊が浮かび上がるのをみて、咄嗟にティは術を叩きこんだ。
衝撃を受け、ピクリピクリと体を揺らしたかと思うと、沈黙し、二つに割れ――動かなく、なる。
ほ、と息を吐いたのもつかの間、体を切り離された――否、体を構成させていた魔物が一斉に蠢きだした。
「はーっ…これ、結構しんどいのね…」
マナをむしり取られるような感覚だ、プレネスは肩で息をしながら、結界を生みだす。長期戦は望めない、とレピートは歯噛みする。自らを叱咤しながら、短剣を構えなおした。
何とも真面目ではない、軽い詠唱が聞こえてきたのはそのときだ。
「綻び舞え、踊りは最後まで見ていけよ!≪スカィンド≫!」
「へ、―――わっ?!」
吹き荒れる突風が三人を巻き込み、魔物を宙へ浮かしていく。咄嗟に自らを木々に縛り付けるティと、プレネスもまた地面にしがみつくが、レピートの軽すぎる体が地面から離れた。
――腕を掴まれて、息を呑む。
「―――ロズ!」
「扱いが難しいんだって、これ!」
叱咤されて、泣きごとのように叫び返す――ロズと。
「ししょ…」
「ティ、引っ張れ!」
「ええっ、無茶いうな…ヨ!」
風の中、ティの糸がレピートと――彼女の腕を掴むレイスをまとめて括り、引き寄せる。木はみしりと音を立てているものの、よほど丈夫なのだろう、吹き飛ぶ様子はなかった。その間、魔物は翻弄され、空へ、彼方へ吹き飛ばされていく。
散り散りになっていく。
時間としては数分だろう。嵐が収まると、乱れた髪を押さえながら、ロズは笑っていた。
「間一髪、だったかな?」
「…ロズ、もう少し何とかならなかったわけ…?」
同じように、髪を整えながら、呆れたようにプレネスが呟いた。
…
……
………
ようやく森を抜け出た頃には、日が昇りだしていた。
んん、とティが凝り固まった肩をほぐすように背伸びをする。
「結局、あの魔物は何だったんダ?」
息を吐きながらティが疑問を口にすると、しばし考えたようにプレネスは口を開いた。
「恐らく、人の思念を吸い込み、形作ったもの…塊、みたいなものでしょうね」
「そりゃまた、特殊だね。普通、魔物はマナ中毒によって動物から生み出されることが多い。動物に限らず、マナに触れた物が動き出すこともあるけれど…ただ、思念が核となるのは珍しい」
ロズが目を丸くして首を傾げた。レイスは王都の方向へ、目を向ける。
人が多く集まる場所。やはりそこからの思念が流れ着いているのかもしれない。
同じように一行は思ったが、口にすることはなかった。ただ、今は一時的に退治できても、いずれこの地には再び戻ってくるだろう。
ここは迷いの森だ。思念さえも迷い戸惑う、集う森。
「そういえば、ロズ、あんた風の魔術、できたのね」
思い出したようにプレネスが問いかけると、ロズは、ああ、と呟く。ロズは元々マナ操作が得意ではなく、レイピアに込めた一撃を得意としていた。だから、詠唱を必要とし、爆発的な威力として放つ魔術そのものは苦手なはずだった。
「あれなら、無駄に命を枯らす必要もないだろう?苦手だったけど…苦手でも、やらないといけないこともあるし。…魔物だって生きているんだから」
ね、とレイスを見るので、レイスは瞬きをして、小首を傾げる。む、とレピートは気付いて不満げに唇を尖らした。
「何か、ロズと師匠、また仲良くなってません?」
「男と男の話し合いというやつをしたんだよ…」
「してねぇよ」
「ボクも男なんだけどナー」
多方面からの言葉にロズは笑った。あ、と、プレネスはその笑みに気付いて、思わず唇を綻ばせる。
すっきりした、なんとも優しい笑顔だった。