30 背中を預ける
「霧、濃くなってきましたね…」
レピートは不安げに呟いた。
森の中、どこからともなく彷徨う霧は方向感覚を鈍らせる。せめてこれ以上分かれないようにとプレネスと手を繋ぎながら、レピートは周囲を見渡した。
ティがふわりと羽を広げる。
「上から見てみル。動かないでネ?」
「…フリじゃないわよね?」
「違うヨ!?」
地を蹴り、ぐんぐん上に上昇していくティを少しだけ羨ましくも思った。空を飛ぶ、自由に飛び回ると言うのはどんな気持ちなんだろうか。
プレネスはラックを見下ろす。
「まだ展開術は作用している?」
「もちろんだみ!といっても、あくまで繋がりだけだみ。そもそも、レイスは自身のマナを相手と共有するのを嫌がって自分で栓をしてしまうみから、本当つながるだけになってしまうみ…」
「だめだ…一面森と霧だらけ。」
ティが再び戻ってきて嘆息をつく。
さて、どうするか。
「目的の魔物………確か、巨体ではないのよね」
「はい。聞いたところによると、動きも機敏ではないようで…」
ドシン、と、そう遠くないところで音が響いている。
「…あれっぽいかんジ…」
「引くが吉か、引かぬが吉か…」
考え込みながら、プレネスは肩を竦めた。
考える暇はなさそうだ。
「音、こっちに近づいてくるわね」
「―――来るみ!」
まるでラックの声を合図にしたかのように、ソレは姿を現した。
何らかの形が複雑に複合した魔物―――原型が何だったのかも分からない。異臭を放ちながら近づくそれに、げ、とプレネスが眉を寄せる。ティはすぐに詠唱に入りながら叫んだ。
「アンデッド系の魔物ダ!気を付けて、取り込まれるからナ!」
「えええっ、と、取り込まれるってなんです!?」
短剣を構え、警戒しながらレピートが声を荒げれば、目がけ、緩慢な動きで腕が振り落とされる。すかさず避ければ、足元はジュゥと音を立て爛れた。腐った、といってもいい。
「…あの魔物の一部になる、わね…」
地面を転がりながら、プレネスは防御壁を紡ぎ―――は、と息を呑んで周囲を見渡した。ざわり、と空気が締り、草村が複数揺れる。
「囲まれてる…?」
「――貫け青藍!――≪アクアエッジ≫!」
ティの術が発動し、切り裂くように青の刃が複数魔物へ向かっていく。周囲にたむろう魔物を蹴散らすものの、大本はそれさえ取り込んでしまう。ティは舌打ちをし、紐を鞭のように撓らせ、そこに青白く輝くマナを込めた。
「大本には全く効かなイ!プレネス何とかならないノ!?」
「―――光よ、包んで癒せ、≪ヒール≫!」
回復系の術が魔物を包み込む。途端、苦しみ声をあげる魔物に、レピートは目を瞠った。プレネスは得意げに、しかし顔を曇らせて呟く。
「アンデッド系は回復術、光系の術が有効よ。…けど、これっぽっちじゃ…」
「展開術で、私とプレネスをつなげれませんか?!」
「み?!」
実際の所、レピートの短剣ではろくなダメージも与えられないし、群がりだした魔物を蹴散らすことしかできない。そんなことをいつまでもしていても意味がない。ならば、と、受けたダメージを、魔物を喰らうことで回復している元凶を睨み付けた。
慌てたのはラックだ。
「い、今きったら、レイス達の道案内がなくなるみよ?!」
「大丈夫です!」
レピートの瞳が揺らぐことなく、ラックとプレネスを見詰めた。満面の笑みで、短剣を握りしめる。深い紫の瞳が陰り、ほんのわずかに赤色を増した。
「―――師匠たちは、見つけてくれます」
「やるなら、早くしてネ!っと!」
うまいこと攪乱してくれているティに頷いて、レピートは二人に向きなおる。
プレネスは呆れたように唇の端で笑って、
「これしかないみたいね」
と決意を現にする。うだうだと悩むラックの頭をはたけば、ラックはこくんと頷いた。
「どうして、信じられるみ…?」
「師匠だけじゃないですよ、ロズだって、プレネスだって、ティだって。ラックだって信じてます」
そうじゃなきゃ、背中なんて預けません。
空を舞うティが笑ったようだった。プレネスも微笑みながら、術の詠唱に取り掛かる。
ラックがしばしの沈黙の末に、赤い光を弾き飛ばした。