28 魔物退治
ぬかるんだ地を蹴り上げる。空を飛び、そのまま叩きつけるように短剣で斬りつけた。雄叫びをあげて倒れ伏す魔物を横目に、ふぅうとレピートは息を吐いた。少し離れた所では、やはり魔物を蹴散らし終えたティの姿もある。
ティの武器は紐だ。
背中に纏ったピクシーの羽で自由に空を飛び、巧みな技術で練り上げる紐で敵を拘束し、水のマナによって捻じ伏せる。随分と大胆な力技を得意とするものの、効率を考えて仕留めるティは一際強い。
「ええっと、多分ここら辺なんだけど…」
プレネスが眉を寄せて地図を見る。
時刻は夜遅く。少しの休憩の後、一行は付近の森の中に居た。
レピート達に近づいた女性はエリンと言った。
「魔物を退治してほしいんです」
悩ましげな表情で、エリンは囁く。黙ってレイスがミルクを飲み干す横、ロズが小首を傾げる。
「最近、森の奥で巨大な魔物が現れました。奴は、他の魔物を従え、村の作物を夜な夜な荒らすのです。このままでは村が貧窮で困ってしまいます………」
「それなら―――」
「そこに僕たちのメリットはあるかな?」
むぐ、と、口をふさがれ、レピートは目を丸くした。
視線だけで見上げれば、ロズが笑みを湛えてエリンを見ている。エリンは一瞬戸惑った後、声を潜め、囁いた。
「…明日の午後、荷台が出発します。王都の宿屋に荷物を届ける予定です。」
「なるほどね。どうする?」
ぱ、と手を離され、レピートはひゅうひゅうと息を吸い込んでから、迷いなく答えた。
「はい、もちろんうけます!」
ざわめく森を進むものの、一向に件の魔物の姿はない。
――眠気も募る中、足元に蔓があったのに気付かず、レピートはそのまま転げそうになった。
「―――わぁっ」
「っと!?」
近くを歩いていたロズが間一髪で支えてくれなければ、レピートはそのまま地面に顔を埋めていただろう。背中越しに「何やってんだ…」と、呆れたようなレイスの声を聞きながら、慌ててレピートはロズに謝った。
「ご、ごめんなさい!ロズ、大丈夫ですか!!」
「いや、全然平気だけど…レピートこそ大丈夫?疲れたならおぶろうか」
「いやいや、そんな面倒かけられません!全然大丈夫です!!」
ぶんぶんと首を振り、ふと、違和感を覚えた。
蔓、が、やけに長い。
伸びている、否、伸びてきているのか?
不審に思い、ロズ、と声を上げようとした瞬間。
蔓が勢いよくレピートの足首に絡まった。
「―――?!」
「疲れたならいつでもいって………」
「つ、るが!!」
言いかけた言葉が詰まる。ロズが目を瞠り、レイピアを抜くより早くレピートの体が虚空に投げ出された。ぐ、と舌を噛みしめる。脳が揺さぶられ、息が詰まった。そのまま投げ飛ばされそうになるのを、羽を広げたティが危ういところで抱き留める。だが、未だ足に絡んだままの蔓を見て、すぐさま詠唱を始めた。
その間にも、どこから出てきたのか蔓が無数に蠢きプレネスは息を呑む。
「植物?!」
「まずい、――離されるぞ!プレネス!」
「え?」
レイスの忠告が響くが早いか、鞭のように唸った蔓が木々をなぎ倒した。咄嗟にロズがプレネスを突き飛ばす。ティの詠唱が完了すると同時に人に影響を与えない水の爆発がレピートの足元で起こり、倒れてくる木々を避け、ティがレピートを抱えたまま蔓を避ける。
ほぼ一呼吸に起きた出来事は、唐突に終わった。
気が付けば、ティに抱えられたままのレピートが見れたのは大木が道を塞ぎ、プレネスが撓る蔓を凪いでいる場面だった。
「もうっ、何なの、この蔓!ラック居る?!」
「居るみ~~~!プレネス振り落とさないでほしいみ~~!!!」
「走り抜けよウ!…って、レイスとロズは…?!」
ティがぎょっとして振り向くが、辺りは霧さえ出始めていて視認できない。レピートはティに抱えられながら、離れたらしい二人を思った。