20 言えない言葉
街を離れ、近くの村についたものの、ルーティアの騒動は伝わっていないようで至って静かだった。宿を取り、つかぬ間の休息とする。さすがに雪だ――ー体力を持っていかれるのも早い。軽く睡眠をとると言って部屋に入りながら、レピートはレイスの部屋に訪れていた。
「ラック、それじゃあ教えてください」
ぬいぐるみ―――否、名づけられたラックは、ぽふ、とシーツの上に腰を下して頷いた。
あのとき、一度目の展開術は失敗だった。
「…相殺が起こったみ」
「そーさい?」
「おい」
上から苦情が降ってくる。ん、と顔をあげれば、不機嫌そうに表情を歪めたレイスと目が合った。胡坐を掻いて、頬杖をつく―その足の間に膝を抱えて座りこむ、レピート。
特等席だ。
「重い」
「レディに向かって何を言うんですか師匠!」
「レディ?」
「誰、みたいな顔しないでください~~~!!」
むす、と不満げに吠えれば、鬱陶しい鬱陶しいと言わんばかりに掌を振られた。こほん、とわざとらしい咳ばらいが聞こえてくる。目を向ければ、ラックが二度目の咳払いをしているところだった。
「相殺が起こったみ」
「二度目…」
「レピートに与えられる筈のレイスのマナと、僕の展開術が、相殺されたんだみ!」
難しいことは、よくわからない。
ほけ、とレイスを見上げれば、レイスは説明してやりたいとしかめっ面で考え込み、ぼそりと口にした。
「……トマトとトマトがぶつかって、潰れた」
「なるほど!!」
「いやいやそんな説明の仕方があるんだみ?!雑すぎみ!!!」
分かりやすいとは思うんだが、とレイスが首を傾げ、レピートも納得したようなので良いのだろう、とラックは若干疲れ気味に納得させた。
レピートは訝しげに小首を傾げる。
「でも、どうしてですか?ロズとは成功したじゃないですか」
「……もしかしたら、レピートの、マナを受け取る側の器がレイスのマナを抱えきれなかったのかもしれないみ」
それは。
がばり、とレピートは立ち上がった。うぉ、とレイスが小さく悲鳴をあげる。レピートは拳をぎゅっと握りしめ、気丈に悔しげに口を開いた。
「私の実力不足ですね…!うう、頑張ります!とりあえず走り込みです!!」
「え」
言うが早いか、言えばショックの少しは受けるかと思っていたがその様子もなく、レピートは部屋を飛び出していく。途中、ロズに会ったらしく小さい悲鳴と「今から!?走り込み?!一人じゃ危ないって!」と声が追いかけて行ったので大丈夫だろう。
何と言うか、真っ直ぐでひたむきな、明るい子だ……そうラックはげんなり思う。
「…いつもああんだみ?」
「あいつは、突っ走るからな」
ぽそりと呟かれた言葉と、表情を隠すように重ねられる黒髪の影。ラックは青年を見る。影から垣間見える赤色が、動かないラックを見上げた。
「……原因は、レピートの力不足以外にもあるみ」
「だろうな?」
平然と答えながら、レイスは腰かけたベッドに横になる。
その姿に、ラックは言葉を紡いだ。
「マナが途中で消えた。途絶えたといってもいいみ。……あの瞬間、マナの接続を無理やり断ち切ったのは、レイス?」
「そうかもな」
「………レイスは、体内に人間とは思えない程のマナを持っているみ。本当に、人間なんだみ?それとも何か、もっと別の――――」
言いかけたラックは、口を閉ざした。
射抜くような赤い瞳が、睨み付けるようにラックを見ていた。叩きつけられる赤に、体全身が縮こまる。圧倒的な威圧感に言葉が止まる。
レピートが居た時には考えられないような、昏くて、深くて、拒絶する殺気。
それに、言いようのない哀しさも含めて、言葉を紡げなくなる。
何も、言えないでいると。
「…お前も、隠していることがある。俺にも、言いたくないことが、ある。…余計なもんはいらない」
ただ、端的に伝えられた言葉と共に赤色が閉じられた。ふ、と肩の力が抜ける。
紛れもなく、全身を周っていたのは―――恐怖だ。
「怖い≪人間≫も居るもんだみ………」
「人間はいつだって怖いもんだよ」
目を閉じたまま、そのまま眠るのだろうレイスから伝えられ、はぁと息を吐く。
それでも、と考えられずにはいられない。
レイスから伝わってくるマナの感覚は、どうして――――…
コア独特の、純度の高いマナの香りなのだろうか、と。




