2.少女と青年
――3つの国から成り立つこの世界、レ・ディネイト。そのうちの一つ、ファレスト国はあらゆる犯罪を騎士団によって統治され、長い歴史を持つ国である。
レ・ディネイトには三種族が共存している。人間、ピクシーと呼ばれる羽を持つ生き物、そして吸血鬼。しかし、ファレスト国は――噂によると、だが、その国の幹部は吸血鬼を毛嫌いし、それ故吸血鬼殺しと呼ばれるハンターが派遣された為、ファレスト国の住民にとって吸血鬼の存在はまるでおとぎ話のようなものになっている。
で、あるため実質共存しているのは人間とピクシーのみ、ということになるわけだが…。
それでも、争いは絶えない。
騎士団によって統治されているとはいえども、目が行き届かないところでは、又はあえて見過ごしたりと――そういったところから例に漏れず争いは起こってしまう。そして、その感情が負を呼ぶかのように――魔物が現れる。魔物はヒトを襲い、暴れる。それは偏に、マナに関連して力が強まったり弱まったりすると言われている。
レ・ディネイトにはマナと呼ばれるエネルギー物質が漂い、目には見えないが箇所によっては多大なマナを含む場所もある。もちろんそういった場所は三種族とも危険なため、立ち入り禁止だ。
また、マナを操るものは通称≪魔術使≫などと呼ばれ―――…
「………、ぐぅ」
頭の上で聞こえてきた寝息に、ぴくりと少女は反応した。紫の瞳を細め、すぅ、と息を吸い。
「―――ていや!!!」
「ぐぉっ」
思いっきり、頭突き。クリーンヒット、手ごたえと同時に自分にも鋭い痛み、これはなかなか痛い。
「いてぇ……おいこらレピート、何しやがる…」
気だるげな口調で黒髪を掻き上げ、青年がボソリと呟いた。可哀想に、あごは赤くなっている。その下――青年の膝に座って、レピートと呼ばれた少女は頬を膨らませていた。
「だって師匠途中で寝るんですもん!」
「この話何回読まされてると思うんだ、お前。しかも楽しい?歴史書だぞそれ」
「すっごい退屈です!でもでも、師匠に呼んで貰うと何かこう、はっぴーです!!!」
さっぱり、意味がわからない。
師匠――と呼ばれた男、もといレイスは背伸びをして、くぁと欠伸を漏らす。レピートはぺらりとページを捲った。
暖かな昼下がり、村からそこそこ離れた場所に一つの家が建っている。元々は空き家だったその家を使い続けてどれぐらいたっただろうか。
師匠と慕う青年、レイスは基本的に何もしない。怠惰で、冷静で冷めていて。だが魔術を扱う、いわゆる≪魔術使≫としての才能は天才的であるとレピートは知っている。見たこともないのだが、何というか、彼を纏う雰囲気とやらが常人とは違うことを知らしめているのだ。そのレイスを師と仰ぎ、彼の元でレピートはこつこつと努力をしているが培われるものは如何せん家事の上達などだ。少しだけ納得がいかない。
「師匠、こうやって本を読むのもはっぴーで大好きなんですけれども、そろそろちゃんとした魔術を習いたいのです」
少しだけむくれてレピートがぼやくと、レイスはレピートを膝から下ろして向かい合った。
そして、彼女の目を指さす。
「お前には、才能がない」
分かっています、とレピートは唇を尖らせた。
レピートは人間だ。人間は魔術を得意とするもの、苦手とするものの大概二つにわかれるという。この括りで考えると明らかにレピートは後者だった。
レピートには、魔術を扱う才能がない。
(…でも)
師の、レイスが纏っている――よくわからない、言葉に表せない、暖かい焔のようなそれはレピートにとって憧れなのだ。
「あ」
ぱちりと瞬きをしたレピートに、レイスが小首を傾げる。レピートは本を閉じて立ち上がった。
「忘れてました!今日は村でお肉が特売りなのです!師匠行きましょう!!!」
「あー………」
がしがし、とレイスは乱雑に伸ばした髪を掻く。めんどくさげなその様子だが、レピートは行くと決めたら曲げないのだ。そして、村まで降りるのに子供一人で行かせるのには流石にレイスとしても思うところがあるのだろう。付き添い、という立場であるが。
レピートは腕から足元まで丈がある衣を纏い、腰の部分に短刀ホルダーを括り付ける。
(魔術を使えなくても、この武術がある……。………)
満足できないのは、どうしてなのだろうかとレピートは小さく嘆息をした。
(……師匠に近づきたいからだろうなぁ)
「おい、行くんだろ」
レイスのぶっきらぼうな声に、レピートは憂いを払って笑顔で返事をした。
村は小さいながらも賑わいを見せている。今日は特売の日だから、なのもあるけれど元々住民も少ないこの村では毎日がお祭りのようだ。レピートはその空気が大好きだった。近くに住んでいるといっても、よそ者である二人を迎えてくれる村の人々は優しい。以前、この村に来たらどうだと提案されたことがあったがやんわりと二人は断っていた。理由は様々あるが、中でも一番の原因としては、レイスが周囲からの馴れ合いを苦手としているからだ。村に住むことになれば、少なからず村人との関わりは必須となる。それをレイスは嫌がる。レイスは、他者との馴れ合いを好まない。
「おばちゃんこれとこれ!」
「いつもご苦労様、レピートちゃん」
にこやかに笑うおばちゃんからお肉を貰いながら、レピートも笑みを零す。レイスは少し離れたところできょろきょろと周囲を見渡して、口を開いた。
「今日は祭りか」
「そうよー、レイスちゃん、お肉食べなきゃだめよ、はいおまけ」
「やった!おばちゃんありがとう!」
「肉貰いすぎだろ…」
肉が嫌い、というか元々あまり食事に積極的ではないレイスが、レピートの袋を見てげんなりと呟く。それから改めて、おばちゃんは教えてくれた。
「今年は世界が平和になって400年目、でしょう。だから祭りも多いし今日もその一つなのよ。二人ともありがとね、せっかく来たんだから楽しんでおいきなさい」
レピートとレイスは賑わいから少しばかり離れたベンチに腰を下ろすと、様々な箇所でもらい受けたおまけ、もといおやつを口に運んだ。
「…400年祭、って言ってましたね。えっと、400年前………あれですよね、かつて魔王が世界を滅ぼさんとした、っていう」
レイスは欠伸をかみ殺す。
魔王――何処かから現れた魔王の侵略により多大な被害を出したが、当時の王が見定めた勇者一行により世界は救われた。
最早おとぎ話のような話も、今では書物にしか残ってはいないけれど誰もが子供のころから聞かされた話だ。
「レピート、それ食っちまったら帰るぞ」
「えぇっ、早くないですか!もう少しだけ遊んでいきましょうよう~!!!!」
そうレピートが最後の一口を飲み込み、文句を垂れた。
―――そのとき。
爆音が響いてきた。
祭り、にしては派手すぎるその音に二人は目を向ける。煙が高く昇っているのが映り、レピート目を見開いた。
「何が…」
「―――……マナの流れが変わった」
レイスが周囲をぐるりと見渡して呟く。レピートはマナの気配など分からないから、レイスの言葉に小首を傾げてみせた。レイスはゆらりと手のひらを翻して見せる。
それでようやく、レピートの目に赤い粒子のようなものが留まった。
「…何か、安定してませんね」
だが、ゆらゆらと動く粒子はあまりにも不安定だ。それに対しレイスは頷く。
そこへ、先程のおばちゃんが走って駆け寄ってきた。
「あんたたち、悪いことは言わないから家に帰りなさい!もうすぐここら一帯を管理している騎士団が来るわ。そうなったら検問も始まるし、厄介ごとも嫌でしょ
?」
「さっきの爆発、知ってるんですか」
レピートが眉を寄せて尋ねると、おばちゃんは言いにくそうに小声でささやいた。
「…あの方角には、コアが祀られているのよ」
「コア…」
レイスは腕を組み、訝しげに問う。
「今日が祭りだから御表に出していたといえど、コアを守るガーディアンが起動してる筈だろ。……そいつを突破したのかよ」
「それはわからないけど………いいから、向こうの出口から帰りなさい。いいわね?」
お節介好きな彼女はそう自分達に言うと駆け足で他の旅人の元まで駆け寄っていく。レピート達以外にも祭りを見に訪れる者や旅人は多い。そういったものたちは村人であるという証も後ろ盾もないのだから、今回の爆発の一件で疑われるのは避けられないだろう。レイスもそう判断し、レピート、と声を掛けた。
レピートは未だ硝煙が燻る方向を見ていた。
「…行くぞ」
「………でも、師匠」
レピートが目を伏せる――しかし、依然として目に留める、硝煙の向こう。
「俺たちが行って何ができんだよ」
「………わからないです。わからないです、けど、」
(――それでも、あの不安定な粒子を見た時の師匠の顔は)
どこか、放っておけなくなるような、そんな表情をしていて。
レピートにとって、世界とはレイスが居る世界そのものだった。…あの不安定な粒子は、その世界を迫害しようとしているようにも思えた。
「お願いです、師匠…!!!」
また一つ、爆音が轟く。
声を絞り出したレピートの姿に、レイスは目を向ける。小柄なレピートを見下ろして、垂れてきた髪を払うとため息を零した。
「…付き添うだけだぞ」
「はい!」
曇りなき眼でこちらを見上げるその様子に、レイスはまた一つため息をついた。
コアの説明は次回