18 目的
プレネスが術を発動する。蜘蛛の巨体が縛りの術を受け、僅かにたじろいだ。その隙に、レピートは身軽に額まで駆け上る。
確かに、コアだ。色こそ、レピートが追っているものとは違うものの、形状は全く同じである。躊躇する。
「これ、抉り出すことってできるんでしょうか?!割れたり、しませんよね…!」
「えええ、そういわれると怖いね……!割れたらまずいし!」
ロズと声を掛けあっていれば、下から――プレネスから怒号が飛んでくる。
「いいから早く!あんまり持たないわよ!!!」
「「はい!」」
条件反射で返事をしながら、同時に左右からその部分だけを削り取る。ガン、と無性に固いそこに唇を噛みしめれば、ふいに取り囲むように術式が現れた。
先程と同じ、展開術だ。
「…え、何これ?!」
事情を知らないロズが、自らも取り囲む術式に驚き目を丸くする。
――ふいに、レピートの短剣が、緑色の淡い光を纏った。
「せ、成功したみーーー!!」
下から声が響き渡る。分かる、感じる、と、今までにない感覚に――レピートは目を見開く。
これが、マナを使うということなのか。
全身から滲み出る汗で短剣が滑りそうになる。緊張しているというのに、高揚感が湧きだす。ロズのマナを繋げて纏って、ただ一つに集中する。
固い衣が砕ける音がした。
白のコアが宙を舞う。それは重力に乗じて地面へ迫り、危ういところでレイスが掌に収めた。ふ、と安堵の息を吐いたところで、地の底から響き渡る声をあげ、大蜘蛛が暴れだした。
「―――大人しくしなよ、いい加減!」
ロズがレイピアで胴体を切り裂く。コアの影響から外れたからか―――ざっくりと致命的な傷を負わせれば、轟音を再度立て、地面に倒れ伏した。
暫く痙攣していたが、やがて霧状の何かが抜け出ると、見る見るうちに巨体は収まり、人間の半分くらいの大きさへ変わる。そこに、レピートは勢いよく短剣を突き刺した。
「これで……おしまい、です」
脱力したように吐き出して、レピートは目を瞑った。
地上に足をついて、ロズは汗を拭う。一体何が起きたのか。先程の術式も不可解ではあったが、何より、レイスが抱えるコアに目を引かれた。
「これがコア?」
プレネスの問いに、レイスは頷く。
――と、それを見たぬいぐるみが叫んだ。
「良かったみ~~~!保護できたみ~~~~!」
「っていうか、それ、何?ほんと、あの意味わかんない術式もこいつの?説明して」
「あーーー…」
ぽつり、ぽつりとレイスが端的に話し出したのは、落ちてからのこと、術式が展開術と呼ばれるものだということ、コレは何か分からない、ということだった。
最後が、一番知りたいのだが。
「つか、お前、コアがあるのに気付いていたな?何者だ?」
レイスが厳しく追及すれば、うぐ、とぬいぐるみは引きつった声をもごりと飲みこむ。ロズはさり気なく、納めたレイピアに手を当てた。
それを見て、ぬいぐるみは慌てて弁解しだす。
「コアは、ボクの使命そのものなんだみ!」
「そういえば、手足になってくれる人を探してる――みたいに言ってましたね」
レピートがぽんと、手を打てば、何度も頷くぬいぐるみ。必死か。
「今、王国はコアを集めているみ。そして、王国はコアを使って凶悪な魔術陣を作り上げようとしているみ…」
王国。
ファレスト国。
ふと、ロズが以前レピート達に告げた、国が関わっていない筈はないという推測を思い出す。先程の魔物――あれほど、力を引き出すとんでもない代物だ。それこそ、コアがあることに気付かなければ自分達はやられてしまっていただろう。
そのコアを、王国は集め、陣と呼ばれるものを作り上げようとしている。
「…何のために、ですか?」
「にわかには信じられないことみ、……この世界をつくりかえようとしているらしいんだみ…だから、それを阻止するべく、ボクに使命を託されたんだみ!ボクは何としてでも、全てのコアを回収し、国のたくらみを阻止しなければならないんだみ…!!」
「状況は分かったわ。でも、レピート達の話だと、既にコアの一部は向こうに渡っているかもしれないわよ?どっかの誰かがコアを盗んでいったみたいだし」
「み?!!」
腰に手を当てたプレネスの言葉に、驚愕に瞳を丸くするぬいぐるみ。
いちいちリアクションが大きい彼は、しなしなと一度はへたれそうになったものの、ぐっと顔をあげた。
「それでも…他の全てを集めること!それだけで十分王国の目的は阻止できるみ…!!そのあとに全て集めるみ!」
「…本当に、国が、そんなことを…?」
レピートにはいまいち、国、というものにピンとこない。村とレイスと過ごしたあの一軒屋、それだけがレピートの世界だったのだ。今、外に出て様々なことを学びながら―――無我夢中に、抗いながら。レピートは、国が善か悪か、を決めれない。
ま、とロズがため息をついた。
「僕らは元々、追われている身だから国がどうこうなんてしったこっちゃないんだけどさ…」
そうね、とプレネスが小さく笑って肯定した。