16 展開術
それは、まだ記憶にも新しい大戦の記憶。
燃え盛る炎と涙が零れそうなほどの死臭。痛みと苦しみと、阿鼻叫喚がそこにはあった。
吸血鬼がこの地から離れるきっかけとなったその事件は、吸血鬼とピクシーに、大地にヒトに、あらゆる全てに揺らぎを与えたのだ。
寒さに身を摩りながら立ち上がると、教会から少しだけ離れた場所に出た。街の中ではあるようだが、あそこからは脱出できたようだ。未だ降り注ぐ雪に、先程まで熱を持て余していた体が急激に冷えていく。
「レイス達は無事かな…」
「なんとかやるわよ、あいつらなら」
ふぅ、とプレネスが息を吐く。思わずロズは苦笑して、その場に座り込んだ。もちろん、逃げるのが先決なのは変わりないものの、かといって彼らを置いていくわけにもいかないのだ。
ただ、もちろん、疲労もある。
「…僕は弱いなぁ…」
口惜しげに零せば、隣でプレネスが噴き出した。何、と怪訝気にプレネスを見れば、肩を揺らして未だ喉の奥で笑うプレネスが居る。長い髪が上下に揺れていた。
「おかしいな、と思って。あんだけ気丈に機敏に振る舞ってたじゃない」
「そりゃ、好きな女性の前ではかっこよく振る舞いたいじゃないか」
「はいはい」
地獄を彷徨っていたプレネスを救ってくれたのは、ロズだった。
軽く伸びをするロズを横目に、唇を噛みしめる。自分と居ることの危険性がはっきりと明示されてしまった。ツイッセはこれぐらいで諦めたりはしない筈だ。
(それでもあたしは、ロズの傍に居たい)
居て欲しい。
「………あれ、レイス達じゃない?」
「え?」
目を向けた先には、どことなく疲れた表情の二人と――――謎の生き物が浮いていた。
何あれ。
しかも、後ろから、大蜘蛛に追われている。
「………うっわ、面倒くさそうだ」
言葉とは裏腹に、どことなく楽しげにロズは笑みを浮かべた。
時は、少しばかり遡る。
「…展開術って何です?」
聞きなれない単語に聞き返すレピートに、考え込むようにレイスは沈黙を通す。ぬいぐるみのそれは、これまた騒がしく解説をした。
「展開、つまりはヒトとヒトを繋げる術だみ!例えば、黒髪の男とレピートを繋げて、黒髪の男からマナを操作する術式を組み敷き、レピートにも術を扱えるようにするみ!」
「凄いです!」
意味が分かればとレピートは目を輝かせる。なんだそれ、願ったりかなったりだ、といってもレイスにどのような負荷がかかるか。思い直して顔を曇らせれば、レイスがため息をついた。
「やってみるかみ?」
悩んでいる暇はなかった。
大きな影が覆いかぶさる。考えている暇も、返答の暇もない。短剣を構えて、大蜘蛛と向きなおった。
ぬいぐるみを包み込むように色彩が取り囲む。
広がる紋章と、吹き荒れる風。レピートは短剣にナニカが集っていくのを感じ―――次の瞬間、弾けた。
「「………えっ」」
弾け飛んで、術式が、消えた。