15 ぬいぐるみ
とん、と音を立ててレイスが地面に足をつく。轟音をあげて鎖に塗れ、蹲る大蜘蛛は唸り声をあげながらも身動きできないようだった。それはそうだ。あまりにも多すぎる鎖が幾重にも絡みついている。
「…師匠、魔術は…」
「アマラントの力を借りた。…炎系じゃなければ、使ってるだろ」
投げやりに応え、アマラントを鞘に納める。既に錆びついた刀身は光を発してはいなかった。
束縛系や補佐系の術は、所謂無属性と呼ばれる。属性がついていないものは地水火風とは異なり、爆発的な攻撃的術ではないため、魔術使であれば大抵扱うことができる術系だ。といっても、本当に適性がないもの、つまりはレピートのような存在ではもちろん使うことはできない。
ともあれ、これで何とか危機は回避できたのだ。ほぅと息を吐き、気を取り直して立ち上がる。
「―――まさか、この巨体を確保しちゃうなんて凄いみ……!!」
甲高い声が聞こえてきたのは、そのときだ。レピートは警戒し、抜き身の刀身を構える。そして、ソレは姿を現した。
「………ぬいぐるみ?」
「ぬいぐるみじゃないみーーーー!!!!」
うわ、と目を瞠る。
空間を割くようにして現れたのは、猫のような耳と尻尾を持った、人間の顔ぐらいの大きさしかないぬいぐるみ…だった。首元に鈴と重なるようにしてリボンが結ばれていて、背中には小さい羽が生えている。
なんだ、これ。
「どちら様です…?」
恐る恐る、問うてみれば、よくぞ聞いてくれたとばかりにソレは胸を張った。
「ボクはじゅうよーな任務の使命の為にボクの手足となってくれる人を探していたのだみ!まさかこんなところで出会えるとは思っていなかったみ!」
「……師匠、何ですかこれ、魔物ですかね…」
「あーーーー………?」
レイスにも分からないらしく、眉を寄せている。レピートは喋るそいつに手を伸ばした。
ふに、と頬を突いてみる。あ、意外と柔らかい。もちもちしている。
「な、なにするみーーー!!!やーーーめーーーーろ!!!み!!!」
ぺしん、と払い落とされた。
怒り心頭とでも言いたげに頬を膨らませるぬいぐるみに、これ、どうやって動いているのだろうとレピートは興味を覚えた。
「貴方、名前は?」
「…ボクはボク、名前なんてないみ」
「レピート、そんな奴に構ってないで早く脱出するぞ」
レイスの声に、レピートは振り向きざま―――息を呑む。
大蜘蛛が、動いている。
「束縛術ってどれぐらい持つんですか…?!」
「…あんま持たない」
気付いたらしいレイスが、アマラントをレピートに手渡しながら舌打ちをする。二度、あの大規模の術を展開するのは苦しいのだろう、となればやはり逃げるしか。
意を決し、レピートは名もないぬいぐるみを掴んだ。ぐぇ、と潰された声が漏れる。それを合図にレピートとレイスが弾かれたように走り出せば、背後で音を立てて鎖が崩れ落ちる音が響き渡った。
「う、ぉう、み~~!!酔う、酔う~~~!!!」
「うるさいです!あのまま潰されても良かったんですか!」
「それは困るみ~~~~!!!」
狭い通路に戻った。だが、いともたやすく大蜘蛛は暴れまわる。幸い、大きな落石などはレイスがほんの僅かに展開した防護系の術で防いでもらえてはいるものの、あの巨体だ、さすがに食らいつくされる想定はつく。
「どうにか、どうにかできないの………!」
「………君の名前は何ていうみ?」
手の中のぬいぐるみの声に、半ば怒鳴るように「レピートです!」と叫ぶ。
それを聞いて、彼は頷いた。
「レピートのさっきの動き、もしかしてマナが扱えないみ?!」
「う、そ、そうですけど…」
「そしてそこの男はマナの扱いに長けているようだみ!」
「…だみ、って繋げんなよ…」
それから、ぬいぐるみは目を輝かせるように羽をばたつかせた。
「ボクの展開術が役に立つかもしれないみ!」