13 奈落の下で
―――遠くで、何か、音が聞こえる。
「…………ん、うう………」
小さく呻き声を上げながら、レピートは目を開いた。体の節々をぶつけたのだろうか、僅かに痛みを発する。しかし、その痛みも聴覚が発した感覚に霧散した。
勢い強く体を起こせば、レイスの姿を認めてすぐに短剣を引き抜く。ちらり、とレイスがこちらを見て、「起きたか」と息をついた。
「師匠、ここ、は?!」
「落ちた。さすがにお前を置いていけなかったらまだ詮索はしてないが………」
窺えば、続いていく闇の奥、ぽつりと火が灯っているようだ。生憎、随分と下へ落ちてしまったようで上階で行われているだろう戦いの音を拾えない。レピートは先を見据えながら、不安定に揺れる炎に眉を寄せた。
どうやら、落ちた先は湿っぽい水路のようだ。
蛇の魔物や魚の形をした魔物も居て、狭い通路を蹴散らすようにしてレピート達は進む。やがて、広い大部屋に繋がった。
「ち、地下にこんなの、ですか…」
余にも大仰すぎる―――まるで、何らかの為に、意図的に作りだされたような空間。ぎょっとして息を呑んだレピートは、一歩足を踏み入れた。
――その瞬間、レイスが叫んだ。
「――上だ」
「―――えっ」
上、と見上げれば、巨体を持った大蜘蛛が赤い目を走らせていた。レピートは顔を引きつらせ、途端レイスの体を自身の身ごとぶつけて、後ろに押し倒す。
その背後、地鳴りのような響きを纏って大蜘蛛は床に降り着いた。
「あ、なななな!!!」
短剣を抜きざま、レピートは声にならない叫びをあげた。
「何でこんなバケモノが居るんですか!!!」
複数ある足の一つが、緩慢な動きで振り落とされる。レイスとレピート、それぞれ左右に跳べば、先程まで立っていた場所はヒビが入り砂塵が吹き荒れた。とんでもない破壊力だ、当たったら骨の一つは覚悟した方がいいかもしれない、そう考えるほど。
「…こいつ…!」
「―――かったい!」
短剣で足の一本を薙ぎ払おうと刃を穿つが、弾き返される。まるで鉛を相手にしているようだ。
レピートは、ぐ、と焦躁を抱きながら短剣を握りしめた。
「レピート、アマラント寄越せ!」
「ふぇ?!」
錆びつき、マナを纏わねばただのボロい短剣であるそれ。未だ鞘に収まったまま、レピートはレイスの声に目を丸くする。レイスは猛追を何らかの障壁を翳して身を守りながら、手を伸ばした。
――届かない、投げるしか。
「―――師匠!」
蜘蛛の足を、巨体の間を通り抜けてアマラントがレイスの手中に納まる。躊躇いなく引き抜いた刀が、ぽつりと赤い光を纏った。そのまま、レイスは手近の壁に切っ先を突きつける。
何を、と思った瞬間、光が足元を照らし上げた。
――攻撃型の魔術とはまた違う、これは。
光から幾つもの鎖が飛び出し、蜘蛛の全身を絡め取る。とんでもない量だ。レピートが息を呑んでいる間にも鎖は膨れ上がり、蜘蛛を完全に覆ってしまった。
……やがて、蜘蛛の咆哮が途絶える頃、レイスがぽつりと壁に短剣を突き刺し、ぶら下がったまま、呟いた。
「………こんなやつと戦ってられっか」
吐き捨てるような言葉に、レピートも同意しながら、ぺたりとその場に座り込んだ。