11.誓い
街へ戻れば、もうすっかり日は昇っていた。
改めて、プレネスは2人にお礼を――告げたかったのだが、レピートは疲れ切ってしまったのか、途中でレイスにもたれ掛って寝てしまったのでまた明日の朝に、という流れとなった。レイス達が宿に戻ったのを見送ってから、
「…ロズ」
振り返る。
ロズはやや傷がまだ残っているようで、わずかに頬を痛みで引きつらせてプレネスに言う。
「もう、大丈夫なの」
「…凄いのね、あの植物。体がほんと楽。………ロズ、あの」
「よかった、プレネスが元気になって!」
プレネスは心臓辺りをきつく掴まれたように――痛みを伴った。
この感情は何だろう。
泣きたくなるほど―――強く、嬉しい、愛しい?
「なんで、……あたしなんか、助けたの」
あんなに、必死になって。
頬の傷に触れてみれば、ロズはコテンと首を傾げてみせる。
「…なんで、って」
「あたしとあんたは、…昔あったことがある、それだけの、関係じゃない。それなのに。」
ロズは―――笑う。
あ、とプレネスが思ったときには抱きしめられていた。
「君は、僕を救ってくれた。ずっと、君を忘れなかった。…お願いだ、これからも、傍に居てくれ」
かえらないで。
本来、吸血鬼が居るべきは――ここではない。
嫌だと、ロズは彼女の体を抱きしめる。
もう手放したくはない。
「…どちらにせよ、あたしは、戻れない…」
プレネスは眉を寄せる。
――吸血することができないプレネスは、吸血鬼としてもなりそこないのような立ち位置になってしまった。
落とされたここで、生きていくことしかできなくなった。
「じゃあ、一緒に居てよ。……僕が、君を守るよ」
うん、
小さい頃、誓ったことがある。
騎士になりたい。
だけど、それはきっと、彼女を守るだけの騎士になりたかったのだ。
―――彼女を、守りたいそれだけだったのだ。
×
レイスの朝(時間的に昼)は、レピートの悲鳴から始まった。
「わあああああああん、私寝ちゃったんですか!!!!!!」
「う、うるせぇ………」
まるで二日酔いのような頭を押さえながらレイスは起き上がる。ドアを叩く音が脳に直接響いているかのようで眉を寄せた。
そういえば、昨日は結局コアの情報も何もなかった。
…強いて言うのであれば、マナが根こそぎなくなっていた、こと。
マナは多すぎても少なすぎてもいけないが―――…マナの気配はなかった。
(既に誰かが持ち去った後なのか、…どうなのか)
生憎、コア自体がどこにあるのかさえ――レイスたちにはわからないのだから、仕方がないことだ。
そこでようやくレイスはドアノブを開けた。
未だざめざめとうめき声をあげるレピートと共にロズ達に会いに行く。
2人は入口近くに立っていた。
「あ、おはよう二人とも」
最初に気付いたロズが軽く手を上げる。――レピートがものすごい速さで頭を下げた。
「すみませんでした!!!!寝ちゃったなんて!!!!!!!」
「お、おお………そ、そんな謝らなくても………」
ロズは気圧されたように一歩身を引いて、その横のプレネスが口を開いた。
「助かったわ、ありがとう。…お陰様で、体も楽」
その言葉に、レピートは嬉しそうに
「いえいえ!プレネスさんが元気になってくれてよかったです!」
と返す。
レイスは「ところで」と二人に向きなおった。
「ここらへんで一番近い街を知っているか?結局コアについて、何も手がかり掴めなかったし」
「あう、そうです。」
こくん、とレピートも頷く。残念ながら、自分たちはあまり地理に詳しくないのだ。それなら、とロズが地図を広げた。指さしたのはここより北側。
「このルーティア、という街はどうかな?それなりに大きな街だし、何か情報が入るかもしれない。」
「ルーティア、ですね!ありがとうございます!」
「それでさ、2人とも」
ロズはチラリとプレネスを見てから、真面目な表情で言った。
「僕たちも、君たちの旅に同行させてくれないかな」
「え」
きょとん、としたのはレピートだ。
それから―――ぶんぶんと首を横に振った。
「あ、危ないですよ!コアを狙っている人も居て、その人たちと鉢合わせになったりするかもですし…!」
「そうなったら、レピートだって危ないよね。それに、僕たち結構協力できると思うし」
確かに2人の実力は知っている。サポート支援を得意とするプレネスと、手数の多い予測できない動きをするロズ。この二人が旅に同行するというのであれば心強いに違いない。だが、それと同時に脳裏ではコアを奪われてしまったあの時を思い出してしまう。
危険なものに、巻き込みたくはないという気持ちがあった。
「何も、考えなしで言いだしたわけじゃないよ。僕らも追われている身だからさ」
さらり、と。ロズが言った言葉にレピートはピシリと固まる。その意味にぎこちなく首を傾げれば、プレネスが肩を竦めて説明をしてくれた。いわく、自分は吸血鬼として国に認識されてしまったようで、吸血鬼狩りから逃げている最中だという。
「でも、私たち…追われてるとか、そんなんじゃないんですけれど」
困惑した表情で言えば、逆にロズが驚いたように首を傾げた。
「コアなんて、一般市民からしてみれば――なじみのない言葉だろう?それに、こうまでマナの影響を及ぼす存在だ。王族が、国が関わっていないわけがないと思うけど」
「………え?」
×
はぁ、と気だるげなため息が零れた。
――パサリ、と背中から生えた黄色の羽が僅かに揺らいで、少女はぼやく。
「ああもう、この役立たず共。信じられない、取り逃がすなんて」
吐き出されたのは乏しと落胆。だが、さして期待もしていなかったのか、表情は反比例し、どこか笑みさえ浮かべていた。
「まぁ、お陰様でアタシ自ら出られることになったのだけれど!」
コツ、と踵を鳴らして―――ピクシーの彼女は、言い放った。
憎々しげに。
だがしかし、嬉々として。
「―――吸血鬼は、全て滅ぼすべきだもの。アタシ自らが鉄槌を下してあげる」
雪が降っていた。
雪は、まだ、止まない。