10.無謀な戦いでも、そこに理由があるのなら
「―――っ!」
ロズは痛みを堪え、起き上がった。なんだこれ、なにこれ。
みっともない、ぐらい、ボロボロ。
笑ってしまうぐらいの惨状だった。だけど、ロズは悪くはないなと思う。
自分が何のために戦っているのか。明確な理由がある、無謀な戦いだ。
「ロズ、」
――泣いている。
ふと、プレネスと出会ったことを思い出した。
彼女と出会ったとき、彼女は泣いている自分に、――ハーフであるということだけで虐められて、苦しくて、泣いていた自分に優しく言ってくれた。
あんたらしく、あんたの道を行けばいい、と。
――そんな彼女を、守りたいと思った。
プレネスは吸血鬼の中でも末の方で、血を苦手とするという理由からココに突き落とされた。その時にであったのが、最初。
そして戻った彼女は、またココに、突き落とされた。
突き落とされ―――吸血鬼狩りに、追われていた。
ロズは騎士になりたいと思った。彼女を守れる強さを求めて。騎士になるべく王都に向かう途中――追われている彼女と出会い、保護することができた。
泣かないで。
(――そうだ、これが、僕が、選んだ道)
だから。
「―――ししょぉおおおおおおお!!!!」
奥から。
振り絞った、叫び声が聞こえ――レイスが、息を呑む。ほぼ同時、ツイルバードが先程より攻撃的な咆哮を上げ――扇状に放たれた。
ぐ、とよけようと立ち上がろうとするが―――体が、悲鳴を上げる。
レイスは彼女が――投げつけたものを受け取ると、すぐに察した。
「―――プレネス!」
「………!!!」
放たれた咆哮が
――――ふいに、光に阻まれた。
光、とは抽象的すぎる表現だろう。正確には――光の、シールドだ。
「………、よくも、好き放題やってくれたわよね」
プレネスの―――彼女の、声。
もう、泣いていない。
ただ――怒りと、悲しみだけ、募っていた。
結界は維持されたまま、治癒の術が発動される。レイスは瞬きをして、「二重詠唱か」と呟く。
本来、マナの力を引き出すのには相当な集中力が必要となる。詠唱はその集中力を一点に引き締め、放つための引き金のようなものだ。だから、基本的に魔術使は一度の詠唱で一つしか魔術を発動できない。だが、プレネスは―――おそらく、集中力が波半端なものではないのだろう。永久を生きる吸血鬼はそれだけ、強力な一族なのだ。
もっとも、レイスとしても二重詠唱を扱えるヒトはそう知らない。
「師匠、ちょっといいですか…!」
レピートが泣きそうな顔でこちらに呼び掛け、どうした、と眉を寄せる。今のところ、ツイルバードの攻撃は結界にヒビを開ける程度で破られてはいない。元々自分達は彼を傷つけるために来たわけではないのだから、十分だと思いつつ―――レピートに言われるがままそちらを窺えば、納得した。
そこには、子供がいた。
正確には――ツイルバードの、子供が。
「産卵の時期じゃなかったのか?」
「この子達………酷い、けがしてる………ツイルバードはこの子達を助けたくて夜な夜な飛び回ってたんじゃないでしょうか…」
いや、とレイスは頭を振った。
怪我、じゃない。
「マナの暴走だ」
レピートの脳内に―――うさぎが、変わり果てた姿が過ぎった。
そんな、と眉を寄せる。
レイスは雛を思わせる子供に触れ―――
次の瞬間、音を立てて結界がヒビ割れを強めた。
荒れ狂う風に、プレネスが眉を寄せて結界に込めた魔力を強める。ツイルバードが、子供に関して―――親鳥のように、怒り狂っている。そちらを一瞬だけちらりと見やってから、レイスは再度雛に目を向けた。
「大丈夫」
レイスは―――雛に手を掲げた。
―――ぽつ、と赤い光がチラつく。
レピートには分からなかったが―――プレネスとロズにはその光が真っ直ぐ凝視できた。
美しく、澄んだマナだ。それが雛の周りをうろつき、夜空へと上がっていく。
――マナ操作。
魔術を使えるものは、マナ操作を得意としている。それが攻撃的だったり、防御的だったりとバラバラなのは人それぞれだが、空気中のマナは魔術使によって魔術へと変わる。
赤い光は薄らと消えていき、後には体を埋める雛が――身を汚すことなく、蹲っていた。
何もわからなかったレピートにも、彼らが元気になったのだ、ということは理解できたようで、レピートの顔がぱ、と明るく輝く。
「よかったね…」
そういって笑う様子は、相手が魔物であるというのに、まるで小動物を見るような瞳だった。実際魔物ではあるが攻撃的ではない、動物に近いものだから間違ってはいないかもしれない。ただ、レピートはとにかく嬉しそうだった。
ぐる、とツイルバードが低く唸り、風を収める。
理性がある魔物だ。
「…降りるぞ」
ぼそりとレイスは呟き、なるべく刺激せぬよう、レピートの腕を引く。
ちらり、と腕を引かれながらレピートは後方を顧みて、優しく嘴を子供に押し付けるツイルバードの姿に………またやはり、はにかみを浮かべるのであった。