ハッピーエンドは、ハッピーのエンド
――幸福と不幸は最終的にプラスマイナスがゼロとなって人間は死んでいく。
そう考えたある国の学者は王に進言しました。
最初に一定の幸福を味あわせた人間からその飴を剥奪し、落差の激しい不幸という名の鞭を与える。そうする事で蓄積された不幸が反動となって、一年……いや、二年と幸福を知らずに生きた人間からは途方もない激運が間欠泉の如く噴き出すに違いない。そんな不幸を反動とした跳躍とも言える幸福を伴った兵士を作りだせば現在、戦争している隣の国に有効打が打てるはず。
不幸を反動にした幸運が兵士を守り、銃弾は一発も当たらず、そして彼らが放った弾丸は外しても跳弾となって相手の体を穿つ。世の中の真理を逆手に取れば、神ののみぞ知る未来さえもコントロール出来る。
隣の国との戦いが上手く行かずに悩んでいた王様には、その理屈を随分と気に入ったらしくすぐさま城下町に降りてまだ人生の幸も不幸もそれほど消費していない子供数人捕まえ、兵士に仕立てろと言いました。
学者はその命令を受け、城下町へと向かいました。そして、お菓子を食べさせてあげる。温かいベッドで眠らせてあげる、などと子供の低い判断力に付け込んだ甘言で数人の兵士候補を白へと連れ帰ったのです。
彼の言葉に嘘はありません。
子供たちが城にやってきて一か月は、貴族と同等の満ち足りた生活を送らせました。
学者の連れ帰った子供は路地裏で暮らしているような親を亡くした貧しい子だったので、幸いにも家に帰りたいとは言いませんでした。奇しくも、城で暮らす事によって今までの生活との落差で幸と不幸を覚えた子供達。利害など考えない彼らにとって、自分達がどうしてよくしてもらっているのか、などは全く疑問にならなかったのでした。
しかし、子供たちが城にやってきてから一か月が経つと途端に、屈強な兵士たちを従えた学者が現れて、子供達を地下牢に閉じ込めるように命令しました。
状況が全く掴めない子供達でしたが、少なくとも今までの幸福が失われる。
その事だけは理解しつつ、抗えずに牢屋へと閉じ込められてしまいました。
学者は、子供たちに不幸を与えるための段階へと計画を進めて行きます。
幸と不幸が生まれるには差別が一番だと考えた学者は、子供達の中から一人を元々の裕福な生活に戻してやる事にしました。彼の裕福な生活ぶりを一日に一回は牢屋の向こうの彼らに見せつけ、学者は子供達の嫉妬心や劣等感、「何故、あいつだけが」だとか「何故、自分はああならないのか」といった感情を引き出す事にしたのです。
特別扱いされた子供も、一日に一回は地下牢に裕福な現状を見せつけに行く。それを条件に特別扱いされていたために、そういった行動を望んでおらず仲間を裏切っているような気持ちがありました。しかし、回数を重ねるごとに、牢屋の向こう側にいる彼らとは逆に傲慢さや優越感が生まれてきました。なので、いつしか彼は自発的に牢屋にいる子供達へ高圧的な態度を取るようになったのです。
綺麗な衣装を身に纏って現れ、豪華な食事を目の前で食べ、清潔な住処へと帰っていくのです。
しかし数か月が経ち、子供達の不幸も十分に蓄積されたと考えた学者はひとまず特別視している子供を誰も見ていない場所で殺しました。子供達に彼が死んだ事を知られると、喜ばれると思ったからです。他人の不幸は蜜の味と言います。彼らに必要なのは鞭だけですから、学者の行動は理に適っていたと言えます。
そして、計画は最終段階。子供達を馬車に乗せると学者は彼らを隣の国へと向かいました。商人と偽って隣の国へと侵入させ、内部で彼らに銃を与えて戦闘させる。そんな彼らの不幸は現在、途方もない量になっているから、反動で凄まじい幸運が働いて敵の攻撃など受け付けない。そのまま、場内に入り込んで隣の国の王様を殺せば、よい暮らしをさせてやる。そんな風に彼らを釣るつもりでした。
しかし――隣の国の城下町まで馬車が辿り着いた瞬間、予想だにしない事が起こったのです。
空から巨大な岩――そう、隕石が落ちてきて、一瞬で隣の国の城下町を城ごと、そしてその中にいた敵方の王様もろとも叩き潰してしまったのです。城下町を吹き飛ばされ、王様を失った隣の国は壊滅状態。勿論、馬車に乗っていた子供達も全員死にました。
ですが、それが子供達にとっての幸福なのです。
銃弾が当たらなければ、生き延びてしまいます。
銃弾を当ててしまえば、生き延びてしまいます。
死ねない不幸より――死ねる幸福。
そんな意思を抱いた子供達の幸福が奇跡を起こして隕石を呼んだのです。
しかし、よりによってどうして隕石だったのか?
それは、隣の国に勝てない事に頭を悩ませていた王様と学者の不幸が取り除かれてかつ、子供達の死を呼ぶための合理的な現象だったのでしょう。しかし、王様の国に隕石が落ちては、王様と学者が不幸です。彼らは死を望んでいません。ですから、隣の国に入った事によってようやく、彼らの利害が一致したのです。
王様と学者は子供達に酷い事をしました。
しかし、酷い事をしたからといって、幸福になったわけではありません。
ですから、王様達にとっての不幸もまた――きちんと幸福で埋められたという事です。
その後、王様はどうなったのでしょうね?
幸と不幸、それらと罰当たりはまた別のお話ですから。