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第一話:ものを浮かせたい国(1)

 私は馬である。正式な名前はまだない。呼ばれ方は【馬車から見て左の馬】だったり【二号】だったりする。毛色は栗色で、毎日御者にブラッシングもらっているため自慢の毛並みである。一方、隣で眠そうにぼーっと走っているのは【馬車から見て右の駄馬】であり、【一号】とも呼ばれる馬である。毛色が白いので優雅に見えるが、馬の私からしてみればただのマイペースな駄馬だ。


 その日、褐色肌の大男の操る、少女がへばりついた奇妙な荷馬車は高い塀に囲まれた国の前で衛兵のように見える男の兵士二人に止められた。


 御者の大男は馬である私たちを止め、浮いた少女は荷馬車から飛び降りた。降りたといってもその足は地面についていないのだが。


「ええと、旅をしていてこの国を観光したいんだけど」


 兵士二人は戸惑ったように少女と大男を交互に見て、半笑いで「だ、大道芸かい?」と少女に尋ねた。まあ、人間ならば当然の反応だ。もちろん馬でも同じだろう。鳥になると――奴らは馬鹿だから仲間だと勘違いしてしまうかもしれない。


 少女と大男を見た人間の多くはまず決まって「イリュージョンか? すごいトリックだな!」と笑う。そして少女は決まって「違います」と否定する。


 さて、我らが御者と言えば毎回の如く荷馬車の操縦席の上から貫禄の無言である。この人間はもうちょっとフォローの仕方を覚えてやって欲しい。毎回一人で否定する少女も疲れるだろうに。私がフォローしてやりたいくらいだ。馬だから残念ながら喋ることはできない。


 今回も否定した少女だったが、いつもなら長引く「トリックだ!」「違います!」問答は起こらず、兵士の一人が「稀人(まれびと)様だぁ! 皆! 外から稀人様がいらっしゃったぞ!」とわけのわからないことを喚いて門の奥へと消えていく。


 もう一人の兵士も何やら「ぶぶぶぶぶ」と変な音を出して固まっている。細やかに振動していないで馬や鹿のような動物にもわかるように説明しろ。


 しばらくして、兵士に連れられまるで生き物のようなヒゲを蓄えたしわしわの老人がふがふがとやってきて、浮いている少女を見て何やら口をぱくぱくさせている。この国の人間はこのような性質なのだろうか。


「えーと、おじいさんがこの国の偉い人? 私たちこの国を観光したいんだけ――」


「おお……おお、おお……歓迎いたします稀人様……! 皆の者! 宴じゃ! 宴の準備じゃ!」


 一斉に沸き立つ民衆。塀の中からわらわらと湧いて私たちを取り囲む。どさくさに紛れて子供が私の毛をわしゃわしゃと撫でる。乱れるからやめろ。少女は宴という言葉に目を輝かせ、右の駄馬は欠伸を一つして、御者は相変わらずの無言。考える馬の私はわけがわからない。


 民衆に連れられて塀の中に入ると、高いビルディングが立ち並ぶ硬い舗装された道が私達の前に現れる。今まで様々な道を走ってきた私でも、ここまで硬い道は初めてだ。


 少女はきょろきょろと辺りを見回して、仕切りに御者の肩を揺すっている。私はと言えば近くにいる人間の足を踏まないように歩くことが精一杯である。隣の駄馬はそんなことは気にしていないかのようにずんずんと歩いているが。


 十字路が幾つも連なりビルが佇む町。馬の私には全て同じ四角に見えてくる。立ち並ぶ規則的な四角。この国の人間はこういう規則的な形を好むのだろうか。


 民衆は笑顔を見せながら「稀人様」「稀人様が」と口にする。少女もその言葉が気になっていたようで、「ねえ、稀人様ってなんだい?」と小声で私の毛並みを乱した少年に問いかける。少年は少女に声をかけられたことがよほど嬉しかったのか少し顔を赤くして「稀人様っていうのは物を浮かせる不思議な力を持った救世主様のことだよ!」と満面の笑みを見せた。


 その時、うちの御者が『止まれ』と我々に指示を出す。私はすぐに反応して止まったが、右の駄馬はは当然のように指示が出て二歩歩いてから立ち止まった。何事か、と民衆がざわつくのが馬の私にもわかる。そのざわつきの中、御者は静かに「コイツはただ浮いているだけだ」と呟いた。それは見ればわかるだろうとつっこみたくなったが、彼が言いたいことはそういうことではないらしい。


「浮いているだけで……何もできん」


 ああ、そういうことか。この言葉足らずの御者の言葉を代弁してやりたいが私は言葉が喋れぬ。こういう時、私は自分が馬だということを恨むのだ。つまり彼は、少女を救世主様だと過剰に祭り上げる連中を牽制しているのだ。


「御者よ、口を慎め。貴様が救世主様を連れて来たことには感謝しているが、本来なら彼女は我々の稀人様なのだ。馬を走らせよ」


 ふむ、なんともきな臭い匂いがして来た。これは馬にもわかるぞ、どうにも臭い。御者は我々に指示を出さず、民衆を眺めている。少女は目を白黒させて「いや、むしろ私が彼を連れて来たんだぞ? それに彼が言う通り私は浮いている以外何も――」と言葉を続けようとしたが、少年の「稀人様!」という声に言葉を切る。


「稀人様は自分の力に気づいてないだけなんだよ! 絶対不思議な力で僕らの夢を叶えてくれるんだ!」


 その言葉には稀人への盲目的な信仰が見て取れる。御者が言ったとおり馬の私から見ても彼女は原因不明で物理的に浮いているだけの好奇心旺盛なただのちんちくりんである。むしろ海を歩いて渡って来た馬鹿である。今も、少年の言葉に耳を傾けて「夢?」と問いかけている。無視して御者に指示を出し逃げればいいものを。

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