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Xenoverse:EX  作者: 葉月はつか
Side story
7/21

第39.5話(第78.5話) 幼き少女の初恋

 目の前で放たれる紫電。それは相手の自由を奪うもので、構えた銃から放たれていた。

 銃を構える者は普段なら穏やかな笑みを浮かべていて、その笑みと同じくらい優しく誠実な青年であった。

 けれども今の彼は冷酷な表情でいて、立ち塞がる者を倒すことに躊躇いを感じていないようである。


「クライン……っ!」


 何が何だか分からぬ事態。

 幼い少女、アリサには状況が飲み込めず、ただ彼の名を必死に呼ぶ事しか出来なかったが、いくら必死に呼びかけようとも優しい青年はもう居ない。

 アリサにクラインと呼ばれた青年。

 彼は記憶を失っていて、本当の名は久城蔵人という名であって。

 先の戦争、テレンティアの戦いにおいて星団連合軍と敵対し、ARKHED(アルケード)に搭乗し、多くの者を蹴散らすだけでなく、戦争の前には星をひとつ消し去ったとされる大罪人であると目されていた。

 久城の過去がそうだとは知らずにいたアリサは彼の逃亡を手助けするような行いを。

 突然会場を抜け出した彼に対し、銃を構えたソフィーリヤに抱き着き彼女の邪魔をした。

 バランスを崩したソフィーリヤは倒れて銃を手放し、その銃は久城の手に。

 彼は隙を突いて押さえつけていたスティングを撃ち、咄嗟に体勢を立て直そうとしたソフィーリヤも撃ち、この場を去ってしまった。


「(どうして……っ! どうしてクラインが……っ?)


 力なくへたり込むアリサ。

 信じていた者に裏切られた事は幼い少女には受け止めきれなかったようで、フッと意識を失い倒れてしまった。






 アリサが久城と出会ったのは、ほんのひと月位前の事。

 その日は学校も休みで、いつも通り祖父であるギンジロウの元には仕事が入っておらず、彼に遊んできて良いと言われたアリサは屋敷の裏山で一人遊んでいた。

 ギンジロウ宅とARKS(アークス)の整備作業場は市街地より離れた場所にポツンと建っている。

 年季の入った日本家屋に似た屋敷の裏には緑豊かな山があり、山道を進めば澄んだ川に滝があった。

 市街地まで行けば公園などもあるが、大抵そこには意地悪な同級生が居て。

 そんな者達と関わり合いになりたくないアリサは裏山で伸び伸びと過ごす事に、散策ついでに食用の野草を採取したり、川で魚を釣ったりもしていた。

 夕刻。籠に程々の野草を、釣った魚は今晩の夕食分だけにして他は放流する。

 帰り支度が整った所で暗くなりかけた山道を足もとに気を付けて歩き、屋敷まで辿り着いた所で違和感を覚えた。


「……? 何か……、変……?」


 裏山には野兎などの大人しく、人に害を与えない動物もいて、普段は山の中から降りてくることは無い。

 だがその日は何故か鳥達が鳴き、群れで飛び立ち、小動物も麓まで降りてきていて、屋敷の前を掛けていく姿が見られた。

 裏山の異変を感じたアリサは、野草が入った籠と川魚が入ったバケツを玄関に置くとギンジロウが居る作業場へと向かい、事の次第を伝えようとする。


「あ……。爺様……、出掛けちゃっているんだ」


 作業場には明かりが灯されておらず、メンテナンス機器の音もしない事から誰も居ない事が分かる。

 裏山はアリサにとっては庭のような場所で、陽が暮れようとも迷うことは無い。

 以前、水辺を飛び回る光虫を見に、夜に裏山に入った事もある。

 危険はないだろうと、少しだけだからとアリサは自分に言い聞かせつつ、懐中電灯を手に再び山に入って行った。


「いつもより……静かだなぁ……」


 陽が落ちかけているから、動物も夜には休むから静かになるのかとも思われるが、この山には夜行性の小動物も生息している。

 こうして歩けば大抵目の前を何かが横切るのを見るのだが、今日は全く見ず、虫の音も聞こえはしない。

 暫く歩いた先。そこはアリサのお気に入りの場所で、雄大とまではいかないが、中々見ごたえのある滝があった


「……あれは…………」


 滝壺の近く。そこには苔がびっしりと生えた岩が幾つかある筈だが、その中の一つ、一番手前にある岩が妙な形をしている気がして恐る恐る懐中電灯を向ける。

 するとそこには、岩ではないものが。

 それは人の形を成していると言うよりも、人そのものであった。


「人が……、倒れている?」


 こんな場所に何故と幼い少女が警戒する事も無く、アリサは滝壺近くまで駆けて行き、倒れている者へと近づく。

 下半身を水に浸したまま、うつ伏せで倒れていた青年。

 彼は瞼を閉じたままでいて、もしかして死んでいるのかと思われたが、指先が微かに動き、口元からも僅かに呻き声が聞こえた。

 一先ず生きている事は確認が取れてホッと胸を撫で下ろすアリサ。

 安堵したのも束の間、これからどうするべきかと、取り敢えず水に浸したままの下半身を引き上げようと腕に手を掛けて持ち上げようとした。


「……っ!」


 ガサガサと背後から聞こえた音。

 それは生い茂る藪からで、葉を揺らして姿を現したのは大きなイノシシであった。

 普段ならこの山の奥の奥、人が足を踏み入れないような場所に生息している種で、臆病な性格であって人と遭遇しても逃げていく。

 だが今日は何故か、唸り声を上げて前足を何度か蹴り上げ、こちらに狙いを定めるかのような目をしていた。

 森に起きた異変。

 動物達の行動によりアリサは異変を察知したが、イノシシの気が立っているのもそのせいだと、そう悟った瞬間にイノシシは大地を蹴り出しこちらに突進を仕掛けてきた。

 突然の出来事に身動きが取れず、このまま体当たりをされてしまうかと思ったアリサはぎゅっと目を瞑るが、暫くしても身体には痛みを感じなかった。

 彼女に身には何事も無かったようだが、彼女の耳には獣の呻き声が届き、恐る恐る閉じられた瞼を開く。

 するとそこには剣を持つ青年と、彼の足元に赤い血を流したイノシシが横たわっていた。

 先程まで倒れていた筈の青年。

 彼は瞬時に剣を抜き、突撃を仕掛けてくるイノシシを切り伏せてしまったのだが、イノシシが息絶えると共に彼も足元から崩れるように倒れてしまった。

 もしかするとイノシシの攻撃を喰らってしまったのか。

 そう案じたアリサは青年の近くへと寄り傷を確認しようとするが、どうやら怪我はしていないようであった。

 最後の力を振り絞り猛獣から守ってくれた青年。

 彼をここに置いたまま去る事は出来ず、とは言え子どもの非力な力ではどうする事も出来ない。

 幼い少女の取れる行動は限られていて、アリサは携帯していた小型通信機で祖父に助けを求める事にした。






 アリサが見つけた行き倒れ……と言ってよいのだろうか。

 行き倒れにしては場所が場所であって、更に彼の身なりは貧相ではなく、白い法衣のような軍服を身に纏っており、多少の擦り傷はあるが、目立った外傷は無く手負いである訳でもなさそうだ。

 ギンジロウが屋敷に運んでから暫くして彼は目覚めたのだが、自分が何者なのかを全く憶えていないようで。

 名前すらも忘れている、記憶喪失のようであった。


「君が助けてくれたんだね。……ありがとう」

「う、ううん。いいの。それに、ここまで運んできたのは爺様だし……」

「君のお爺様からは君が倒れている僕を見つけてくれたのだと聞いたよ」

「それは……そうだけど……」

「だから、ありがとう……」

「……っ」


 彼は整った容姿でいて、綺麗なプラチナブロンドの髪である。

 お礼の言葉と共に微笑むとその姿は見惚れるような甘さがあって、モデルか役者よりも格好良く、まるで童話に出てくる王子様の様で。

 まだ恋をした事の無い少女が初めて異性を意識するように、アリサの胸は高鳴った。

 得体の知れない者を招き入れるなど不用心かとも思われるが、直ぐに憲兵へ突き出すような真似はしなかった。

 それは彼から悪意のようなものが全く感じ取れなかったからで、アリサを猛獣から守った事もあるからで。

 また、医療機関に連れて行く事も無かったのは、身に着けていた衣服を見てギンジロウには何か思う所があったようで。

 最たる理由としては孫娘であるアリサの事を思っての判断であった。

 アリサは人見知りが激しく、学校でも仲の良いものが居ないようで遊ぶ時も一人で居る。

 当人は同級生など子どもの様で相手にならないと虚勢を張り、祖父と共に機械いじりをする方が好きだと言う。

 そんな彼女は流れ者である彼に対しては壁を作る事が無く、彼に仮の名を与えてしまう程に懐いてしまった。

 クラインと名付けられた流れ者。彼は二日ほどで体調を回復させた。

 難なく動き回れるほどに身体はもう完全に治ってしまったのだが、記憶の方は未だ戻る気配は見えなかった。


「これはここに置いておけばいいですか?」

「ああ。……そろそろ昼飯にしようか」

「はい。片付けが終わったら僕も頂きます」


 クラインがギンジロウ宅に身を寄せてから一週間が過ぎた頃。

 彼はギンジロウの仕事の手伝いを始めた。

 気難しいギンジロウの性格のせいか、滅多に客が訪れない整備工房であって、ギンジロウがほぼ趣味としてARKS(アークス)の整備を行っていただけなのだが、ここ何日かはポツポツと、整備依頼が入ってきている。

 数週間後に大規模なレースが控えているせいもあるが、仕事が決まったのもクラインが間に入ったからで、人当たりの良い性格の彼はギンジロウと客との間を上手く取り持ったのであった。

 孫娘の花が咲いたような笑顔と、良く気が利き仕事も出来る青年。

 彼の事をどうするべきか、ギンジロウが悩んでいる間にもアリサのクラインに対する信頼は深まり、引き離すような真似は出来なくなっていく。

 叶うなら彼がこのまま、過去の記憶をなくしたままで欲しいと、そう願ったギンジロウは彼の身元が分かる物、衣服を処分した。






 少女と老人と共に穏やかな時を過ごしていたクライン。

 何が切っ掛けなのか分からないが、彼は過去の記憶を取り戻したようで、アリサの前を去って行った。

 そもそも記憶喪失というのは偽りだったのかも知れないが、アリサは彼の笑顔を疑えず、彼と過ごした日々を嘘にはしたくなかった。

 クラインが制止を振り切って立ち去り、アリサが気を失った時から数刻。

 襲撃はどうにか退けられたが、アリサの元へクライン……もとい久城が戻ることは無かった。

 アリサが目覚めたのはレース会場の医務室で、そこには混乱の最中で怪我を負った者が多く運び込まれていた。


「……じい……さま……」

「おお、気が付いたか」

「ここは……」


 次々とけが人が運び込まれる医務室は慌ただしくもあり、目覚めたばかりのアリサはここが何処なのか戸惑うことは無かった。

 そもそも彼女は自分の置かれた状況など気に留める余裕はなく、何よりも彼の事を知りたがった。


「クラインは……だな……」


 ギンジロウの表情が曇り、言い淀む姿を目の当たりにしたアリサは久城がどうなったのかを察した。

 優しかった彼が何故居なくなってしまったのか。

 やはりあの時、軍人であるソフィーリヤ達が銃を向けたせいか。

 どうしてこんな事になったのか、混乱したアリサは支離滅裂な言葉で問い掛ける。

 喚く少女に対し、ギンジロウは幼い子を言いくるめるような誤魔化しはせず、久城が何者であったのかを一から説明し、そして何故立ち去ったのかも明かした。


「うそ……。クラインがそんな悪い人だなんて……。うそだよ……っ」

「嘘ではない。彼はあの戦いにおいて連合軍と戦い、多くの者を手にかけ――――」

「ちがう! クラインはそのクランドって人とはちがうよ! あんなにやさしかったクラインがそんな事、するはずはない……!」


 ギンジロウは子どもでも分かるように、丁寧に説明をした。

 けれどもアリサにとっては僅かな間だが共に過ごした者が本物であって、祖父から聞かされた者とは結びつく筈もなく、現実を受け入れる事は出来なかった。

 襲撃により中止となったレースは七日後に開催され、ジルベルトは再びギンジロウが所有しているARKS(アークス)で出場する事となる。

 その為アリサは再び彼らと会うのだが、久城が居なくなった悲しみを彼らにぶつける様に、素っ気ない態度を取ってしまった。

 ギンジロウに咎められるが素直には謝れないアリサはタッと駈け出して彼らの前から立ち去る。


「コラ! アリサ、そんな態度を取っては――――」

「いえ、良いんです。私は別に気にしていませんから。それよりも、アリサちゃんの方が――――」


 皆の中で誰よりも辛そうな顔をしていたにも拘らず、鳴鳥はアリサの礼を欠いた態度を許し、その上彼女の心配までしていた。

 物陰からその様子を見ていたアリサはある事を思い出し、更に複雑な心境となる。

 それは鳴鳥がギンジロウ宅で初めて久城と会った時。

 彼女は取り乱していて、そんな彼女を久城が気に掛けていたのである。

 久城が優しいのは何時もの事だが、その後も彼は鳴鳥の事を気にしているようで、そして彼があのレースで皆の元を去った切っ掛けは、彼女が操縦する白いARKHED(アルケード)を目撃したせいだとも今では考えられる。

 信じたくはないが、久城の過去は鳴鳥と関わりがあって、それは自分では踏み込めないような領域で……。

 そう思うからこそ、特に鳴鳥に対しては辛辣な態度をとってしまうのであった。


「(……いつか必ず。また会えるよね、クライン)」


 空を駆けるARKS(アークス)

 それはアリサにとって憧れのもので、彼女もいつか自分が設計をして機体を造りたいという夢があって。

 それでも今の彼女は夢に想いを馳せるよりも、空の向こう、この広い宇宙の何処かに居るであろう想い人の姿を浮かべていた。

 初めて恋をした少女は、どんなことがあろうとも彼を信じ続けると誓って。




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