第18.5話(第36.5話) Executioner
目の前では命乞いをする者が居て、何とか生き永らえたいと縋り付くような目で訴えかける者も居る。
中には死しても信念は曲げないと、今わの際に地獄に落ちろと呪う者も居る。
それらすべてを屠るのはプラチナブロンドの髪を持つ青年で、整った容姿は歪み、貼り付けたような笑みを浮かべていた。
「(……殺しても、殺しても。渇きは満たされない……)」
聖王エドアルド・エルカーン12世が治める聖王星テレンティア。
かの星の主要国、エイゼンシュテインの収容所では聖王の教えに背くものが連行され、裁きを受ける。
現在刑を執り行う処刑人であるのは、その役目に似つかわしくない見目の青年、久城蔵人であった。
久城の生まれた星は遠く離れた後進惑星で、彼はエイゼル教の敬虔な信徒でもない。
何故彼がこの役目を負っているのかというと、それは彼の得た力、悪を滅する為の力の代償であり、その力を望んだ理由は彼の過去に在った。
大切な家族を理不尽な理由で失った久城はやりきれない気持ちをぶつける先を探していた。
そんな彼はある日、妹である由利亜を追い詰めた者達と偶然街で会うが、その者達はまるで何事もなかったかのようにのうのうと暮らし、笑みを絶やさずにいた。
目の前に仇が居ても何もできない状況。
将来は法律を遵守し、この国を善くしようと考えていた久城だが、その法は大切な者を守れはしなかった。
屈辱にまみれ、己の無力さを痛感していた久城は無意識下で願ったのだろう。
力が欲しいと……。
その声に応えたのは観測装置であるセルベリアで、彼女はARKHEDを与え、断罪する力も与えた。
「(どうして……、今更……っ)」
ARKHEDの契約時に架せられる枷。
それにより久城は悪人を自らの手で裁かないと正気を保てなくなるようになってしまった。
最初は抵抗があった……かのように思われるが、彼の場合は最初に手を掛けたのが憎むべき者達、由利亜を追い詰めた者達であって、躊躇いなど無く、寧ろ達成感に打ち震えていた。
仇を討ち故郷を消し去った後、彼は枷の為に処刑人となるが、その役目が苦となる事は無かった。
彼は罪を犯した者は生きるに値しないという気持ちが強く、迷うことなく剣を振るい銃口を向けることが出来たからだ。
これで世界は綺麗になる。汚いものは全て自分が消し去る。
彼は自分自身の手が汚れている事にもう気付けない程であった。
望んで得た力で理想の世界を築く久城蔵人。
そんな彼は昨日、運命的な再会を果たした。
「(鳴鳥……)」
由利亜と仲の良かった幼馴染。
鳴鳥は久城にとっても特別な存在であった。
本来なら再会を喜ぶはずだが、今の久城には彼女の存在を受け入れる事は出来ず、否定をした。
悪を滅ぼす為の力。
それは由利亜の死を切っ掛けとして得たもので、鳴鳥も由利亜の死とは無関係でなくて。
壊れかけていた久城には鳴鳥の想いに気付くことは無く、自身の歪んだ想いは彼女も敵だと見なし、力は彼女を滅するようにと向けられた。
「(あと少しで、殺せる筈だった……!)」
躊躇っていた訳ではない。
あと少し、邪魔者が居なければ確実に仕留めることが出来ていた。
そう、奴さえ居なければ……。
鳴鳥と再会を果たした場所では彼女だけでなく一人の男が居た。
その者は無精髭を生やしていて、鳴鳥と並んでいるのは不釣り合いな年齢に見え、彼女を守るように立ち回る姿は不愉快なことこの上なかった。
標的を仕留め損なったのも彼の力が大きく、五機のARKHEDを相手にたった一機で切り抜けようとするほど操縦には長けていて、力の差を見せつけられた久城は歯がゆさを覚え、苛立ちを振るう剣に籠める。
「……こんな事では、全ての悪を滅せない……」
冷たい床に転がるのは肉塊と化したもので、声を発する事はもうなくなった。
そもそも久城が刑を執行する相手は拘束され、無抵抗であるからして、いくら剣を振るおうとも、銃を放とうとも彼の力を高める事は出来ず、あの者に敵わないという現実に苛立つ気持ちは治まらない。
枷の影響で起こる衝動が収まる頃、返り血を拭っていた久城へと近づくのは一人の女性であった。
久城に力を与えた者、エメラルドグリーンでショートカットの髪型の女性は、本来ならばセスという名だが、今現在はセルべリアと名乗っている。
「……気は済んだか?」
「……何の事ですか」
カツカツとヒールの音を鳴らして近づくセルべリア。
彼女は笑みを讃えているようだが、その目は笑っておらず、悠然と佇むようであるが、僅かな隙も無い。
底の知れぬ相手だが彼女は力を与えてくれた者で、今は共に戦いもする。
仲間……という間柄ではないが、今の所彼女が行っている事と利害は一致し、久城は彼女と彼女の仲間と共にテレンティアに身を寄せていた。
問いに問いで返す久城に対し、セルべリアは気分を害した様子はない。
逆に彼女は見透かしたように、久城の考えを暴く。
「あの男、ジルベルトの力を前にして臆したのだろう?」
「臆してなど……、いません。ただ、これからも僕達の前に立ちはだかるとなると、少々厄介だと思っただけです」
「そう……」
背は高く、見目麗しい女性であるが、セルべリアは強い。
近接戦を得意とする彼女は長槍を巧みに扱い、敵を退ける。
それは生身の身体でも、ARKHEDに搭乗しても同様で、久城は機体の操作の手ほどきを受けた際にも、手合わせをした時にも敵いはしなかった。
セルべリアもまた、侵入者であるジルベルト達を取り逃がしてしまったが、彼女の場合は本気を出していないようであった。
戦うこと自体を楽しむ彼女にとって大勢で一人を追い詰める戦いは乗り気でなかったのだろう。
ともかく、彼女は強く、ARKHEDの戦闘にも慣れている。
彼女に教えを請えば今よりも強くなれるのかとも思うが、ARKHEDは意志の力で操作する機体であって、そう簡単にもいかない。
「強くなれる方法ならあるわよ」
「……っ!」
またもや心の内を見透かしたように、セルべリアは久城が口にしていない問いに対して答えた。
敵わなかった事は認めたくなく、それでも再び対峙する時には負ける訳にはいかない。
全ての悪を滅する為なら迷うことは無いのだと自身に言い聞かせ、久城はセルべリアに問いかけた。
「ARKHEDは意志の力で作動する」
「それは知っています。……意志を強くすべきだとでも?」
「そうではないわ。相手が同じARKHED操縦者ならば、心を砕けばいい」
「心を……、砕く……」
感情を爆発させればARKHEDは暴走するように、機体の操作は感情に左右される。
強い意志を持てばその分機体は応えるように、攻撃は鋭く、機敏に動き回れて回避は容易くなる。
搭乗者の心の強さで左右されるARKHEDの操縦。
だとすればその心を揺さぶればいいのだとセルべリアは言い、彼女は続けて敵対するであろう者達の情報を久城へと教えた。
敵対するのは星団連合で、軍に所属する者から連合議会の議長まで、ARKHED操縦者はこちらと変わらないくらいの人数が居て、その者達の弱みである部分をセルべリアは明かす。
何故彼女が敵の情報にそこまで詳しいのかと問うと、敵側にも彼女の同胞が居るようで、随時情報は入ってくるのだそうだ。
「……それにしても、敵の情報だけでなく、貴女自身の情報まで明かすとは、ずいぶん信用しているのですね」
セルべリアは自分がどんな存在なのか、最初から包み隠さず明かした。
前々より気になっていた所を久城は指摘するが、彼女は全て話した事を後悔はしておらず、全く気になどしていないらしい。
「僕が裏切ればどうなるのか……。不安を抱くことは無いんですか?」
「お前が裏切って相対したとしても構わないわ。その時はこの手で倒すだけよ」
寧ろそうなる事を望んでいるような、何処までも戦いに身を投じる事を望むセルべリア。
彼女の戦う姿は勇ましく、美しくもあるが、やはりその美貌を持つならば別の場所に居るべきだと、戦とは無縁である方が良いのではと久城は思う。
それでも彼女の助言により、新たな戦う力が得られた為、余計な世話である言葉は飲み込んでおく。
心を砕くという方法は卑怯な真似なのかもしれない。
けれども久城にはこの世界を変えたいという強い願いがあり、その道を阻む者が現れれば排除しなくてはならない。
例えその者がかつて共に時を過ごし、心惹かれた事がある者だとしても……。
母星を滅ぼした時に彼の意志は決まっており、立ち止まったり、振り返りはしなかった。
「必ず……、必ず僕が殺してあげるから……」
いつかまた相対する時は来ると、そう信じて。