第3.5話(第6.5話) 好みのタイプは
見渡す限りの土色。空は分厚い黒い雲に覆われ、地面はひび割れている荒野。
切り立つ台地の上、一見すると何もないように見える場所にその船は在った。
貨物船として登録をしてあるが、小回りの利く船体であり、ただの荷運びにしては必要以上の火器が搭載されたその船は『アルヴァルディ』という。
かの船は星団連合軍の特務部に属し、現在はとある任務で荒廃した星『フェルス・ボウデン』を訪れたのだが、とある理由から船長だけが現地に赴き、他の船員は目的地から離れた場所に停泊した船内に残っていた。
「――――怒らせてしまいましたか」
ラウンジにて船長、ジルベルトからの連絡を突然切られたアランは呆れたような顔をしつつ笑っていた。
通信が切られたと言っても伝えるべき事はキチンと済ませた為、別段問題は無いのだが、大人げない態度には溜息が出てしまう。
それでも彼のこういった態度に慣れているのか、直ぐに気持ちを切り替えて頼まれた調べものに取り掛かろうとした。
キーを打ち情報を得ようとした所、テーブルにカチャリと音を立てて湯気の立つ紅茶が置かれる。
それはマリアンが用意したものであり、彼はコンラードの席の隣に着いた。
「船長からの連絡、どうだったの?」
「今の所は事前情報通り、大量の精神結晶と一機のARKHEDを確認できたそうですが、盗掘者と思われる者達と遭遇したそうです」
「あら、となると私達にも出番があるかもしれないわねぇ」
「盗掘者の件に関しましては現在足取りを確認中です。僕としては出来れば荒事を避けたいのですが……」
「安心なさい。私の手に掛かれば即座に撃ち落とすから!」
手銃で打ち抜くポーズをとるマリアンに対し、アランは苦笑いを浮かべた。
確かにマリアンならば賊など簡単に沈めてしまえるだろう。
けれどもこの星は後進惑星であり、派手な事は出来ない。
戦闘面では心配ないが、法律面では不安が残る。
マリアンが用意してくれた紅茶を口にし、調べものを再開していたアランはある事を思い出し、マリアンに頼みごとをした。
「そう言えば、船長が任務中に難民……おそらく転移事故に巻き込まれた者を保護したそうです。状況によってはアストリアまで送る事になるので部屋の準備等々をお願いできますか」
「りょーかい。所でその難民はどんな人なのかしら?」
「……詳しくは教えて頂けませんでしたが、船長の様子から察するに、年若い女の子でしょうね」
「な、なんだってーー!?」
背後からの叫び声。
それはコンラードのものであり、驚いた彼はマグカップに注いでいたコーヒーを並々注ぎ過ぎて溢し、更に慌てふためいていた。
汚した床を大急ぎで拭き、鬼気迫る表情でコンラードはアランを問い詰める。
「女の子ってどんな子っスか!?」
「すみません、そこまでは……」
「そうっスか……。でも、もしかすると俺好みの子が……」
「あ、あくまで女の子だろうという予想ですので……」
「アストリアまでとなるとチャンスが無い訳でもないっスよね」
アランの言葉など届いていないようで、コンラードは一人で妄想を繰り広げている。
その様子に他の者達は呆れているようで、肩を竦めた。
コンラードが勝手に期待して勝手に落ち込んでも一向に困らないのだが、一応マリアンは窘めるよう声を掛ける。
「期待していると後で落胆した時のダメージが大きいわよ」
「期待せざるを得ないじゃないっスか。……大体この船には華が無いっスよね。こんなむさ苦しい船に女の子が来るならばどんな子でも大歓迎っスよ」
「へぇー。華が無くてむさ苦しいねぇ……」
アルヴァルディの紅一点であると自負しているマリアンはこめかみに青筋を立て、口端をヒクつかせながら恐ろしい笑みを浮かべていた。
けれどもコンラードは彼の怒りに気が付いていないようで、妄想を語り続ける。
「どんな子っスかね~。俺としては俺より年下で、背も低くて、髪はセミロングくらいで、大人しい子よりも一緒に居ると元気を貰えるような笑顔の可愛い子が良いっスね」
「だから、妄想は大概にしなさいと……」
「そういやアランの好みの女性ってどんな子なんっスか?」
「え、僕ですか?」
急に話題を振られるとは思わなかったようで、顎に手を当てて考え込むように、少しだけ間を置いたアランはコンラードの問いに答える。
しかし彼の答えに対し、コンラードは想定と違っていたらしく、ピンと来ないようで首を傾げた。
「僕は……、芯の通った女性ですかね」
「見た目の好みとかは無いんっスか?」
「ええ、尊敬できる女性であれば姿かたちは問題ありません」
「……そうっスか。流石というかなんと言うか」
「まぁ貴方みたいな女に夢見るDTにはアランの域には至れないわねぇ」
「お、俺はっ、ど、童貞じゃないっスよ?!」
頬を赤らめて目を泳がせるコンラード。
必死に誤魔化しているが、逆効果であることを当人は分かっていない。
その姿は笑えるどころか憐れむ気持ちにさせた。
いくら否定しても信じて貰えそうにない。
生暖かい目で見られるだけだと悟ったコンラードは、空気を変えようとこれまで一言も発さなかったスティングに話を振った。
「……私はサンドラ一筋だ」
「そうっスよね~」
返される答えは分かっていた。
スティングは厳つい見た目に反して愛妻家であり、子煩悩である。
家族を大事にする彼ならば他の女性など目に入る訳もなく、好みの女性は奥さん一択だろう。
予測できた答えだが改めてその仲睦まじさを知らされて、羨ましくもあった。
「良いっスね~。奥さんが好みの女性だなんて。俺もいずれは――――」
「ちょっと」
「ん? なんスか?」
「私には質問しないのかしら?」
「マリアンの好みって聞くまでもないじゃ無いっスか」
「あらやだ。私の事、そんなによく分かってくれているのね。……嬉しいわ」
熱っぽい目線を向けつつマリアンは衣服の上からコンラードの胸部に触れて円を描く。
女性のように顔が整ったマリアンは男だと思っていても時折性別が分からなくなり、色香に惑わされそうになる。
勿論コンラードにその気は無く、驚き飛びのいたが、マリアンは傷つくどころか楽しそうに笑っている。
からかわれたのだと気づくが、怒った所で揚げ足を取られかねない。
はぁ……っと溜息を吐き、椅子に座り直して並々注がれたコーヒーを溢さないよう気を付けながら飲んだ。
マリアンの好み。それは老若男女であり、来るもの拒まずのスタイルであって、好みなど無いに等しい。
そのことは周知の事実で今更であるが、オープンにしている姿が彼の全てだとは限らない。
コンラード達は気が付いておらず知りもしないが、マリアンにも真剣に想う事があった。
けれども女性の様なナリを好むせいか、他人にどう思われようと関係ないマリアンは訂正する事無く誤解させたままでいた。
「そういや船長の好みって――――」
「胸の大きさかしらね」
「マジっスか……!? 確かにそんな事を言っていた気もしますが、あれって本気だったんっスかね」
「船長の元カノを思い出してみなさいよ」
「あー……。成程」
思い浮かべた女性。
残念ながらコンラードのストライクゾーンではないが、その女性の胸は思わず目が釘づけになってしまう程に立派であった。
恋愛脳なコンラードは軽く引いたようで引きつった笑みを浮かべる。
彼とて男であるから女性のそういった部分に全く興味が無い訳ではない。
それでも船長……ジルベルトの開けっ広げな様はどうかと思った。
アルヴァルディの船員達が他愛もない話題を繰り広げている一方、一人任務に従事していたジルベルトに危機的状況が迫っていることを知る由もない。
そして難民である少女がこれから長い付き合いになるとは思いもよらなかった。