新たな旅立ち 2
鳴鳥も母を手伝い、腕によりを掛けた料理の数々。
それらが冷めてしまっては良くないと、一先ず皆で夕食をとり始めるが、尚康はジッとジルベルトの様子を監視するかのように見つめていて。
実に不機嫌そうに料理を口に運び、彼の視線が突き刺さり続けるジルベルトは居心地が悪そうではあるが、それを表に出さぬよう努力して食事をとっていた。
料理が得意な鳴鳥の母親だけあって菜緒の作る料理も絶品であるのだが、今のジルベルトには味わう余裕が無く、そしてその状態を残念に思う事すらできないようであった。
「(……聞いていた話と違うぞ? どこが温厚なんだ……?)」
「(普段はこんなんじゃないですよ……っ! ここまで怒っているのは私も初めてで……)」
「(まぁ……、無理もない話か……)」
目線だけで会話をする鳴鳥とジルベルト。
傍から見るとそれは恋人同士が見つめ合っているようにも思えるらしく、尚康は大きな咳払いをして言いたい事があるなら遠慮をせずに言えば良いと言う。
にこやかな笑みを浮かべて、一見すると気を遣ってくれているようだが、尚康の目は笑っておらず有無を言わさぬ状態であって、ジルベルトは何でもないと誤魔化すしかなかった。
実に気まずい夕食を終えて後片付けも済ませた後、皆はリビングのソファーに座り、改めてジルベルトは挨拶をした。
「自分はジルベルト・ジャンディーニという者で、今現在娘さん……ナトリさんとお付き合いをさせていただいています」
「つ、付き合って……っ!」
覚悟をしていたようだが、いざその言葉を言われて現実を目の当たりにするとショックが隠し切れないのだろう。
尚康は嘘であって欲しいと娘である鳴鳥に目線で訴えかけるが、彼女は頬を少しだけ赤らめて小さく頷き、肯定した。
暫く辛い現実に打ちのめされていた尚康だが、絞り出すように声を出して問い掛け、徐々に怒りを込めて憎き相手を問い詰めだす。
「……その、随分と日本語が流暢なようだが、名前から察するに外国の方で? そもそも君は一体幾つなんだね? 鳴鳥とは随分と年が離れているようだが……。それから、仕事は一体何を――――」
「お、お父さん! そんなに矢継ぎ早に質問をしないでよ」
「そうよ、あなた。ジルベルトさんが困ってしまうでしょう」
「鳴鳥……はともかく、母さんまでそっちに付くとはどういう事だ?!」
「だってほら、ジルベルトさんみたいな素敵な男性、そう簡単には見つけられないわよ」
「……」
どうやらジルベルトの容姿は菜緒の好みらしく、細かい事はどうでも良いらしい。
母親が味方に付いてくれるのは心強い事なのだが、それにより父親の態度はますます頑ななものに。
寧ろ状況は悪化したかのように思われ、ジルベルトは内心どうしたものかと頭を抱える。
頑固である尚康だが、ここは避けては通れぬ道であって。
譲れないものの為には退く訳にはいかない。意を決したジルベルトは自身の事について明かした。
「年齢は……、36歳です……」
「さ、三十……っ!? 年が離れているとは思っていたが……、そこまでとは――――」
「あら、その位別に気にするほどでもないわよ」
「いやしかし、私とあまり変わらないじゃないか」
「そうかしら? 三十代と四十代とでは大きく違うわよ」
「……頼むから母さん、黙っていてくれないか」
「もう、仕方がないわねぇ」
口を挟まぬよう窘められた菜緒は溜息を吐きつつ空になったカップへコーヒーや紅茶を注ぐ。
話は逸れかけたが、その事実は変わりようがない。
見た目からなんとなく年が離れていると予測していたが、まさかここまで違うとは思わず、自分とあまり変わらない年の男に娘をと思うとますます許せなくなる尚康。
本当ならば今すぐ追い返してしまいたい所だが、娘の手前でぞんざいには扱えず、年齢の事は置いておいて話を続けるようにと彼は促した。
「仕事は……、その……――――」
「なんだね? 人には言えない仕事をしているのか、まさか働いてはいないなどと――――」
「いえ。自分は――――」
軍人である事。その中でも特別な、とりわけ危険性の高い任務に就く事が多い特務部であって、一部隊を纏める役である事。
それらを時折言葉を濁らせつつも明かすジルベルト。
やはりと言っても良いのか、軍人という職業は驚かれる一方で、この国においてはあまり馴染み深いものでもなくて、本当にそうなのかと疑われもしたがこれもまた事実である。
ジルベルトは真剣な眼差しであって、とても嘘を吐いているようには見えない。
一応尚康は鳴鳥に目線で本当かと問うが、鳴鳥も真剣な表情で深く頷いて肯定した。
嘘を吐くことが苦手な鳴鳥がそう答えるのだから偽りではないのだろうと。
それでも人を簡単に信じてしまい疑う事を知らない鳴鳥は騙されてしまっているのではと、僅かな不安を抱きつつ続きの回答を促す。
「出身はメルジーネで、今現在はアストリアに在る軍宿舎が自宅のようなもので……。任務上船内での生活が長く、あまり帰宅する事はありませんが……」
「メルジーネ……? アストリア……? ……聞いた事の無い国の名だが」
「いえ、国ではなくてその名は星の名前で……――――」
「そうかそうか、国ではなくて星の名か……――――って、どういう事だ!!?」
ここまで何とか話に耳を傾けてきた尚康だが、流石にこの事実は簡単に受け入れる筈もない。
彼は立ち上がってテーブルを挟んだ向こう側に居るジルベルトの胸ぐらを掴もうとした……が、隣に座る菜緒に服の裾をグイと掴まれ強制的に着席させられる。
「鳴鳥。どういう事か説明してくれるかしら?」
「……はい。えっと、ジルベルトさんとの出会いは数カ月遡って、去年の五月の事になるんだけれど――――」
何時ものように人助けで自ら危機な状況に飛び込んで、その場で数年ぶりに久城と再会して。
その後彼と共に居たと家族には言ったが、それは偽りであって。
本当はこの星でない遠くの宇宙で様々な体験をしていて……。
掻い摘んで話したが鳴鳥とジルベルトの説明は一時間近くかかり、それでもまだ時間が足りないようであった。
地球から遠く離れた星々。
地球では考えられない科学力の結晶であるARKSやARKHED。
そこで起きた多くの人との出会いと、騒乱。
それはまるで夢物語のような、映画や小説みたいなもので皆は簡単には受け入れられる筈もなかった。
一応は最後まで黙って話を聞いた尚康達だが、これまで味方に付いていてくれた菜緒ですら戸惑った様子で、しばしの沈黙が続いた。
「お父さん、お母さん、棗、信じられないかも知れないけど、これは本当の事なの」
「……鳴鳥。お前はこの人に騙されているんじゃないのか?」
「そんなことは無い! 本当に、私は何度もジルベルトさんに助けられて、一緒に戦ってきて――――」
「落ち着け、ナトリ」
「ジルベルトさん……っ」
身を乗り出し、涙を浮かべながらも訴える鳴鳥。
信じて貰えないかも知れないと分かっていたつもりだが、いざこうして疑いの眼差しを向けられると悲しいもので。
鳴鳥は黙ったままでなどいられなかった。
取り乱しかけた彼女を抑えたのは隣に座るジルベルトで、彼は疑われていても動じた様子が無く冷静であって、自分達の事を信じて貰う為の証拠を提示した。
「これを見て下さい」
「ただのスマートフォンではないわね」
「これはなんだね……?」
ジルベルトがテーブルに置いたもの。
それは小型通信機で、形状はこの星でも通信手段として使われているスマートフォンに似ている。
だが機能面に関しては桁違いで、起動させると空中に映像が浮かび上がった。
「船長、お疲れ様です」
「ああ。そっちに異常はないか?」
「ええ。皆、元気にしていますよ」
空中投影ディスプレイ。
そこに映し出された場所は多くの機器があるブリッジで、通信に応じたのは眼鏡を掛けた誠実そうな青年、アランであった。
地球でも立体映像技術は在るにはあるが、リアルタイムの通信となると実用化には至っていない。
作り出した3Dモデリングを立体視させることは可能だが、映像の中のアランという名の青年はCGなどには見えなかった。
「ちょっといいですか?」
「ああ」「棗……?」
「貴方に質問があります」
これまで一言も発さず黙って聞いていた鳴鳥の弟、棗。
彼はジルベルトに断りを入れて通信相手であるアランへ質問をする。
アランはジルベルトとどういった関係なのか、今現在何処に居るのか、鳴鳥についてどう思うのか。
それらを棗は問い掛け、アランは淀みなくスラスラと答えた。
「どうやら姉さんたちの言っている事は本当らしいね」
「棗……!」
「どうしてそうだと言い切れる? これだって、最先端の技術を使えば――――」
「この映像は作り物でも無い様だし、現にほら」
映像にはアルヴァルディの船外の様子が映し出され、果ての無い宇宙が広がっている。
アランが気を利かせてくれて外の様子を見せたようだが、今度はそこに他の船員達が映り込み、それぞれ挨拶をした。
コンラードとマリアンはパッと見では普通の人とは変わらない容姿だが、マリアンがコンラードの被っているフードを下すと、垂れた犬耳が露わになる。
それだけでも尚康達は驚くのだが、最後に出てきたスティングの姿に目が点になってしまった。
「大体、ここまで手の込んだ事をして何の得があるっていうの?」
「それはそうだが……」
「そうよ、あなた。まだ疑うのかしら」
「母さんまで……」
いち早く納得したのは棗であって、続いて菜緒も信じるようになったみたいで。
皆でまだ認めようとしない尚康の説得を試みる。
「私だってね、娘を疑いたくはないんだよ。ただ、話が大きすぎてだな……」
「父さんはただ、子離れが出来ていないだけだろう?」
「な、棗! 何を言って――――」
「あなた。そんなに動揺しちゃ、肯定しているのと同じよ」
「母さんまで……っ」
「お父さん……」
疑うのは大切な娘を心配をしての事である。
その気持ちが嬉しくない訳では無いが、ここは譲れない場であって。
鳴鳥は尚康に信じて貰うまで説明と説得を繰り返すしかない。
真っ直ぐで、強い想いが込められた瞳で見つめられるとバツが悪いのか、尚康は娘の視線から目線を下に。
平常心を保とうと冷め切ったコーヒーを飲むが、何時にも増して苦みが口の中に広がり、顔をしかめる。
「信じて頂けませんでしょうか?」
「全てを受け入れるのは……少し、時間が欲しい」
「そう……、ですか……」
「勘違いしないでくれ。私はまだ信じた訳じゃ――――」
「はいはい、今日はここまでで」
話を終わらせたのは鳴鳥の母で、気が付けば時計の針は10時を過ぎていた。
取り敢えず今日の所は帰って貰おうとする尚康だが、菜緒は遅い時間なのだからと来客用の布団を用意し始める。
「それじゃ、鳴鳥の部屋に布団を運んでおくわね」
「母さん!? 場所が違うだろう! 客間でいいじゃないか」
「何を言っているのよ。せっかくはるばる遠くから逢いに来てくれたのに、離れ離れにするのは悪いでしょう? あ、お風呂はどうする? 一緒に入る?」
「お、お母さん!? お風呂はさすがに別だよ!」
「あら、私達に気を遣う事も無いのよ?」
尚康だけでなく、鳴鳥も母の言動に振り回され、翻弄されつつある。
賑やかでいて、実に想い合っていて、まさに理想の家族といった様子はジルベルトにとっては縁遠いものであって。
それを自分が壊してしまうのではと申し訳なく思いもしたが、向けられた笑顔は手放せないもので。
言葉にはされないがここに居ても良いのだと、一緒に居て欲しいと彼女に言われた気がして、自分を許すことが出来た。
「……あの、一緒に寝るは構わないんですけど、隣は僕の部屋なので。五月蠅くはしないで下さいね」
「あ、ああ」
棗からの意味深な忠告を受けるジルベルト。
もとよりそんなつもりは無いのだが、実のところそんな期待を少しばかりはしていた訳で。
見透かされてしまったのかと思い、内心冷や汗をかいていた。




