新たな旅立ち 1
陽の光が当たる場所はポカポカと温かく、日陰になった場所は肌寒い。
そんな季節であったが、今の鳴鳥は陽の光を浴びなくとも温かく、日陰に入っても寒さを感じることは無い。
それは繋がれた手から伝わる温もりで、隣を歩く者のお蔭であった。
鳴鳥の高校卒業に合わせて現れた彼女の恋人、ジルベルト。
この星と遥か遠く離れた宇宙とでの超遠距離恋愛であった二人だが、かねてからの約束によりジルベルトはこうして鳴鳥の元に現れ、隣に居るのであった。
「……どうした? 俺の顔に何かついているのか?」
「い、いえ、何も……」
「そうか」
何時もは人を寄せ付けぬ仏頂面であるが、今のジルベルトは柔く微笑んでいてその表情は更に鳴鳥の鼓動を早めさせる。
手を繋ぐことも初めてではなく、一緒に歩く事もこれまでに何度も経験したが、やはりいつまでたっても慣れはせず、心臓が早鐘を打つのは止まらない。
それでもその感覚を居心地悪く思う訳ではなく、ふわふわとした身体が空に浮かぶような気持でいて、心地よくもあった。
自分はこんな気持ちでいるが相手はどうなのかと、気になった鳴鳥はジルベルトを横目でチラリと見て様子を窺うが、彼は自然でいて、全く動じた気配はない。
浮かれているのは自分だけであるのだと少しだけ残念に思うが、微笑まれ、指先から温もりを感じればそんな気持ちはスッと消え去って行く。
実際の所、鳴鳥が気付いていないだけでジルベルトはこうしていられることを心の底から嬉しく思っているのだが、そこは経験の差と齢を重ねているからであって、どうにか気取られずにいるだけのようであった。
「……それにしてもさっきは驚きました。まさか学校まで来ているなんて……」
「迷惑だったか?」
「そ、そんな事は……無い、ですけど、皆にどう説明すればいいのか……」
「付き合っていると話しても構わないが?」
「そうなると経緯を聞かれるじゃないですか……」
「まぁそうだが……。その辺は適当に誤魔化せばいいだろう」
「……ジルベルトさん」
そこまで深く考えていない様子に鳴鳥の気苦労は絶えないようで。
頬を膨らましてねめつけていると、ジルベルトは頭を撫でて悪かったと言う。
子ども扱いをされているようだが、彼に頭を撫でられるのは特別で、大きな手で撫でつけられると腹を立てていてもついつい許してしまい、口元が緩んでしまう。
こんなやり取りも久しぶりで嬉しく思うのだが、これからはその手の温もりをずっと感じられていられそうであった。
「……友人へは誤魔化しても何とかなるが、これから先はキチンと説明しないとな」
「そう……ですね」
鳴鳥が通う高校から逃げ出すように出てきた二人。
その後駅近くで昼食をとり、ゆっくりと寛ぎながら互いの近況を話していたりしたのだが、今回ジルベルトはある目的があってはるばる地球まで来ていて、その為に向かっている場所がある。
「……ジルベルトさんも緊張したりするのですか?」
「……流石にな。説明が上手くいかなければ厄介な事になる。それと、出来れば良好な関係を築いていたいからな」
「……なんだか手間を掛けさせるようで、すみません……」
「いや、お前が謝る必要は無い。でも、いざという時は――――」
少しばかり不安そうな表情を見せたジルベルトだが、すぐさま真剣な眼差しに切り替え、足を止めて鳴鳥と向き合う。
迷いはあるがどうしても譲れないものがあるのだと、言葉にしなくとも伝わるが、確認を取るように声にする。
「……たとえ反対されても俺は諦めない。お前を悲しませる事になるかもしれないし、恨まれもするかもしれないが、必ず連れて行く」
「……その時は抵抗なんてしませんから。寧ろ私がジルベルトさんに付いて行きます……!」
「ナトリ……」
「でも、出来ればそうならないように、説得を頑張らないと……ですね」
「ああ……、そうだな」
先行きは不安だがどんな事があろうともこの手は離さないと。
想いは同じでいて、それは揺るぎないものであった。
繁華街の喧騒が届かない住宅街。
周りの家と同じ位の大きさであって、駐車場が二台分、小さな庭がある一戸建て。
この国においてはごく普通の家であって、他の国や他の星から見れば小さな家の前で二人は立ち止まる。
「ここがお前の自宅か……」
「はい。母が帰っているみたいなので、先に少しだけ説明してきますね」
「あ、ああ」
駐車場に母親の車がある事から帰宅していると察した鳴鳥。
彼女は一先ず説明をしてくると言い残して家に入ってしまう。
そうするとジルベルトは一人残される訳で、抑え込んでいた不安が膨らんでくるもので。
ただ案じているばかりでは駄目であると思い至り、もう一度どう説明をするか頭の中でシミュレーションをしようとした所、ある者に声を掛けられて大きく肩を震わせた。
「……あの、うちに何か用ですか?」
「……っ!」
ジルベルトの背後に立っていた者。
不審な眼差しで何用かと問い掛けてきたのは鳴鳥よりも少しだけ若い少年である。
どこかの学校らしき制服を着崩す事無く着込んだ真面目そうな少年。
彼の容姿はどことなく鳴鳥と似ており、彼の言う「うち」という言葉から彼が何者であるかが瞬時で分かる。
そう、理解は出来たのだがジルベルトの反応は遅く、不意の事でどうしてよいか言葉を詰まらせてしまい、その様子は相手に不信感を与えてしまった。
「――――もしかして、セールスの方ですか?」
「……は?」
名乗らなかったジルベルトに対して少年はその身なりと手に持つ物で判断をしたようだ。
現にジルベルトは何時ものだらしない恰好ではなく、キッチリとスーツを着込んでいて、手には手土産の袋があって。
必要最低限の荷物が入った鞄を持ち、その姿はセールスマンと見間違われてもおかしくはない。
取り敢えず通報されたり大事にされずに済んだが、いずれ彼にも説明をしなくてはならない為、ここで誤解を解かなくてはならなかった。
「うちは結構ですので」
「いや、俺はセールスでは……」
「違うのですか? だとしたら貴方は……」
再び向けられる疑惑の眼差し。
これまでに特務部の任務で潜入調査を行い、不測の事態でも相手を上手く言いくるめる術を持っていた筈のジルベルト。
しかし今の彼は冷静ではなく、何時も通りにはいかないようで、事態はややこしい方向へと進みかけた。
「俺は――――」
「お待たせしました、ジルベルトさん……――――って、あれ?」
ガチャリと玄関の戸が開く音に続いて声を掛けてきた鳴鳥。
そこでようやくジルベルトは一息つくことが出来たのだが、少年は更に怪訝そうな表情になっていた。
「棗……? 今帰って来たの?」
「そうだけど……。……と言うか、もしかしてこの人は姉さんの知り合いなの?」
「知り合いと言うか何と言うか……。取り敢えず中に入ってから紹介するね」
少年はやはり鳴鳥の弟であった。
彼の問いに対し、鳴鳥は少しだけ頬を赤らめてジルベルトとの関係を言い淀んでいたが、彼は深く追求することは無く、怪訝そうな表情のまま先に家の中に入って行った。
「あの、弟が何か失礼な事を言いませんでしたか?」
「……いや、何も」
「そうでしたか……。それじゃ、中に入りましょうか」
「ああ」
鳴鳥の弟、棗に対する第一印象はあまり良くなかったようだが、出迎えてくれた鳴鳥の母親は大歓迎といった様子で。
温かく迎い入れられ、ジルベルトは拍子抜けするのであった。
鳴鳥の父、奈々塚尚康。
彼は商社マンであって課長という役職に就き、部下にも慕われており、今日も今日とて飲みに誘われるのだが、本日ばかりは誘いを全て断り、残業も無いように定時で終わらせて急いで帰宅するのであった。
真っ直ぐ帰宅するかと思われたが、尚康は途中洋菓子店に寄ってケーキをホールで購入し、それから帰路へと着く。
以前テレビで紹介されていた有名店のケーキ。
それは娘である鳴鳥が食べたがっていたものであって、数か月前から予約を入れていた品であり、高校卒業の祝いに用意していたのであった。
昔から慎みが無く、お転婆でいて、心配を掛けさせられることが多くて。
それでも常に誰かの為にと奔走する姿は誇らしいもので。
学業の成績はあまり良くなく、進路はどうなるかと思われたが何とか就職先が決まり、自宅から通うとの事で離れて暮らさなくて済むのは良かったと。
そろそろ子離れしなくてはと思うが、その性格も相まってまだ目を離す訳にはいかず、進学ではなくて良かったと尚康は内心思っていた。
大事な娘の喜ぶ顔を思い浮かべながら足取りも軽く帰宅した尚康。
彼は玄関の扉を開いて「ただいま」と言いかけたが、そこで見慣れぬ靴を、明らかに棗の物でないと分かる男物の靴を見つけて首を傾げる。
「お帰りなさい、あなた」
「あ、ああ、ただいま。母さん、誰かお客さんが来ているのかな」
「うふふ。それがね――――」
玄関で出迎え、鞄とコートと土産のケーキを受け取ったのは妻であり、鳴鳥と棗の母である菜緒であった。
彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべて来客が何者であるのか尚康へと伝えたが、それは彼にとっての禁句であるワードを含んでいたらしく、魂が抜けたかのように呆然と立ち尽くした。
「……母さん、今何と言ったんだい」
「だから、鳴鳥がね、彼氏を連れてきたのよ」
「……彼氏、カレシ……、かれし……――――も、もしかして、蔵人君の事かい?」
「それが違うのよね~。さ、皆あなたの帰りを待っていたのよ。まずは夕食にしましょう」
「違う!? じゃあ一体誰が……!?」
混乱状態の尚康の背中を押してリビングまで向かう菜緒。
先程の言葉は嘘であってほしいと願っていたが、その願いは虚しく散り、食卓に着く鳴鳥の隣には見知らぬ男の姿が在った。
「あ、お父さん、お帰りなさい」
「お帰り」
「お邪魔しています」
「……っ」
席から立ち上がった男は礼儀正しく礼をし、名を名乗ろうとしているがそれは尚康の言葉によって遮られてしまう。
「――――んぞ……」
「はい……?」
「どこの馬の骨とも知れん奴に娘はやらんぞ……っ!!」
「お、お父さん……?!」
とても説明が難しい二人の事情を話す以前に、どうやら話をする冷静さを取り戻して貰う事が先決のようであって、鳴鳥とジルベルトの気苦労は絶えなかった。




